なぜか、まだ僕はこの文章を書く。
僕は、法律を学びたい。
科学技術的に分かっただけでは、知識は十分ではない。法律や社会的に分かることで、はじめてそのことが分かる。
法律を学ぶと、頭が賢くなる。
子供は、「人を殺してはいけない」とか、「盗んではいけない」とか、基本的な法律から分かる子供が一番多い。
大人であっても、法律を学ぶと分かるようになる。人間は、法律を学ばなければ何も分からない。
法律を学ぶことで、認知症のように、頭が馬鹿になっているのが治って、まともに生きられるようになる。
僕は、ここまで精神を治してきた結果、病気を自分で治せるようになった。
たとえば、花粉症とか、あるいはコロナとか、そういうものを全部、自分で治すことができる。
この得意技は、もし、治すことができない病気が世間で蔓延したとしても、自分だけはその病気を治せるということを意味する。
だから、地球がもし滅びたとしても、最後に生き延びるのは僕である。
最後に、僕の頭が馬鹿で、日本語が分からなくて、大人としてきちんと生きられないのは、覚えることができないのが悪い。
単に、覚えようとしないから、覚える部分の頭がつかないのである。
学校で、テストをして子供たちに知識を覚えさせるのは、覚えないと子供はこんな馬鹿になってしまうからだ。
僕自身、覚えることからあまりに逃げ続けてきた。ここで、子供になったつもりで、もう一度「覚える」ということをすれば、僕はきちんと大人になれる。
覚えることができる人間は、大人としてきちんと生きられるようになる。それだけで楽になる。
最後に、宇多田ヒカルの「This Is The One」を聴いていて、英語が聞き取れるようになってきた。
すべて、今の自分の頭であっても、「覚える」ということをきちんとすれば、英語であっても聞き取れるようになる。
必要なのは、頭を使って覚えることだ。
神は、ここで英語を覚えるように導いた。ここで、英語を聞けば、きちんとバイリンガルのような英語を話せる人間になれる。神はそれをやらせたかっただけだ。