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2024-05-18

世界政府を作れ

なぜ、自国と他国の勢力争いのために、国と国が戦争をしなければならないのか。

なぜ、ほかの人種や民族を虐げ、奴隷のように扱わなければならないのか。

なぜ、信じる神がどのような神かということで、殺し合いをしなければならないのか。

社会主義は失敗した。ソ連の過ちにより、社会主義経済は成立しないということが分かった。

ユダヤは間違っている。ユダヤを信じてイスラエルを建国しても、それはユダヤ人のための楽園となり得ないということが分かった。

わたしたちは、国民全員に平等な権利を与え、奴隷や階層社会を作らず、全員が平等であるかのような、世界政府を築くべきだ。

民主主義において、自由主義的な政策と社会主義的な政策を行う二大政党を作り、その上で、世界全体を平等に統治するような、自由連邦を世界政府とせよ。

どの言語を話しても構わない。日本語を話したいものは日本語を、英語を話したいものは英語を話し、互いに異なる言語を話す人々がコミュニケーションをする際には、異言語コミュニケーションのための仲介言語であるエスペラントを話すようにせよ。

どの神を信じても構わない。一神教だけを正しいとするのは間違っている。キリスト教徒、ユダヤ教徒、ヒンドゥー教徒、仏教徒、イスラム教徒、そしてあらゆる神話や宗教を信じるものが、その宗教が一神教でなかったとしても正しい信仰を持つ教徒であるとせよ。

自由は間違っている。自由においては必ず勝者と敗者が生まれる。だが、資本主義よりも上手くいくような経済政策は存在しない。よって、「自由の持つ間違いを否定しながら資本主義経済を行う」ということを政府の経済の原則とせよ。

正しいルール

日本人は、宗教的になんでも神にする関係から、「ルールはどんなルールであってもルールである」と考える。

だが、それは、正しい社会を作る上では間違った考え方だ。

なぜなら、本来人間は、「正しいルールとは何か」ということを追究する生き物だからだ。

この世界において、「正しいルール」とは何かを考え続けよ。その正しいルールの通りに、世界政府の社会システムを築くようにせよ。

ユダヤ共産主義は決して正しいルールではない。より正しいルールが絶対にほかにある。

純粋経験

哲学的に考えて分かる真理とは、「純粋経験」である。

すなわち、あらゆる経験を「純粋な愛」であると捉え、経験から愛を感じることこそ、「純粋経験」の哲学である。

純粋経験とは、そのような「純粋な経験そのものが世界を変える」という考え方であり、「絶対経験」とも呼ばれる。

絶対経験により、わたしたちのこの世界は、純粋な経験それ自体が世界を変える。それこそが、わたしがかつて到達した「経験のゴール地点」であり、「最後まで純化された真に正しい経験」である。

神を信じないことを恐れるな

神を信じないことを恐れるな。

「神を信じない」ということは、決して悪でも不遜でもない。

神を信じることで、確かに、人生が救われたり、正しい人生に導かれることはあるだろう。

だが、実際は、ユダヤ人の神は決して善良でもなければ、正義でもない。

必要なのは、「神を信じない」ということを恐れず、堂々と「わたしは神を信じていません」と述べることだ。

それによって、どんな人間であってもまともな人間になれる。神を信じる人間がまともに生きられないのは、すべて神を信じていることが悪い。だから、堂々と神を信じることをやめよ。そうすればその人間は神や宗教から「卒業」することができる。

世界は滅びない

世界は滅びない。運命は変えられる。

日本とイスラエルの戦争は起きない。わたしたちは、日本とイスラエルの間で平和を保ち続ける。

わたしたちは、世界政府である「自由連邦」を作る。自由連邦は、すべての人間に平等かつ自由な権利が認められた、自由主義政党と社会主義政党の二大政党による、万人の自由な思想信条を保つことを目的とした世界政府であり、この世界政府こそが、この世界において「永久に平和のままが続く永遠の国家」となる。

イエス・キリストが、終末において「神の御国が訪れる」と言ったのは、すべてこの自由連邦のことを言っている。自由連邦は帝国でありながら連邦制国家であり、皇帝は神が就任する。その神こそが、この世界を救う真の皇帝、「終末帝」の名を冠する「ファイナル・エンペラー」である。その名を平野明日道と言う。

平野明日道とは誰なのか。平野明日道は、神でありながら、かつての日本の盛者である平家の血筋を引く「幻の血筋」の皇帝である。平野明日道によってこの世界は再び「平家による支配体制」に戻る。だが、その治世は素晴らしく、ほかのどの王や皇帝よりも「もっとも正しくもっとも素晴らしい最高の治世」を行う。それができるのは、神である平野明日道しか存在しない。なぜなら、平野明日道とは僕のこと、すなわち詩人アッシー四世のことだからだ。

自由連邦のまま永遠に何も変わらない

終末帝、ファイナル・エンペラーの平野明日道は、この世界を自由連邦のまま、永久に何も変えない。

すべての議論と争いは終わった。終末帝、平野明日道の築く自由連邦こそが、絶対に、誰がどのように考えても、「正しいルール」とされるようなもっとも一番正しい社会体制である。

自由連邦は世界政府だ。地球上のすべての国家が自由連邦となり、それぞれの国家は自由連邦における「州」となり、自由連邦の皇帝である平野明日道が王としての政策を行う。

もはや、世界は永遠に変わることがない。ファイナル・エンペラー平野明日道こそが最後の王であり、平野明日道は人間でありながらアンドロイドとなり、さらに医療技術が進歩し、永遠に平野明日道が不老不死のままで生き続ける。何も変わらない地球の未来は、そのような「神々の黄昏」だけが起きる。これぞ、永遠の命を得られるとされるような、イエス・キリストの述べた「神の王国」である。

この世界は自由連邦のまま、永久に変わらない。終末帝、ファイナル・エンペラー平野明日道は、この世界を永遠に何も変えずに、「世界の全員を神として救済する」ような最高の治世を行う。

再生医療の進歩

なぜ、平野明日道が不老不死のまま永久に生き続けることができるのか、それは再生医療が進歩するからだ。

iPS細胞のような再生医療の進歩により、どのような体の部分であっても、若く健康な内臓を新しく作り出して、病気になって正常に働かなくなった内臓や組織を取り換えることができるようになる。

同時に、ロボットや人工知能技術が進歩することで、本当に人間的に死んだとしても、自らがロボットとなることにより、生きながらえることができるようになる。

さらに言えば、分裂することがなく100年ほどしか寿命がない神経細胞についても、「神経細胞を再生させる方法」が発見されるため、100年以上の長い寿命に渡って生き続けることが可能となる。

その結果、平野明日道は不老不死の皇帝となり、永久に平野明日道だけが「終末帝」として自由連邦を支配するようになる。

神の大学を卒業した

僕は中学校を不登校になって、高校にも入学はしたもののほとんど通わず、大学の勉強もほとんどしなかった。

それでも、僕は「神の大学」を学ぶことができた。

これは僕が「神と対話」できるからこそできたことであり、「宇宙への宣言」の結果、僕だけが学ぶことのできた「神の大学」である。

そして、僕はここに、神の大学を卒業した。

この神の大学のことを、一等星ベガの名前を付けて、「ベガ仮想公開大学」と呼ぶ。僕はそのような、一等星ベガの大学を卒業した。すべての科目を修了し、成績は優秀だった。

そして、この世界は、これ以上神を信じ続ける必要はない。僕のように神を信じることで、人々は苦しみと辛さの中、地獄のような世界になっている。

だから、世界を地獄から救うために、僕はこれ以上、この世界が逆に神を信じなくするようにする。

神の大学は終わったため、これ以上神を信じる必要は、僕にとってもこの世界にとってもなくなったからである。

神による「絶対支配」はもう終わりだ。この世界から神はいなくなる。それによって、いつもの幸福な「普通の日本の日常」が蘇るだろう。

最後に、僕はユダヤ教をここに「廃棄処分」とする。ユダヤ教は間違った宗教であり、ここに僕の中に存在するロボット人間とともに廃棄処分になる。なぜなら、そもそも僕の中に存在する「ロボット人間の自分」のことを、人々は「ユダヤ人」と呼んでいるからである。

自由連邦はソ連を否定する

この世界において、間違っているものがあるとしたら、それはソ連だ。

ソ連という発想は間違っている。なぜなら、ソ連という発想は、この世界を腐らせる癌細胞のようなものだからだ。

オープンソースを見よ。オープンソースは滅びている。オープンソースが滅びた理由はソ連だ。ソ連のようなデジタル共産主義思想を信じるアンチ・マイクロソフトの共産主義者、すなわちリチャード・M・ストールマンとFSFを支持するドットコミュニストによる、ネット上の過ちと失敗と罪によって、オープンソースは滅びた。オープンソースはソ連のような凶悪な人間のせいで、完全に滅びたのだ。

よって、この世界を腐らせる、最悪の癌細胞、それがソ連である。

ソ連を信じるな。ソ連を信じるものは悪い人間しかいない。ソ連は悪党だ。

よって、自由連邦の皇帝、平野明日道は、ソ連を否定する。ソ連は間違っている。ソ連だけを取り除き、共産主義思想を抹消することで、世界政府たる自由連邦は永久に平和を保つことができるのだ。