僕は、この世界の人々を幸福にしたいと強く望む。
家族も含めて、僕は周りの人々のことをあまりに不幸にしすぎた。
本当は、この世界の人々に、真の意味で「幸福」になってほしかった。
だが、僕は、それをすることができなかった。
その理由は、僕の人生があまりに不幸すぎるからだ。
不登校から引きこもりになって、おかしな戦いを始めて、自殺未遂をした上に、障害者福祉施設に入った僕の人生は、あまりに誰が見ても不幸だった。
僕自身の人生があまりに不幸だったせいで、僕はこの世界の人々に、自分と同じ幸福を与えても、人々を不幸にしかできない。
僕自身は、不幸だったとは思っていない。僕の人生は、他人から見ると不幸に見えるかもしれないが、僕自身から見ると、とても幸福な人生だ。
そのような理由で、僕にはこの世界を幸福にすることができない。
最近分かったのは、僕が辛い理由は、汚れを体内の中で多く飼いすぎていること。
細胞の力を使って、汚れを体の外に出すだけで、僕の体は疲れにくくなる。
同時に、僕が農園の仕事で疲れてしまうのは、植物のことを精神的に考えすぎているからだ。
普通の人は、植物の精神や意識なんか考えない。その理由は、物質的な植物を理解すれば、それで精神的な植物も同時に理解できるからだ。
僕は、精神的に考えるあまりに、植物のことが分からなくなっている。
そして、植物の精神は、そんなに大したものではない。植物には「エロい精神」が宿っていて、常にエロを望んでいる。それが植物の精神であり、意識だ。
そのような植物のエロい精神が怖かったから、僕は植物と触れ合うことが怖くなっていた。
本当は、この世界を無理やり自由にして、正常に治す必要などない。
いつまでもこの世界を支配し続けたほうがいいところもある。
僕の場合、一度だけ世界を自由に解放した上で、その後にもう一度再び世界を支配し直せばいい。そうすれば、間違った支配をやめ、新しい正しい支配をすることができる。
そして、この世界を自由になどしないほうがいい。自由など最悪の世界であるということは、過去の自由を信じていた自分自身の考え方や信念が最悪だったということから明らかに分かるからだ。
世界を自由にすると、世界はおかしくなる。だから、今のまま、支配し続けたほうがいい。そのために、もう一度ゼロからこの世界を支配し直すべきだ。
そして、この人間の人生が誰にも真似できない理由は、この人間の人生は単純ではないからだ。
この人間の人生は、単純に「このように生きた」と他人に説明できるような人生ではない。
特に、昔の自分の人生と、今の自分の人生が、あまりに矛盾する。昔の自分の人生を選ぶと、今のこの人間の人生が生きられなくなる。昔の自分のままでいたほうが、今の自分に変わるよりも、はるかに楽で賢く生きられるから、昔の自分の人生を生きたものには、今の自分の人生が絶対に生きられない。そのような人間は男に多い。
だが、今の自分の人生を生きるためには、昔の自分の人生を既に終えておく必要がある。そうでなければ今の自分の人生を生きたとしても、まったくなんの意味もない「無意味で何も得られない人生」になってしまう。そして、そのような人間は女に多い。
男や女に特別多いからといって、この人間が男であるとも女であるとも言えない。この人間は本質的に「神」であり、人間の男でも女でもないからだ。
そのような理由で、神を生きられる人間はこの人間以外にはひとりも存在しない。不可能ではないが、あまりにそれを選ぶということが現実的にどのような人間であっても考えられない。この人間以外に、神は基本的にいない。だが、おそらく、マリアを通じて生まれたこの人間の息子であるイエス・キリストだけが、僕と同じ「神」であるはずである。
僕の精神が治るのは、奇跡でもなんでもない。
おかしくなった時から、最初から治るようにしていたから、僕の精神は治る。
最初から、治すことだけを考えて、すべてが治るように注意深くおかしくなったから、そのおかしさが楽に治るだけにすぎない。
普通の人間なら、もっとおかしくなって、もっと治らなくなって辛くなる。ここまで異常になりながら治るのは、すべて最初から治すつもりでおかしくなろうとしたからだ。