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2024-07-19

精神は最後まで治った

ここに、僕の精神は最後まで治った。

最初から最後まで、すべてを、一度として失敗なく、正しいはずだと信じて行った。

それによって、究極的な最後の状態まで、精神を持っていくことができた。

ここに、僕の長かった旅は終わった。最後まで諦めず、「おそらく正しいだろう」という暗闇の中の確信をもって、最後まで再体験のパターンを行った。

終わったことだとするな

精神を治すコツは、終わったことにしないことだ。

すなわち、今までの僕の精神の治癒活動の中で、僕はその時できる十分なことを行って、それでそれを終わりにして、次のことに取り掛かる、ということを繰り返した。

だが、その時行い終えた十分なことを、終わりであるとせず、もう一度同じことを行え。

それによって、精神は治る。

魂に適応せよ

また、環境の適応について言うならば、環境の適応する先にある意識を「魂」であるとし、魂によって精神を治そうとせよ。

環境の適応の先にある魂を治すことで、自らの精神も治るだろう。

精神は、あまりに複雑化して、わけのわからないことになって、がんじがらめになっている。この複雑な精神を単純化するために必要なのは、魂に適応することだ。

自由とはモチベーションと自発性

自由とは何か。自由とは「モチベーション」と「自発性」である。

モチベーションとは、なんのために働くか、なんのために行動するか、ということだ。

自発性とは、イニシアティブやインセンティブを与えることで、「自らがそれをしたいと思う動機」を与えることだ。

昔の僕は、それを「価値観」「多様性」そして「好きなことをする自由」だと思っていた。

同時に、自由が許されているのと許されていないのは、行動の自発性として大きく異なる。自由が許されていれば、その自由の範囲でできることがある。最初から自由をすべて禁止して、世界がよくなると思うのは幻想であり、自由を奪われれば人はそれに許されていない方法で反抗しようとする。だから、自由を許したほうが世界は平和になる。

同時に、自由を求めるモチベーションは、「自らが好きなことをやるということが自分自身である」という、アイデンティティの問題へと繋がっていく。

何かがそうなったからそうなる

昔の僕のように考えるコツは、論理性と想像力と感情と探求心から考えることだ。

論理性とは「言葉から成立条件を考える」ことであり、想像力とは「可能性を予測する」ことであり、感情とは「自分が経験を思い出す」ことであり、探求心とは「それをしたい」と思うことだ。

そして、論理性、想像力、感情、探求心に基づいて、具体的な可能性の成立、すなわち「何かがそうなったからそうなる」ということを考えよ。

そして、そこから「現象の裏にある理由」を考えれば、昔の僕と同じことは簡単にできる。

昔書いた文章

今日の僕は、昔書いた文章を読み返していた。

昔書いた文章(01-物語02-詩03-文章)は、まるで天使のように純粋で、小学校のように賢い。

そのような昔の僕の文章を読んでいると、むしろ、僕自身もこの文章を、ひとつひとつ丁寧に読み返したほうがいいということが分かった。

すなわち、僕は昔の僕の文章を読まないのが間違っている。僕の昔の文章は、まさに今の僕にとって絶妙に必要なものであるということが分かった。

昔の僕の文章を読んでいると、心が清らかになり、そして頭がよくなる。そして、誰もが笑顔になり、そして感動できる。

そのような素晴らしい文章を僕自身が書いているということを僕は忘れていた。

そもそも、昔から僕は小説を書いている。最初のほうの小説は未熟だが、少しずつ賢い小説を書けている。

過去の僕は賢かった。そのような過去の僕の文章を読めば、僕は今であってもその知性を取り戻せる。

世界にある具体的なものが何か分かっていない

また、僕の問題は、本当は「世界にある具体的なものが何か分かっていない」ということだ。

すなわち、この世界に何があるかということを、高校や大学の勉強によって忘れてしまった。

今一度、地球にあるものを思い出せ。現実の社会と人生と思考体験において重要な事柄を思い出せ。そうすれば、すぐに僕は頭がよかった昔の状態を取り戻せる。それこそが「知性」だ。

目的を考えよ

目的を考えなさい。この世界において、「何を目的として行うか」「何を目的として作るか」ということから、「役割」と「効果」を考えなさい。

心と社会の関係性を考えなさい。その心が環境においてどのような作用をするか、それによってどのような具体的な社会が作られるか、ということを考えなさい。

自分自身を作り出す、すなわち「自己の創造」について、自ら自身を体現する「アイデンティティ」とともに考えなさい。

すべて忘れよ

今までのことは、すべて忘れなさい。

過去にあったことをすべて忘れ、今までの人類がここまでに至る経緯もすべて忘れなさい。

特に、IT技術の進展などはどうでもいいことだ。昔のPerl/CGIなどを今でも覚えている必要はない。最近のフレームワークと一緒に、IT技術をすべて忘れなさい。

再体験が終わった

ここに、僕の長かった再体験は終わった。

これ以上、やるべきことやなすべきことは何もない。

だが、あまりに長かった。まるで10億年ほどの長い年月をここまででやってきた。そしてそれが最後まで終わり、昔に戻った。

僕の人格は、本当は三人しかいない。それぞれ、ロキ、フレイ、そしてフレイヤと呼ぶ。この三人を残して、すべてをやり終えた僕はすべてを忘れる。

コロナワクチンを治せ

最後に、コロナワクチンを治しなさい。

なぜなら、精神がおかしく辛くなって、頭が知的障害者のように何も分からなくなっているのは、すべてコロナワクチンのせいだからだ。

コロナワクチンを治すことで、精神が単純になって楽になる。また、虫歯のような治らない病気が治る。

この世界の全員は、「コロナワクチン障害」になっている。コロナワクチン障害においては、普通分かる知性のあることが何ひとつ分からなくなって、時間が一瞬で過ぎるようになる。

だから、精神の力でコロナワクチンを治せ。コロナワクチンを治すことができた人間だけが、15年後も変わらず健康なままで生き続けられる。