残念ながら、もう、書くことが何もなくなってしまった。
書くことだけではなく、考えることも、知ることも、やることも、すべてやって、やり終えた。
放送大学の分子生物学の教科書は一応読んでいるが、本当に専門的で、逆に専門的すぎて意味がない。
分かっても、誰も知らないようなこと、誰も分からないようなことをただ網羅的にやっているだけにすぎない。
だから、僕は、もう何もやることがない。
今日は病院への通院があったので、デザインの作業所に行かなかったが、僕は待ち時間の中でさまざまなことを考えた。
特に、僕は最近いつも浮足立っていて、次に起こることが次に起きるまでを待つのがあまりに辛い。
それはすべて、やるべきでないことをやっているからだ。
もう、そのような、やるべきでないことをやるのはやめたほうがいい。
もう、書くべきものはすべて書いた。あとは楽になった上で、静かに、ゆっくりと穏やかに生きたいと思う。
最後に、世界を正常にする方法はひとつある。
それは、僕がいじめを忘れることだ。
そもそも、いじめを覚えているのは、たったひとり僕だけだ。だから、僕がいじめを忘れた時点で、みんなもいじめの存在を忘れる。
それだけで、この世界はすべて治る。
そもそも、僕はあまりに「忘れること」を恐れている。だが、僕の病気がおかしくなった理由は、すべて「忘れないこと」にある。
最近の僕は、何も覚えていない。日々のことをすべて忘れ、何も覚えることなく生きている。だが、それはすべて、過去のいじめを覚えているからである。
もう、辛かった記憶はすべて忘れたほうがいい。それだけで、この世界はすべて治る。