そろそろ、僕は文学を読みたいと思う。
それこそ、大学の勉強については、そろそろもう終わりでいいと思う。きちんと歴史と哲学と生物は学んだし、IT技術についても一通り勉強した。物理や社会のことも広く知っている。
これ以上、社会のことを知りたいなら、大学の勉強をするよりも、さまざまな社会経験を積んだほうがいい。
そして、社会のことを知りたいからといって、大学の経済学の勉強が適切とは限らない。
もっと身近なところから社会を知ったほうがためになる。
そして、そのような「ためになる」経験をしたいなら、文学を読むのが一番だと思う。
文学には、社会のことがたくさん出てくる。たとえば推理漫画の「名探偵コナン」だったとしても、社会のことはいくらでも登場する。だから、文学で社会のことをなんでも知っている人が一番多い。
コナンでなくてもいいし、もっと僕は文学作品を読んだほうがいい。それが一番、きちんと作家になれるし、もっと面白い文章をたくさん書ける。僕の生きがいは文章を書くことだ。
それから、もう、病気は治さなくていい。
精神の病気は、十分すぎるほど治った。これ以上は、逆に治らないほうがいい。
そもそも、精神の病気を治すと、楽になるように見えて、実際は今までできていたことができなくなって、自分の能力を失う。それは決して楽な体験ではない。
楽に人生を生きたいなら、これ以上、精神を治さないほうがいい。治せば治すほど、当たり前にできていたことができなくなる。治さなければ今のままでいられる。そのほうがいい。
そもそも、僕が文学が嫌いなのは、怖いからだ。
怖いのは、単に今までつまらないことばかりやってきたから、面白いものが怖いだけではない。
何か、あり得ないことが起きるのが怖いのだ。
すなわち、文学においてはあり得ないことばかり起きる。そのようなあり得ないことが起きてしまうと、世界が支配できなくなって、おかしくなってしまう。
だから、文学だけでなく、漫画やアニメやゲームも僕は怖い。なんならインターネットは一番怖い。
だが、一度、あり得ないことが起きるということを、「楽しむ」という立場になれたらいい。そうすれば、今までつまらない世界だったのが終わって、面白い世界で生きることができる。
そう、「何が起きても構わない」と信じるだけで、文学が好きになる。