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2024-02-02

もう神を信じない

そろそろ、僕はやりたいこともやるべきこともほとんどなくなった。

ホームページに存在する修正すべき間違いを直すぐらいで、もうやることはない。

そして、僕はこれ以上、神を信じなくなる。

そもそも、僕の問題は、すべて神を信じているのが間違っている。

なぜなら、僕の病気になっている足の部分こそが神の部分だからだ。

神を信じ続けると、この病気は治らない。神と対話している時点で、絶対に足の病気は治らない。

そして、神を信じるのをやめると、病気が治るだけではなく、知性を取り戻して、きちんとまともに生きられる普通の大人になれる。

だから、これ以上、神を信じることを僕はやめる。

ターンそのものをやめる

そして、この世界を正常にするのは、意外と簡単だ。

なぜなら、僕は自分のターンが終わって、みんなのターンにし続けているだけにすぎない。

みんなは、何もできないにもかかわらず僕がみんなのターンにするせいで、困惑して辛くなっている。

だから、ここでターンを僕に戻すだけで、この世界のみんなは楽になる。

ターンを戻すためには、僕のほうからみんなに何かを伝えるだけでいい。僕が受け取るのではなく、僕のほうから伝えれば、すぐにターンは入れ替わる。

そして、僕はここで大きなことを起こす。それは「ターンそのものをやめる」ということである。

すなわち、この世界は、もはやターンで動くことはなくなる。みんなが僕と同じ個人であるように、僕もみんなと同じ個人になって、一対一の関係性を失い、みんな自由になる。

肩におかしなおできができた

今日の僕は、本当はいろいろとあった。

肩におかしなおできができて、寝る時などに痛いため、今日は皮膚科に行ってきた。

そうすると、肩の中に何か膿のようなものが溜まっている「粉瘤」であることが分かった。

なので、今日はその膿を取り去る手術をしてもらった。

皮膚科で待っている時に、僕はいろいろと考えた。もし、これが本当に悲惨な、ALSのような病気だったとしたら、僕はもう人生は終わりかもしれない。でも、それで人生が終わったとしても、それで構わないぐらい、僕の人生は幸福で素晴らしいものだったと、そのように考えた。

結局、手術をしてもらって、明日も様子を見るために同じ病院に行くが、そろそろ僕は人生の終わりになるかもしれないし、もしそうなったとしても、僕の人生に後悔はないということが分かった。

あとは、デザインの作業所では豆まきをした。それから、しばらく立て続いていた仕事も一通り終わった。なんだかすべてが楽になって軽くなった。

あとは、僕はもう本は読まない。皮膚科で待っている間に本屋に行ったが、もう読みたい本もないし、勉強したいこともない。僕の大学はもう終わった。もう人生でやるべきことは何も残っていない。

破壊したものを復活させる

そもそも、僕がおかしくなったのは、破壊に対してセーブが効かなくなっておかしくなった。

破壊し続けることしかできなくなったせいで、破壊に対してセーブすることができなくなった。

足が治らないのは、それ以上破壊できないようにしている。それ以上を破壊するとおかしくなるから、それ以上破壊できないように守っているだけにすぎない。

そして、僕がやるべきことは、本当はただひとつきちんとある。

それは、「破壊したものを復活させる」ことだ。

破壊したものを復活させれば、日本語も分かるようになるし、すべてきちんとした大人の理性が復活する。

そして、最近作った認識は全部要らない。最近作った認識は全部破壊への衝動にすぎない。全部狂っている。

必要なのは、過去に戻って、もう一度認識を復活させることだ。

そして、過去の人生についても、最後のほうは要らない。最後のほうは、全部分かった代わり、すべて認識が狂っている。あんなに狂ったから認識を破壊するようになったのであり、最後のほうにあった「悟りの体験」はすべて忘れたほうがいい。

必要なのは、最後ではなく最初だ。過去の人生において、最初のほうにあったものだけを復活させれば、それで僕の病気は完全に治る。きちんとしたまともな大人に戻れる。

人格は少しずつ昔になる。まず、ニキビの頃の人格。そして、ニキビ以前の人格。そして、歩き回る以前の人格。最後に、この世界に現れる以前の人格だ。それくらいしか僕の人生における「重要な人格」は存在しない。そして、それらのすべてを完全に消して、昔に戻った時点で僕の病気は治る。