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2025-04-03

間違った人生が正しい

僕の人生から言えることがひとつ、明らかにあるとしたら、それは、「正しい人生よりも間違った人生のほうが正しい」ということだ。

そもそも、正しい人生を生きている人間なんかが、この世界で、何かしら分かるはずがない。

何も苦労や挫折や喪失を経験せず、賢く生きているだけの人間がAランクだとするなら、僕はDランクを大きく超過してワーストのZランクということになるだろう。

僕の人生は、失敗と過ちだらけの人生だった。間違った人生を選んで、喪失して、失敗して、過ちを犯して、挫折して、救いようのない馬鹿なことをして、そして抜け出すことの困難な地獄を自ら作り出して、その地獄を作り出したツケと責任を取りながら、もともとあったはずのまともな社会に戻ること、すなわち「まともな人間になること」だけを全力で必死に頑張り続けた。

だが、そのような苦労や挫折は、僕自身の実感から言えば、辛かったのは確かに辛かったものの、そんなに大して辛くなかった。

僕自身、宇宙でもっとも生きるのが辛い一等星、リゲルを経験したような、そんな人生だったが、リゲルの人生は大したことがなかった。最初から最後まで、ただ辛いだけで、通り過ぎてしまえば、それはすべて一過性のものだった。

それよりも、子供時代に経験した、「小学生時代にたくさんいた友達が、中学に上がった途端にみんないなくなってしまった」という経験のほうが、はるかに僕の心では辛かった。

小学生時代、僕はみんなをまとめるリーダー的存在で、たくさんの友達がいた。常にその時別の子供と友達になり続けるような人間だったため、友達はたくさんいて、みんなのことが大好きだった。

そのような小学生時代に培った人間関係が、中学生になって、ほとんどまったくいなくなってしまった。

僕が進んだ公立の中学校が悪かったのかもしれない。あるいは、僕の小学校の近隣の小学校は、僕の小学校よりも荒んでいて、すれた子供が多かった。中学校で僕は優等生になるが、友達は一部の親友を除いてほとんどおらず、スクールカーストでも下のほうになってしまい、クラスメイトからはいじめられていた。

それでも、僕に友達が一切いなかったわけではない。そのような僕にも手を差し向けてくれる親友は何人かいたし、いじめに負けず強くなるために入った剣道部だけは仲間が多かった。

僕は今でも、寝て夢を見る時に、当時の小学校時代の友達や剣道部の友達と再会する夢を見るが、正直言って、再会したくない。夢の中でも気まずくなってしまうし、自分自身が戸惑う以上に相手が戸惑ってしまう。だから、そのような小学生時代の友達や、中学生時代の剣道部の仲間とは、きっぱり縁を切りたい。夢の中であっても、会うとあまりに辛すぎる。

それでも、僕と友達だったみんなには感謝しているし、中学生時代の親友だった数人には今でも感謝している。

僕は結局、中学三年に不登校になって、家で部屋にこもって過ごすようになった。だが、実際には、不登校になる前から、特にネットゲームを始めたあたりから、僕は既に部屋にひきこもるようになっていた。小学生時代、テレビゲームで友達を作ることが得意だった僕は、中学生になって遊ぶ相手がいなくなって、ネットゲームをするようになった。ネットゲームの友達は、かろうじて僕が小学生時代から持っていた「僕の素顔」を出せる場所だった。だが、そのようなインターネット上の友達は、その時は仲がよくても、関係がすぐに途絶えてしまう。僕はネットゲームの友達のことを一切覚えていない。

不登校になってから、僕は家族とも疎遠になった。特に、幼い頃から遊び相手だった姉とは、そこらへんでいきなり関係が切れた。姉のほうは辛かったかもしれなかったが、既に中学生時代に人間関係が破綻していた僕にとっては、そんなことはどうでもよかった。

僕は不登校になってから、インターネットを使って、学校教育組織に支配されるのではなく、自分で自由に生きること、その中で僕の好きだったUNIXやPerlのことを学ぶために生きようと思った。自分にコントロールできないすべてのことを排除し、すべてを自分でコントロールできることを目指した。そして、Linuxやオープンソースと出会ってから、僕はそのようなバーチャルなインターネット上の理想のコミュニティが、何かしら革新的な理想の社会を作ってくれて、僕たちみんなを救ってくれるような気がした。僕自身、Linuxやオープンソースの考え方に共鳴し、コミュニティに貢献したいと思った。

だが、僕には、本当はそのような技術力や、貢献のための能力は、僕には十分にはなく、結局、Windowsユーザーへの敵対心と、自らの理想的すぎるエゴを丸出しにして、Linuxとオープンソースのコミュニティを破壊してしまった。迷惑だけをかけただけで、自分の愛するコミュニティを自分で滅ぼしてしまった。

だから、僕は二度とそのようなことはしたくない。ホームページを作ったのは、Wikiのような他人と一緒のコンテンツにはもう関わらないと決めたからだ。迷惑のかからない範囲で、僕のホームページだけで僕はLinuxやオープンソースの研究活動を続ける。もう、インターネットで、僕が好きだったものを僕自身が滅ぼす体験だけは、絶対に繰り返したくない。

そのように、僕の人生は完全に間違った人生だ。だが、この間違った人生が正しい。なぜなら、僕は誰にも真似できない、「世界を救う」ということが唯一できた人間だ。その世界を救うということすら、僕は永遠に守り切ることができず、自分で救った世界を自分で滅ぼしてしまった。実際、18年も前の僕の過ちなど、僕以外の誰も覚えていない。だが、それでも、僕は決してその出来事を忘れない。

僕は忘れない。あの日、インターネット上でこの世界を救ったこと、そしてもうひとつのあの日、その世界を破壊してでも、みんなの前に堂々と現れて、みんなに自分の言いたいことをすべて言いたいと決断し、日本を救いながらにして滅ぼしたこと。僕だけは、そのことを永久に忘れない。どんなに世界を滅ぼしてでも、僕はこの世界を愛することだけはやめなかった。僕は絶対に、この世界を決して滅ぼさないと誓い、すべてを自分ひとりで抱えながら、世界を導き、「自由な世界」になるように、戦い続けた。まさにそれこそが僕の人生だ。僕はそのような北欧神話の神、名前はトールである。

聖騎士団ワルキューレ

僕にも、趣味と言えるようなことはひとつある。

それは、文章を書くことだ。

僕は、世界との革命戦争の戦いを始めた頃から、文章を書くようになった。

僕にとって文章を書くということは生きがいである。僕は、人生、宇宙、知識、世界観のような、天地の神羅万象のすべてを書く。

特に僕が力を入れているのが、「自分の人生で分かったことをみんなに教え与える」ということだ。それは、「僕の全部をあげる」ということを意味している。

そして、そのような、僕の書いた文章に付けた名前がある。それは「聖騎士団ワルキューレ」と呼ばれる女天使たちだ。

聖騎士団ワルキューレは、9人の女天使たちの集団であり、9人が一体となってヴァルキリーと呼ばれる女神に属する親衛隊を作り上げるための、「ヴァルキリーに属する下部集団」である。

聖騎士団ワルキューレは、それぞれ、菜穂子(救世主・聖母)、桃子(雑誌の編集者)、蓮子(宗教家・思想家)、蘭子(ITエンジニア)、菊代(文学・哲学博士)、さくら(小説家)、つばき(詩人)、すみれ(歴史家)、百合子(芸術家・デザイナー)と呼ばれている。それぞれが部分的な別の文章を意味しており、全員一緒になってヴァルキリー直属の「革命部隊」となる。

この9人のワルキューレは、この世界のみんなのことを恋人のように愛している。この9人が一緒になってメイドのような「奉仕活動」をすることで、この世界すべてをユートピアのパラダイスにする。

僕のかつて信じていたような、自由でオープンな、開放された理想の社会を、この9人が「愛の力」によって作り上げる。世界すべての人間(子供から大人あるいは女から男まで全員)が、ほかの誰からも愛されなかったとしても、少なくともワルキューレの9人からだけは確実かつ絶対に愛されるようになり、それはすべて「愛の革命の衝動感情」の下に、互いに心から愛されるようになる。

田中将大

楽天から巨人に移籍した田中将大が、5回1失点で勝利投手の権利を持って降板。

【巨人】田中将大が5回5安打1失点!勝利投手の権利持ち降板 最速149キロ 日米通算198勝目&586日ぶり白星へ 坂本が先制犠飛(TBS NEWS DIG Powered by JNN) - Yahoo!ニュース

なんだか、とても嬉しい。僕はもう、田中将大(マー君)は再起不能かと思っていた。

僕はマー君と同い年なので、自分のことのようにマー君の活躍が嬉しい。日米通算200勝までもう少し!頑張れ!

後日注記:どうやらマー君は勝利できたようです。よかったよかった。

586日ぶり白星報告の巨人・田中将に500件近い祝福コメ SNS「あと2勝だけじゃなく10勝、15勝」「チームが一丸となってく雰囲気が頼もしく」(デイリースポーツ) - Yahoo!ニュース

2025.04.04編集