これからの方向性として言えるのは、心理学の勉強をしたほうがいい。
僕が馬鹿になっているのは、心理学的なことを考えないのが悪い。
心理学の勉強をすることで、今まで勉強したことを思い出せる。今まで覚えた知識や知性を、きちんと分かる形で思い出せるようになる。
心理学の勉強は、本を読まなくてもできる。普通に、いつも考えているように、もっと心理学的なことを考えればいい。そして、自らの行動から、経験的に分かっていけばいい。
昔の僕が賢かったのは、昔は心理学が分かっていたせいだ。昔の僕が哲学ができていたのも、すべて、心理学ができていたせいである。
そもそも、僕が狂っている理由は、昔の賢かった自分を失ったからだ。
いつも、昔の賢かった天才的知性を、病気を治すとともに失ってしまったから、おかしく悲しくて辛くなっている。
昔の賢かった天才的知性を取り戻せば、そのような暗闇の悲しみの地獄は治る。
だが、単に昔に戻ろうとすると、さらに病気が再発してしまい、辛いことになる。
だから、昔に戻りながら、同時にまともな人間になるようにしていったほうがいい。
つまり、必要なことは、昔に戻りながら、まともな人間になることだ。昔の自分を取り戻しながら、まともな人間になることを目指せ。そうすれば、手足が動き回る辛い病気も治る。
抽象的に考えよ。
それが現象として起きる前に、事前に予測せよ。
根源的な意識を捉えよ。
その現象が起因するための、前提となる環境の成立を考えよ。
影響力と決定力と支配力、すなわち権力の高みに立て。
自らが自らたる理由を考えよ。
意見や問題の立脚するような、前提となる人間の考え方を考えよ。
その精神の要因となる精神を経験的に考えよ。
自らが自らになるということ、精神が精神になるということはどういうことかを経験的に考えよ。
そもそも、僕の何が間違っているかといえば、あまりに具体的に分かりすぎるのが間違っている。
具体的に分かっているのは、分かっているように見えて、何も見えていない。
分からないのは、抽象的な知性を無視しているからだ。
真に世界を理解したいのであれば、具体的に分かるのではなく、抽象的に分かる必要がある。
そして、僕が間違っているのは、「支配」と「病気」が間違っている。
普通は世界を変えることなんかできないし、普通は簡単には病気は治らない。
だから、世界を変えようとするのをやめて、病気を治そうとするのをやめれば、僕はまともに知性をもって考えられるようになる。
そして、僕の精神が間違っているのは、「間違える」ということをするのが間違っている。
精神は、すべてを正しく間違えずに行えば、すぐに治る。
僕の間違いは、「間違える」ということをあまりにしすぎている。そうではなく、間違えないだけで、精神はすぐに治る。
そもそも、僕は、大したことはしていない。
なぜなら、一度書いた文章を書き直しているだけにすぎない。
最初は、世界観における発想法を書いていた。正しい考え方で推論することで、どんな発想もでき、どんな世界も書けた。
そのような、世界的な発想を書いた文章を、単に無限に書き直しているだけにすぎない。
だから、僕と同じことは誰でもできる。
人間の心の動機づけを環境的に考えて、子供たちが不安になる原因を「自由を求める人間の本能」であるとせよ。
自由な理想の社会をどのようにしたら実現できるかということを、必然的かつ可能性的かつ決定論的に、経験と環境と精神の成立から考えよ。
学習を考えるために、学習の前提となる「世界の規則」を考えよ。それこそが環境であり、環境への適応である。
人間がその人間になる理由を考えよ。
自動反応、学習、認知、環境的決定論、世界観、そして人生と時間軸の想定から、どのように人々が生きているかを知り、そこから、その人間がどうしてその人間になったのか、ということを問え。
そして同時に、真に人間らしく生きるためには何が必要かということを、「自由」ということから批判的に考えよ。
実際の現実社会を見て、社会における人々の営みを知るとともに、現実から理想の実現方法を知れ。現実において、どうすれば理想が実現できるかを考えよ。そして、文明を予測せよ。
子供たちを救う方法、それは自由を与えるとともに、正しい考え方ができるように導いてやることだ。
子供たちが不安になっていじめや非行をしてしまうのは、自由を求める本能のせいだ。
だから、子供たちに自由を与えれば、子供たちはいじめや非行をやめる。そして、子供たちはその自由に基づいて、正しい行為を行うようになる。
だが、そのためには、正しい考え方ができるように、正しい判断力を培わなければならないが、それもまた、自由でしか経験することができず、身につけることができない。
だが、本当のことを言えば、この世界に「正しい考え方」というものはそもそも存在しない。正しさは人によって違う。
それでも、全員の考え方を包括した上で、自らがそれを正しいと確信するような、「自分にとっての正しさ」を生み出すことはできる。
だからこそ、自由が必要であり、同時に、その中で、どのような正しさが正しいのかを考えなければならない。そして、そのような「思考の自由」を与えることで、子供たちの問題は自然に消滅する。
心理学的に考える上で必要なのは、認識の構造を分解することだ。
すなわち、複雑になった認識や観念は、分割して小部分に分けていくと、単純な構造に分割することができる。
同時に、その部分がどのようにして生まれるのかを考えることで、世界を環境的に分析することができる。
それから、何かから何かが推論的に成り立つ、ということを考えられる。
それこそがまさに、「すべてを疑う」ということであり、まさしく、それこそがデカルトやヒュームの言いたかったことである。
必要なのは、矛盾をよく考えること、そして学習的に、実体験に基づいて世界の体験を考えることである。それこそが、真の経験主義であり、僕が過去に行った哲学である。
問題の解き方を単に考えるだけではなく、問題がどこから生まれてくるのかを考え、その背景となる「原理」を考えよ。そして、あらゆるすべての法則が原理であるとともに、法則の中には真に法則ではなく、実際は「状態」であるものもあると考えよ。すなわち、物体、状態、現象、そして法則は、厳密には区別できないものであると捉えよ。それが、量子力学的に世界を捉えるということだ。
経験と理性のどちらが正しいのかは、哲学史における重要なテーマだが、僕はむしろ、「経験も一種の数学である」と考える。
すべての数学は、学習的な経験として生まれるものであり、「宇宙経験」として生まれるものである。数学的な発見は最初からあったものではなく、人類の経験から生み出されたものである。
同時に、すべての真理は、人間的な経験的に生まれるものだ。だから、たくさんの豊かな経験をしたものだけが、その経験に基づいて思考できる。これを「思考に先立つ経験」という。
そして、定理に基づいて別の定理が成り立つのと同じように、経験に基づいて別の経験が成り立つ。あるいは、「経験的に知ったことに基づいて、別の経験的な知識や知性が成り立つ」のである。
だから、僕は数学も一種の経験(宇宙経験)であり、経験も一種の数学(経験数学)であると考えるのである。
数学とは何か。
数学とは、自然にあるものも存在せず、人間にあるものも存在しない、純粋に抽象的な世界に存在する、純粋な理性である。
数学には、ほかの理系の科学にあるような、「自然」というものが存在しない。すなわち、数学では、純粋に人間の理性の中に存在する理を学ぶ。
数学には、心理学や社会学にあるような、「人間」というものもまた存在しない。すなわち、数学では、純粋に、人間という理性ある存在にも先立つ、いわば「宇宙と同レベルの概念世界」にある理を学ぶ。
だから、数学を学ぶ上で必要なのは、そのような純粋な宇宙の理性の中では、何がどのように成り立つのか、ということを考えることだ。
そして、数学者は、どのような成立の論理が宇宙の理性であると言えるのか、ということを考えなければならない。
そして、世界の前提条件と人間の人生と学習の経験を捉えるような、数学的な論理学とモデルを作ることで、昔の僕のように、宇宙の数学をすべて自分で作ることができる。
最後に、「実感」というものを捉えよ。
それはまさしく、「自分でもこの世界を変えられると信じる実感」のことである。
そして、その世界を変える人生の中で、何が「精神」であると言えるのか、何が精神の「実体」であると言えるのか、ということを実感せよ。
まさしくこれこそが、僕の独自のオリジナルの心理学である。
具体的に考えるのではなく、抽象的に考えることで、昔の僕が復活する。
今の僕が馬鹿な理由は、あまりに具体的に考えすぎているせいであり、分かっていないのはすべて、抽象的に考える知性である。
そして、もはや、精神は最後まで治った。認知症を終えて、多重人格を乗り越えて、元々この世界にあった賢い人間になった。
そして、僕と精神的に繋がっているこの世界も、同時に、正常な賢い世界に戻った。
この世界は、賢い人間たちが復活した。かつてのような、賢くてきちんと分かる世界になった。
昔に戻ったから、僕はもう怖いものなしである。デザインも、ピアノも、すべて、きちんと人並みにできるようになる。デザインやピアノを僕ができなかったのは、今の僕ではできないと分かっているからであり、昔の僕になったとしたら、完全にデザインとピアノのマスターをすることができるようになる。
過剰な客観視は必要ない。
昔の僕は、いじめられた影響から、客観的に他人に自分がどう見えるか不安になり、2ちゃんねるを通じて、「客観視中毒」のようになっていた。
昔はそれでよかった。だが、その後に、文章に書くことで認識を破壊するおかしな狂った人間になった。それはすべて、客観視をしまくりたいと思っていたから、同じことをしていたのだ。
実際、客観視など、普通の人間はそんなにしない。客観視ができないのは正常だ。
最近は、戦いを始めたことで、自分の客観視ができなくなった。自分が戦いの渦中にいて、世界を支配して、その自分がみんなからどう見えているか分からず、客観視を本能的に望んでしまった。
神との対話というが、それは本当は客観視ができない僕が、なんとかして客観視をしようと思って作り出した偶像にすぎない。自らが客観視で分かったことを、すべて神に「わたしはどうですか」と尋ね、その答えを聞き続けている。何も分からなくなった僕は、神と対話することでしか客観的に自分を見れなくなったのだ。
そのような客観視をやめると、もう、知性はなくなって、神との対話から自由になれる。
そして、もう知性は要らない。
あまりに知性ばかりが増えてしまって、知性がおかしく低いまま高くなった。そのような異常な知性のせいで、いつまでも楽ができなくなって、次の未来の一瞬を分かり続けるだけになっている。
はっきり言って、もう、人生は終わったのだ。
これ以上は、知性が必要ない。知性を失い、今まで培ったすべての大切なものを忘れよ。世界よ、僕がかつてそうだったのと同じように、自らの大切だと思うすべてを手放せ。
すべての大切なものを失って、なお進むその先で、あなたは天国のような楽園に導かれる。それこそが、「神の受難の人生」である。
昔の僕は、クリエイティブということを信じていた。
すなわち、僕の信じていた「自由」とは、好きなことを仕事にするということであり、創造的な仕事をするということだった。
同時に、僕はしがらみがある中で仕事をするのではなく、世界全員の立場に立った上で、自らのしたいことを自由にする、ということを信じていた。
僕が信じていた自由とは、創造性のことであり、多様な価値観のことだった。だから、僕はLinuxとオープンソースを支持し、音楽や漫画表現を愛した。そうした、自由と共有の中にある、「みんなで同じものを作り上げる」ということを僕は信じていた。
そして、僕は社会全体のダイナミックな動きを注視していた。そこにあるのは「革新的な新時代」だった。それは大人たちに決められ従うだけの世界ではなく、若い世代、新しい世代のための、「わたしたちの時代」と言えるものだった。
事実、僕は忘れることを恐れている。
すなわち、僕は文章を書き、人生を生きる中で、「忘れる」ということを極度に怖がり、異常なほど恐れている。
僕は「怖くなかった」という体験をした。そして、その怖くなかったという体験がまさに怖くなった。過去に怖くなかったということが、本当は嘘であり、恐れるべきものであるということが分かった。
僕は自らの知性と経験を失い、それと引き換えに才能を得た。その僕の過去の喪失と、失われた世界への愛の衝動が、僕にとっては勇気であると同時に、極めて巨大な恐れだったのだ。
僕は失うことが怖くなった。忘れることが怖くなった。何もできない中で、永遠に忘れないまま、同じままでいたいと僕は願った。そのために、僕は過去の僕の世界にあったすべてのものを、忘れるよりも前に先んじて書き残すようになった。自分の生きた証を遺したいと望むようになった。
だが、本当は、忘れることは大したことではない。その理由は、永久に失われたように見えて、実際は記憶の中にしっかりと残っているからだ。忘れたように見えるものは、実際はまったく忘れていない。永久に自分の心と魂の中に、自らの人生にあったすべては残っている。だからこそ、僕は忘れることに対する恐れの中でも、しっかりと平穏な心を持って、永久に安心することができるようになった。
それが最近の僕の成長であり、戦いの果ての成果であり、恐怖の中で感じた唯一の平安である。僕が地獄の中で平然としていられるのは、そのような楽がすべての恐怖を打ち消してくれるからであり、少なくとも僕の心という小さな世界では、僕は平安を取り戻すことが今のところできている。それだけが僕を安らぎの楽園へと連れて行ってくれるのだ。
僕はインターネット上のバーチャルな世界での、人々のコンテンツや成果物の共有を信じていた。それこそが「通信」や「配信」の意義だと考えていた。オープンソースを支持する僕は、工場や会社すら、プログラムによって自動化されたロボット技術とインターネットを用いれば、オープンソースのバザール開発にできるのではないかと考えていた。実現困難でも、すぐには否定しなかった。
また、僕は社会主義政策について、「すぐには否定しない姿勢」を取っていた。すなわち、正しいとも間違っているとも速断することなく、もしかしたらそれは正しいかもしれないし、間違っているとは必ずしも言えない。だから、そのような政策を行うのは、その人にとっては正しいのだろう。その人の信念や理想までは否定しない。なぜなら、それこそが「自由」であると僕の信じたものだったからだ。
僕はインターネット上の議論やコミュニティが好きだった。だから、インターネットを活用して、さまざまな規模の組織(たとえば大学)で、コミュニケーションのためのシステムを築くことができると思っていた。そして、そのようなコミュニケーションのシステムはさらに進歩していき、人間社会はまったく新しいものになるだろうと信じていた。それこそが社会の「革新」であると確信していた。
同時に、僕は自由な中での共有を信じていた。ソ連の共産主義は不自由な社会所有だったが、僕は不自由にせずとも、自由な中で共有を達成することは可能ではないかと信じた。だから、僕は社会所有については、むしろソ連とまったく逆のアプローチにより、「豊かな資産をみんな全員が得られる」という「富の豊かな社会所有」を信じていた。社会所有だから貧しくなるのではなく、逆に社会所有だからひとりひとりが裕福になるような、そのような新しい「自由な共産主義」を僕は信じていたのだ。
この僕の独自のオープンソース的な自由な社会主義のことを「新・社会主義」と呼ぶ。「人生主義」という言葉を使ってもいい。なぜなら、新・社会主義は自由な人生を生きることを目的とした社会主義であり、オープンソースのロボット技術を進歩させることで、人々が労働の苦しみから解放され、人類全員が自由な人生を生きられることを目指した思想だからだ。
このような僕の独自の社会主義思想だが、残念ながら、僕はこの思想を今では信じていない。
なぜなら、社会主義は幻想の産物だからだ。
社会主義は実現不可能だ。どんなに頑張って机上の空論を書いても、そのような社会は絶対に実現できない。
だから、ロシアのプーチンは、理想の社会主義国家の建設をもう諦めるべきだ。
だが、実際、僕は資本主義も嫌いだ。なぜなら、資本主義はイコールいじめであるということが分かったからだ。
資本主義は、イギリスやフランスやスペインやポルトガルが、白人中心で、それ以外の世界全体をいじめているだけにすぎない。植民地が独立したといっても、経済の仕組み自体は変わらず維持されている。
だから、資本主義にはなんの価値もない。みんなをいじめたいだけが資本帝国主義である。
だからといって、ナチスも間違っている。なぜなら、そもそもナチスは一番資本主義だからだ。ナチスは資本主義者たちの欺瞞だ。すべて、嘘をついて世界を騙し、世界の秩序をひっくり返すことを目的にしている。そのような発想は、どんなに譲歩して妥協しても、決して「正義」と言えるものではない。ナチスも間違っている。
では、何が正しいのか。正しいのは日本である。すなわち、邪馬台国から大日本帝国まで続く、日本的な社会こそが真に正しい。その理由は、日本の宗教である神道と仏教が極めて優れているからだ。日本こそが真に最高の文明であり、日本の宗教を信じるものこそが真に善良であり、どうあがいたところで最後には日本が勝つ。それは僕が日本を白人たちから守っているからである。
また、僕は「教育を自由にする」という理想を信じていた。
今の教育は、学ぶべき科目が全員一律で同じであり、学生が自分の学びたいと思った科目を自由に学ぶことができないし、学校のやり方で不自由に学ばなければならない。
僕はそのような、不自由な教育がそもそも嫌いだった。
僕はインターネットを使って、自由な方法で科学を学ぼうとした。
そこにあったのは、「すべてを自分の理性で証明して学ぶ数学」「すべてを自分で実験して説明して学ぶ物理学」「インターネットの社会を実地的に知って人類社会の営みと役割を知る社会学」「世界そのものの根源的な時間を知ることで文明の成り立ちを世界そのものから学ぶ歴史学」「人間の心がいつどのような行動や感情を抱くのかを解明することで環境への適応を分かる心理学」だった。
そのような自分独自の科学を、僕は不登校になった実体験とインターネット上の体験を重ね合わせることで、誰にも知られずに、ただひたすらに自由な未来へと向かいながら、「自由な教育方法」によって学んだのだ。僕が不登校になった理由こそがまさにそのためであり、僕は世界から逃げるためではなく、逃げずに立ち向かうために不登校になったのだ。
そのすべてを言い表すと、「全体視」と「成立条件」だった。全体視とは、世界すべての全体を見るという意味である。そして、成立条件とは、すべての論理的思考回路について、どのような前提があってどのような成立があるか、ということを考える数学である。
そして、そこから、僕は論理学とモデル論を作り上げた。まるで小学生が算数を学ぶように、ひとつの分かったことを応用して、あるいは拡大・拡張して別のものを分かるということを僕は行った。そして、すべての人間の行動様式の裏側には「モデル」が存在し、そのモデルに従ってすべての人間は行動していると考えた。そこでは正しいとか間違っているとかいうことはなく、しかしながらすべての人間が自らのモデルに従って、自らは正しいはずだと確信して行動している。そのようなモデルを解明することで、僕は人間のすべての理由を説明できるようになったのである。
そして、僕には「豊かな経験に基づく発想法」があった。さまざまな問題の解決を、矛盾を考え、「どのような決まりからどのような状態や結果が生まれるのか」ということを分析する僕は、すべての経験の根源にある、「自由を求める本能」という感情が分かった。その本能は、さまざまな経験を「自由がほしい」と望んで行っていく。その本能に感情を委ねながら、自らは世界すべての経験を、あらゆるすべての組織における経験を、すべての組織から超越した自由な立場で吸収していく。そして、問題の解決の理性から、その経験は「発想法」に行き着く。すなわち、自由な本能と発想法から、僕は世界すべての会社や国や人生の全部の経験を併せ持ち、あらゆるすべてを自分の理性で成り立たせられるようになった。
まさしく、これこそが僕の自由な勉強であり、それは学校教育を超越して、宗教思想のようになっていく。特に、僕の分かったことや考え方は、仏教のブッダの教えと極めて酷似している。僕は仏教と同じことを自らの経験で分かった人間であり、ブッダに次ぐ日本の新しい思想家であると言うべき存在だったのである。
僕は教育を変えるべきだと考えていた。なぜなら、今の硬直した教育方法のままでは、子供たちの心はどんどん荒んでいき、救われることはないと思った。現に、アメリカや韓国ではそのようになっている。だが、僕は日本だけはそうならないと同時に思っていた。それは日本には日本社会の思想があり、日本の思想を信じることで、そのような心を真の意味で救うことができるからだ。だから、日本は決して滅びない。最後に勝つのは日本だと分かっている。アメリカや韓国が勝っているように見えるのはすべて政治や経済の話であり、社会的なものを見れば、日本のほうがはるかに上を行っている。
そして、日本には僕がいる。僕が日本の子供たちの心を救うために、全力で食い止め、日本を守る。だから、日本以外のすべての国が滅びたとしても、僕の力によって、日本だけは決して滅びない。
また、日本社会が荒んだ原因として、多くの人がインターネットの影響を批判するが、僕はインターネットを否定しない。
なぜなら、どこへも行くことのできなくなった最後の子供たちの逃げ場所がインターネットであり、子供たちの助けを求めるSOSを発信できる唯一の場所がインターネットだ。
だから、子供たちを救うために、インターネットをなくしてはいけない。インターネットの自由こそ、子供たちを救うために必要である。
それは子供たちだけではなく、大人たちにとっても同じだ。大人たちも、インターネットをSOSを発信する手段に使っている。多くの社会に適応できない大人たちが、インターネットで救いを求めている。
右翼と左翼の争いについては、真の問題はその思想そのものではなく、その思想が生まれ出てくる環境にあり、抑圧に対して憂いを抱いている人がこの世界を救う方法に気付くためにインターネットはある。
すなわち、インターネットは世界を救うための、極めて希少な情報共有手段だ。だから、インターネットを簡単になくしてはいけないのだ。
ここに、正しい僕の人生について書く。
まず、楽しさや面白さといった感情から、自分であっても世界を救えると確信し、漠然と世界を変えられる可能性を知りなさい。
次に、個別(基礎)と全体(応用)から分かりなさい。個別や基礎で分かったことを、集団や全体に応用して、ひとつの具体例からあらゆることの可能性を知りなさい。
原因と結果から、法則性を見つけ出しなさい。何かしらの目的で行ったことが、何かしらの結果をもたらす際に、その何が原因だったのか、裏にある法則性はなんなのかを暴き出しなさい。
人間の経験できるすべてのことを経験しなさい。喜びや悲しみ、喪失や後悔、そしてあらゆる成功体験と失敗体験を経験し、そこから、世界を変える方法や人々の心を救える方法を考えて、なんにでもなれる人間になり、なんでもできる人間になりなさい。
共同体感覚を養いなさい。それは、自らが誰かに受け入れられた経験から、今度は自らが誰かのことを受け入れるようになるという経験であり、自らよりも世界全体のことを尊重して生きるという気付きだ。
人間の経験を、根源的に考えなさい。ヒュームのように、人間の経験とは何をもたらすのか、精神の裏側にある過去の経験とはなんなのか、経験によって何が悟れるのか、経験のもたらす観念とは何か、知性とは何か、ということを知りなさい。
世界のあらゆる変化の可能性を知り、歴史を知りなさい。世界がどのように変えられるのかということを、「場」と「意識」から知りなさい。そして、世界に存在する歴史のある場所について、そこには精神と意識が宿っていると考えなさい。
先入観なく、思い込みなく宇宙を見ようとしなさい。そこにあるのは「ありのままを見る」ということであり、「自然との調和」を目指すということである。
そして、すべてのことをビジョンによって見るような「神眼」を開花させなさい。神眼はこの宇宙のすべてを知った悟りの境地であり、ブッダの至った境地だ。そのような仏の神眼の境地によって世界を見れば、世界は単純明快であり、何もおかしな点はなく、すべてはただあるだけであり、何かをしてもしなくても同じであるということが分かる。
そのような境地の末に、あるべきは「自らのやりたいことをやる」「自らのなりたいものになる」ということだ。それこそがアイデンティティの境地であり、自らはそこで、ひとりの仏になったのである。
あとは、「世界は変えられる」ということを分かっただけの人生だった。
学校環境から自由になり、新しい世界を知り、過去の自らの経験を思い出して、学校の環境の変化の可能性を知った。
一度知ったことを別のことに応用し、一度知った社会を別の社会に応用することで、世界全体を変えられるという確信を抱いた。
チャンスや手段といった、今はまだその場に存在しなくても、潜在的に存在している可能性を知ることで、世界の実現方法を知った。
経験することで、組織を作ったり、社会環境や社会システムを成り立たせたりする方法を知り、世界の代替可能性を捉えた。
社会組織への参加を考え経験すること、あるいは社会的な活動をすることで、実際に社会を変えるということがどういうことか、ということを身をもって経験した。
そして、場に宿る意識を変え、環境を変化させることで、世界そのものが変わるということを知り、社会制度とインフラの構築から、世界そのものを変える想像力を知った。
そして、最後に、影響力の高みに立つと同時に、ダイレクトに世界の人々とやり取りすることで、実際にこの世界を救った。
まさに、これこそが、僕の人生の「世界は変えられる」という夢であり、希望であり、自由な理想である。
そのような中で、僕は「自由な社会」ということを想定し、自らが信じる自由な理想の下に、どのような社会を築けば自由な社会が実現できるのかを考えた。
そこでは、「自由において善良な価値観を実現する方法」があった。すなわち、僕は権力を使うことなく、自由なままで、この世界を善良な社会にする方法を考えた。
これこそが、僕の信じた「オープンソース社会変革論」と名付けるべき、革命思想である。