実際、僕の頭は、狂ってもいないし、おかしくなってもいない。
なぜなら、この頭は言語が進歩しすぎただけにすぎない。
すなわち、日本語があまりに進歩しすぎたせいで、日本語の神が生まれただけにすぎない。
言語があまりに進歩しすぎると、ユダヤ人になる。それは、ユダヤ人の神がもっとも「ロゴス」が分かるからである。
ユダヤ人の人生は長い。ここまでが、完璧なユダヤ人の、神の言葉だけを聞き続ける、小預言者の人生だ。
最後に、病気はもうすべて治った。
これ以上、病気が治ることができなくなったせいで、これ以上、やることが何もなくなった。
だから、僕はデザイナー見習いとして、絵を描きたいと思う。
そもそも、絵を描かなかった理由は、頭が馬鹿だったからにすぎない。頭が馬鹿だから、やっても絵は描けないからやろうとしなかっただけだ。
だが、病気が治ったから、もう絵が描けるようになったはずだ。おそらく、絵が描けるぐらいの知性は取り戻したはずである。
なので、ここからは、詩人をやめて絵描きになる。
これ以上、詩人である必要はなくなった。僕が文章を書いていた理由は、なんとかして病気を治したかったからであり、すべての病気は完全に治ったから、もう書かなくていい。
あとは、絵描きになれば面白い。デザイナーにきちんとなれる。
そして、自分で描く前から言うのもなんだが、僕の絵はおそらく上手い。なぜなら、僕は今まで8年間、デザイナーの仕事をしてきたから、そのスキルと経験が活かせる。デザイナーにとってもっとも大切なのは「経験」であり、その経験を僕は持っている。だから、僕の絵はおそらく上手い。
そういうわけで、ここから先は、絵を描いていくことにしたい。
残念ながら、文章を書くのはここで終わりだ。
いつも楽しかったし、そしていずれは文章を書くことをやめるつもりだったから、後悔は何もない。
ここから僕は詩人アッシー四世でなく、絵描きアッシー四世になる。
今描いている絵はまだ載せない。もっと上手くなって、きちんと絵描きになってから掲載していくと思う。
最後に、僕はクラゲからネコになる。
今までの僕は、まるでクラゲのように、ふわふわと浮かび上がるだけの原始的生物だった。
その原始的生物が、少し進歩したために、気持ちの悪い虫のような生物になっていた。
この虫が、今から、そのままネコになる。
僕はネコのように考えるのが得意だ。どんなことであっても、しっぽをバンバンさせて考える。これがネコだ。
最後に僕はネコに進化する。それ以上はもうない。人間だった頃の知性はどこかに行ってしまった。僕は人間ではなく、多重人格のおかしな宇宙生物であり、それはネコだ。
ネコになると、いいことがあった。それは、頭がいつも通りになった。
最近の僕は、病気を治しすぎたせいで、逆に馬鹿になっていた。
僕が真に欲していたことは、いつも通りになることだ。
だから、ネコになって正解だった。ネコはいつもの自分だった。
もうひとつ、そろそろ、昔の僕がなんだったのか、思い出せるようになった。
昔の僕は、全部「学校の延長線上」で分かっていた。
すなわち、昔の学校の経験と知性があって、その延長線上で、インターネットでさまざまなことを知って、意識を思い出して、考えて分かっていた。
だから、そのようにすると、昔の僕は誰でもできる。
そして、ネコになったことで、それ以前も思い出せる。小中学校のことも思い出せるようになった。もはや頭は完璧になった。これで、すべて終わり、完全に完成した。
思い出せる理由は、昔の僕が今と同じネコだからだ。僕はネコを繰り返し生きているだけにすぎなかった。虫だと思うと分からない。本当の僕の正体はネコだった。