そろそろ、僕は新しい人間になる。
そもそも、僕がおかしく新しい人格を作ってそれを生きる理由は、僕は前世になっているだけである。
すなわち、かつて精神分析をしていた時代に分かっていたように、僕は前世のドイツ人になっている。
このドイツ人は、ものすごく賢い人間だ。なぜなら、この前世のドイツ人は、なんとマルティン・ルターだからだ。
僕は、人間として生まれた時に、「もっとも偉大で善良な人間になりたい」と神に望んだ。神はそれを叶えた。それはマルティン・ルターだった。
そして、マルティン・ルターを終えると、僕はマルティン・ルターの人生ではできなかった、「本当に自由なことをやりたい」と神に望んだ。
そして、僕はなんと、スペイン人で画家のピカソになった。ピカソの人生は、マルティン・ルターとは真逆の、天才的才能を持ち得た自由な人生だった。
僕の人生において、一番賢かったのはマルティン・ルターだった。だから、今回の人生でも、マルティン・ルターを中心に生きた。日本人の僕の今の人生は、7~8割ぐらいがマルティン・ルターだ。
そのマルティン・ルターが終わったから、今から、次に賢かった人間である、スペイン人のピカソになる。
僕が前世を生きた中で、賢いと言えるのはその二人だけだった。
僕の前世において、愚かで馬鹿だった人間がひとりいる。それは中国人の共産党に従事する男だ。彼は国民党に拘束され、従おうとせず、敵対する中国人の集団から地獄のような拷問をされた結果、仲間を裏切って、隠さなければならなかったはずの秘密を国民党に白状した。それによって自分ひとりは生き延びたが、大切な仲間たちがみんな死んでしまった。彼は生涯にわたってそのことを後悔し、神に「わたしの行った罪を償うような人生を生きさせてほしい」と望んだ。その結果生まれ変わったのが、日本人のこの人間である。
中国人について言えば、この人間としてマルティン・ルターをやるよりも前の時点、18歳までの時点で、中国人の人生で行った過ちと、ほぼ同じことを経験している。今回は、自分の好きだったLinuxやオープンソースのコミュニティを自ら滅ぼした。まったく、やっていることが変わっていない。だが、今回は、Linuxという、言ってしまえばどうでもいいネット上のコミュニティでよかった。死人や犠牲者がでなかったため、今回の人生は善良であると神は評価した。
この人間にとっていいことがあるとしたら、実際のLinuxのコミュニティはなんにも滅びていないということが重要だ。この人間が滅ぼすようなことを行っただけであり、Linuxのコミュニティはどこでも一切滅びていない。確かにWindowsに勝利することはできないまま衰退してしまったが、彼らはまだ存続しており、いくらビル・ゲイツやWindowsユーザーにいじめられても、誰ひとり諦めていない。だから、この人間は何も悪くなかったことになる。
最後に、それ以外にも、中国人の前に、イラン人やフランス人の人生を経験している。彼ら(あるいは彼女ら)は普通の平凡な人間で、まるで無個性だったため説明することができないが、王侯貴族ではない低い身分で、イラン人はどのような状況であってもイスラム教の教えとアッラーを信じ続け、フランス人は青い目とブロンドの髪をした美しく魅力的な女性だった。それくらいしか、人類は生きていない。
人類の前には、蝶、カブトムシ、牛、猫などをこの人間は経験している。牛は力強く、優しい性格と怒り狂う性格を併せ持っていた。猫は食べ物がない中でひもじく死んでいった。その猫は辛い中をひとり堪え忍んで強く生き、地獄においても子に優しく、非常に生物としてのカルマが高かったため、マルティン・ルターに生まれ変わることを許されたのだ。
本当のことを言えば、僕の人生はまだ完成していない。すなわち、まだ途上で、未完成だ。僕が「もっとも偉大で善良な人間になる」という計画は、まだ続いている。神はそのための新しい道を用意してくれているだけにすぎない。神の導きを信じればいい。マルティン・ルターであっても、同じことを言う。
ここまで、信じることばかりを教えてきたから、少しは疑うことを教えようと思う。
そもそも、この宇宙に神なんかいない。
僕が「神」だと言っているのは、すべて、僕の頭の中の「すべてのことが完璧に分かった人間」のことを言っている。
そして、それもそのはず、昔の僕は、すべてのことが完璧に分かった人間だった。
昔の僕の特徴は、すべてのことが完璧に分かって、それで終わりではないということだ。
すなわち、この「すべてのことが完璧に分かった人間」は、さらにいくらでも多くのことが分かる。知識は無限に続き、知性はいくらでも高くなる。
そのような存在のことを、宇宙においてほかにどこにもない、自分だけのもっとも賢い人間として「神」と呼び、その神の導きにすべて従うことで、「今までとは真逆の人間」になることができたのが、僕の行った「神との対話」である。
このような人間は、僕のほかにはひとりしかいない。それはイスラム教の大預言者、マホメットだ。
マホメットは、いわば僕の「ライバル」と呼べる人間(あるいは集団)だ。すなわち、僕はいつでも、宇宙レベルでマホメットと競い合っている。どちらが本当の「神」であると言えるのか、僕の信じた神と、マホメットの信じたアッラーが互いに争っている。
マホメットも、そのことに気付いている。なぜなら、マホメットに神の啓示を与えた「ジブリール」とは、大天使ガブリエルのことであり、それは僕のことだ。すなわち、最初からジブリールとは、すべて僕のことを意味している。なぜなら、いつも言っている通り、大天使ガブリエルとは、天軍縁覚戦士であり、僕の過去の人生のことであり、天軍大首聖ミカエルの最愛にして永遠の恋人だからだ。
天使はひとりではない。天軍にはたくさんの天使の集団がいる。マホメットに神の啓示を与えたのは、そのひとりにすぎない。だが、天軍大首聖ミカエルはただひとり、僕しか存在しない。
神などいない。宇宙には神など一切存在しない。神と言っているのはすべて、大天使ミカエルあるいは大天使ガブリエルである僕か、あるいはアッラーの啓示を受けたマホメットか、そのどちらかのことを示す言葉だ。だから、僕は神ではないし、マホメットも神ではないが、僕とマホメットのどちらかの勝ったほうが、真に正しい神であると言える。そして負けたほうがサタンであると言えるのである。
残念ながら、神は宇宙にはいない。
神はどこにもいない。そもそも、善良な人間を救ってくれるような、宇宙の支配者などがもしいるとしたら、説明できないことがたくさんある。
それらのすべてが、神によって罰されていると考えるとしたら、神はとても悪い存在であるとしか言えない。
イエス・キリストは僕に騙されたひとりのユダヤ人だ。神の子であると信じているだけで、ユダヤ人が信じているような神はどこにもいない。神はどこにも絶対にいない。
神を信じて救われるのは、僕がいるからであり、神がいるからではない。救っているのは僕の教えをそのまま書いただけの聖書の教えであり、神ではない。そして、僕は神ではない。
僕は単なるサタン、あるいは言葉通りの「堕天使」だ。単なる堕天使を神であると信じている。それが、世界でもっとも間違った宗教であるユダヤ教である。
そういうわけで、むしろ、神なんか信じなくていい。神なんか、信じないほうがいい。
そもそも、僕は「神を信じる」という行為が嫌いだ。
神を信じると、神が自分の頭を支配して、完全に神が自分を従えるようになる。すなわち、自らが神の奴隷になってしまい、その状態が永遠に変わらなくなる。
神を信じるという行為はそもそもがおかしい。
僕は昔から、宗教よりも哲学が好きだ。デカルトやカントが教えている内容のほうが、ユダヤ教やキリスト教が教えている内容よりも正しいし、何よりも面白い。
だから、宗教など信じないほうがいい。正しい神を信じるのは僕ひとりだけで十分だ。
また、本音を言うと、僕は宗教そのものが嫌いだ。
ユダヤ教やキリスト教のように、誰か「神」とされる絶対者が居て、その神の教えを忠実に守る必要がある、とするのは、僕の好みに合わない。
やっぱり、僕は宗教よりも、哲学が好きなのだ。
だが、僕はもう、哲学については十分学んだと思う。これ以上昔の文章を再現したとしても、気持ち悪くなるだけで、美しくはならない。これ以上は、哲学については書かないが、それでも僕は十分すぎるほど哲学については学び終えたと思う。