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2024-12-13

誰が何をできるのか

社会を捉える上で重要なのは、「誰が何をできるのか」という、「権利」や「権限」を考えることである。

この世界において、生きている人々が、どのような状況で、どのような決まりやしがらみによって制限されていて、どのような社会環境で生きているか、ということを知ることで、この世界における「規範的な社会現象の規定」が見えてくる。

難しい言葉で言うと分かりづらいが、すなわち、この世界で生きる上で、どのような「事実上の決まり」によって制限されて、人々が生きているか、ということを考えるべきである。

それはたとえば、「人間は環境に適応する」ということだったり、「影響力の高みから支配力を行使する」といったことだったりする。

僕が昔考えたことは、そのように、誰が何をできるのか、という、権利や権限を考え、その権利や権限において、どのようにすればこの世界は変えられるのか、子供たちの社会を救えるのか、ということを考えたに過ぎない。

その上で、僕は社会を「点」ではなく、歴史の上で繋がっている「線」であると考えた。そして、その社会はさらに、さまざまな代替的な社会を実現できるような「環境」であると考え、環境は如何様にも変えられると考えていた。そこにある真理を、僕は「場の根源的な意識」として、意識は環境的作用から生まれ、すなわち、社会は環境における意識によって変えられると考えたのである。

言葉で説明すると難しくなるが、簡単に言えば、「人々はいつ何をできるのか」ということを、それぞれの視点に立って考えながら、超越的な立場でそれを普遍的にし、真理的な「共通の社会の発生現象」を考えるに至った。

また、僕にとっての「能力」とは、単にそれができる力を表すのではなく、社会的な影響力を含めたニュアンスだった。すなわち、この世界において「どのようにすれば社会を変えられるのか」「どのような立場からならば、さらに強く社会を支配できるのか」を考えた。それは単に強欲で堕落した独裁者になるだけではなく、世界を真に救うための「世界を救済する手段」だったのである。

最後に、社会を経験するために必要なのは、ひとりの革命家になることだ。ひとりの革命家になることで、自らが信じる「理想の世界」に近づけるために、社会を変える、ということをいくらでもできる。

細胞が活動しすぎている

僕の精神がおかしいのは、細胞が活動しすぎているということ。だから、細胞をもっと活動しなくすれば、精神は楽になる。

また、できなくてもそれを殺すこと。僕はできるようになってはじめて精神を殺すことができるという考え方のせいで、精神の要らない部分がいつまで経っても死なない。だから、「できなくても殺す」ということをすれば精神は治る。

それから、Linuxとオープンソースの考え方が悪い。Linuxやオープンソースを殺すだけで、精神が楽になる。

そして、その中でも、「再利用可能なコンポーネント」という考え方が悪い。なぜなら、何も賢くないのにそれで分かってしまうせいで、何も賢くならなくなり、精神の辛い部分が馬鹿になっている。馬鹿はすぐに死ぬのが普通なのに、再利用可能なコンポーネントのせいで死ななくなっている。だから、再利用可能なコンポーネントを殺せば、精神の馬鹿な部分はすぐに死ぬ。

子供には何ができるか

最後に、僕は子供たちの社会においても、「子供たちは何ができるか」ということを考えた。

それはすなわち、「社会自体の在り方を教える」ということであり、同時に、「心理学的な心の現象と人生の発達の分析から、子供たちの社会を救うことができる」ということだった。

僕は社会全体を、子供の社会と同様のものだと思っていた。そして、子供の社会を思い出し、自らの行動を他人からの視点に置き換えて客観視や客体化をしながら、子供たちは心理的にどのような反応をするかということを考えると同時に、どのような人生が子供たちの発達を促進し、子供たちは何に気付くことでよい社会環境を築けるのか、ということを考えて、総合的に社会で人々ができることを分析し、その上で、社会を正常化するための「正しい自由を与える」ということを考えた。

そこにあったのは、「倫理的な自由」だった。倫理的自由において、自由は単に荒くれた自由を意味せず、「その自由を与えることで子供たちの社会が平穏になるような自由」であり、それは簡単に言えば、経験による人徳であると同時に自助努力であり、「子供たちに正しい社会とはなんであるかということを体験的に気付かせ、それが容易に実現可能であるということを分からせる」ということだったのである。

そのために、僕は子供たちに与えるべきなのは「情報」であると考えていた。それも、「分かっている人間からのアドバイスが必要」であり、「分かっていない人間のアドバイスは聞かなくて構わない」と考えた。その上で、僕は「議論することの重要性」を考えた。なぜなら、議論することで、自らの自分自身の置かれた立場を知ることができるし、どのように考えることが世界を変えるために妥当なのかを考えられる。その上で、僕はインターネット上で社会を築き、自治することで、社会における「文明を作る方法」や「実際の社会の歴史」を学んだ。

それこそが、僕にとって「悟りを得る手段」だった。だが、自分自身が悟りを得るだけでは僕は満足せず、僕の得た悟りをみんなも同じように得られるということ、その方法を僕はすべて知っているということを信じた。それこそが、僕の希望である同時に「啓蒙」であり、「自分自身と同様に同じ経験を成り立たせることで子供たちに救いを気付かせられる」という真理だったのである。

社会モデル

世界を捉える上で重要なこと、それは「社会モデル」を考えることだ。

社会モデルとは何か。それは仮想的な社会において、人々の自由と環境を成り立たせることだ。

たとえば、民主主義において最高の立法府は国会である。この国会を一番上にして、人々の社会を段階的に成り立たせることができる。

この場合、社会モデルは「国会を頂点とした自由のモデル」である。

さらに、法律であれば国会や行政の仕組み、政治家であれば政党や資格(政治家免許)の制度、会社員であれば会社の役職の昇格と出世、資本主義であれば経済のさまざまな修正資本主義政策、子供であれば学校のたとえばカリキュラムの自由化やいじめ対策のような、さまざまな社会のことを「社会モデル」であるとし、人々の自由と環境を経験と言葉で成り立たせられる。

僕がやったこと、それは僕は文章を書くということを通じて、社会モデルを全パターン考えたということだ。

そもそも、僕は経験的に、引きこもり時代にインターネットやIT技術を見ていた経験から、「発想法」というものを持ち得ていた。それはすなわち、「さまざまな革新的なことをするために、経験的にどのような発想ができるか」ということであり、たとえば特許庁の職員時代のアインシュタインのようなことをやっていた。

その発想法と、自由を成り立たせることを通じて、僕は「社会モデル」というものを全パターン考えた。特に、民主主義の政治と資本主義の経済において、「人為的に社会を調整するとしたら、市場原理主義以上の修正方法としてどのようなことができるか」ということを、僕は考えた。それはそのまま、カール・マルクスやソ連が考えたような、空想的(あるいは科学的)社会主義へと通じていくのである。

自由な社会主義政策

社会主義政策について言えば、僕は社会主義において、自由と平等は両立可能だと考えた。すなわち、僕は「自由を否定しない社会主義」「自由と平等を両立する社会主義」を考えた。それはたとえば、平等なノルマでありながらノルマを自由に選択できる、などといった政策だった。また、労働時間を調整することで、「等価な労働量」を実現できると僕は考えていた。

同時に、僕は社会主義を成り立たせるために、まったく新しい社会モデルを考えた。国が起業するための資本を資本家に与え、給与とノルマを平等にし、社会主義でありながら民主主義や資本主義における自由をすべて保持したままで国家を実現する。それは僕にとって「理想の社会主義国家の実現方法」だった。

そして、僕にとって、資本主義と社会主義は、何もそんなに離れた考え方ではなかった。すなわち、僕は資本主義経済において、たとえば安値競争を品質保証によって否定するとか、ぜいたく品に課税するなどの政策を打ち出し、「社会主義と資本主義を融和する」という発想をしたのである。

世界を変えられやすくする

社会制度を自由にする上で、重要なひとつの指針は、社会制度を「変えられやすくする」ことである。

性悪説ではなく性善説を信じる上で、社会制度をみんなが変えられやすくすることで、社会は自由になる。

そのために僕が信じるのは、「独立性を高めること」と、「社会そのものが変化可能になるように促すこと」であり、そのために、可能性を与え、可能性を許すべきだ。

だが、世界を変えられやすくするのは、吉と出ずに凶と出る場合がある。

それは、人間の成熟レベルが人によって異なるからだ。

人間は、世界のすべての経験をすることはできない。だから、それぞれの人間が違った経験をし、異なることを信じている。

それでも、世界全体を変えるのであれば、ある程度幅広い経験をしなければならない。なぜなら、そうでなければ人間の「成熟レベル」が上がらず、「リーダー」に相応しい人間にならないからである。

すなわち、世界を変える「リーダー」になるためには、ある程度の幅広い経験をした上で、経験を総合的に考えなければならない。にもかかわらず、多くの人々はそれぞれ異なる最低限の経験しかしていない。

だから、性善説で人々が世界を変えられやすくしようとすると、人々は間違った考え方で世界を変えようとしてしまう。

その典型例が、ネット右翼を始めとする右翼やファシストの集団だ。

だから、真に世界を変えるためには、国家の制度を国民が変えられやすくした上で、その国民の人々のやっていることを監査する必要がある。

だが、その時点で、もはやその国家は「自由」ではない。人々をひとりが監査するということは、独裁者が支配するということを意味する。

だから、社会制度を本当に自由にしようとしたとしても、結局最終的に自由はなくなってしまう。そのような理由から、「自由そのものが間違っている」と言えるのである。

自由ではなく愛が正しい

最終的に得られた結論、それは「自由ではなく愛が正しい」ということである。

僕が革命戦争で得た教訓、それは「愛よりも自由が正しいと叫ぶせいで知性を失った」ということだ。

すなわち、人々が自分のことを愛してくれているにもかかわらず、それによって自由を失うことを恐れ、自由を信じながら支配の自由を間違っているとし、自らは自由でないとするような宣言をした。

そこにあったのは「記憶と認識と世界観の破壊」だった。

ある面で言えば、その戦いにも意味はあった。世界を支配しながら精神分析で前世の自分を回想する自分自身は、「すべての言葉ですべての言葉を分かる」ということを行った。そこには「思考の全パターンを書く」というおかしな自動執筆作業があった。

それによって、僕自身、新しく「詩人」や「作家」になることができた。

だが、どう見ても、僕の当時の主張する「自由」は間違っていた。すなわち、真に正しいのは、みんなの側が主張する「愛」だったのである。

誰かのことをみんなで愛すること、あるいは対等な恋人同士として愛し合うこと、それこそが正しかった。それでしか、この世界は救えないにもかかわらず、僕はそのような「愛」の関係を「いじめ」の関係に作り変えてしまったのである。

だからこそ、もう一度、全身全霊をかけて世界のことを愛し、人々と愛し合うべきだ。それこそが、わたしたちの「楽園」であり「ユートピア」を築く。それこそが、真の意味で「救済」あるいは「罪からの赦し」であると言えるのである。