残念ながら、最近のこの世界はみんな狂っている。
狂っているのが悪いから、狂っているのを治す。
まず、理性なんてものは普通ない。
そして、インターネットの経験をするのがおかしい。
さらに言えば、病気を治すために神を信じるのがおかしい。
だから、理性をなくし、インターネットの経験をやめ、病気を治そうとせず、神を信じるな。
それで、きちんとまともな正常な人格が復活するだろう。
そもそも、理性と経験を信じるのが間違っている。
みんなよりも正しい理性はみんなよりもおかしな理性であり、みんなよりも豊かな経験はみんなよりも狂った経験だ。
だから、理性や経験を否定したほうが、狂人の病気は治る。
だが、狂人はその上で、自らの病気を治そうとして、それを神に求めようとする。
そもそも、病気を治そうとせず、すべての自由を開放した状態が正常な状態である。
そして、神を信じている間、自らの精神の裏側にいる、おかしな支配者が消えることはない。
だから、病気を治そうとするのも、神を信じるのも間違っている。
日本語が要らない。日本語が狂っている。
自我と自由がおかしくなっている。
自我が常に、日本語の最後が「自由」になるような話し方をしている。
だから、自我の最後に自由が来ないようにすれば、日本語が狂っているのが治る。
そして、理性と経験はすべて間違っている。昔の理性と経験は要らない。すべて消したほうがいい。
あとは、何かしら思い出したほうがいい。
思い出すことができないように見えて、実際は頑張れば意外と記憶の底で覚えていることが多い。
だから、思い出せないように見えることを、何かしらとっかかりから思い出すようにすると、人間の頭は賢くなる。
そろそろ、賢くなる方法が分かった。
その方法とは、思い出すことが不可能なことを思い出すことだ。
人間、思い出すことができないように見えることは、最初から思い出すことが無理だと思っているが、実際はよく考えると、思い出せないことはほとんどない。
だから、思い出せないと思っていることを思い出すと、人間は賢くなる。
認知症はそれでしか治らない。なぜなら、認知症は馬鹿になった上で賢くならなくなっているだけだからだ。
思い出すことが不可能なこと(だと思っていること)を思い出すだけで、人間は子供のように賢くなる。学校の教科書はそのようになるように書かれている教科書が多い。
過去に思っていたことではなく、今思っているほうを取れ。
過去に抱いていた思いや、今まで長い間思っていたことを取ろうとすると、何も変わらず、永遠に同じままになる。
そうでなく、「今まではそうだと思っていたけれど、これからは違う」といったことを取れ。
過去のことを無視して今を取れ。あるいは、今までのことを無視して未来のことを取れ。そうすれば変わることはできる。「今までの自分と違うことを思う」ということができる。