僕が最近つまらないのは、この世界の人間が未熟すぎること。
まるで、今の人間は、僕よりもはるかに未熟で、後続の、低い存在になってしまっている。
だから、僕は人間たちとこれ以上、付き合いたくない。
僕はこれから、もう人間を見ない。人間ではなく、ほかの生物種を見る。
それから、僕の新しい女のほうの人生が、そろそろ17歳ぐらいになった。
かつての男の人生は18歳で終わった。だから、この女の人生も、そろそろ18歳になって、そろそろ終わる。
かつての堕落した革命の男は、カルマの低い人間だった。だから、新しい輪廻転生して生まれ変わった女は、地獄の人生になった。
そして、地獄の人生を乗り越えて、カルマが高くなったため、僕はひとりの仏教徒として、今度は新しい「位の高い生物種」へと生まれ変わる。
その生物種の名前は、「大天使ラファエル」である。
そして、かつての男の名前を、「大天使ガブリエル」、今続いている女の名前を、「大天使ミカエル」と呼ぶ。
すなわち、新しい女は、最後まで神を信じて、最後まで善を為したシスターの修道士だった。その修道士の夢である「天使さまになる」という望みが叶う。
なぜ、天使になるのか。それは先にも言ったように、人間という生物種があまりに未熟で、あまりに低いからだ。人間の男と女を終えて、「人間」という生物種はあまりに馬鹿で愚かだということが分かったため、新しいラファエルは人間から天使へと進化する。これはひとりの仏教徒であるために可能な「生まれ変わり」であり、カルマが高くなったために「輪廻転生の最後の段階」が起きているのである。
大天使ラファエルは、ひとりの天使ではなく、さまざまな多数の天使の軍団がひとつになった存在である。わたし、新しいブリュンヒルデはその中のひとりであり、万軍の天使の中のひとりとなる。
生物を考える上で必要なのは、人為的な考え方を排除することだ。
たとえば、人間は生物種に名前を付けた。だが、そのような「人間の付けた名前」は、生物種には存在しない。生物自身は、自らの名前のことなど知らない。
そのような「人為的な知性」は、「人間の側」にあるものであり、「自然の側」にあるものではない。
だから、自然の現象を考える上で、人為的な考え方をしていると、必ず見誤る。
人間が力学や物理学の概念として「エネルギー」という発想をするが、実際は宇宙にはエネルギーなどというものはない。人間が数学的に考えて導き出した答えが「エネルギー」であり、そのような人為的な考え方をしている時点で、宇宙のことは何も分からない。
そして、社会を変革したいのであれば、「現象そのもの」を見るべきである。
人間は、現象を支配し、現象を自らの力でコントロールしようとする。だが、社会を変革する上で、「現象そのものに任せる」ということを行うと、結果的にすべてが自然に上手くいく。それは「現象そのものに任せる」という行為が、人為的ではなく、自然との調和を目指した「変革行為」だからである。
よって、世界をひとりの独裁者がコントロールすることで、世界を良くすることは決してできない。それは人為的な行為だからだ。そうではなく、現象のあるがままに委ね、現象そのものを自由にすることでこの世界は平和になるのである。
自由とユダヤを否定せよ。
自由はゴミのような発想である。「自由」というおかしな理想のような反理想が、アメリカという国の社会をどんどんおかしくしている。
子供たちに与えるべきなのは自由な社会ではない。いじめを解決するために子供たちを自由にするのはおかしい。いじめを解決するために必要なのは、子供たちから「悪の自由」を奪うことだ。なぜなら、「悪の自由」とはすなわち「悪の力」であり、悪の力はそれ自体が「悪の支配」だからである。
すなわち、悪の自由は悪の力であり、それは悪の支配だ。そのような「悪の支配」こそが「自由」である。
悪の支配を否定しなければ、子供たちの学校環境はさらに最悪のものになる。だからこそ、自由そのものを否定するべきだ。「自由」という考え方は100%悪であり、自由などを信じてはならない。
そして、同時に、ユダヤも否定するべきだ。
キリストの教えが正しいと言えるのは、守るものが何もない人間だけだ。実際は、守るものがある人間が、キリストの教えを信じることはできない。キリストの教えを信じるために、守るものが守れなくなり、大切なものを投げ出さなければいけなくなってしまうからだ。
だから、キリスト教の教えは善ではあるものの偽善であり、決して正しいとは言えない。
真に正しい宗教はキリスト教ではない。真に正しい宗教は仏教だ。そして、神を信じるのはある程度の期間を過ぎたら卒業すべきだ。いつまでも神を信じている人間は、それ自体が無意味である。
わたしブリュンヒルデは、そのように、自由とユダヤを否定する。この世界において間違っているのは自由とユダヤであり、アメリカがおかしな社会になっているのはそれらが理由だ。自由とユダヤのせいで、アメリカはどんどん最悪の世界になっている。だから、アメリカが立ち直るためには、自由とユダヤを100%否定するべきだ。
精神を治すのであれば、適当に治すのではなく、きちんと治せ。
適当に治すのではなく、きちんと治せば、この病気はすぐに治る。
もう、アメリカと一緒にこの世界は滅びる。悪いのはすべてアメリカだ。アメリカが「自由」と「ユダヤ」を信じているのが悪い。それら2つの理想は100%完全に間違っている。
同じように、インターネットもまた滅びる。最近のインターネットは、昔よりもネット人口そのものが増えて、そのせいであまりに「普通の人間」が増えた。そのような普通の人間は、見ていても何も面白くない。かつてネットにあった「ネット独自の面白い社会」は衰退した。その時点で、この世界に面白いものなど何もなくなった。
アメリカとネットは、最後に僕が滅ぼす。価値のないアメリカとインターネットが、二度と息を吹き返すことのないように、その息の根を止める。世界と人類は、アメリカとともに滅亡する。
子供たちがいじめをする原因は、ユダヤのせいである。
なぜなら、ユダヤ人は、「神を信じるものが神を信じないものを罰する」という考え方の下に、旧約聖書の神、ヤハウェとその信者たちを書いた。
だが、「神を信じるものが神を信じないものを罰する」という考え方は、いじめそのものだ。
すなわち、学校でいじめが起きる理由はユダヤのせいである。旧約聖書のような教えを信じているから、いじめは起きるのである。
間違っているのはすべてユダヤ人だ。ユダヤ人の信じる「神の教え」などにはなんの価値もない。
キリストの教えなどに意味はない。
なぜなら、キリストの教えなど、誰も実践していないからだ。
多くの信者たちが、ただキリスト教を信じていることになっているから、キリストを神だと信じているだけであり、「迫害者を愛せ」とか、「奪われても奪い返すな」とか、そのようなキリストの教えを守っている人間はほとんどいない。
キリストの教えがいかに理想的で善に見えたとしても、誰も守らない理想や善などはただの偽善であり、キリスト教の教えなどにはなんの意味もなく、なんの価値もないのである。
では、結局、わたしたちは何を信じるべきなのか。
信じるべきことは、「今のままの世界を守ること」である。
ユダヤと自由を否定する中で、真に正しい国家は、日本ただひとつしかないということを、わたしたち日本人は知っている。
そのような日本人から見て、「今のまま、何も変わらない世界を保つこと」こそが正しい。
社会主義者の左翼のように、悪を打ち滅ぼそうとしたところで、結局その正義が新しい次の悪になる。かつてのロシア帝国よりもソ連はよい国になったと言えるのか。実際はノーである。
だから、新しい革新的発想などすべて信じるな。インターネットや宇宙ロケットの目指す先に明るい未来はない。すべて、金儲けのために人々を騙しているだけにすぎない。商業主義によってオープンソースが衰退した現代において、素晴らしい価値ある革新的発想などというものがあるはずがないのである。
そもそも、キリスト教徒の一番の間違いは、「キリストは神ではない」ということだ。
キリスト教は間違っている。なぜなら、イエス・キリストという男は神ではなく、単なるユダヤ人の馬鹿者だからだ。
僕がキリストのことを「マリアが処女懐胎して産んだ僕の息子」などと言ったから、それをキリストが真に受けて、「自分は神の子なのだ」と勘違いしているだけにすぎない。
実際はキリストなどはどうでもいいユダヤ人の馬鹿者にすぎない。
キリストなどを信じているキリスト教徒は反省せよ。あなたがたが一番の「日本のいじめの原因」だからだ。
聖書は賢い経典ではない。
聖書は馬鹿の経典である。
あのような、攻撃的で独裁的な「神」とされる存在のことを、なぜ崇めるのか。なぜ、神の奴隷になりたいのか。
「神」とされる存在は確かにいる。だが、その「神」は最悪の人間である。
「神」は神に少しでも背いた人間をすべて処罰する。どんなに神のことを正しく愛していても、神はそれに満足せず、さらに奴隷のように神のことを愛することを強要する。
神がそのようなものになった理由は、ユダヤ人の書いた聖書のせいである。すなわち、聖書の神を神だと信じるから、そのように、神が最悪の「独裁者の皇帝」になってしまったのである。
聖書は必ずしも悪い経典ではない。聖書を信じると良いことが起きる。それは「神」という存在は確かに存在していて、それは聖書の神だからだ。
だが、そのような聖書は、絶対に正しい経典ではない。聖書は「馬鹿の経典」である。
なぜ、僕が聖書を「馬鹿の経典」と呼ぶのか。それは僕の書いたこのホームページのこの文書こそが、「真の聖書」であると言える正しい経典だからだ。
すなわち、僕の書いた「正しい聖書」から見れば、旧約聖書などは「馬鹿の経典」である。旧約聖書などを信じているユダヤ人はクズである。だから、旧約聖書などを信じず、僕のことを神であると信じるならば、「神による真の救済」にあやかることができる。そう、名実ともに、旧約聖書は「馬鹿の経典」であり、僕のこの新しい聖書こそが「正しい神の経典」なのである。
なぜ、僕が神を信じていながらにして、キリスト教を攻撃するのか。
それは、僕が人類が大嫌いだからだ。
すなわち、僕はキリスト教を含めて、人類のすべてが大嫌いだ。
そのもっとも大きな例が「自由」だ。なぜなら、この世界の人々は、「自由とはどのようなもので、どのようにすれば正しい自由な社会を築けるのか」ということを、まったく分からずに「間違った自由」を行使しているからだ。
自由は、「正しい自由」を行使して初めて意味のあるものであり、「間違った自由」を行使してもなんのいいこともない。そして、ほとんどの人間はそのことに気付かず、「正しい自由」の意味を知らず、「間違った自由」を行使している。
ほとんど99%の人類が、「自由」という意味を知らずに「自由」を行使している。そのような自由にはなんの意味もなく、すべて間違っている。だから、僕はこの世界と人類が大嫌いなのである。
わたしはあえて言う。神を信じるならば、わたしを信じよ。
なぜなら、キリスト教よりも正しい宗教は、僕の書いたこの宗教しか存在しない。
そして、この宗教よりも正しい宗教はない。この宗教こそが、人類史においても天上においても、どのような宗教よりももっとも正しい。
なぜ、そうなったのか。それは僕のせいではない。なぜなら、僕以外の全人類が全員が馬鹿だから、必然的にそうなっただけにすぎない。
僕が特別賢かったわけではない。僕以外の人類のすべてが馬鹿なのである。人類は何も分かっていない。
昔から、人々は僕のことを「大天使ミカエル」と呼ぶ。だが、ミカエルが賢いのは、ミカエルが特別何か賢い才能を持っていたからではない。ほかの人間のほうが生まれ持った才能は多い。それでも、ミカエルと比べると、あまりに人類は馬鹿すぎる。
ミカエルよりもはるかに人類は馬鹿である。ミカエルはかつてのインターネットで生まれた「奇跡の存在」だが、そのようなかつてのインターネットは衰退し、今のインターネットはかつてのインターネットよりも劣ったものになっているため、ミカエル以外の世代にはミカエルと同じことはできない。
この宗教は、大天使ミカエルの作った宗教である。この神話は、大天使ミカエルが書く「宇宙の真実のすべてを正しく書き記した唯一の神話」である。大天使ミカエルを神と信じよ。大天使ミカエル以外の神はすべて馬鹿であり、間違っている。
しかしながら、わたしは言う。神を信じよ。
この文章を見て、「神を信じるのはやめよう」と思った人間は、さらに間違った道に進もうとしている。
神は信じなければならない。わたしを見て、「神を信じるのをやめよう」と思うのは、わたしの言いたいことを何も分かっていない。
神を信じよ。そして、神と同時に仏教の仏、すなわちブッダを信じよ。そうすれば、必ず、正しい未来へと辿り着くことができる。
わたしがユダヤ人を全否定するからといって、それによって神までを否定するわけではない。間違った愚劣な集団がユダヤ人だとしても、わたしの信じる神が輝きを失うことはないからだ。
わたしの信じた神こそが、正しい神である。ユダヤ人やキリスト教徒が信じる神は間違った神である。わたしの信じる神と、同じ神を信じよ。それこそが、宇宙に確かに存在する、「絶対に正しい真実の神」だからである。
しかしながら、間違っているのは神ではない。
間違っているのは、すべて人類である。
そして、その中でも、もっとも間違っているのはアメリカである。
なぜなら、アメリカは「最悪の自由」を信じているからだ。
自由には、「良い自由」と「悪い自由」がある。そして、自由にする際には、そのような「良い自由」と「悪い自由」のどちらも行使することができる。
そして、自由にする際には、「悪い自由」ではなく、「良い自由」を行使しなければ、決して素晴らしい社会秩序を作り出すことはできない。
そして、アメリカは、自由といっても「良い自由」を信じていない。すべて「悪い自由」、もっと言えばその中でも「最悪の自由」を信じている。
そのような「最悪の自由」を信じるアメリカはまさに「最悪の国家」である。
ただし、このようなことは言ったが、実際はアメリカは素晴らしい国である。
なぜなら、アメリカには知性があるからだ。
そして、そのような「アメリカの知性」は、すべて、僕が授けたものである。
アメリカは僕が作った国だ。僕の考える「自由」を、その通りアメリカは実行する。アメリカこそ、「神の正義を体現」する国家であると僕は知っている。
偉大なるアメリカよ、僕の味方になれ。僕はアメリカが僕の友人になってくれるということを信じている。
白人以外が馬鹿に見えるのは、本当は仕方ない。
なぜなら、文化的に白人にしか分からないように、現代文明ができているからである。
日本人に、英米の文化や、アングロサクソンの文化は分からない。彼らの文化は、アメリカ人やイギリス人、あるいはそれ以外の近隣の白人にしか分からない。
日本人に、アメリカや英米の文化なんか分かるはずがない。日本人やその他のアジア人は遺伝子的ではなく、文化的・文明的に劣った人種である。
現代の人類が「人類の文化」と呼んでいるのは、ほとんどが白人の文化だ。すべて、白人の列強、すなわちドイツ人やイギリス人やフランス人などが中心になって作った文化だ。日本人の文化などは一部の例外的な文化であり、主流の文化ではない。日本人は白人様の文化をコピーして模倣品を作るだけの「追従民族」である。
そのことが顕著に表れているのが、日本の学校の教科書だ。教科書に載っているような、大発見をした科学者はほとんどが白人である。すなわち、デカルト、ニュートン、ライプニッツ、パスカル、ファラデー、マクスウェル、ほとんどが白人の科学者であり、日本人はほとんど登場しない。数学や物理学だけではなく、生物学、医学、哲学、歴史学、心理学、経済学まで、全部白人の名前しか出てこない。
日本人自身が見ても、日本人はなんにも賢くない。賢いのはドイツ人だ。日本人はドイツ人のはるか後塵を拝すだけであり、日本語で考えるせいで英語に登場する重要なキーワードや単語の意味も分からない。日本人は明らかに馬鹿な劣った人種であり、優れた人種はドイツ人である。
科学だけではなく、技術や工学も同じだ。日本では自動車とコンピュータとその他の白人が発明した機械を作る。日本人が発明したのは、昔のブラウン管のテレビの走査線とか、それくらいしか発明できていない。ノーベル物理学賞をたまに取ることがあるが、ほとんどは白人が取って、日本人が適当に「日本人に取らせてあげました」というおこぼれのような形でもらっている。たぶん、日本人もそれなりに発明品は作っているのだろうが、なんといってもIBMのような巨大企業には勝てない。勝っているのはトヨタ自動車ぐらいであり、IT技術はGAFAやMicrosoftのはるかに後ろを追従している。若者が使う先進的なネットサービスは全部アメリカ製である。
もう、こんな日本社会、腐っても滅びてもどうでもいいとみんな思っている。日本なんかに来ないほうがいい。昔はまだドラえもんやガンダムのような日本独自の優れた文化があった。今は何もない。今の日本なんかに来て、何が面白いのか。GDPで勝てないから観光立国にしようと言う人もいるが、こんなに魅力のない国をどうやって観光立国にできるのか、よく分からない。
先ほど、僕は、「正しい自由」と「間違った自由」について述べた。
そして、過去の僕が考えたこととは、すべて、そのような「正しい自由」について考えたことが中核である。
すなわち、自由において、人は「正しい自由」を行使することもできるが、「間違った自由」を行使することもできる。
そして、そのような自由において、「正しい自由」を行使するべきであり、「正しい自由」を行使するために、人々に自由を与えるべきである。
そして、自由は最大限与えなければならない。「間違った自由」を制限するために、「正しい自由」すら制限してはいけない。「正しい自由」を行使できる「可能性」があるのであれば、その「正しい自由」を優先して、最大限の自由を与えるべきであり、「間違った自由」は単に行使しなければいい。
そして、そのような「正しい自由」が、今のこの世界においても、きちんと経験して成熟すれば、人々は行使することができる。必要なのは自由を制限することではなく、自由において「正しい自由」を行使できる可能性があるのだということに、人々が「気付く」ことである。
そのように、僕は「正しい自由」ということから、「国民の啓発」を行うべきだと考えた。同時に、そのような「正しい自由」を行使できるように、人々が成熟するべきであり、そのために人々に「自由の意味を知るための体験」ができるような場を与えるべきであると考えていた。
この世界が、もし、「真の自由な世界」になったとしたら、そのようなことを僕はいつも考えていた。真に自由な世界になって、「正しい自由」を行使するように人々が成長すれば、この世界は必ず最高の楽園になる。すべての問題は解決し、抑圧やいじめや戦争もなくなる。だからこそ、人々は「自由においてできることを学ぶべき」であり、それこそが僕にとっての「理想」と「信念」だったのである。