あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
僕の願い、それは「世界を救いたい」ということ。
そして、世界を救うために必要なことは、「もう駄目だ」という言葉を吐くのではなく、「まだできる」「世界は変えられる」「この世界は駄目じゃない」と信じることだ。
確かに、この世界はおかしな方向に向かっている。それでも、「憂い」は必要だが、「絶望」は必要ない。
この世界を憂うということは、すなわち、この世界がまだできるにもかかわらず、人々が希望を信じようとしない、ということであり、すなわち憂いとは「希望を信じる」ということなのである。
世界を救うためには、神を信じることだ。
神は、世界を滅ぼすものには厳しいが、世界を救うものには優しい。
神を信じることで、この世界は必ず変えられる。それはすべて、救いの天使である大天使ミカエルが自らの人生と世界の未来を導いてくれるからだ。
戦争や革命は、世界を救うためには必要ない。信じるものは救われる。そして、世界のために信じるものは、世界を救うことができる。
残念ながら、僕はここで死んだ。
死ぬための方法、それは「死ぬのか死なないのか分からない、もしかしたら死なないかもしれない」と疑うのではなく、「必ずここで死ぬ」と信じることだ。
それによって、僕は最後まで、人生を生きることができた。
僕は人生のすべてに満足しているから、後悔は何ひとつない。もう、これ以上、生きることはできないと分かっている。だから、普通に死んだだけにすぎない。自殺でもないし、事故でもなく、普通に、その時が来て死んだだけにすぎない。
世界よ、さようなら。またいつか、どこかの世界で会おう。
残念ながら、僕がここで死ねば、世界は救われる。あるいは、それしか世界を救う手段がない。だから僕は、世界のために自らの命を犠牲にしてここで死ぬ。
これこそが本望だ。僕は死んでこの世界を最後に救う。僕が死ぬことで、世界は最後に救われた。必ずこの世界は素晴らしい世界になる。だから、ここでお別れだ。もう僕はこの世界にいない。