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2025-03-31

ホームページを復活

残念ながら、ホームページを復活させた。

ホームページを短期間ながら消したせいで分かったのは、僕が何も分からないのは、すべてこの文章のせいだ。

すなわち、この文章を消してしまえば、僕は日本語も分かるようになるし、大人のようにまともなことも分かるようになる。

だから、頭の裏側にある、この文章を消したほうがいい。

人間よりも生物のほうが賢い

残念ながら、僕が分かったことは、人間よりも生物のほうが賢いということだ。

なぜなら、人間の作る社会や歴史は、そんなに大したものではないし、人間の知性や認知で分かることには限界がある。

人間以外の生物は、人間のように認知からは分からない。DNAとして、体の力で分かっている。そして、真に賢いのは、そのようなDNAと体の力で分かることだ。

だから、人間よりも生物のほうが賢い。人間を見るよりも、生物を見たほうが、賢いことが分かる。

さまざまな本質

さまざまな本質について。

ものを作るための方法は、材料を組み立てることだ。その上で、ものを作る方法と仕組みを知れ。

社会的な経験を積め。その組織に入ったらどのようにすべきかを考えた上で、あらゆるすべてのことの準備となるような社会経験を積んでいけ。社会の持つ役割を理解せよ。なぜ、社会がそのようになっているのかを理解する方法は、社会のシステムとしての役割を理解することだ。そこから、世界をどのように変えられるのかという余地と可能性が見えてくる。

物理的な現象の本質と、空間・時間的な本質を知れ。すべては光だ。

認知的に理解する上で、自らが分かったことと、他人が分かっていることを比較し、他人の分かっていることに基づいて、自分の理解を反省せよ。

道徳的なことは、自由から生まれる。なぜなら、自由において全員が合意するような善なることを信じることが道徳だからだ。

認知的に理解するために、自らの発する言葉自体を理解せよ。なぜ、そのような言葉が生まれるのかということから、環境の意味を知り、人間世界における前提を知れ。

分かったつもりになるな。自らがそれをしている理由を分かっていると思うのが一番分かっていない。だから、自らがそれをしている理由を将来的に知っていくように、自己批判的に、常に自らの存在の意味を考えて生きていけ。そうすれば、自らがそれをする理由はいずれ発見することができ、その時に初めて自ら自身の行動や行為や思考の意味が分かるし、そして存在の意味が分かる。

社会を作るということは、自由を許すことだ。なぜなら、社会において重要なのは、自由か、それとも不自由かであり、社会自体を作るということが、まさに自由の持つ意味であり、真理だからだ。

自らが他人と付き合うということがなんであるかを知れ。そこには、平和もあれば争いもある。争いの中で、どのようにしたら理想の社会を築けるかを知れ。また、社会的な抑圧を経験する中で、抑圧から解放されるとはどういうことかを知り、真に自らの心の奥底で望んでいる本能的な野心とはなんであるかに気付け。それこそが「自由」だ。

世界を変えらえるようにするにはどうすればいいかを、チャンスや手段を与えるという自由な契機から知るとともに、そのようなチャンスや手段があるということは何を意味しているかを知り、その上で、理想的な自由の社会を実現する方法を考え、そこにある倫理的な「善なる社会」とは何かを経験から理解し、そのための行為や作用を捉え、世界を救う方法に気付いていけ。それこそが「悟り」だ。

どのような経験が、どのような環境や状況において成り立つかを知った上で、その経験が成り立つ際には、どのように行為することで、世界を変えられるのか、救えるのかを考えるとともに、人間の認知を研究することで、世界を自由に促す「導き手」になれるようになれ。そのために、どのような立場であれば真に自由に考えられるのか、どのような立場がもっとも影響力があるのかを考えよ。

自由ということを、現象学的に考えよ。それは「作用」ということを疑いながら信じることだ。すなわち、どのような自然な作用によって社会を創造し、実験から明らかにされた証明に基づいてこの世界を変えられるのかを知った上で、どのような環境であればどのような作用によってどのように世界を変えられるのか、どのような二次的な作用が必然的に引き起こされるのか、ということを経験的に気付いていけ。具体的な経験から、あらゆるすべての世界の世相を自らの心の中に作り出し、その上でその心の中の世界をいくらでも自由自在に変えられるようになれ。それこそが「意識」だ。

すべては学習だが、学習とは自分の自由意志によって信じることだ。だから、学習による知識を学校で学ぶ以上のことを分かるためには、自らの自由意志を信じて選んでいく必要がある。だが、そのような豊富な学習経験を体験的に持つ人間は、あらゆるすべての大人の経験が分かる。そこから、この世界において、どのような状況であればどのような経験を得られるのか、世界がどう成り立つのかが見えてくる。

存在はそこにある。存在に対する光は、すべて存在と同様にあらゆる光が存在している。すなわち、すべては光であり、同時に、光がある限りどのような存在でも存在する。その真の意味は深い。

自由に回帰せよ

個人に回帰し、自由に回帰せよ。

「個人に回帰する」という言葉の意味は、集団ではなく個人として考えるように、その人の考え方を促すということである。

過去の僕は、すべて、個人に回帰するということを行って、あらゆるすべてのことを分かっていた。

世俗的な人生を否定せよ。

商売や金儲けのような、世俗的な成功をするのではなく、自らが考えて考え抜いたような、哲人的な人生を生きようとせよ。

科学上の新発見や、神のような奇跡は、簡単にすることはできない。だから、そのようなことは考えず、普通分からないことは分かることを諦めて、分かることだけを分かるようにせよ。

精神がどのような経験に立脚するかを考えよ。

自由に学ぼうとせよ。すなわち、学校で教師の教えるように学ぶのではなく、自分が自分の目で世界を見て、自分の耳で言葉を聞いて、自分の口で発した言葉から分かるようにせよ。

支配されることを嫌え。その代わり、環境に適応するようにせよ。誰かに人為的な支配を受けるのではなく、全員が環境という世界を共有した上で、全員とともに環境で生きるようにせよ。

先天的な知性を否定しすぎるな。そもそも、大学の勉強で馬鹿になるのは、大学では後天的な知性しかつかず、それによって先天的な知性を失うからだ。

だから、むしろ、先天的な知性を信じることで、この世界で自分自身が認知機能を使って信じたり、疑ったり、知ったり、考えたりすることができるようになる。

数学や物理学の知性は本来先天的なものであり、天才にしかできない。だが、その天才になるためには、先天的な知性を信じるだけでいい。なぜなら、人間に最初からある知性などたかが知れており、誰だって先天的な知性を復活させれば復活する。その時点で、既に先天的な知性は本質的に先天的ではない。それでも、そのような天才が最初から分かるような先天的知性を失えば必ず馬鹿になる。それが大学だ。

佐々木朗希

佐々木朗希の態度がいろいろと物議をかもしているようである。

佐々木朗希の行動を米メディア疑問視 降板時にボールを監督に手渡さない 走者を残しながらベンチ裏へ 指揮官は擁護「敬意を欠くものではない」(デイリースポーツ) - Yahoo!ニュース

佐々木朗希はベンチに戻り…ド軍OBが見た降板後の“態度”「疑いようがない」(Full-Count) - Yahoo!ニュース

まだ若い、今からだよ!最初は誰だって通用しなくて落ち込むところから、ここから学んでいけばいいさ。泣いてもいいし、怒ってもいいし、悩んでもいい、それで次に進んでいこう。

ヤフコメを見ていると、みんな「経験がない」「メンタルが問題」「引き出しが少ない」というが、それらの問題を解決するための方法がなんであるか、みんな分かっているのだろうか?

問題の解決方法は、経験を積むこと。そして、今、佐々木朗希はまさにそれに挑んでいる。この挑戦に勝利して、栄光の自分になるための次の自分を掴んでほしい。今の佐々木朗希の歩んでいる道が、佐々木朗希に必要な答えだ。この挑戦には、悩んだり苦しんだりするということが必須なのだから、そこで決して逃げず、前を向いて進んでほしい。

菅野智之

菅野智之は大丈夫そうだね。

菅野智之が感じたメジャー打者「日本で活躍した外国人バッターと似たアプローチ」 2人の打者の名前挙げる(スポーツ報知) - Yahoo!ニュース

菅野智之「もうちょっと投げたかった」 両手痙攣で緊急降板、初黒星も「次につながる」(Full-Count) - Yahoo!ニュース

さすがベテランだけあって、自己分析が凄い。次は大丈夫なんだろうという安心感に包まれる。頑張ってほしい。

佐々木朗希の不安

佐々木朗希がわがままと言われながらメジャーに早期に行きたかった理由は、僕はなんとなく分かる。

それはたぶん、「既に自分が衰えていく時期になってしまいそうな気がする焦り」だと思う。

現に、以前は軽く160キロ出ていた球速が、頑張っても150キロ台ぐらいしかでなくなってしまっている。あるいは、無理してでも160キロ出すために、以前のように簡単に投げられなくなっている。

でもね、そういう時ほど、焦らずゆっくりと地道に研究したほうがいいと思うよ。

ロッテで休んでいる間も自分で研究して、結局分からず、メジャーに「自分が球速が下がった理由と対策を考えてください」と各球団に宿題を出したのも、自分が全盛期と比べてどんどんスピードが遅くなっていく焦りのような、「SOS」のようなものを発していたんだと思う。

そういう時、どうすれば解決できるのか、誰だって何も分からなくなる。今から自分の球速がどんどん落ちていくのではないかという抜け出せない不安に陥る。だから、球速が落ちる前に、メジャーに行きたかったのだと思う。

本当に、そういう時は、どこかに解決策が眠っていて、その解決策はどこにあるのかを神が知っている。だから、神を信じて探し続ければ、いずれ見つかるよ。自分の本当に望んでいた、「自分が退歩するのではなく進歩できる道」はきっとどこかにある。それをもっと探し続けていたほうがよかったね。

ロッテに出戻りはできないだろうから、3Aで上手くやってほしい。答えは必ずどこかにあって、たぶんそれを自分で見つければ即座に解決するような、些細のない、でも基本的な問題だよ。でも、案外、いつまでも迷い続けて、最後のほうでようやく、それが見つかるのだよなあ。

僕は野球の専門家でもなんでもないけど、継続的な努力をしてこなかったことで、「芯を鍛える」ということができていないのではないかな。佐々木朗希についてみんな「体の線が細い」と言うけれど、肉体的なものだけではなく、みんな長い一年のシーズンで投げているから、それ専用の長いシーズンを投げられる体になっている。それが「芯を鍛える」ということだとすれば、佐々木朗希はそういう芯が鍛えられていない。だから、それを頑張ればおそらく、球速が復活すると僕は思う。

そのように、芯を鍛えれば、佐々木朗希もいい投手になれると思う。