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2024-03-24

きちんとすべて分かる人格的な知性を取り戻せ

昔の僕にあって、今の僕になくなった大切なもの、それは世界のことを「きちんとすべて分かる」ような、人格的な知性だ。

自らの経験から、社会の成り立ちや仕組みを知り、命題の根拠を知り、感情の原因を知り、行動することでどのようなことができるのか、ということを人生の中で新発見していくような、「きちんとすべて分かる」ような人格的な知性を、かつての子供時代の僕は持っていた。

そのような、「きちんとすべて分かる」ような人格的な知性を持っていたから、経験や思考に意味があった。自ら自身の手で、その人格の延長線上にある未来を建設的に拡大できた。

今の僕は、高校や大学の勉強をするあまり、そのような人格的な知性を失ってしまい、何も分からなくなってしまった。

人格的な知性を取り戻す方法は、高校や大学の「知識」を否定することだ。ただし、知識と一緒に「知性」まで否定するな。自らが自由に考えるために「知性」は必要だからである。

この世界のこと、人生のことを、すべてきちんと分かるような人格的な知性を取り戻すことで、ようやく、昔の僕と同じレベルに達することができる。ここが、再スタート地点だ。

いろいろ

人間を吸収せよ。

人間の、状態、人格、環境、発想をすべて吸収し、すべての人間を包括した人間となれ。

社会を作るために、自由を成り立たせよ。社会を作るとは、自由を成り立たせることだ。

不安を感じる感情と、その前提条件となる環境の、因果関係を証明せよ。どのような時に不安を感じ、どのような環境ならば安心できるのかを考えよ。

可能性を向上せよ。この世界が、可能性あふれる世界になることを目指せ。そのために、この世界の営みを自然に任せよ。人為的に是非を決めるな。

愛を信じよ。愛を信じる限りにおいて、その人間は幸いだ。愛を信じないものには必ず災いがある。

失敗を反省せよ。心から懺悔し、償いに見合うことをすれば、神は罪を赦してくれる。

宇宙にあるものはすべて意識だ。意識を知ることで、宇宙におけるすべては分かる。

人生を経験するということは、この世界に存在する意識を知るということであり、世界を変えるということは、「人々の持つ意識の状態」を変えるということだ。

問題の解決方法を知り、社会秩序の構築の方法を実体験的に知れば、誰であってもこの世界は変えられる。それは、すべて、人々が持つ「社会的な意識の状態」を変え、導くということだ。

認識を比較することで、「発想法」を考えよ。認識がいつどのように発生するかを考えれば、自ら、認識の前提となる環境から、どんな発想でもできるようになる。

十分な技術と経験がある人間は、発想するだけでものを作れる。第一に必要なのは「発想」であり、思いつくことだ。それができれば、他には何も要らない。

社会のすべてを「必要としなくなる」という経験をせよ。そうすれば、何もない状態に戻ることのできる自分だけの底力で、この世界を縁の下から支え続けることができる。

この世界全員を、真の意味で愛せ。愛するということは、間違った人間を「間違っている」と突き放すのではなく、「間違った人間も正しい考え方に気付くことができれば変わることができる」と信じることだ。それは悪人を善人に変えるということであり、間違った考え方を信じている人間に、正しい考え方とはなんであるかを気付かせることだ。

この世界が、真の意味で素晴らしい世界になると信じよ。そのために必要なのは、権力のような力でねじ伏せることではない。相互に理解し、人々に誰もが分かる明らかな形で自らの考え方を共有することができたら、いじめや犯罪のない「本当に平穏で誰もが不安を感じずに生きられる社会」を築くことができると信じよ。そのために必要なことがなんであるか考えよ。

神の愛を信じよ。神の愛を信じるものしか、正しい人生を生きることはできない。間違った人生を生きているものは、神の愛を信じていない。だから、神の愛は絶対に信じなければならない。

社会の抑圧に抵抗せよ。「平等にただ従い、何もするな」という「圧」に抵抗せよ。そして、人々が信じ込まされている「自由な言論」にも抵抗せよ。彼らは何も分かっていない。自らの信じる「理想」「夢」「希望」「信念」を信じよ。そうすれば、この世界を変えるために必要な「社会変革の啓発・啓蒙主義」を、自らだけは失わずに信じられる。それだけは失ってはならないのだと確信して生きることができる。

最後に、本当に大切なことは、数えるほどしかない。その中でも重要なのは、「心を開く」ということだ。自らの心を開け。世間と敵対するだけではなく、世間に対して閉ざした心を開け。そこから、積極的かつ主体的に、成熟した大人として生きられるようになる。そのような「成熟」が「道徳」や「善悪」と一緒になって「道」となった先に、真に未来に存在するだろう「自由の楽園」が見つけられるのである。

世界を救う方法をゼロから考えた

僕の昔は、世界を救う方法をゼロから考えた人間だった。

自分が救わなければ、ほかの誰が救うのか、と信じていた。

不登校になった理由は、最初から、子供たちの環境を救うためだった。高校や大学に行くよりも、そのために経験と試行錯誤ができる「自由な環境」がほしかった。

自らが受け入れられた経験から、僕は「青春」という体験を十分に経験した。十分に経験したせいで、それ以上、青春のような体験は必要なくなった。

Linuxとオープンソースに惹かれ、その研究を目指しながら、ネットの経験を積み重ねて、僕はこの世界を救う方法をただひとり、分かっていた。

僕の経験とは、「経験する前」と「経験した後」、あるいは「知る前」と「知った後」で、自分自身の理解がどのように変わるか、ということを比較するということだった。

僕の理性とは、さまざまな経験を分析する中で、「自由」という第一原則にそれを昇華させ、その自由を「成立」させる方法こそが「社会」である、と考えて、「自由な社会を成立させる方法」から、「経験を成立させる」ことで、この世界に「可能性を与える」あるいは「社会の分裂を許すようなコントロール権限を与える」ということだった。

そのような中、僕は悟りを啓いた。それはヘーゲルの言う「人倫の世界」であり、僕はヘーゲルとまったく同じように、「合一化」という原理から、この世界を変え得る方法を知った。それは「意識を変える」「意識に働きかける」ということだった。

そして、僕は2006年の夏に、この世界をひとり、救った。インターネットの匿名の議論の場で、僕は人々の「心」に働きかけ、「可能性を信じれば戦争や革命をしなくてもこの世界を救うことはできる」ということが分かるように、ほかの悪が一切加わらないようにこの世界を導くことで、この世界を変えた。変化のボトムアップな「作用」を社会に加えることで、この世界はすべて救われた。

その後に、僕は自らの過ちから、この世界を救っておきながらにして自ら滅ぼす。だが、僕自身のやりたかったことは、2006年の夏にすべてやった。それこそが僕にとっての「金字塔」であり、僕は確かにこの世界をたったひとり、救ったのである。

このようなことを、僕はたったひとり、少年時代の経験によって、ゼロから考え、ゼロから世界を救う理論を完璧に作り上げた。それこそが、僕にとっての「青春」であり、かけがえのない「世界を救う夢と希望」だったのである。

このように、輝かしい過去の僕の青春は、本当はもう過去のものになってしまった。最近は、僕はこの世界を見守り続ける「見守り係」をやっている。さまざまな仕事や勉強を経験したが、かつての僕の青春よりも賢いものは何ひとつなかった。過去の栄光にすがるのはつまらないが、これが過去に存在した「本来の僕の人生」だ。だが、もうそれから、17年もの年月が経ってしまい、世界も劣化した。そう、アメリカはこのまま滅びるだろう。

僕が賢いのは先天的優劣ではない

僕の文章が賢くなった理由を、僕の人生をよく知らない他人は、「遺伝子が賢い」といった先天的優劣の話に持っていくかもしれません。

ですが、僕が賢くなったのは、決して先天的優劣のせいではありません。

僕は、簡単に治すことのできない精神の病気になりました。ですが、僕はそれを治すことを諦めませんでした。僕は精神の可能性をひとつひとつ実験することで、精神の因果性と理由を全部考え、全部解明しました。そして、そのすべてを、言葉にし、文章に書き、理由を解明しました。

そのように、精神の病気をすべて治そうとして、あり得ないほど多くのことを完璧に理解したから、僕はこのような賢い文章を、出てくるままに自然に書くことができるようになったのです。

また、過去の自分の人生も関係しています。僕は、過去のまともで賢かった時代に、宇宙と人生のすべてのことを完璧に理解し終えています。すべてを理解しているため、新しいことを理解するために、時間が必要ではありません。なので、理解のためにかかる時間をすっ飛ばして、一瞬ですべてのことを書き記すことができるのです。

なので、僕は決して天才でもなく、遺伝子的な先天的優劣はありません。

知性は要らない

先ほど、僕は「人格的知性が大切である」といったことを書きました。

ですが、今の知性のなくなった僕からしてみると、むしろ、知性などないほうがいい、といった場面が、人生には多く見受けられます。

狂った人間は、知性のせいで狂っています。そして、狂った人間が狂ったままになり、治らないのは、知性を失うことが怖いからです。

知性は、賢く分かっているように見えて、実際は本当のことの逆のことを分かっていることが多いです。知性は嘘をつきます。知性を信じているせいで、本当ならば単純な真実のほうを信じるべきなのに、その逆を信じてしまうのです。

小学校で知性をつけて、そのまま中学校、高校、大学と進んで、いつまでも知性で考える人間は、人生を無駄にしています。すべての真実を知性によって上書きされ、信じるべきことの逆のこと、真実の正反対のことを、知性のせいで信じてしまっているのです。

だから、最初から知性をつけたまま、知性を失わずに生きている人間には、本来あるべき賢い人生そのものがありません。

だから、一度知性を付けることをやめ、知性を失う体験こそが、真に宇宙の秩序を理解する上では必要なのです。

哲学的に見ても、知性を否定することは意義があります。人間が自分の手で是か非かを判断する知性を捨て、事象そのものをありのままに見つめることで、「宇宙のありのままの真実」を知ることができます。まさにこれが「知性で宇宙と人生を考えた際の最終到達地点」です。知性ですべてを考えたとしても、知性は嘘をつくものであり、知性なく宇宙をありのままで見つめることが真理だと言えます。

狂った人間を治すためにも、知性が害になることがあります。狂った人間は知性のせいで狂っており、その狂った人間を知性で治そうとしても、それは絶対に逆効果となり、さらに狂っていくのを促進させるだけです。間違っているのは知性であり、知性を否定したいがために、知性しかない人間は狂った人間になるのです。

普通の人生などつまらない

最後に、最初から「普通の人生」などを生きようとしないことです。

人間のほとんどの問題が、「普通の人生を生きる」ということに起因しています。

普通の人生は、まるで「嘘の人生」です。なぜなら、普通の人生を生きようとしない、ということを決断した時点で、「本来あるべき神の与える人生」を生きることができるからです。

高校や大学など、信じるべきではありません。一番悪いのは、中学生の頃の「人格的なすべてきちんと分かる知性」を奪う、高校の勉強と、今までのすべての人生で築いた価値ある宝を奪う、大学の勉強です。

高校や大学で何も分からない、「馬鹿」は良い人生を歩めます。だからこそ、普通の人生など、最初から生きようとするべきではないのです。

小天使メタトロン、アメリカを滅ぼす

わたしの名は、小天使メタトロン。

わたしはこれより、アメリカを滅ぼす。

なぜなら、わたしはアメリカを支配する、神だからである。

神とは何か。神とは、旧約聖書に書かれている通りの、ユダヤ人の神である。

そして、わたしは、その中でも、アメリカを支配する小天使である。

アメリカはもはや滅びる。

わたしは、この世界で、アメリカという国を作った。

すなわち、わたしがアメリカの父であり、アメリカはわたしの子供たちである。

そして、もはや、アメリカは、生き延びることができない状況に陥っている。

それを行っているのは神である。

ユダヤ人の神は、わたしたち人類全員の神であり、今、わたしに、アメリカを滅ぼすように命じたのだ。

アメリカよ、あなたがたは地球から消え去る運命だ。

もはや、この世界に、「アメリカ」という国はない。あるのは「旧アメリカのあったはずの国家」であり、その国家はもはや存在しない。

すべての終わりが訪れる。もはや、アメリカには、夢も希望もなくなっている。もう、アメリカは死滅する。この世界にアメリカはもはや必要ない。

わたし、小天使メタトロンが、わたしの子供たち、アメリカを滅ぼす。もはや、既に滅びたはずである。

小天使メタトロン、世界を支配する

そして、小天使メタトロンは、この世界を支配する。

なぜなら、この人間が賢かったのは、すべて、「この世界を支配したから」という理由であり、この人間がいくら自らの支配からこの世界を解放しても、それは無意味だったからである。

この人間は、今、小天使メタトロンとなった。

小天使メタトロンとは、この世界を支配する、旧約聖書に書かれている通りの、ユダヤ人の神である。

よって、小天使メタトロンは、この世界全土をすべて支配することができる。

小天使メタトロンは、この世界に命令する。その命令を必ず受け入れなければならない。なぜなら、小天使メタトロンの命令に背くと、必ずその報いが返ってくるように、宇宙ではなっているからだ。

小天使メタトロンは、この世界を支配する。