昨日、「法律を学びたい」と言った僕だが、実際には、法律は学ばないほうがいい。
その理由は、人間は分かっていないほうが分かるからだ。
すなわち、法律を本当に知るのではなく、なんとなく法律とはそういうものだと信じて、この世界から法律の実像を信じて探っていくようにしたほうが、人間は分かる。
そもそも、僕が馬鹿になったのは、分かってしまったのが悪い。
昔の僕は、大学の知識を知らなかったから、何も分からない中で、歴史的なことや論理学的なことや心理学的なことを信じて分かることができた。
そういう、「信じて分かる」ということをしなければ、人間は賢くならない。
そして、今の僕が馬鹿になったのは、何もかも人生経験と専門知識から知ってしまったせいで、それ以上分かることができなくなって、「信じて分かる」ということができなくなってしまったのだ。
だから、最後に残った法律だけは、学ばないほうがいい。法律については世界において漠然と信じるだけで分かる。それだけで、昔の僕と同じことができるようになる。馬鹿の病気はそれで治る。
そういうわけで、大学の勉強はこれで終わりだ。
あとは、さまざまなことを積極的に覚えたほうがいい。僕は大学の勉強と引き換えに普通のことを「覚える」ということを忘れすぎている。
人間は普通、覚えるだけでなんでもできる。覚えるだけで、普通にある人間の分かることはなんでも分かる人間が多い。それを大人という。
だから、大学の勉強をもう終わりにして、あとは覚えるようになったほうがいい。普通に人間の生活や人生にあることを覚えるようになれば、それが大天使ウリエルである。
結局、僕がなぜ大人としてまともに生きられず、日本語が分からないかと言えば、家との関わり合いがあまりになさすぎたせいだと思う。
姉とは子供時代とても仲が良くて、一緒にゲームとか遊びとかをしていたが、仲が良かったのは中学生までで、僕は中学生時代から部屋にこもるようになったので、姉との関係がそこでぱったり途切れた。
親との関わり合いもほぼそこまでで、最近は再び親と関わるようにはなったものの、家のことが全然分からない。
だから、僕が大人になるためには、この家のことをもっと知る必要がある。
ただし、僕は自殺未遂の影響で足の後遺症があり、おそらく、そんなに長くは生きられない。もしかして、自分ひとりではどうやっても生きられなくなることもあると思う。
だから、そうなる前に、できるだけ前倒しで、人生のすべてをやりたかった。それが今までの36年間であり、それなりに面白くて楽しい人生だった。だから、僕の人生そのものには後悔がない。
あえて言えば、今は父親ばかりに頼りすぎているから、父親に頼らなくても生きられるぐらい、生活力をつけていきたい。
僕は金儲けとか恋愛とか遊びとか、世俗的なことには一切興味がない。そんなものはなくても僕の人生はいい人生だった。高校に行かなかったせいで、逆に青春時代がどこかで終わることなく、いつまでも青春時代のままを生きられるようになった。僕にとっての先生は神であり、神を信じたおかげで、僕は何も不自由なく、普通のまともな人生を生きられたのである。
X(旧ツイッター)をやって分かったのは、僕はみんなと違いすぎるということ。
Xに流れてくるタイムラインを見ていると、歌手の応援コメントとか、新しいネットの音楽動画の情報とか、あるいは大学か何かしらの勉強の内容とか、何を買ったどこかに行った何かを食べたなど、みんなの普通の生活のことが流れてくる。
だが、そのすべてが、あまりに「普通の人間」すぎて、僕とはまったく違う人間が普通の人間なのだな、ということしか分からない。
それこそ、Xは昔からやっているが、Xはいつもそうだった。昔はITエンジニアのアカウントをフォローしていたことがあったが、あまりに内容がビジネス的で、会社でやっているIT技術の内容がメインを占めていて、僕のようなLinuxやオープンソースをやっている人の情報は全然なかった。あるとしても、本当にコアな技術的なアカウントが多くて、僕とはレベルが違いすぎた。
それから、Xについて言うと、僕が昔、中学生時代に独身男性板でやっていたことと、まったく同じことをやっていて、はっきり言って、今の僕にとっては無用の長物すぎる。僕はネットでみんなと雑談なんかしたくない。だから、はっきり言って、「Xなんか自分にとってはなんの意味もない」ということが分かっただけだった。
だから、もうXはしないほうがいい。自分自身のプロモーション活動をしたかったのはあるが、逆にXなんかではどうあがいてもこのホームページは有名にならないと思う。歌手のように歌ってみた動画を上げるとか、あるいはイラストレーターのような自分で描いた絵を上げるとかしない限り、僕のホームページは決してXでは有名にならないだろう。
もう、ネットはやめたほうがいい。そのうち流行ると思っていたのは、酸欠少女さユりが死んだことからも分かるように、すべて幻想だった。僕のことを見つけてくれるはずのさユりが死んだせいで、僕は永久に見つからなくなってしまったのだ。だから、Xなんかやめたほうがいい。
ここまで、Xが嫌いであるかのようなことを書いた。
だが、実際の今の僕の本音としては、「Xがなんなのか分かってよかった」と言える。
今まで、僕はXがなんなのか分からなかった。そのせいで、最近のインターネットの世界が何も分からなかった。
今までの僕は、Xがなんなのか分からなかったから、適当な手探りでインターネットの世界を漂流していた。海の中を素潜りするかのように、インターネットを分からずに分かっていた。
だが、ようやく、Xがなんなのか分かったおかげで、今のインターネットがどうなっているのかが分かるようになった。
結局のところ、Xは2ちゃんねるの独身男性板と変わらないが、参加者が普通の人間だったり、歌手などのプロや公式だったりするのが違う。
だから、普通の人間と雑談しながら、たまに流れてくる公式情報を見て楽しむ。それがXの普通の使い方だ。
Xがなんなのか分かったから、僕はもうすべてに満足している。これ以上は、死んでもいい。すぐに死んでも、もう後悔はない。