ここまで、ユダヤ人やドイツ人のようなことを書いてきたが、それに反して、僕は仏教が好きだ。
事実、僕は仏教を信じている。
だから、もっと僕は仏教の教えを学び、仏教を強く信じたい。
仏教のよい点があるとしたら、それは僕という存在に関係がないということだ。
そもそも、ドイツの思想は全部僕と同じだ。ドイツ人の哲学者や思想家は、みんな僕の人生と同じことを分かっている。
そして、彼らは賢くない。ニーチェに代表されるように、近代ヨーロッパの哲学者は「神を信じない」という主張をしているだけにすぎない。デカルトは人間を機械であるとした。カントはコペルニクス的転回と言った。彼ら、フランス人やドイツ人の思想家は、すべて、「神を信じない」ということを基本に成り立っている。
だが、神を信じろと言いたいわけではない。なぜなら、そもそも、キリスト教の神は正しくない。
正しいのは仏教である。
そもそも、現代の物理学は、相対性理論や量子力学の影響から、どんどんキリスト教よりも仏教に近くなっている。
仏教では、キリスト教のような、始まりと終わりがあるという考え方をせず、宇宙は始まりも終わりもないもの(無始無終)であり、人生は生まれてから死んで終わりではなく、何度も生まれ変わって生まれ直す(輪廻転生)と教えているが、現代の物理学の考え方はそのような仏教の教えにどんどん近くなっている。
僕は、本当はもっと日本のことを学びたい。僕はあまりに、日本のことについて知らなすぎる。
だから、日本史を学ぶのも選択肢のひとつに入れながら、ゲルマンやユダヤではなく、日本の宗教、すなわち仏教を学びたい。
江戸時代の公式思想は朱子学であると言うが、僕が思うに、彼らは孔子の編纂した論語を学んでいる。僕自身、彼らと同じように論語を学びたい。そして、日本神話の教え、すなわち「天皇陛下は太陽神である天照大御神の末裔である」という教えも信じたいと思う。
本音を言えば、僕は日本が好きだ。そもそも、ドイツ人には、もっと論理的かつ数学的に考えて、科学や哲学ができる人間が多い。それは彼らは数学的な言語であるドイツ語を話すからだ。日本語でも、そのように考えることは不可能ではないし、現に昔の僕は数学的に考える日本人だったが、そのように「数学的な思考」と呼ばれる思考は本当は賢くない。もっと、日本人のユニークな考え方がある。僕はそのように、真の意味で日本語で考えることができるようになったせいで、逆に論理的思考ができなくなったにすぎない。このような思考は、日本語の表現力を持つ日本人にしかできない。
よって、僕は日本史、神道や論語を始めとする日本の宗教、そして仏教の教えと、日本の芸術や文化を学びたい。