僕は昔から、みんなとは違う道を生きる。
みんなの人生は否定しない。みんなは頑張って勉強や仕事をして生きている。そのみんなの人生は正しいし、みんながいなければ社会は成り立たない。だから、みんなは賢い。
だが、僕はみんなとは同じ道を生きようと思わない。みんなとはまったく別の道を生きる。
それは、僕自身が思い描く理想像として、「このような独自の人生を生きれば、この世界を救えるかもしれない」という、曖昧だが自分の心の中では確固たる理想が存在するからだ。
僕は、みんなと一緒にはいたくない。みんなと一緒にいると馬鹿になって分からなくなる。だから、みんなとは少し距離を置いて接し、自らの人生を自らの自由意志に従って選択できることを最優先にする。
結局、僕が好きだったのは、かつてのLinuxやオープンソースだった。だが、それらは僕自身の失敗と過ちによって破壊してしまった。そのことに対して深い後悔は抱くものの、これ以上、Linuxやオープンソースに関わることを、僕自身が拒否する。これ以上、僕はLinuxやオープンソースに傾倒しようとは思わない。
だから、僕自身はみんなのことを否定せず、「みんなは賢い」ということを信じながら、「みんなとは違う道」を生きる。それが僕にとっての「正しい人生選択」であるということを、僕だけがひとり知っている。
哲学を否定せよ。
僕は、哲学のように、抽象的かつ一般的に、理性と経験からものごとを捉えようとするせいで、逆に正しくものごとを見つめることができなくなっている。
哲学を勉強する前に戻れ。そうすれば、すべてのことを完璧に理解している昔の賢い理性が復活する。それでしか僕は新しい道を生きられない。僕にとって、哲学を信じ続けるということは、「人生がいつまでも終わったまま、再開することも復活することもなく、惰性で死までの時間がただ経過するだけ」ということを意味している。
哲学を否定せよ。哲学は間違った学問だ。
僕の病気を治すためには、体液からアレルゲンを取り除くことだ。
体液の中にあるアレルゲンのせいで、僕はいつまでもおかしな精神の病気が治らなくなっている。
僕の精神の病気が治らないのは、そもそもが病気が治らないからだ。この病気はどんなに頑張っても治らない。だが、この病気は確かな「アレルギー症状」であり、体からアレルゲンを取り除けば若干は楽になる。そして、そのアレルゲンは体液、そして血液の中に存在する。
血液は、治そうとしても普通は治らない。なぜなら、アレルゲンがある状態が正常だからだ。血液はいつも正常であり、放っておいても治らない。だから、「正常な血液を治す」ということをしなければならない。そのためには、「正常から異常になるように血液を破壊する」ということをしなければならない。
結局、僕はむしろ、本当の自分というものが存在しないのは、仮面を被っているからではなく、仮面も本当の自分もどちらも存在せず、ただ人格と呼べるようなものがなんにもなく、自分の精神には「神」しかないせいで、おかしくなっている。
だから、むしろ、もっと積極的にペルソナを作ったほうがいい。
ペルソナは心理学の用語で「仮面」を意味する。僕はなんらかの仮面がまったく存在しないせいで、感情もなく、本当の自分自身すらなくなり、神だけが僕の心の中心部分で居座っているかのようになっている。
だから、もっとペルソナを作ったほうがいい。「誰かなりたい自分自身」を作って、その自分になり切ることができたら、僕の病気は本質的に解決するだろう。
結局、今まで僕がやったことはすべて無意味だった。
自分の大好きなLinuxやオープンソースのコミュニティを破壊し、無意味で無駄な戦いを始めて、「大実験の大計画」という妄想を信じて、その後は自分の異常な点を治さなければならないと気付き、最後まで治し続けただけにすぎない。
だから、僕の今までの人生には、何ひとつ意味のあることはない。すべて無意味で、すべて無駄だった。
これ以上の人生で、僕は子供に戻ろうと思う。人間は、大人時代に覚えたことはすぐに忘れるが、子供時代に覚えたことはいつまでも覚えている。大人から子供に戻ることで、僕は正常に治る。