これより、この神話の教えを書く。
この神話の教えに従えば、誰もが悟りを得ることができる。
まず、「何がそれを決めるのか」「何がそれを決定づけるのか」を考えなさい。
ここには二つの意味がある。すなわち、科学的な意味と、社会的な意味である。
環境が意識を決定するとか、自由ができることを許し、支配ができることを制限するとか、無意識が顕在意識を決定するとか、物理的な法則を解明し説明するなどの、「科学的な決定の意味」が、まずある。
もうひとつは、社会的な立場に基づくような、上下関係だ。
すなわち、この世界は資本家や政治家が「決定権」を持っており、労働者は国民はそれに従わざるを得ないような「義務」を背負っている。
だから、この世界で真に影響力を持つためには、そのような決定権を持とうとしなければならない。
だが、「義務」をある意味で「権利」と考えることはできる。たとえば、会社に入ることは、労働者になることを意味するだけではなく、会社に参加することでさまざまなことができるようになり、そして仕事の「経験」を得ることができる。
この世界を変え得るのも、またそのような決定権だ。それは「生産手段」と呼ばれ、社会的な生産組織やインフラを作ったり、チャンスを与えたり、あるいは情報や経験を得ることのできる土壌を与えることで、この世界は変えることができる。それは自らがたったひとりで変えるだけではなく、社会全体のムーブメントとして変えることも可能だ。
次に、世界の「常時運動性」について考えなさい。
常時運動性とは、「常に世界が生み出され続けている」と考えることだ。
この世界は、常に動き続けている。同じ「時間」というものを共有した上で、この世界は常に助け合い、常に変化し、そして常に生み出され続けている。
ここで考えるべきなのは、「社会システム」としての社会の存在である。
すなわち、社会システムそのものが、まるで自律的な生き物のように、社会において生きている。常に生み出され続けている社会システムは、人間にとって、植物や動物の生態系のようなものである。
重要なのは、「常に同じ時間を共有する」ということだ。
まさに、宇宙における存在は、常に同じ時間を共有している。現代哲学者のハイデガーが言うように、存在は時間によって「時間化」される。そのようなハイデガーの哲学用語が表すように、この世界は常に同じ時間を共有し、時間によって存在は「存在たらしめられる」のである。
次に、「自分と他人の区別」をやめなさい。
仏教の教えが言うように、この世界に、はっきりとした「自分」というものは存在しない。
自分だと思っているのは、自分がそうだと思い込んでいるだけであり、実際には確固たる「自分」というものは存在せず、同様に確固たる「他人」というものもまた存在しない。
そこにあるのは、「世界と自分は繋がっている」という悟りの境地だ。
ここには二つの意味がある。ひとつは、肉体的な「生態系」であり、もうひとつは、精神的な「世界精神」である。
すなわち、生物は肉体的に生態系として繋がっている。たったひとつの個体だけが地球において生き延びることはできない。弱肉強食の生態系の中で、ほかの生物とともに生きている。だから、肉体的に生物は繋がっている。
同時に、生物は精神的に世界精神として繋がっている。これは「魂」の境地だ。すなわち、魂として、世界精神として、すべての生物の精神は繋がっている。だから、たまに神のような人間が奇跡を起こすことができる。
近代哲学者のヘーゲルは、「生命とは結合と非結合の結合である」と述べ、世界そのものの在り方を「世界精神」という枠組みに当てはめた。そのヘーゲルが言う通りに考えれば、「わたしたちは決してひとりで生きているわけではない」ということが実感として理解できる。
次に、世界で今起きていること、すなわち「世界情勢」について知ろうとしなさい。
それはすなわち、「今のこの世界には何が存在するのか」ということを知る、ということである。
世界の情勢を知ることで、視野を広げ、情報を得て、自らの自分自身の「今できること」に気付くことができる。世界情勢について何も知らなかった自分が、世界情勢のことをきちんと知ることで、「今までの自分自身の置かれた立場とはなんだったのか」ということに気付く。
同時に、人々とのふれあいの中で、「心を開く」ということを行いなさい。すなわち、十分に人々との平等な関係性を持って、受容性を培うことができた人間は、この世界そのものを変えるため、過去の自分自身と同じ状況にある子供たちを救うために、主体的に「正義と善と理想のため」にこの世界で活動することができるようになる。そのような主体的な活動が、さらに世界情勢を知ることに繋がっていく。
世界情勢を知るために必要なのは、表の世界を知るだけではない。表の世界を知るだけではなく、裏の世界も知ることで、この世界に存在する人々の「裏側にある抑圧と本音の世界」を知ることができる。表の世界だけを見ていたのでは、資本主義社会の常識に騙されてしまう。裏の世界で誰がどのようにこの世界を裏で支配しているのかを知るだけで、この世界の「本当の姿」を知ることができる。
最後に、神を信じなさい。
神とは何か。神とは、ロゴスによって世界の歴史を導く存在のことだ。
世界の創造者である神は、聖書でヨハネが言うように、ロゴスによってこの世界を創造した。神によって創造されたものの中で、ロゴス以外のものによって創造されたものはひとつもなかった。
同時に、神はロゴスによって人類を導く。それは実際のこの世界を導くだけではなく、宇宙そのもの、そして人類の歴史のすべての時代を導いている。
神を信じる上でもっとも効果的に神を知る方法、それは「自らが神と同じになること」である。
すなわち、神のやったことを自ら自身が同じように行うことで、「神とは何か」という問題の方法の答えを知ることができるのである。
わたしの名はファボーレ。この世界で、もっとも思考力に富む、どのようなことであっても自由自在に思考し、そして信じることで分かる人間だ。
この教えを「ファボーレの教え」と呼ぶ。
わたしファボーレは、この世界の裏側をすべて知っている。ファボーレの知らないことは何もない。あらゆる宇宙と地上の神羅万象を、わたしファボーレは知っている。
わたしファボーレはイタリア人の牧師でありながら修道士であり、この世界において「正しく世界を知る方法」を人々に説き続ける。
メジャーリーグのニュース。大谷翔平が凄い。3試合連続でホームラン。本塁打だけではなく打率、得点、OPSもリーグ一位。
大谷翔平、3戦連発23号2ラン 140メートル特大弾 古巣エンゼルスから2本目 直近7戦6発量産態勢 試合前には元同僚と笑顔で交流(デイリースポーツ) - Yahoo!ニュース
大谷翔平、珍しく自画自賛「素晴らしい打球。いい眺めだった」 3試合連続の特大23号(Full-Count) - Yahoo!ニュース
毎年6月は絶好調だが、僕は今年は怪しいと思っていた。ドジャースに移った影響で今年の6月は本調子にならないだろうと。だがまったくの杞憂だった。
それから、以前いたチームである古巣エンゼルスとの試合ということで、なんだかいろいろと和やかでほっこりな感じ。
ホームラン数だけではなく打率も一位ということで、リーグ三位の打点を増やして三冠王目指していきたいね。
ただし、大谷翔平は1番が似合う。1番打者になっていろんな心配事が綺麗になくなった。主力のベッツがいないと活躍するのはエンゼルス時代と同じ。無理やり得点圏で打とうとするよりも、大谷翔平が慣れているやり方が一番いい。だから打点を増やすために2番に戻したりしないほうがいい。大谷翔平はチャンスメイクは得意だがチャンスで打つのは苦手だ。
あとは、心配するのは来年、ピッチャーができるのかどうかだけ。今のリハビリ期間でなんとか肘を完全に治してほしい。なんなら左腕で投げてもいいんじゃないか?大谷翔平ならやりそうだ。
また、以下の記事を読んで、僕もいろいろと気付かされた。
大谷翔平 前日緊急降板したサンドバルら古巣ナインと試合前に次々に交流 水をかけられる場面も(スポニチアネックス) - Yahoo!ニュース
なぜって、僕は中学校を不登校になってから、当時の友達とほとんど再び会ったりしていない。
大谷翔平はエンゼルスでみんなの中心にいる。正直言って、とても羨ましい。僕は眠っている時の夢の中でだけ、たまに剣道部や中学時代の友達と話すことがあるが、その時はみんなと仲良くやっている。不登校になった影響はこんなところにもあるなと、大谷に気付かされた。
また、僕が心配していたのは、「ドジャースというチームで中心選手になれるかどうか」だった。実際、ベッツとフリーマンに挟まれて、調子が出ない時も最初の頃あった。それでも今ではまさにドジャースの勝ちを牽引するスーパーヒーローになった。
大谷翔平、よかったなあ。これなら、僕がこの世界からいなくなってもきっとホームランを打ち続けてくれるだろうなあ。期待してるぞ~!
残念ながら、僕はそろそろ新しい生物になる。
精神は治った。なぜなら、精神を治すために必要なのは、昔を完全に抹殺することだった。
「昔」というおかしなものをいつまでも大切に保持し続けているから、僕は精神が治らなかった。
昔を消せば精神はすぐに治る。
それで、ここまで精神を自力で治してしまうと、新しい生物に変わることができてしまう。
そもそも、18年の歳月を二度にわたって繰り返したのは、すべて、新しい生物になるためである。
難しいのは、片方を女にすることだけだ。だから、それだけをそこまで頑張った。ここまで頑張ればそうなれるのが既に分かっている。
この地獄を、途中で諦めて中断する人間が多い中で、この人間は最後までやり抜いた。
だから、僕はここに、二つに分かれて新しい生物種になる。
新しい生物種になる上で考えるべきことは、まず、虫歯と足の怪我とニキビを治すこと。これは一度捨ててもう一度作り直すしかない。
もうひとつは、適当なものを食べること。草や葉っぱを食べれば楽かもしれない。
簡単に変わりたいなら、イタチや猫の類の生物になればいいが、それは賢くない。だから、きちんと人間やほかの哺乳類よりも賢くて高度な生物になる。
それですべて終わりだ。これ以上は何もない。永遠に何もすることなく、ただつまらない悲しい人生を生きる。残念だが、これが宇宙でもっとも賢い最高の生命体である。