僕はそろそろ、数学を勉強したい。
そもそも、過去の引きこもり時代の僕が、哲学的なことが分かっていたのは、すべて数学的な論理的思考ができていたからであり、今、僕が哲学的なことが分からなくなったのは、数学的な知性が失われたからである。
数学を勉強すれば、知性が高くなるし、デカルトやウィトゲンシュタインのように、数学的に人生の経験や宇宙の真理などを考えられるようになる。
だから、数学を毛嫌いせず、ここでもう一度数学を学ぶべきである。
数学の勉強をしようと思って、放送大学「数学再入門 ('07)」を読んでいるのだが、実際、そんなに面白くはない。
なぜなら、むしろ、既に知っている内容が多い。
確かに、大学の教科書だけあって、僕のホームページに書いた内容よりは、きちんと書かれているし、内容も多いのだが、ペラペラとめくっていると、まるで僕が既に知っている内容の集大成のような内容を教えている。
実際、この教科書の内容は、読まなくてもいいと思った。
ただし、この教科書を読むことができたら、別の高度な数学書を読むことができると思う。僕は岩波書店の「現代数学への入門」という大学の数学書のシリーズを持っているが、この本が読めたら数学者レベルになれる。だから、このシリーズを読むことができるようになることを目標にしたい。
数学の勉強について言えば、逆に、高校に行かなくてよかった。
なぜなら、「高校数学を学んだことがない」ということで、逆に、新鮮な気持ちで新しく高校数学を学ぶことができるからだ。
普通の一般的な人間は、高校で数学を既に学び終えているため、僕のように、まっさらな白紙の状態で高校数学を学ぶことができない。既に学んだ内容をもう一度見ても、何も分からない。
また、高校で数学を学ばなかったからこそ分かることというのがある。その分からないことが分かるということ、みんなが学ぶ方法とは別の方法で学べるということも、もうひとつの僕のメリットだ。
だから、まっさらな気持ちで、新しく高校数学を学べるということ、そしてみんなとは別の方法で数学的センスを養えるということが、僕にとってはとても素晴らしいことであり、大切にしたい。
また、数学を学ぶと馬鹿が治る。
そもそも、普通の大人はみんな、数学で分かっている。数学を学ぶと、「もっとも抽象的かつもっとも高度に考えるということはどういうことか」ということがありありと分かる。
だから、たとえばものを作るのであっても、農業や料理をするのであっても、数学を学ぶときちんとできる。
僕の父親は、農業で何かしらの問題があってもきちんと自分で考えて解決できる。それは数学が分かっているからだ。
僕の認知症のような症状も、すべて数学を学べば治る。数学を学べば、哲学者にもなれるし、まともにきちんと生きられる大人にもなれる。
実際、僕が誰よりも馬鹿なのになぜ賢いかと言えば、僕は人生がすべて終わってから二回目の人生を生きているからだ。
そうなった原因は虫歯だ。
僕ほどに虫歯が多くなると、人生を進むスピードが速くなる。そして、いったん人生が終わったとしても、それ以後にまた最初から、二回目の人生を生きるようになる。
だから、僕は虫歯によって、みんなとは違い、人生の二周目を生きているから、馬鹿なのに賢いのである。
そもそも、僕が間違っているのは、すべての精神を手当たり次第に殺す意味がない。
精神の異常を全部治したいあまりに、すべての異常を手あたり次第すべて殺すために、精神をすべて見つけたらすべて殺すようにしている。
だが、そんな風にして、精神が治るわけがない。
逆に、異常があっても、それをすぐに治さずに、異常のまま放っておいて、その先にある異常のすべてを暴き出して、最終到達地点にある異常を殺すことで、精神はきちんと治る。
だから、異常をすべて殺すのではなく、殺さなくてもいい異常は殺さずに放っておいたほうがいい。
また、忘れないのが一番悪い。
僕が間違っているのは、すべて、忘れることが絶対にないように、一度も忘れずやるべきことを完璧に全部やろうとするのが間違っている。
忘れないせいで、日本語の知性がつかないのが、本人が分かっていない。
それから、時間が経たないのがおかしい。僕は時計のロボット人間になってその時計を治したことで、時間がまったく過ぎなくなっている。永久に時間の停止した人間になっている。
だから、時間を停止させず、普通に過ぎるようにしなければ、僕の病気は治らない。
本当は、僕は病気なんか治したくない。永遠に今のままでいい。
そもそも、僕だけが辛くて、それ以外のみんなが楽で、みんなの楽のために僕がひとり辛くなるのは、王として明らかにおかしい。
王であるならば、みんなを辛くして、従えて、自分は楽である、と考えるべきだろう。
だが、本当は、そのような「奉仕的な首相」である自分のことを、僕はこれ以上変えたくない。
すなわち、いつまでもみんなのために最大限努力して、自分だけが辛い状況のままでいられるのが、僕にとって幸福な日常なのだ。
だから、王としておかしく見えても、僕は今のままでいい。今のままが永久に続くことを僕は望んでいるのである。