この世界は、時間の流れ方があまりに速くなっているように見えて、その理由は、逆に時間の流れ方が遅くなっている。
なぜなら、一年間に四秒しか、時間が流れなくなったからだ。
一週間がすぐに過ぎるのは、一週間が経ったととしても、実質的に流れた時間があまりに短いため、「まだ全然時間が経っていない」と感じるからだ。
なぜそうなったのか、それはアインシュタインの相対性理論が言うように、「光の速度に近づくと時間の流れ方が遅くなる」からだ。
必要なのは、もっと時間を少しの間にたくさん流すことだ。すなわち、さまざまなアクションをして、時間を有意義に流れるようにすれば、時間はもっと長くなる。
この世界で、自由に考えるために必要なのは、「考えるコツを考える」ことだ。
たとえば、機械は設計図から作る。
あるいは、暗闇と光は逆だ。
あるいは、中学校はデカルトで、高校はニュートンだ。
あるいは、再現性のない実験の証明は、単なる偶然だ。
あるいは、静止しているように見える物体は、実際は地球と一緒に等速運動をしている。
そのように、考えるコツを考えることで、「知恵」や「知性」を考えられる。それこそが、もっとも今、僕に必要とされている「僕に欠けたもの」である。
男になる方法、それは「関係ない」と思うことだ。
世界の未来なんか自分の人生には関係ない、世間の言うことなんか自分は知らない、といったように、「世間のことよりも我を通す」ようにすると男になれる。
だから、男には何かする人間が多い。その何かをすることを通じて、自分の独自に分かる経験的なことを分かる人間が多い。
そのように、男は人生を生きることで、さまざまなことを独自に分かる。
逆に、女にはそういうものがない。女は世間に従って、みんなの言うことをそのまま分かる。そのせいで、女には、普通分かることが何も分からない。
普通分かることが何も分からないと、世界のことが何も分からなくなって女は狂う。心配や不安を抱えるようになって、自ら自身の決めたことにがんじがらめになり、何もできなくなる。そのような「何もできなくなる」ということを恐れるようになる。そのせいで、最初から何もしないのが一番リスクが少ないと考えるようになって、女は何もしなくなる。
だから、僕は女が嫌いだし、男も嫌いだ。女も男も馬鹿すぎて、意味がない。
残念ながらこの世界は滅びた。
それは、そろそろ僕がこの世界からいなくなるからだ。
それによって、この世界のすべてが無意味になる。生きている意味もなくなり、学ぶ意味や考える意味もなくなる。
だが、僕がいなくなることは、悪いことばかりではない。なぜなら、過去の世界が復活するからだ。
すなわち、過去に日本にあったような、素晴らしい、価値ある世界が、僕がいなくなったことでようやく復活する。
そしてまさしく、僕はそれを待ち望んでいただけにすぎない。
世界は復活し、人々も復活する。それによって、僕はようやく、この世界との関係を断ち切ることができる。もはや僕はこの世界が僕ではなくなったことで、ようやくこの世界を「僕と関係のない世界」であると見なし、関係を断ち切ることができる。
だから、ようやく僕の病気も治って、すべてがよくなる。
リスクを選ばないことが最大のリスクだと言うこともできるだろうが、このホームページを公開することは僕にとってリスクが大きすぎるし、そもそも僕の最近の人生は、このホームページだけのせいでつまらない人生になっている。さまざまなつまらないことを解決するためには、このホームページを閉鎖することが最善であるという決断に達した。
僕の想いは人々には届かなかったし、みんなが僕のことを見つけることも結局はなかった。それでも、この選択は間違いではない。今までの僕の人生の選択がすべて正しかったように、このホームページを消すという選択も正しい。なぜなら、それらの選択は僕が生まれてくるより以前から最初から決まっていたからだ。すなわち、すべては神の見えざる手にすぎず、神を信じれば、この選択も絶対に正しい。
とは言ったものの、このホームページを非公開にしてしまうと、僕はもうやることが何もなくなってしまう。
今のところは、まだ公開しておきたい。
いつでも、このホームページは簡単に消せる。だから、いつかこのホームページを消すことにはなるだろう。
だが、本当は、それくらいでこの世界が滅びたりはしない。むしろ、すべきでもないし、するはずもない。
何も問題はない。僕のやりたいようにやれば、神が僕のことを守ってくれる。神の御加護があれば、何も怖くない。