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2025-02-23

強い国に変える

はっきり言って、この世界には、軟弱な人間が多すぎる。

あるいは、僕が「自由」と言うせいで、あまりに弱い人間が増えた。

自由では、人間は強くならない。

だから、僕は今から、この世界を強い世界に変える。

自由は間違っている。自由は弱くなるだけで、何も良い社会にならない。どんどん弱く苦しい世界になっている。

強くなれば、生きるのも楽になる。

この世界のいじめは酷い

以下のあのさんのXでのポストを見て、少し考えさせられた。

@aNo2massさんのポスト - X

この世界のいじめは酷い。

いじめの原因は自由にある。自由をやめなければいじめはなくならない。

残念ながら、理想を信じるだけではいじめはなくならない。理不尽に立ち向かうために、いじめられる側も強くなる必要がある。

世界から自由をなくす

僕はこの世界から自由をなくす。

自由は間違っている。社会的に見て、自由はなんのいいことももたらさない。

真に必要なのは、自由でない理想を信じることだ。それは平等かもしれないが、平等もまた間違っている。自由でも平等でもない、新しい人間の理想を信じなければならない。

学校教育でリベラルな理想を教えるのは間違いである。

根本の法則としての自由は間違っていない

自由が間違っているからといって、戦争や革命をするのが正しいわけでもないし、ファシズムや社会主義が正しいわけでもない。

自由が間違っているからといって、それらを正しいとするのは短絡的である。

間違っているのはあくまで自由であって、戦争や革命は正しくもないし、間違ってもいない。それはまったく別のことである。

また、自由が間違っているからといって、それは「単なる自由」が間違っているだけにすぎず、根本的な法則としての自由は正しくもないし、間違ってもいない。

すなわち、「好き勝手」や「自分勝手」のような単純な自由は、すべていじめに繋がる。だから、いじめを否定するのであれば、自由を否定しなければならない。

だが、だからといって、根本の法則として、宇宙に存在する自由は、正しくもないし、間違ってもいない。

それは堕落した芸術が多いからといって絵を描くのを否定するようなものであり、生きるのには辛いことが多すぎるから生きることを否定するようなものである。

だから、日本社会の自由は最悪で、自由という発想を否定したとしても、根本の自由そのものを否定するのは短絡的であり、同時に、戦争や革命を起こし、ファシズムや社会主義を支持するのも短絡的だ。

この世界には馬鹿なものばかり多い

はっきり言って、この世界には、馬鹿なものばかり多い。

この世界に、素晴らしいものがたくさんあると信じている人間は分かっていない。実際には、世俗の現実社会にはほとんど悪いものしか存在しない。

現実の日本社会などと、できるだけ関わらないほうがいい。現実の日本社会は、「自由」を信じるせいで、最悪の社会になっている。

自由は微生物みたいなもの

自由の間違っている理由は、自由は微生物みたいなものだからだ。

生物を構成する最小の要素は細胞であり、単一の細胞でできている微生物のことを単細胞生物という。

そして、世界が自由であるから自由を信じると言っているのは、微生物が普通だから単細胞生物を信じるようなものだ。

実際は、自由はあくまで最低限の最小の人間の基盤にすぎない。その上に、自治体とか生産活動とか国家とか経済とか歴史とか、そういうものがたくさん積み重なって人類の活動は行われている。

だから、第一原則が自由だからといって、すべてを自由にすべきであると信じるのは、第一原則が原始生物だから、原始生物のように生きるべきであると信じるのと同じだ。

だから、人間であろうとするならば、たとえ自由が社会の第一原則であったとしても、自由を否定しなければならない。それこそが近代文明であり、「今の人類」である。

単純なほうがいい

ただし、矛盾するように聞こえるかもしれないが、実際、世界は単純なほうがいい。

高度で複雑な社会にすると、国民がその国のことを簡単に理解できなくなるし、破綻しやすくなる。

人間という生物種も、体の仕組みこそ複雑だが、生きるために食べて、命がひとつあって、自由意志と感情に従って行動して生きるということは単純である。

国もそのように、できるだけ単純にしたほうがいい。単純にするからこそ柔軟性が高くなる。そして、国ができることは最大限できたほうがいい。

人類なんか嫌い

あとは、僕はそもそも人類なんか嫌いだ。

僕は人類のことなんか愛していない。その理由は、この世界には馬鹿ばかり多いからだ。

この世界の馬鹿な人類と、僕はまったく無関係に生きる。馬鹿な人類と関わりたくない。人類が滅びても何も思わない。勝手に苦しんで、勝手に死んで、勝手に滅びればいい。

人類が滅びるのは自業自得であり、情けも憐みも不要だ。すべて人類そのものの罪であり、さらに言えば人類が神の教えを守らなかったせいであり、悪いのは人類自体である。

もう一度生まれ変わる

家入レオは、「No Control」の中で、「何度でも生まれ変わる」と言った。

この言葉の通り、僕はもう一度、ここで生まれ変わる。

もう一度、まっさらな自分自身になって、新しい自分を手にして、生まれ変わりたい。

ここまでのすべては要らない。後悔もやり残したことも何もない。ここで僕はもう一度死ぬ。そして、新しい人間よりも進化した生物種である「神」になる。