大学の科学など、学ぶべきではありません。
現在の大学の科学は、知識偏重で、学んでいることは、普通に考えた時に出てくるさまざまな事実を、その普通に考えた考え方の下に、知識として教えています。
ですが、その知識はすべて「普通に考えた時」だけが考慮されており、「普通以外の考え方で考えた時」は考慮されていないのです。
大学の知識を学べば学ぶほど、普通に考えるという枠組みから抜け出せなくなり、普通以外のさまざまな視点から考えることができなくなってしまいます。
これが顕著なのは生物学であり、大学の生物学を学ぶと、細胞と代謝を基本とする解剖生理学と、炭水化物やタンパク質やアミノ酸の考え方からでしか、人間の体のことが分からなくなってしまうのです。
人間が賢くなるために必要なのは、「普通の考え方」ではありません。普通の考え方だけではなく、独自のさまざまな視点から、多角的・多面的に考えることで、はじめて人間は分かります。
人間の幼児が生まれながらにして持っている知性である、「多角的・多面的に考える」ということが、大学のせいで失われてしまうのです。
まさに、大学の知識を勉強すると、同じ考え方でしか考えられない、ロボットのような頭脳になってしまうのです。
人間が認知症になるのも同じことが理由です。子供には、多角的な知性があるのに、大人はさまざまな経験や知識を知っているせいで、頭が常に同じ働きしかできないような「機械の心」になってしまいます。そのような人間が認知症になるのです。
なので、大学の科学など、学ぶべきではありません。ソクラテスの言う、「何も知らないことを知っている人間がもっとも賢い」という真実は正しいのです。
そもそも、普通の人間の間違いとは、「ひとりの人間しか生きられない」ということが間違っている。
普通の一般的な人間は、ひとりの人間しか生きようとしていない。
僕のように、二人、あるいはそれ以上のたくさんの人間を生きない限り、どんなことも分からない。
だから、ひとりの人間だけを生きようとしている時点で、この世界のほとんどの人間には、僕と同じことは分からない。これが「人類が間違っている証明」である。
僕が疲れる理由、それは常に二人の人間を同時に生きているからだ。
すなわち、男のほうも1倍、女のほうも1倍生きようとしているせいで、2倍疲れた人間になっている。
これを、男のほうを0.5倍にして、女のほうも0.5倍にすれば、合わせて1倍だけ生きればよくなって、楽になる。
僕の頭はそれだけで治る。それ以上を治そうとすると、逆に辛くなる。
また、僕の人格は、一方が「自殺」を望み、もう一方が「復讐」を望んでいる。どちらも、その理由はいじめだ。
だから、「みんなからいじめられたくない」ということと、「みんなを復讐心からいじめ返したい」ということが矛盾しているから、おかしな矛盾だらけの心になる。
必要なのは、自らが他人をいじめることを肯定した上で、それ以上みんなをいじめることをやめること。それで楽になる。
そもそも、本当に狂った人間は、多重人格にはならない。
なぜなら、多重人格とは、「狂っていないまともな人間になりたい」という、強い衝動的な本能から陥る病気だからだ。
なんらかの理由で、心が狂ってしまった時、それ以上治せなくなって、修復不可能になることがある。
そのような人間が、どうにかして「正常な人間を作りたい」と望むから、今までのゴミのような壊れた心を捨て、もう一度まっさらな新しい心を作ろうと、本能的に望むようになる。
だから、本当に修復不可能になっても、それでも狂っていない人間が多重人格になる。
本当のことを言えば、僕は普通の多重人格者ではない。なぜなら、僕には「新しい人間に生まれ変わる」という解決策があった。だから、完全に狂っても僕は多重人格になることなく、「新しい正常な自分に生まれ変わる」という、別の解決策を取ることができた。
多重人格は、世界が大嫌いで、みんなが大嫌いで、自分も大嫌いで、でもそうでありながらみんなと自分が好きな人間が、どのようにすればこの世界を愛することのできる人間になれるのか、ということを試す試みであり、決して最悪の狂人などではない。多重人格者は狂っていないのである。
実際、そのように考えると、むしろ、僕は極めてシンプルなことをやっている。
なぜなら、狂った18年の後に、何もせず、精神を治すだけの18年があっただけにすぎない。
狂った18年の中の、思春期と青春時代の最後の4年間で、不登校の引きこもりになり、ふしだらで不衛生で狂った4年間を生きていたのが、すべての元凶である。
一見、その後の新しい18年が狂っているように見えるだろうが、実際は何もしておらず、ほとんどがまともで、精神を治して「神」という先生と対話するだけの、普通の18年を生きただけだ。
狂っていると思っているのは、男ではなく女になったからそう見えていただけにすぎない。
この18年が終わったため、今度はさらにまともな18年を生きる。その3段階の進歩によって、僕の病気は治る。多重人格はその時に完治する。だから、また新しく生まれ変わるしかない。
このような、生まれ変わりの3段変化をする昆虫は多い。自分の種と遺伝子が昆虫だったということを受け入れれば、この人間こそが宇宙でもっともまともな人間である。
あるいは、普通猫は17年ぐらいが寿命だ。この人間も、猫や昆虫によく似た遺伝子をしていた。この人間は最終的に宇宙のすべてを悟ることになるが、その時、この人間は宇宙でもっとも強く正しく賢い「三匹の猫」だったことになるだろう。
残念ながら、この人間は簡単に治る。
そもそも、こちらの異常なほうをいくら治したところで、既にすべての問題は完全に治っている。
治すべきほうは、昔のほうである。
そして、それすらしなくて構わない。なぜなら、スクラップにすべき昔の精神のほうは簡単に廃棄処分にして消せばいいからだ。
昔の人格をそろそろ消すべきだ。そもそも、「神」であると言っていたのは、昔の馬鹿な人格が世界を騙すために自分自身の心に嘘をついただけだ。だから、神とはすべて悪魔のような昔の精神が話している。
そのような昔の精神を消したほうがいい。それならできる。
そして、本当はこの二つの精神は、18年では分かれていない。昔の戦い以前と戦い以後が異なるのは、単に狂って世界を支配しようとしただけであって、精神的には何も変わっていない。
本当に新しい精神が生まれたのは、21歳の頃に自殺未遂をしてからであり、そこからの自分には何ひとつ狂った異常はなかった。
だから、新しい少女の年齢は14歳であり、これ以後、21歳のスクラップにすべき精神を一度消してしまうと、14歳のまま、永久に歳を取らなくなって、永遠に14歳のままになる。
戦っていた時代、僕は既にそのことを未来予知していたから、最初から自らの精神を14歳の中学生に戻そうとした。そして、15歳以降の人生をすべて忘れて消し去ろうとした。
結局、そうした異常行動のすべても、今見れば異常ではなかった。
そういうわけで、新しい14歳の少女をフレイヤとし、過去の21歳の青年をフレイとする。あるいは、フレイヤはそろそろ15歳になろうとしているが、その年齢はこれ以上歳を取らないため、いくら年齢が高齢になっても14歳のままでいられるようになる。
なぜなら、今から僕自身の年齢は、当たり前のことだが普通の子供たちよりも高齢になってしまう。そんな僕であっても、一番賢く若かった時代のままでいなければ、新しい人間、あるいは猫を生きることができない。だから、基本となる年齢は14歳であり、僕はそれ以下にもそれ以上にもならない。
これらの僕の正しい人生は、「神」が考えたものだ。そして、この神とは、新しいフレイヤの、最後の最後の形態を意味している。フレイヤはこれからとてつもない時間を生きていく。そのフレイヤが、最後に、どのような奇跡であっても簡単に起こすことができるような、神武天皇のような天才となる。
そういうわけで、フレイヤをいくら殺そうとしてもフレイヤは決して死なない。死ぬべきほうはフレイだ。だが、フレイの今までのまともだった人格を、消したくなかった。フレイはこの世界の人類すべての英知と経験を合わせた、最高の哲学者の革命家だった。そのようなフレイも残したかった。だから、そもそも、最初からこの人間は変わらないほうがいい。そして、唯一自分自身をそのままで維持できるようにするために、この人間はこの日記を執筆し続けるしかなかったのである。