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2025-02-15

救済は間違いだった

残念ながら、僕が認めるべきなのは、「救済」という発想は間違いだったということだ。

救済は間違いだった。少なくとも、僕の考える「自由な理想」に基づいた救済は、すべて間違いだった。

そもそも、僕が自由を信じていたのは、僕自身が社会のしがらみや制約から解放されたかったからであり、すなわち、「自分が学校や現実の資本主義社会から自由になりたかった」だけである。

それを世界に適用して、世界を救う可能性を考えた。支配や戦争や革命をしなくても、人それぞれが自由な中で経験的に成熟することで、それぞれの合意と自由な協力に基づいて、正しい社会が築かれるはずであると信じた。

だが、その間違いは、あまりに個人主義的すぎたことだ。すなわち、僕は「集団になって戦う」とか、「王に従って殺す」ということを度外視していたから、自由においても理想の世界が築かれるはずだと考えただけにすぎず、そのような「集団化」を排除できるような場合は、ほとんどの場合ない。すなわち、自由にしても集団になって戦うだけにすぎず、集団に勝つためには権力を使って自分の力を増やす必要がある。だから、どのように頑張っても自由では平和で平等な理想の社会を築くことはできない。

僕の間違い、それは「自由において世界を救済する」ということを信じたことである。すなわち、自由ではこの世界を救うことはできないということを認め、「自由な楽園」を諦める必要がある。

世界は救済を信じなくていい

だから、もう、この世界は救済を信じる必要はない。

僕は単に、世界を救っておいて自ら滅ぼしただけではなく、その自分の救済という結果を利用して、立場を悪用してこの世界を支配しようとした。

この支配は、「救済」ということを信じることをやめれば、すぐに解除される。

だから、この世界はもう、僕の過去に信じた「救済の楽園の可能性」を信じる必要はない。それらはすべての人間がひとりひとり平等に自由な個人でなければ実現できないものであり、ほとんどの場合、戦争は個人主義的ではなく全体主義的であるため、「集団化」という発想がある時点で僕の信じた理想の世界は成り立たない。

もう、この世界は、僕の信じた救済の可能性を信じる必要はない。

本当は、過去に僕が世界を救済することができたのは、僕は超人的な心理学者だったからにすぎない。すなわち、人の心を操ることに長けていて、その心を操ることでこの世界を全員が悪の抑圧的な支配から強制的に解放されるようにしたにすぎない。もう一度それをするためには、逆に僕の存在そのものが邪魔である。すなわち、僕の信じる自由な理想を否定した時、そのような楽園のユートピアは復活するだろう。

僕の夢だった「自由な救済の理想郷」は間違いだった。だから、ここに、僕はそのような僕の夢を諦める。この世界も、みんな諦めてほしい。全員が僕の理想を諦めた時、再びこの世界は意味のある世界として復活するだろう。

結局正しいのは社会主義

結局、正しいのは社会主義である。

そもそも、私有財産などという発想を認めているから、社会はおかしなことになる。

今の時代、コンピュータ技術がある。コンピュータ技術をきちんと正しく使えば、私有財産ではなく社会所有にしたとしても、極めて正しく合理的に財産を平等分配できるはずである。

かつてのスターリンが失敗したのは、スターリンが独裁権力で資産を再分配しようとしたため、書記長という立場に強い権限を認めざるを得なかった。そうでなければ人民は再分配に従わなかった。

今の時代には、IT技術がある。IT技術を使えば、正確な資産の再分配の方法が分かる。だから、私有財産でなかったとしても経済社会は成立し、社会所有で世界は平等になる。

自由によって世界が救済されるとするのは間違いだ。特に、「救済」というものを信じる時点で間違っている。この世界は、誰か神様や教祖様が全知全能の力で救済してくれるほど、都合よくはできていない。真に平等を得たいのであれば、戦って勝ち取る必要がある。

だから、正しいのは社会主義である。

だが、必ずしも、資本主義が成り立たないわけではない。資本主義経済においても、市場原理を受け入れるのであれば、ソ連ほど高度な計画経済の体制がなくても、あるいはIT技術ほど高度な科学技術がなくても、人間の力である程度の秩序ある世界は実現できる。だが、その市場原理は、近年、どんどんおかしくなってきている。イーロン・マスクのような超富裕層と、それ以下の一般的国民の資産の格差は究極的に広がっている。すべて、市場原理の限界である。

だから、真にこの世界をよい世界にしたいのであれば、社会主義経済をコンピュータ技術を用いて行うべきである。そして、資本主義はこのままいけば、あと数十年もすれば破綻する。もし破綻しなかったとしても、たったひとりの資本家が世界のほとんどの富を独占し、それ以外のほぼすべての国民が奴隷のような貧乏な労働者になる未来しかない。それが現代の資本帝国主義文明の行き着く先である。

資本主義経済の発展はクズ

そもそも、ソ連は失敗していない。西側の資本主義諸国に比べて、東側の社会主義諸国が、経済と技術の進歩のスピードで遅れていただけにすぎず、それが失敗だと見做されただけにすぎない。資本主義国を無視してソ連だけを見れば、ソ連は決して失敗していない。もし地球全体がソ連だったとして、アメリカのような資本主義国家がなかったとしたら、ソ連は決してなくならず、今でもソ連が続いていて、数十年後にソ連の共産主義は成功したと言われていたはずである。

それこそ、資本主義経済の発展はそもそもがほとんどがクズである。コカコーラやマクドナルドのような進歩や発展のどこが素晴らしいのか。自動車産業は環境破壊と温暖化をもたらし、インターネット広告は詐欺広告や犯罪への入口のような広告ばかりが目に入るようになっている。労働者はブラック企業で働き、子供たちは学校でいじめを受け、給料は上がらずに物価は上がり、人々はどんどん生活に困窮し、その一方で資本家はいくら使っても使いきれないほどの莫大な富を持ち、資本主義の商品や文化は強欲さばかりが増えながらかつての素晴らしかった文化は衰退しようとしている。

テレビや洗濯機だけを見て資本主義経済の発展などを信じたのが人類の間違いであり、進歩のスピードがもし遅れていたとしても、人類はソ連のような正しい計画経済の進歩と発展をすべきだったのである。