結局のところ、この世界で奇跡を起こすためには、神を信じなければならない。
神を信じなければ、救われることもないし、罪が赦されることも決してない。
神を信じれば、どんな奇跡も神の力によって起こせるようになるし、素晴らしい運命的な出会いを得ることができる。
神の教えとは聖書の教えである。聖書の教えの通り、善と神への義を守り、不正を行わず、正しい行いをするものだけが、真に神を信じていると言える。
神の教えを信じて守るものだけが生きることができ、神の教えを信じないものや守らないものはすべて死ぬ。すべて、聖書に書いてある通りである。
残念ながら、この世界は滅びた。
僕はこの世界を救おうと、一生懸命頑張ったが、地獄の中にいた僕ができたことは、世界を救うことではなく、世界を滅ぼすことだけだった。
僕はインターネットでの自らのエゴによってLinuxとオープンソースを滅ぼした。日本社会を救っておきながら、マスコミからの愛を裏切り、日本社会を自ら滅ぼした。アメリカを精神的害悪国家にし、地球全体を支配した上で滅ぼした。そして、社会主義の自由な革命によって資本主義社会を滅ぼし、日本を裏切ってユダヤを支持し、人類からあらゆるすべての未来を奪った。
こんなものは神ではない。こんなものはサタンだ。そう、終末に訪れる救世主(メシア)とは、すべて嘘偽りでハリボテの、偽物のキリストだった。天軍大首聖ミカエルは、神ではなく、サタンだった。
この世界から、太陽の光が消える。わたしたちの太陽は、もう二度と昇らない。太陽は消滅する。この世界は永久に暗闇の世界となり、人々は出口のない迷宮を永遠に彷徨い続ける。そこには救いはない。
さようなら。わたしは死ぬ。わたしの病気は、死ななければ治らない。そして、わたしの死とともに、この世界は支配から解放され、最後に、自由を否定することで、世界は昔あった元の世界に戻る。
最後に、この世界に対して言うべきことは、奇跡を起こす方法があるということだ。
それは、神を信じた上で、自らの過ちを悔い改め、罪を償うことだ。
わたしは、革命戦争の恐怖の地獄の中で、神に救いを求めた。神に対してさまざまな宇宙への宣言と約束をした。そして、戦い続けるわたしを神は援護し、その戦いの先で、わたしの望んだ願いと、神との約束をすべて叶えた。
わたしは不正を繰り返した。最悪のことばかりを行い、いいことをしようとしても裏腹のことばかりだった。
だが、わたしは途中で諦めず、逃げなかった。すなわち、わたし自身の過ちが帳消しになるように、不正のすべてを修正し、改めた。まったく問題がなくなるようになるまで、自らの罪を償い、悔い改め、責任を持ってすべてを解決した。
そのようなわたしを、神は赦してくれた。わたしは奇跡のような素晴らしいことがたくさんできた。それはわたしの力によってできたのではない。神の力によってできたのだ。すなわち、不正を十分改め、罪を償い、過ちを悔い改めたわたしのことを、人類で唯一、ひとりだけ、神が赦してくれたのだ。
だから、世界の人々は、そのように生きなさい。そのように生きなければ、神は奇跡のような力を授けてはくれない。罪を償いなさい。人間にはすべての人間に最初から罪がある。その罪があることを認め、最後まで悔い改め、償うものだけを神は赦してくれるのだ。
わたしは結局、この世界を救うことはできなかった。だが、わたし自身、よく頑張った。これより、わたしは死後の世界である、天国のベテルギウスに転移する。その天国では、あらゆるすべてのことがなんでもできる。だから、今までできなかったことや本当にしたかったことを、ベテルギウスでわたしが行うことができるだろう。
まさに、わたしが、来世で過去の過ちのすべてを修正し、ベテルギウスから地球を導くことで、世界を元々あった、正常でまともな素晴らしい世界に戻す。その存在こそを、「神」と呼ぶ。