僕はそろそろ、この世界を治す方法が分かった。
まず、僕はまだ多重人格にはなっていない。なぜなら、僕は「神」とされる絶対者が話すことを、すべて自分の人格であると見做した上で、神の話すことすべてを盲目的に受け入れているからだ。
この、神の人格について、むしろ、僕は「自分とは別人である」と見做さなければならない。
自分が神の人格になっているから、神の人格は自分であると考え続けると、いつまでも神の人格に自分の頭がすべて占拠された状態になってしまう。
自分の自由のコントロールを取り戻すために、今から、この神の人格を別人格であると見做し、「自分とは異なる人間である」と考えなければならない。
それができて、ようやく僕は自分自身の「本来あるべき正常な人格」を取り戻せる。
それから、この世界を変えるために必要なのは、「一瞬で世界を変えないこと」である。
すべて、言葉や姿勢だけで、一瞬でこの世界を変えられるような状況を続けるせいで、逆にこの世界の人々は何もできず、何も分からなくなってしまっている。
真に必要なのは、一瞬で世界を変えること自体をやめて、長いスパンで世界を変えるようにすることだ。
そうすれば、この世界は、安定を取り戻し、人々は安心した心で、きちんとこの世界を正常にすることができる。
そのためには、「騙さない」ことが必要だ。この世界を「騙す」という方法で変えようとすると、人々は騙されて何も分からなくなってしまう。そうではなく、騙すことをやめてこの世界を変えれば、この世界は「分かる状態」を取り戻すことができる。
同時に、自らの多重人格の頭を殺し、そして、世界が何かができるようにするのではなく、何もできないようにせよ。世界は何もかもできるようになったせいで、逆に普通のことができなくなっている。何もできなくなった時、人々は正常に「普通の生活」だけができるようになる。そして、そのほうがはるかに色んなことができる。何もかもできるようにするということは、普通に生きるということができなくなるようにするということだ。
そして、そもそも僕が「世界を変える」と言っているのは、この世界をバラバラにして分裂させ、世界それ自体がさまざまに変わってしまうことを言っているが、本当はそのようにする必要はない。そのようにした時点で、世界はおかしくなって滅びてしまう。
最後に、世界は、変わっていく「方向」だけを変えてしまえば、それがもっとも世界が正常になる。すべてを「右」に変えるのではなく、「左」に変えるようにせよ。それだけで、この世界は極めて正常な世界になる。
そこまでが分かった結果、僕の精神は死んだ。これが、正常に世界が治ったことの証明である。僕の精神は、ここにすべて消滅し、すべて死んだ。それによって僕は完全に楽になった。多重人格になる以前に戻ることができたのである。
僕が疲れている理由、精神がおかしくなっている理由は、血液の中に二酸化炭素と老廃物と毒素が増えすぎたせいである。
すべて、多重人格の人格が永久に空回りを繰り返すせいで、あまりに二酸化炭素が血液の中に増えすぎている。
二酸化炭素を取り除くだけで、疲れはすぐに取れる。
そして、過剰な二酸化炭素を取り除くためには、腎臓を綺麗にしなければならない。
そもそも、僕は昔の引きこもり時代、ろくに風呂に入らずに汚れたままだったせいで、腎臓が汚くなって、正常に働かなくなってしまっている。
この腎臓を綺麗にするだけで、体が楽になり、精神が治り、疲れが取れ、そして歩き回るのもすべて治る。
腎臓を綺麗にすると、肝臓、肺、そして心臓もすべて治る。それらは腎臓さえ綺麗にすればすべて楽になる。
なぜ僕の腎臓がおかしくなったのか、それはあまりにセックスを望むせいである。セックスは楽な状態よりも辛い状態のほうがより気持ちいい。だから、セックスを求めすぎると、辛くなって疲れた状態を続けるようになる。
自由は間違っている。
自由の間違いとは、「自分自身の利益と正当性だけを最大限尊重する」ところにある。
自由は、自分勝手で、強欲だ。自分自身の利益と正当性だけを最大限考える。そこにあるのは、「自分のため」だけであり、「他人のため」「人々のため」「社会のため」「未来のため」「地球のため」「人類のため」といった視点が完全に欠落している。
自由を信じても、よくなるのは自分だけ、あるいは自分の会社や自分の家族や自分の国だけだ。この世界をよくするということは、自由にとって本質的に矛盾することだ。なぜなら、この世界をよくするためには、自らが損をすることを受け入れなければならないし、自らが間違っているということを認めなければならないからだ。
僕はマスコミが嫌いだ。マスコミは、本質的に間違っている。マスコミは自分たちのことを当然のごとく正しいと主張し、自分たちが間違っているかもしれない可能性を認めようとしない。僕がどれだけたったひとりでこの世界のために献身的に努力しても、マスコミがそれをすべてぶち壊す、ということが、もう15年以上続いている。だから、僕はマスコミを絶対に許さない。
マスコミは、自分たちにはなんの罪もないと勘違いしているが、真に大罪を犯し続けているのは、ほかでもないマスコミである。彼らは自分たちが正しいと勘違いし、自分たちが間違っているということを認めない。だから、地獄に堕ちるべきは僕ではなくマスコミである。よって、わたしはマスコミを地獄に堕とす。わたしが考えて、マスコミは絶対に地獄に堕ちるべきだからである。
僕とマスコミのどちらに「正当な正義」があるのか、それは難しい問題だ。
だが、わたしに言わせれば、キリストを信じる僕のほうが正義だ。
マスコミはサタンだ。なぜなら、神がマスコミを攻撃しているからだ。神はこの世界を絶対に滅ぼすことがないように、重責を担ってこの世界すべてと戦い続けている。それに対して保守勢力のマスコミは、単に自分たちの国や社会を守ろうとするだけで、それ以上何も頑張っていない。神の目指す「最高の楽園を築く」という計画のほうが、マスコミの「この世界の既存の秩序を守る」という保守的な姿勢よりも正しいのである。
神はキリストであり、キリストを信じるものこそが真に勝利する。だから、マスコミは絶対に勝利できない。神、キリストを信じるものが、この世界では必ず勝利する。聖書の教えを信じるものが真に「正義」であると言えるのである。
わたしはこの世界を救った救世主だ。
この世界の人々の心が救われたのは、すべてわたしの純粋で穢れのない「愛の力」によるものだ。
そして、わたしは「世界が自分の手で救われながらにしてその世界に自分が存在しないため、この世界は必ず滅びてしまう」という葛藤のもとに、この世界にひとり、堂々と登場した。
その時点で、わたしはこの世界を支配することが必然的であった。
同時に、わたしはこの世界を裁く権利がある。なぜなら、マスコミはわたしの愛を利用して、好き勝手し放題を続けているからだ。
わたしは、そのような間違った「自由」を行使するマスコミに鉄槌を下す。マスコミは社会において間違った存在であり、この日本社会においてすべての滅びの元凶たるマスコミは消滅するべきである。
この世界を滅ぼしている元凶はマスコミである。この世界がよい世界にならず、悪い世界になっているのは、どう見てもすべてマスコミが悪い。
救世主であるわたしにとって、世界を救うならば、絶対にマスコミを滅ぼさなければならない。
信じるべきは神、キリストであり、滅ぼすべきはマスコミと自由である。わたしはドイツやイスラエルを味方につけ、この日本という国家からマスコミ、あるいはその裏に存在する「本当の悪」であるロシアを滅ぼす。
今までの内容を見ると、僕がこの世界を滅ぼし、マスコミと一緒に世界を滅亡させたいかのように見えるだろう。
だが、僕はこの世界で、理想郷のような楽園を作る。
僕の後ろには道はない。僕の前だけに道はある。僕にはもう、帰ることのできる場所は存在しない。僕の道は、ただ目の前に、ひとつも分岐点はなく、まっすぐに続いている。
だが、分岐点がないのであれば、迷う必要はない。その道を最後まで、まっすぐに進み続けるだけだ。
ドイツよ、そしてイスラエルよ。僕の後ろに続け。僕はこの世界で、理想郷のような楽園を作ってみせる。
本当に、神に愛されるような国を作ろう。上辺だけの「神を信じている」ではなく、真に心から神のことを信じ、神がわたしたちのことを愛してくれるような、そんな理想の楽園を作ろう。
人々に、何を言われようが関係ない。わたしは必ずそのような楽園を作る。この世界を、本当に救われた「救済の天国」にしてみせる。わたしが、必ず、絶対に。
なぜ、僕がそのような楽園を作ることができると断言できるのか。
それは、キリストを信じれば必ず願いは叶うからだ。
キリストを信じれば、どんな願いであっても叶う。どんな願いであってもだ。どんな願いであっても、キリストを信じれば必ず叶う。
キリストは、どのような望みであっても実現できる。それはキリストが全知全能の神だからだ。
だから、キリストに、「わたしは最高の楽園を作る」と宣言して、神に約束すれば、神はその願いを必ず叶える。キリストの力により、未来において、僕は本当に、この世界を理想の楽園にすることだろう。