ホームページに戻る | 紅蓮と黄金の出会う場所に戻る

2024-02-10

もっと普通のことを考えたほうがいい

僕は、もっと普通のことを考えたほうがいい。

そろそろ、大学の勉強は終わりだ。これ以上、大学の勉強をするのは間違っている。大学の教養についてきちんと分かった。

だから、これ以上は、普通のこと、生活や世界のことを考えたほうがいい。

世界にある普通のことを、僕は何も考えていない。過去の自分の人生に囚われるあまり、今の自分自身のことを見失っている。

もう、過去を思い出すことはいいから、今のこと、未来のことを考えたほうがいい。

自分のことを考えたほうがいい

また、僕は自分のことを考えたほうがいい。

この世界を導く導き手の支配者になった僕は、この世界のこと、みんなのことを最優先で考えるあまり、自分のことを考えることがまったく欠落している。

自分のプライベートなこと、能力やスキルや才能や経験のことを、もっときちんと考えれば、僕も普通の人間になれる。

僕は人間ではないおかしな生物になっている

僕の問題は、「人間ではないおかしな生物になっている」ということだ。

その原因は、「やりたいことをすべてすぐにやろうとしてしまうせい」である。

やりたいことをすべて、すぐさまやろうとするせいで、僕は心の余裕がなくなり、人間ではないおかしな生物になっている。

そもそも、やりたいことはいくらでもあるのが普通であり、そのすべてを思いついた瞬間にすぐにすべてやりたいと感じるのが、自分自身を馬鹿な人間にしている。

だから、やりたいことをすぐにせず、後回しにしてただ待つだけで、僕は人間になれる。

作業所に行ったのが一番よかった

僕の人生の中で、今通っているデザインの作業所に行ったことが、一番よかった。

なぜなら、それでしか治らない病気が治ったからだ。

もしこの作業所に行っていなかったら、僕の病気はなんにも治らなかったし、今でも、馬鹿な頭を抱えて解決不能な地獄の中にいたと思う。

それから、病院で出してもらった薬もよかったし、父親のサポートも素晴らしかった。僕は自分の「文章を書く」という趣味を成り立たせるために、多くの人の助けが必要だったと、身に染みて分かった。

どのような経験がどのような精神を成り立たせているかというモデルを作れ

モデルを作りなさい。

必要なのは、人間の「心」をモデルにして考えることだ。

それはすなわち、人間の「経験」に基づく「精神現象」を考えるということだ。

つまり、どのような経験をするということが、自らの精神現象に作用するのか、ということを考えれば、「経験に基づく受動的・反応的な精神的行動」を考えられる。

そこにあるのは、「わたしは自分では自分の行いを正しいと思っている」という「全員が正しいとする論理」であり、同時に、「経験的な衝動は世界を救いたいという本能に基づいている」という「本能的救済目的論」だ。

そして、そのような精神の受動的行動を、「社会」や「環境」における「シチュエーション」から考えれば、子供たちのいる学校という特殊な環境を理解し、「なぜいじめが起きるのか」ということを解明することに繋がる。

そして、そのようなすべては「心の中にモデルを作る」ことから、すべて自ら自身の経験に基づいて証明し、説明可能となる。そこでは、「この世界を救うことが確実にできる」という「世界を変えられる確信」と、「世俗から離別しすべてを失っても自分自身の道だけは失っていない」という「世間から離別することによる絶対自由の獲得の論理」がある。

そのようにすることで、この世界のあらゆる可能性から、この世界を救済し、可能性を拡大することで世界を「変化可能」にするという「全員で世界を変えるために自発的な意志によって協力する万人の救済論」が導き出せるのである。

日本文化を学ぶ

本当は、古代ローマの勉強などする必要はない。

僕が真に学びたいのは「日本」のことであり、「日本文化」のことである。

なぜなら、僕が現に生きているのは日本であり、周りにいるのはみんな日本人であり、それら日本人は日本文化のことなら分かるが、ほかの国の文化は一切分からないからだ。

だから、ゲルマンやユダヤの文化をいくら愛しても、それによって「孤独」がさらに増していくだけである。

僕は日本が好きだ。

僕が一番好きな料理は和食であり、僕が一番好きな言語は日本語だ。

僕が好きな音楽はJ-POPであり、僕が好きな文学は日本文学と日本の漫画・アニメだ。

僕が好きな地域は広島であり、僕が支えるのは日本社会と日本経済であり、僕が守るのは日本の領土・領海・領空だ。

わたしたち日本人は、日本の高度に進歩した科学技術と高度な教育水準、そして日本の独自の和の文化と日本社会の高い生活水準を誇る。

僕が一番好きな国は日本だ。それだけは、どのような僕の出生に関する新しい事実が明るみになったとしても、絶対に変わらないだろう。

だから、僕は今から日本の文化を学ぶ。そして、日本の文化が決して失われないように、日本人と日本文化を守り続けることを誓おう。