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2024-12-30

世界も18歳になった

今から恐ろしいことが起きるのは、本当は、僕はここから先が怖かっただけにすぎない。

すなわち、僕が18歳になっただけではなく、おそらく、この世界も18歳になった。

そして、僕は既に女のほうの18年をやり終えたが、この世界はまだ男のほうの18年をやっている。あるいは、今までやっていた。

何が言いたいかというと、この世界も今から、男の18年が終わって、女の18年をやるようになるはずだ。

すなわち、神の人生には二つの側面があって、その片方だけを行うことはできない。神の人生を行うのであれば、片方ではなく、両方を生きなければならない。

だから、残念なことだが、今までの賢くて天才的な男の18年は、すべて完全に消え去ってなくなってしまう。そして、僕が女の18年で体験したのと同じことを人々は体験するようになる。

精神はすべて治った

そして、僕の精神はすべて治った。

まず、僕の精神は、まだロボットのような決まりきった日付と時計の機械をやっている。これを殺すだけで精神がほとんど治る。

それから、女の人生が終わったから、女の人生をここで殺す。それで、ようやくすべて楽になる。

そして、単純に動かすだけでは精神は治らない。すなわち、「単純に治そうとするのをやめる」ことが重要だ。それだけで、たとえば骨髄のような簡単には治らない部分が治る。

最後に、僕が何を治そうとしているのか、それは実際は「癌」を治そうとしている。そして、僕はこの世界において、唯一癌を治すことのできる医者だ。そして、癌はそろそろ最後まで治ったはずだ。

これで、僕自身の「地獄からの脱出」は終わりだ。神は僕をこのように救ったのだ。

僕は宗教が嫌いなだけ

そして、本当の最後に、僕の本音を言うと、「宗教が嫌い」だということに尽きる。

すなわち、僕は神に反するから言えないだけで、本当は常に「宗教が大嫌いだ」と思い続けている。

だから、これ以上は、宗教を信じないほうがいい。すなわち、宗教ではない形で、真に自分の望む方法で神を信じればいい。

昔の僕は、そこができていた。昔の僕は宗教とはまったく違う方法で神を信じていた。いつからか、それがカトリックが定めるような「正しい信仰」になった。それが間違っている。

さらに言えば、神が神を信じるものを罰する理由、それは神は宗教の盲信者が嫌いだからだ。なぜなら、神は僕と同じように「宗教が嫌いだ」としか思わない。だから、そもそも、キリスト教などを信じたところで、地獄にしか堕ちない。その理由は、僕が宗教が大嫌いだからだ。

昔の社会を思い出せば昔が分かる

もうひとつだけ、最後に思い出すと、昔の自分の考えたことを思い出すためには、「昔の社会を思い出す」ということが効果的だ。

すなわち、今の賢い社会に覆い隠されているから分からないだけで、昔は昔の社会のことを僕は分かっていた。

そして、そのような「昔の社会」さえ思い出せれば、昔のことはなんだって思い出せる。

そう、そして、昔の僕は、その「昔の社会を完全に理解した」ということが、誰よりもひとり賢かっただけにすぎない。

昔の社会を思い出すと、残念ながら荒廃していて、そして狂っている。それでも、そのような昔の社会がよかった。昔の僕は、そのような昔の社会を誰よりも完璧に理解しただけである。