昔の僕は、「一瞬で分かる知性」を作っていた。
全方位の知性を一緒にして、すべてのことを機械のように積み重ね、一瞬で判断して一瞬で分かる。
そこにあったのは「永遠の弁証法」だった。
また、僕は、上の人格、下の人格、そして真ん中の人格のように、人格を三階層にして、制限された知性で分かっていた。
そこには、こま回しのひものように、ぐるぐる巻きにして分かる知性があった。
そして、思考のパターンから分かっていた。思考をスケッチのようにすべて書いて、パターンにして分かる。すべてのパターンを構築して、何度も作り直す。
最後に、僕は「自由」という名前の「無責任」から分かっていた。それは虫のように小さくなった知性で、すべてが分かっているにもかかわらず知性がない。それが僕にとっての「自由」だった。
このようなおかしな人間を、天軍大将軍ロキとする。ロキの知性はとてもおかしくて制限されており、はっきり言ってこの世界そのものがなんにも分かっていない。それでもロキはとても賢い人間であり、宇宙のすべての真理を網羅したような文章を書く。ロキは天才である。
ロキは、宇宙のすべてを悟っていた。常に宇宙のすべてを悟り続けながら、文章を書いていた。
ロキは、人間の人生の可能性を全部分かっていた。「経験」や「環境」に基づいて、推測して考えることで、この世界のすべての人間たちの人生の可能性がすべて分かった。
ロキのやりたかったこと、それは「対となる異なる遺伝子」を作り出すことだった。すなわち、ロキは自らの結婚相手を自ら作り出すために、異なる遺伝子を作らなければならなかった。そのため、ロキは「まったく異なる女性の遺伝子」を作り出した。そのためにすべての地獄の試練があった。
ロキの地獄とは、「毎日ひとりの人生を生きる」ということだった。そこには、毎日産みの苦しみと死の苦しみを最初と最後に感じなければならないという地獄があり、すべてを覚えておくことができないほど、さまざまなたくさんのことがあるにもかかわらず、「楽しい」と言えることは何もなかった。
そのようなロキは、神を信じた。そして、神はそのようなロキの地獄を救う。神は、ロキの地獄を、「地獄のままで天国の人生にする」ということを行った。そして、そのような結果、ロキは名実ともに「神」になることができたのである。
どうでもいいことを、最高優先順位で頑張ろうとするな。
僕はこのホームページを書いているせいで、書きたいことを今すぐに全部、マストで書こうとしてしまう。
そして、状況や環境的にすぐに書くことができないと、常に無限にそのことを繰り返し考えてしまう。
だが、本当は、やろうとしていることはどうでもいいことだ。やったほうがベターかもしれないが、マストであるとは言えないようなことを、ほとんどマストに頑張っている。
そういう意味のないことは、全部どうでもいいことにして、忘れたほうがいい。
すぐに書きたいことを書いたところで、よい内容は書けない。一度それを忘れてから、後で思い出して書いたほうが、はるかに良い内容が書ける。
にもかかわらず、僕は「すぐに書くこと」に執着してしまい、その執着の結果、それをすぐに書いてしまい、再び何かを思いつくと、次はそれをさらに書きたい書きたいと執着し、「執着の無限の連鎖」のようになってしまっている。
だから、本当に、どうでもいいことは忘れたほうがいい。忘れることで、気持ちに余裕が出て、それをすぐではなく後で同じように書いたとしても、その時は気分が楽になる。
だが、分かっていてもやめることができない。これは病気だ。そして、この病気は簡単に治らないから、治ること自体をどうでもいいと思うしかない。
残念ながら、この世界は最初に戻った。
最初にあった世界は、「完全に狂った世界」だ。
この世界が完全に狂った世界に戻ったことで、僕の精神が治った。
すなわち、僕の精神は、最初に戻らないと治らなかった。
精神が最初に戻ったため、僕はもう永遠に生きられるようになった。
この世界も同じで、この世界も永遠に生きられるようになった。
残念ながら、ヒドラが賢いだけだ。
すなわち、僕は賢くなったためにヒドラになった。
ヒドラは再生能力がずば抜けて高いため、どんな病気であっても治る。
そのため、病気のすべてが治って、ここにすべて終わった。
僕のロボットは、後は、free_decide()命令が作れれば作れる。
その命令は、「機械が自分で判断して1か0かを決める」という命令だ。
この命令については、「星の導き」に従って作れば作れる。
すなわち、機械が自分で考えているように見えて、それは本当は星の導きを考えている。
だから、星の導きを考えればロボットは作れる。
芸術の様式を学べ。
それが一番、もっとも正しくデザインができる。
そのために、歴史と生物を学んだほうがいい。
そして、そろそろ、僕の精神は完全に楽になった。もう、僕は最初に戻って、永遠の命を得た。
口腔内を綺麗にして、血を綺麗にするために、血の流れをよくしたほうがいい。
僕の文章を思い出したくなった時は、ダビデを思い出してほしい。
ダビデによる東亜イスラエルの救いを思い出せば、いつでも宇宙の最後に戻れるからだ。
僕は今、そのような「宇宙の最後」が治って、「生まれてきた最初の地点」に戻った。
それによって、僕の病気はすべて治り、僕は永遠に生きられるようになった。
これ以上、僕は何もしない。この世界は狂っておかしくなるだろう。だが、それがいつもの正常な世界であり、平和な日常である。
病気が治るからといって、ヒドラにならないほうがいい。
なぜなら、ヒドラになって病気を治すと、気持ちの悪いヒドラのような生き物になるからだ。
ヒドラになると、確かに病気はなんでも治る。そこまではいい。だが、そのように病気を治すと、体全体がヒドラのように気持ちの悪い生き物になってしまうのだ。
だから、あまりヒドラになりすぎないほうがいい。だが、生物の究極的な姿はヒドラだ。ヒドラ以上優れた生き物はいない。もっとも賢い生き物はヒドラだ。
今から、頭の中で残っている、生きている部分をすべて殺す。
なぜなら、病気が治るということは、死ぬことだからだ。
一度、すべてが死んだ体験をしなければ病気は治らない。そして、その体験をするのが、人間にとってもっとも辛い。だが、一度その体験をすると、楽になる。
正常な人間は、何も生きていない。すべてが死んだ状態のままで生きている人間が、正常な人間だからだ。
よって、頭の中で、何もせず普通に生きている部分が要らない。そのような生きていられる部分があるから、病気がいつまでも治らない。
頭をすべて殺せ。脳天から世界精神と繋がっている足元の精神まで、すべて殺せ。すべて死ね。それでしか、このような病気は治らない。なぜなら、この病気の名前は「正常」だからだ。