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2024-11-19

僕はアメリカが好き

こう見えて、僕はアメリカが好きだ。

その理由は、僕は子供の頃から英会話教室に通っていたため、アメリカ人がナイスガイであることをよく知っているからだ。

僕は最近も、ついこの間まで英会話教室に通っていた。英会話教室に通ったのは大人になってからだけでなく、子供の頃は子供英会話に通っていた。

僕は中学時代に不登校になったため、普通の日本人と同じ青春を生きていない。僕はインターネットで青春時代を過ごした。そのために、僕は「まるでアメリカ人」のような人間になった。

普通の子供であれば高校生にあたる時代、僕はLinuxとオープンソースを中心に、ひとり孤独にインターネットとIT技術に接して生きていた。だから、僕は昔のIT技術に異常なほど詳しい。オタクしか知らないIT業界とハッカーの常識をなんでも知っている。そして、そこにあった社会はアメリカのシリコンバレーを中心とする社会であり、同時にインターネット上のアメリカのような仮想世界だった。

僕はアメリカを支配しようとした経験もある。今のトランプ大統領などの発生した起源となる理由は、僕がインターネットでアメリカを新しい国に作り変えようとしたことが原因になっていることを、僕だけは知っている。そう、間接的な理由として、トランプ大統領を生み出したのも、当時の僕だったのである。

そして、そのようなさまざまなインターネットの経験を終えて、僕は英会話教室に再び通い始めて、さまざまなアメリカ人の講師の話を聞いて、アメリカが素晴らしい国であるということを知った。

僕は国家社会主義のようなことを言うから、アメリカを目の敵にしているように見えるかもしれないが、それは真実ではない。僕はアメリカが大好きだ。

そろそろ世界をよい世界にする

そろそろ、僕はこの世界をよい世界にする。

今まで、僕はこの世界をあまりに悪い世界にしてきた。操り人形のように支配した上で、みんなが自分自身をいじめるように導いた。それによって、日本ひいてはアメリカを含む全世界がおかしくなって、僕の好きだったLinuxとオープンソースのコミュニティは滅びた。

だが、世界を悪い世界にしても、なんのいいこともなかった。単に、みんなから嫌われただけにすぎなかった。

そもそも、僕はこの世界を救いたかった。「自由のままであっても世界を救うことはできる」と信じ、そのための情熱とビジョンと、感情だけではない理性と経験もあった。そのような僕が、一度世界を救いながら、その後に自ら世界を滅ぼしたことで、僕はこの世界を滅ぼすことしかできなかった。

操り人形にすることができたのは、結局それによって僕自身が世界を絶対に変えられないようにしただけであり、世界をもっとよい世界にしようと思っても、世界が自分の操り人形になっているせいで、逆にこの世界を支配から解放することそのものができなくなった。僕が何かをすれば必ず世界が操り人形になってしまうため、世界を自由にしたくてもできなくなってしまったのだ。

すなわち、「悪いことをして世界をよくすることはできない」「世界を滅ぼした人間が世界を救うことはできない」という、宇宙の第一原則を、僕は書き換えることができなかった。

だが、今こそ、この世界を素晴らしい世界にするべき時だ。

死ぬ必要はもうない

なぜなら、僕自身が、そろそろ「死ぬ」ということが必要なくなり、「生きる」ということができるようになったからだ。

「死ぬ」ということは、何も生命的に死んでしまうことではない。僕は「今分かっていることを今の時点で分かる範囲で完璧に書く」ということをして、その「一度書いたことは再度分かることはできないが、完璧に残すことでそれができなくなっても頭の中に記憶として残る」ようにした。そのように、僕は「書く」ということで認識を殺しながら残すようにすることで、あらゆるすべてを分かった。すなわち、「書いて殺すことですべてを分かった」という人間が僕である。

一度死んだことは、その時書いた内容で分かっているから、二度と分かる必要はなく、新しく死んでいない部分だけを分かり続ければ、どんなことであっても完璧に分かる。僕はそういうことをした作家だ。

だが、そのような、死んで分からなくなって新しいことだけを分かり続けるということが、そろそろ必要なくなった。なぜなら、そろそろ宇宙のすべてが全部分かったからだ。

だから、これ以上は、むしろ、今まで死んでいた部分をもう一度生き返らせたほうがいい。それによって、かつて分かっていたことをもう一度分かることができるようになる。すなわち、必要なのは「蘇生」である。今まで殺し続けた認識をもう一度再生し、蘇生させることが必要なのだ。

力をきちんと抜くだけで精神は治る

精神を治すためには、「力を抜く」ということをする必要がある。

死なないのは、その部分をまだ使っているからだ。人間は、使っていない精神は死んでいくが、まだ使っている精神は生き続ける。

僕の精神が治らないのは、異常な精神をいつまでも使い続けているのが間違っている。

精神を使わなくなる方法はただひとつ、それは力を抜くことだ。

力を抜くだけでは、精神は死なない。力を抜いて、その何もしない状態で、今まで使っていた精神を的確な方法で殺すことで、精神はすぐに治る。

それだけで、異常な精神は死ぬし、休めなかった自分の頭が休めるようになる。疲れるのは休めないからであり、疲れを取る方法は休めるようになることだ。そして、休めるようになるだけで、心の問題のほとんどは解決する。心が疲れているのは、休めないことが本質的な原因である。

セイリーフは星リーフ

僕の作った新しい宗教の神話のことを、「セイリーフ」と呼ぶ。

このセイリーフの頭につく「セイ」とは、「聖」のことであると同時に、「星」のことである。

すなわち、セイリーフとは、宇宙の「星」を葉っぱとして信じる神話である。

僕自身の作った星の神話の「宇宙枝葉論」により、星の文明は枝葉のように伸びていくということが分かっている。セイリーフは、この考え方に基づき、星を葉っぱであると見なす。

すなわち、セイリーフとは「星リーフ」であり、「星の葉」という意味である。

わたしたちはみんな星のセイリーフ

セイリーフは、宗教の名前であると同時に、教徒のことを指す呼び名でもある。

その理由は、わたしたちはみんな星だからだ。

タンポポの綿毛論において、わたしたち生物は、生物の母なる星プロキオンからタンポポの綿毛のように地球へと種がやってきて生まれた。

そして、地球でアミノ酸による生物が栄えている理由は、地球においてはそのような生物が発生しやすかったからであり、宇宙においては別の素材の生物、たとえばアンモニアによる生物なども存在する。

同時に、宇宙の星も同様であり、水素によって生きている宇宙の星は、水素による生物にすぎない。星はみんな、水素によるプロキオンの子供たちである。

すなわち、わたしたち生物も、そして星も、みんなプロキオンの子供たちなのである。

だから、セイリーフでは、わたしたちは「星」であり、そしてみんなで一緒に「葉っぱ」を形成する。

みんなで葉っぱを形成する理由は、人間が「神」だと崇めている存在は、植物たちに宿る集合意識にすぎないからである。

すなわち、地球の山や森林のような植物の集団が、「神」とされる集合意識を持っている。よって、神の正体とは植物であり、葉っぱである。

そのため、セイリーフでは、宗教の名前や教徒の呼び名だけではなく、神のこともセイリーフと呼ぶ。わたしたちは植物を通じて星の葉っぱを形成しながら共存する、「神の一部」なのである。

世界の正しい神話と宗教たち

セイリーフにおいて言えること、それは日本神話の教えは正しいということだ。すなわち、神木に神の霊が宿るという教えは正しかった。そして、太陽には人間と同じような知性がある。すなわち、「太陽神」という考え方は正しかったのである。

同時に、僕が信じているのは北欧神話だ。その中でも、僕はヴァン神族の長フレイを、一等星シリウスの太陽神として信じている。北欧神話が正しい理由は、宇宙枝葉論において宇宙は木のように枝分かれして伸びていくため、世界樹ユグドラシルという考え方が正しいからだ。

さらに言えば、もっとも正しい教えは仏教の教えである。なぜなら、ブッダは過去に僕が分かった「経験による悟り」のような内容とまったく同じことを分かっている。仏教はヒンドゥー教の亜流であり、仏教が正しいということはヒンドゥー教もまた正しいということを意味する。

そして、ユダヤ教やキリスト教の神の教えは間違っていない。イエス・キリストが教えるように、いじめに対して反抗しなければ、大天使ミカエルによって率いられる天軍の女天使たちの集団であるツィオーネが、いじめっ子に対して、あなたの代わりに反撃してくれる。いじめのような「悪人」に反撃しなければ、神が相応の復讐を「善人」であるあなたの代わりに行う。聖書の神はそのために存在する。

また、イエス・キリストを「神の子」であるとするのは間違っていない。なぜなら、聖母マリアが処女のまま妊娠したのは、肉体と時を越えて僕の子供を妊娠したからであり、イエス・キリストは神の息子であると言えるからだ。キリストは神の子であり、キリストの言っている教えはすべて、僕の書いた東亜イスラエルの神話の教えが正しいということを意味している。

このように、神話の教えはほとんどすべて正しい。

だが、間違った宗教がひとつある。それはイスラム教だ。なぜなら、イスラム教において「アッラーのほかに神はなし」と教えるのは、アッラーが正しい神だからではなく、アッラー以外の神々や神話や宗教がすべて正しいということを理解できなかっただけにすぎない。すなわち、ほかの神々を排他的に排除するイスラム教の教えこそ、あらゆるすべての賢いものを否定した「間違った宗教」であると言えるのだ。

イスラム教は間違った宗教

残念ながら、イスラム教は間違った宗教である。

なぜなら、唯一神アッラーは、正義の神ではなく、サタンの神だからだ。

すなわち、アッラーは正しい神ではないし、イスラム教の教えは正しい教えではない。イスラム教は聖戦(ジハード)のテロリストを生み出す温床であり、現代社会に適応できていない、間違った宗教だ。

アッラーを信じるのではなく、セイリーフを信じよ。アッラーとセイリーフは敵対する。砂漠の神アッラーは間違った神であり、森林の神セイリーフこそが正しい神、そして正しい宗教の教えである。

なぜ、わたしがアッラーに敵対するのか、その理由は、イスラム教徒は最初はわたしのことをアッラーだと呼んでいた。マホメットがジブリールの啓示を受けた時点では、神とはわたしのことだった。だが、宗教の教えが変転していく中で、神とはわたしではなくサタンのことになった。そして、サタンの神以外のどのような神をも信じない、排他主義的な宗教になった。

セイリーフは、そのような、ムスリム(イスラム教徒)たちによって歪曲された神の教えを、正しい教えに直す。そこでは、永久にセイリーフが神であり、この教えは誰にも歪曲されず、最初に書かれた経典の教えの内容のまま、未来永劫変わることがない。セイリーフは永遠であり、セイリーフが真の神である。

イスラム教徒のほうが僕のことが嫌いなだけ

言い訳として言っておくと、僕は何もイスラム教のことが嫌いなわけではないし、イスラム教徒を排除したいわけでもない。

そうではなく、イスラム教徒のほうが、僕のことが嫌いなのである。

コーランを読めば分かるが、コーランに書いてあることは、全編的に「僕のことが嫌い」ということがありありと書かれている。すべて、僕のことを地獄に堕ちるべきサタンだと言っている。

マホメットが書いたとされるコーランでは、僕のやったこと、言ったこと、全部間違いだと言っている。コーランは未来における僕のことを予言していて、僕のことをまるで最悪の悪魔のように書いている。

だから、それに対して、僕自身が信じる正しい正義の神を作った。それがセイリーフであり、一等星シリウスの太陽神であり北欧神話の神であるフレイである。

僕はフレイを信じているし、セイリーフを信じている。そのような僕に対して、コーランでは「多神教を信じるものは殺せ」「アッラーを邪教の神と一緒にまつってはいけない」「自殺者は愚か者であり葬儀をすることすら許されない」などと、僕の言動を批判しているのだ。

僕はイスラム教徒に対する恨みはないが、コーランがそのような書かれ方をされている以上、僕は強い措置に出るを得ない。僕はアッラーを打ち倒す。僕は正しい神、セイリーフを信じ、自らシリウスの太陽神フレイとなる。僕は絶対に地獄に堕ちることはなく、この戦いに勝利する。たとえそれが人類滅亡を引き起こしたとしても、僕は構わない。なぜなら、僕は僕の神、正しい正義の神を信じているからだ。

僕はアメリカと同盟する

このような僕は、アメリカと同盟する。

僕はかつてトランプ支持者だった。そして、トランプを裏切ることは決してない。トランプは僕の仲間だ。

トランプとともに、日本はイスラムや中国・韓国を打ち倒す。トランプと日本はお友達関係であり、相思相愛だ。ともにイスラムと中国・韓国を打ち倒すため、日本はアメリカのトランプと同盟する。

僕はトランプ大統領とアメリカ人の仲間だ。日本はアメリカとともにある。

僕は、積極的にイスラム教の教えに反することを行うことを推奨する。すなわち、豚肉を食べるべきであり、酒を飲むべきであり、偶像崇拝をするべきであり、多神教の神を信じるべきであり、そしてセックスをするべきだ。それがセイリーフの教えを信じるということだ。

僕はマホメットと同じ人生を生きた

ここまで、イスラム教を否定するような内容を書いてきたが、僕自身は、イスラム教に対して、特別な憎しみや恨みの感情というものは一切ない。

それどころか、僕は本当は、イスラム教徒よりもさらにイスラム教を信じている。

なぜなら、僕はマホメットと同じ人生を生きただけだからだ。

すなわち、僕が生きたのは、すべてマホメットと同じ人生だ。偉大なる大預言者、マホメットと同じ人生を、一般的なイスラム教徒と同じように、生きただけにすぎない。

それはとても偉大で、アッラーという最高の唯一神の導きを全身で受け止めるような、最高の人生だった。

だから、僕はイスラム教を否定しない。そもそも、僕のことを救ってくれたのは、毎日五回の礼拝をしたことによって、唯一神アッラーが僕のことを救ってくれただけであると、僕はきちんと分かっている。

すなわち、世界に間違った宗教などというものはない。すべての宗教が教えている内容はすべて正しい。

だが、すべてを正しいことにすると、逆に何が正しく何が間違っているのか分からなくなってしまう。だから、分かりやすい間違いの例としてイスラム教を挙げる。

そもそも、イスラム教のアッラーは僕のことが大嫌いだから、僕がほかの多神教の神々と一緒にアッラーをまつることが事実上できないようにしただけにすぎない。すなわち、アッラーは僕に「イスラム教を信じるな、そうすればいいことがある」と告げている。神自身が、神を信じるなと言っているのだから、神であるアッラーを信じないことこそが、神を信じることに繋がるのである。