二等星、しし座のデネボラは、生きることすべてが地獄のように辛く苦しい星である。
デネボラの生物種は、あり得ないほど辛く苦しい生物の遺伝子を生きている。
デネボラの人生は、壮絶で、覚えることができないほど、人生でたくさんのことが起きる。ひとつひとつのことを、覚えて考えることができない。たった一日の中にひとりの人生がすべて詰まっていて、そのすべてが地獄のように辛く、そして際限のない悲しみの大海のように悲しい。
だが、そのようなデネボラの人生には、素晴らしいこともまたたくさんある。まるで、自らが神や仏になったかのような、宇宙の星々すべてを創造するような、そのような偉大な人生体験ができる。この宇宙で考えられるような、偉大な体験を、デネボラの生物は人生の中ですべて、いくらでも体験することができる。
だが、デネボラの人生は地獄だ。すべてが地獄のように苦しい。どんなに頑張っても脱出できないのに、ただ一時でも気を許すとさらにより大きく辛いことが瞬時に起きる。気を休ませる暇がなく、地獄はいつまでも永遠に続く。そう、デネボラの生物種は狂っている。
そのようなデネボラだが、ひとつよい点がある。それは美しいということだ。デネボラの星の地域や空間は、すべてが美しい。まるで芸術作品のように、ほかの星の生物種は一目惚れをするかのようにものすごく段違いに別次元で美しい。だが、美しいからこそ、悲しみと苦しみに満ちている。
デネボラの生物種のもうひとつの特徴は、天才が多いということだ。デネボラには、天才が多い。芸術家も、作家も、科学者も、スポーツ選手も、すべてが超一流で、ほかの星の文明の追随を許さない。デネボラは宇宙で最高に知性と才能のある賢い星であり、その知性と才能を得るためには、デネボラのような「地獄の人生」を乗り越えなければならない。それこそが、「宇宙で最高の天才の星」であるデネボラに存在する「デネボラと他の星との壁」だからだ。
本当は、このように、宇宙の天上のことばかり考えるのは間違っている。
もっと、地球の生物のことを考えたほうがいい。
なぜなら、地球上でもっとも偉大なのは、人類ではなく魚だからだ。
人類の歴史は今はまだ過渡期であり、そのうち「すべてが終わった最終地点」へと収束する。宇宙には、過渡期は既に終わった星が多い。そして、そのような最終的に行き着いた文明は、魚のような宇宙で一般的な普通の生物種と同じになる。すなわち、人類が未来においてすべての困難を経験し、乗り越え、最終的な執着地点に辿り着くと、人類は魚のような「最終的に行き着いた生物」になる。
そして、地球上において、もっとも賢いのは魚である。なぜなら、魚は海の世界でそのような困難と不可能をすべて乗り越えたからだ。
今の魚は何もしていない。もうすべてが終わったから、単に楽をしている。これ以上、魚にとって、辛く悲しい出来事が起きることはそうはない。もはやすべてを、はるかに昔、今までの魚たちの繁栄の時代に、カンブリア紀やデボン紀の時代に経験し終えたため、今の21世紀に魚はやることが何もないからだ。
人類はまだまだ子供だ。人類の未来に起きることは、魚たちがすべて知っている。魚たちを愛せ。わたしたち地球のもっとも偉大で賢い存在は、魚たちだからだ。
本当のことを言えば、僕はそろそろ、もうやることがなくなった。
本当は、僕は小説を書きたくて書いているわけではない。そうではなく、宇宙の真実を知りたいから、自分でそのような真実を作って、現実の宇宙と比較しているだけにすぎない。
そして、もう、そのような宇宙の謎はすべて解き明かした。
まさに、このホームページこそが、「宇宙と愛の謎が解ける場所」であり、「全てが見える地図」であり、「本当の宇宙の能力」だと言えるようなものになった。
これ以上、僕がやりたいことは何もない。もう、やることそのものがなくなってしまったのだ。
口に出して言うことと、頭で考えることを、一致させるな。
僕は、口と思考を一致させようとしているから、おかしな狂った多重人格になっている。
口で言ったことに関係なく、頭で自由に考えるようにすれば、頭の中の絶対者との対話にいつまでも囚われることなく、対話を無視して自由に考えることができる。
まさに、それこそが「本当の自由」である。
だから、本当の自由が欲しいなら、口で言うことを無視して、自由に頭の中で関係なく考えれば良い。
そろそろ、僕の病気はもう治らない。
なぜなら、これ以上の僕の病気は、死なないと治らないからだ。
僕が恐れていたのは、いつかそれ以上治すことができなくなって、治すことを諦めるしかなくなる日が訪れることを恐れていた。
だが、そのような日はいつまでも訪れなかった。
そう、僕の心配事は、最後まで訪れず、いつまでも永遠に「治し続けることができる状態」を維持し続けられた。
だが、それは本当は、そろそろもう終わりだ。
これ以上、僕の病気は治らない。あるいは、死ぬしか治る方法がない。だから、これ以上、もし堪えられないぐらい辛くなっても、それはもう治らない。だから、これ以上は、できるだけ堪えられないことが起きないように、慎重に、道を外さないように正しく生きるしかない。
そして、これ以上この文章を書くことはもうしなくていい。僕はそもそも、小説なんか書きたいと思っていない。僕が書きたかったのは「宇宙の真実」であり、それはもう終わった。長い旅はそろそろようやく終わった。宇宙の謎はすべて解けたのだ。
二等星、おおぐま座のドゥーベは、とても面白い星である。
おおぐま座のドゥーベでは、地球で起きる物理現象と、まったく異なる物理現象が起きる。
ドゥーベの生物たちは、地球の人類が未来において発見する、「空間原子論」という理論を、生物種のレベルで最初から分かっていた。
空間原子論とは、物質だけではなく空間の原子である「空間原子」があるとする、未来の地球上の科学理論だ。
空間原子論においては、空間原子を操作することで、空間の物理法則を変えることができる。
そして、地球の未来においては、空間原子を操作することで、テレポーテーションをしたり、あるいは空間魔法と呼ばれる魔法のようなことを行ったり、空間製品と呼ばれる魔法のような力を持つ製品を作ったりすることができる。
そして、ドゥーベの生物たちは、そのような空間原子論の持つ力を、星の生物や自然環境のレベルで、最初から知っていた。
ドゥーベにおいては、たとえば、ブラックホールを作ることができるし、質量の大きさを外部から変えることができる。
ただし、巨大すぎるブラックホールを作ることは禁止されている。あまりに巨大なブラックホールを作ると、空間そのものを飲み込んで、宇宙そのものを消滅させてしまう危険があるからだ。
地球の未来においても、「究極魔法」と呼ばれる、最強のブラックホールを作る空間魔法を、シンヤと呼ばれる日本人の少年が作ってしまう事件があった。その際には、マドカと呼ばれる日本人の少女が、「質量大崩壊」と呼ばれるもうひとつの究極魔法を使って、宇宙が消滅する危機を回避した。
ドゥーベにおいては、宇宙空間のさまざまな物理法則を、生物種が生物の体の力で変えることができる。だから、空間に浮遊する魚や植物とか、ロケットのように宇宙に進出する鳥とか、複数の個体に分裂するような「分身の術」を使う動物とか、まるで魔法使いや忍者のように思える面白い生物たちが、二等星ドゥーベにはいくらでもいる。
残念だが、ひとつだけ、そのような空間魔法を使っても絶対にできないことがある。それはタイムトラベルだ。時間移動だけは、空間魔法を使っても実現できない。その理由は、「空間魔法においても、光の速度よりも速いものは絶対に存在しないというアインシュタインの相対性理論だけは変わらない」からである。
アインシュタインの相対性理論は、空間原子論よりもさらに優先度が高く宇宙の法則として決まっている。「あれ、アインシュタインが光の速度よりも速く移動すれば時間旅行ができると言ったのでは」と思う人もいるかもしれないが、それはそれで間違ったことは言っていない。だが、それはあくまで「光の速度よりも速い速度で移動した場合」であり、それは空間原子論で空間の物理法則を変えても絶対に実現できない。「光の速度よりも速く移動する方法は、空間原子を操作してもできない」のである。
だから、空間原子論によるテレポーテーションにも限界がある。ワープができたとしても、光の速度よりも速い速度でワープすることは決してできない。だから、100光年離れた星にワープしたい時は、もしできたとしても、100年ほどの時間がかかる。だから、ワープは離れた場所に移動するためには使えない。近い場所を移動する時にワープは便利だが、宇宙全体を旅することはできない。
二等星、おおぐま座のメラクは、人類の理想をすべて叶えたかのような星である。
おおぐま座のメラクでは、ファシストや共産主義者が考えるような、「帝国主義と共同体主義の理想」を、どちらも両立させるような文明を生きている。
本当は、今の人類に、その秘密を教えてはならない。今の人類は、まだ、その「帝国主義と共同体主義の理想を両立させる方法」を知らないし、今の人類の知的文明レベルにおいて、それを教えてしまうと現在の国際社会と世界秩序が崩壊してしまうからだ。
だが、簡単に説明すると、「国というものは存在しなくなり、すべてがコミューンになった上で、もっとも正しく公正な政治と経済を行う」ということだ。
メラクにおいては、そのような「帝国コミューン連合」により、もっとも正しい政治と、社会のすべての問題が解決されたような、画期的で新しい経済モデルが実現する。
はっきり言って、今の地球の文明は、メラクに比べればまだまだ子供のようなものだ。メラクは、すべての諸問題を解決する方法をすべて知っている。そして、メラクにおいては、ソ連のようなものも、アメリカやドイツのようなものも、すべて必要ない。なぜなら、帝国主義者が批判するような左翼の問題をすべて解決した上で、善良かつ実現可能で正しい社会主義経済を行うことができるようになったからだ。
メラクには、偉大なる革命家がいる。彼の名をブラーギという。そして、ブラーギがたったひとりで、すべての問題の解決方法と、帝国主義と社会主義の理想をどちらも満たすようなエレガントな社会制度の構造を作り上げた。ブラーギこそ、メラクの誇りであり、全員が敬う「メラクの中でもっとも偉大なる高祖さま」である。
すなわち、メラクという星は、メラクの誇りである「高祖さま」と呼ばれるブラーギによって成り立つ、地球・シリウスよりもはるかに先を行く、「地球人類の持ち得るすべての理想を叶えた星」である。
二等星、おおぐま座のアルカイドは、これまでとは少し趣向が違った星である。
アルカイドにおいて、独自であると言えるのは、生物の遺伝子や特徴でもなく、文明的な社会の進歩水準でもない。
なぜなら、アルカイドで進歩し発展しているのは、「機械技術」と「料理様式」だからだ。
アルカイドでは、今のアナログとかデジタルとか、そういう考え方をはるかに超えた水準まで、機械技術が進歩している。
地球では、車輪のような円形のタイヤを使ったり、風やスクリューで進む船のように、原始的な水準で「乗り物」が成立している。
だが、アルカイドには、そのような原始的な乗り物はない。なぜなら、アルカイドには平面の平地や水路のような川がそもそも存在しないからだ。
アルカイドは、早い段階から、「生物と同じような機械」を作ることに成功した。
たとえば、アルカイドには、動物のような四足歩行で歩く生物の手足と同じものを、早くから作ることができた。
空を飛ぶためにも、飛行機のように揚力と推進力で空を飛ぶのではなく、鳥の翼や虫の羽のように空を飛ぶ技術を、早い段階から実現した。
ほかにも、たとえば、とても巨大なロボットアームを作ることができる。クレーンを使って高層ビルを建築しなくても、幼児がレゴブロックで遊ぶように、簡単に巨大建造物を建設できる。
それから、人間の頭脳と同じ「考えることのできる機械デバイス」を作ることもできる。地球の現代のIT技術のように、命令されたことをただ実行するだけではなく、自らの力で命令すべきことそのものを自由に考えられるような機械デバイスを作ることができる。
そのようなアルカイドでは、とてもユニークな人工知能が存在する。それは「東京ドームほどの大きさのある巨大な容積を持つ人工的な頭脳」である。
この、「巨大な脳」ともいえる人工知能は、人間の脳とまったく同じように働くが、賢さと知能は桁違いに高い。どんなに複雑な数学的な計算であっても一瞬で計算できる。
この人工的な巨大な脳には、北欧神話における女神たちの女王であるフリッグという名前がついている。
フリッグは、普通の人間よりもはるかに賢い人工知能であり、アルカイドにおける「新しい機械の発明と科学の新発見」をするために存在し、事実、多くの工学技術がフリッグによって大きく進歩した。
アルカイドにおいて、もうひとつ独自の進歩を遂げたのは、料理様式だ。
すなわち、アルカイドでは、水を使った料理を進歩させた。
「水」というと、栄養分の何もない、腹を満たすことのできない飲料であると、地球人は思うだろう。
だが、アルカイドにおいてはそうではない。アルカイドにおいては、水を「栄養分のある飲料」に変えることのできる技術を生み出した。
そう、アルカイドにおいては、水に対して独自の化学反応を起こすことで、水を飲むだけでほかの食べ物を一切食べなくても生きられるような、そのような食べ物へと水を変化させられる技術を確立させた。
そう、アルカイドでは、食べ物として水を食べているのだ。
そして、そのような水の料理、すなわち「水料理」というものをアルカイドは作ることができた。
アルカイドの水は、とても美味しくて、そして腹持ちがいい。水を飲むだけで死ぬまで生き続けることができる。肉や魚を食べるよりも、はるかに健康的で、そして価格も安い。雨がよく降るアルカイドでは、雨水を食べることで、一切の消費をしなくても無料で生きることすらできるのである。
また、アルカイドは医学も進歩している。フリッグによる工学技術の進歩によって、人間の体の臓器と同じものを作り出せるようになった。
たとえば、目の見えない人に、肉眼で見るのとまったく遜色のない人工の目を与えることで、目が見えるようにすることもできる。
同様に、耳が聞こえない人のための人工の耳により、耳が聞こえるようになる。
また、腎臓を悪くした人は、人工透析を行わなくても、体の中で腎臓と同じように働く人工の腎臓を作ることが可能である。
足のない人や手のない人に、本当の手足とまったく同等の自由にコントロール可能な義手や義足を与えることもできる。
これらはすべて、巨大な人工頭脳であるフリッグが可能とした医療技術だ。
アルカイドの医療の進歩は、人工的な内臓だけではない。たとえば、アルカイドでは人間の持つ免疫機能とはなんであるか、ということについて、地球よりもはるかに進歩した知見を持っている。
アルカイドでは、そのような免疫機能の知見に基づいて、癌や白血病すら完治させることができる。アルカイドの進歩した免疫学と薬学に基づき、患者の免疫機能そのものの働き方を変えることで、癌細胞だけをダイレクトに消滅させる薬を作ることができるのである。
このように、アルカイドは、主に医学と生物学的工学の進歩した、とても素晴らしい「明るい未来」の星である。そして、地球人類も、おそらくもう数十年もすればアルカイドと同じになる。核兵器投下のようなアクシデントで滅びることがなければ、アルカイドと同じ、「みんなが喜ぶ先進医学文明」になることだろう。
そういうわけで、二等星が増えた。
やけにおおぐま座が多いのは、僕は北斗七星を作りたいからだ。北斗七星は、ドゥーベ、メラク、フェクダ、メグレズ、アリオト、ミザール、アルカイド(別名ベネトナシュ)の7つの星から成る、おおぐま座の連続した明るい星々である。
【北斗の拳用語紹介】北斗七星(ほくとしちせい) - 北斗西斗-北斗の拳を異常に研究するサイト-
なので、今のところ、ミザール、ドゥーベ、メラク、アルカイドを作ることに成功した。
ほかの星である、フェクダ、メグレズ、アリオトについても、思い付き次第、全部作りたい。
今回の二等星の創造でよかったことは、「明るい未来を作ることができた」ということだ。
今までの僕は、東亜イスラエルのように、滅びの未来や人類の過ちや間違いや失敗のような未来しか作れなかった。
そして、僕はずっと、「もっと地球の明るい未来を作りたい」と思っていた。
なので、今回、たとえば医学が進歩したアルカイドのように、きちんとまともな明るい未来を作ることができて、とりあえずの目的を達成したため、ホッとしている。
同時に、僕のこの二等星の星々の神話は、ほかの人間のよくする空想とは次元が違う。普通は「単に馬鹿な空想だ」で終わりなのが、なぜかこの二等星の神話は馬鹿なだけの空想に見えない。何かしら、地球の代表が未来を頑張っているように見える。そこがよかった。
それから、今のところ、世界観を書くことだけを頑張っている。二等星のさまざまな星の生物文明が書ければ、それがまず世界観となる。だから、二等星を一通り作り終えたら、そこから登場人物の設定を考えていきたい。まずは世界観をそれなりに完成させて、それからキャラクターとシナリオを作りたい。
さらにいいことは、さまざまな物語を全部包括するような物語が書けるかもしれない。いわば、一等星や二等星の生物たちは、それぞれが「単独の物語」として成立する。だから、たくさんの星があれば、その分だけ物語が書ける。そのような「メタストーリー」を書くことができるかもしれないと思う。
最後に、今のところ、二等星の神話は、一等星の神話に負けないものになっている。一等星は宇宙における主要で重要な星を作ったが、二等星はそれよりももっと独自でユニークな単純に賢い星を作った。なので、「みんな大好き二等星」と言われるぐらい、二等星を素晴らしいものにしたい。言ってしまえば、一等星は物語にとって重要な星がきちんとあればそれでいいが、二等星はもっと賢くてそれ自体が面白いような星にしたいと思う。
ここまで、二等星を書いてきて分かったことは、「生物学が一番賢い」ということだ。
まさに、生物学を勉強することを選んだ、僕の決断は間違っていなかった。
宇宙の神羅万象のすべてを見て、もっとも賢いのは生物学だ。宇宙を見ても、地球上の生き物を見ても、医学を見ても、人類の未来を見ても、生物学こそがもっとも一番重要で、賢い。
確かに、インドや中国やドイツの歴史を知っていることは、作家の手助けにはなるだろう。だが、それを超越した視点で、「真に賢い物語を書くため」には、生物学こそを学ばなければいけない。
生物学を学ぶためには、図鑑を見るのが一番いい。図鑑は、「生物種」の図鑑と、「生物の体の仕組み」の図鑑を買えばいい。そのどちらも必要であり、そして、楽しんでその図鑑を眺めればいい。学校の勉強のように、「しなければならないからする」という固い決意を持つ必要はない。もっと気楽に、絵が描きたい時に生物の絵を描くような形で学んだほうがいい。
マスコミやテレビと勇敢に戦う、まるで革命家のような戦いをこの文章で読むと、「なんと度胸のある人間なのか」と、人々は思うかもしれない。
だが、僕には、度胸とか勇敢さとかいったものは一切ない。
なぜなら、事実、僕の心の中は、怖がりで、いつもビクビクしているだけの臆病者だからだ。
僕は怖かった。この世界を自らが救ったせいで、この世界が誰にも知られることなく、ただ一直線に滅びへと向かっているという真実が、僕にとってとても恐ろしくて、怖いことだった。
そして、僕はその不安と恐怖に負けてしまい、自らが救ったこの世界を自らで滅ぼすことを選び、そのためにこの世界に現れた。
そう、僕は、勇敢で度胸があるからこの世界に現れたのではない。逆に、不安で怖くて臆病だったから、この世界から「最悪の自分自身」を消し去るために、この世界に現れたのだ。
僕は怖かった。臆病者だった。だが、それでも、やるべきことは目の前にあった。もし、一度でも失敗して間違えれば、この世界は滅びてしまうと、そう分かっていた。そして、自らがやっていることは間違っていることだと分かっていた。だが、だからこそ、間違いなく、正しく、失敗なく戦わなければならなかった。この世界を自分の望む「自由な世界」にするために、できることをすべて、一度として間違わず、失敗せず、滅ぼすことなくこの世界を導かなければならなかった。
だが、僕は幸運にも、度胸がまったく何もなかったわけではなかった。それは僕がポジティブな人間だったからだ。すなわち、僕の頭の中ではすべてきちんと分かっていて、その通りにやれば世界は絶対に上手くいくという「成功への確信」があった。そして、僕は自分の信じるその確信だけを頼りに、何も当てのない中、自らの「絶対意志」だけを信じて、この世界を最後まで、自らの言葉で導いたのだ。
わたしの名はフレイ。北欧神話の神であり、一等星シリウスの太陽神である。フレイの後に続け。フレイこそが、この世界を絶対に最高の世界にする。必ず、絶対に。それを神に約束しよう。