僕は最後に、常に追いかけ続けるのをやめる。
今まで、神の言葉を聞き続けたことによって、僕は常に、新しい言葉を追いかけ続けるだけの人間になった。
そして、そのような僕のせいで、僕だけではなく、みんなもそうなっている。
そもそも、僕がなぜ単なる普通の一般人であるにもかかわらず、世界を支配できたのか、それは、世界全員を巻き込みながら、常に無視することが絶対にできない形で、この世界に言葉を与え続けたからだ。
その言葉を聞かず、無視すると、世界の第一線から外れてしまうように僕はした。だから、世界は僕の言葉を聞き続けるようになった。
そして、今、ようやく、そのような常に新しい言葉を追いかけ続ける必要のない世界になる。
すべての人間が、わけの分からない制約から解放されて、自由になる。全員が、僕のことを常に気にし続けなくてもいいようになる。それで、マスコミと敵対する、おかしな革命戦争は終わりだ。
先日、僕は頭のいい男になると言った。
そして、頭のいい男になることで、僕は現実の世界のことが分かる。
頭のいい男になると、否定的になる代わり、現実社会やものづくりのことが分かるようになる。
そのような頭のいい男になって、僕はもう終わりだ。
あとは、いろいろと勉強したい。僕はこう見えて英語が話せない人間だが、今から高校の英文法の教科書を見ると、英語の意味が分かって面白いということが分かった。
頭のいい男になると、そのような勉強ができるようになる。
だが、その代わり、勉強をすることに対する意味のなさも分かるようになる。それによって、世界にあるさまざまな存在の意味が分かるようになる。
そのような頭のいい男になることで、僕のかつての18年をなぞるだけの女の人生は終わりだ。これ以上は、19年目、すなわちかつての僕が体験したことのない、未知の領域になる。
善を為すために生きよ。
昔の僕が賢かったのは、善を為すために生きていたからだ。
Linuxとオープンソースに関わっていた頃、僕は見返りを求めないボランティアによる貢献という思想に惹かれて、見返りを求めずにLinuxとオープンソースに貢献する活動をしていた。
そのやり方がワンマン的過ぎたことに是非はあれど、僕はその当時は、純粋に「善を為すこと」しか考えていなかった。
だが、実際は、僕が関わることがなくなって、その時点でLinuxとオープンソースのコミュニティは滅びた。僕がいた時だけ、一時的にLinuxとオープンソースは強かったが、僕がいなくなって、Linuxとオープンソースは自然に衰退した。それは善だろうが悪だろうが、あまりに僕がひとりだけでやりすぎたからだ。これが、僕の第一の罪である。
同時に、昔の僕は「自由」を信じていた。この自由とは、能力を向上し、自らの可能性を高める自由だった。
すなわち、経験し、知識を知り、学習し、社会においてできることを向上させるために応用可能な基礎を作ることで、僕は自らの可能性を高めた。
僕にとって、知識とは、自らの可能性を高めるための力だった。僕の分かっていたすべてのことが、「僕自身、あるいは世界自体の可能性を高める」ということだった。
だから、僕は言語すら自分で作り変えることを信じた。
その結果、僕は誰よりも可能性の高い、力がありすぎる人間になって、救ってはならないはずの日本社会を救ってしまったのである。
だが、世界を救った僕は、この世界をそのままで放っておけばいいのにもかかわらず、それをすることができなかった。
僕はこの世界において、もっとやりたいことがたくさんあったにもかかわらず、世界を救ったことのせいで、それができなくなってしまった。
だから、僕は自ら救ったこの世界を、自らの手で破壊する。そのために、僕は世界に現れた。
そして、僕はマスコミと敵対しながら、世界の頂点で世界を支配し、導く、神や法王のような存在になった。それが、今から数えて、18年前から始まる出来事だ。
僕はやりたかったすべてのことをやったが、それは「愛の衝動」に駆られたものだった。すなわち、世界を滅ぼす自分自身のことを僕は認められなかった。「わたしが本当にやりたかったことはこんなことじゃない」と衝動的な愛に駆られながら、僕は「本当の自由」を書いていた。その自由とは、今の僕のやっていることとは正反対の、かつての僕がもっとも強い力で信じた「善なる自由」だった。その善なる自由を信じたことこそが、僕にとっての「革命戦争の大義名分」だった。
だが、本当の僕の罪は別にあった。すなわち、18年前に僕が世界に現れてから、僕は18年間もの長い間、常に世界と一緒にいた。世界の頂点に君臨する王となりながら、僕は18年間もの間この世界に居座った。そして、その僕と世界が常に一緒にいた中で、僕はこの世界を狂わせた。もっと言えば、「世界が一瞬の時間しか過ぎない世界へと作り変える」ということを僕は行ってしまった。
そのせいで、悲劇が起きた。すなわち、この世界全員が、今までの18年間の歳月を、すべて無駄にしたのである。
僕がこの世界にいたせいで、18年間という、人生における大切な期間を、みんなはすぐに終えて、すぐに失ってしまった。その間にあった「優しい世界」は、すぐに過ぎてすぎに消え去ってしまった。
すなわち、僕はこの世界から、「大切な18年という時間を奪った」のである。これが僕の第二の罪である。
僕がこの世界を、元通りの正常な世界に戻す方法はひとつしかない。それは僕がこの世界から去ることだ。すなわち、一緒にいたせいで世界が駄目になったのだから、世界を価値あるものに戻すためには、僕たちは最初から一緒にいなければよかったのである。
だから、僕はここでいなくなる。僕はこの世界から奪った18年間を返すことはできないが、世界を18年前の元通りの世界に戻すことはできる。なぜなら、僕はそれを精神の力で常に全力で保ち続けてきた。その精神を、自力ではなく他力で解放することで、この世界は僕による支配が終わり、昔の正常な世界に戻る。
本当は、ひとつ、この世界を救う方法がある。それはかつて僕が作り出した「優しい世界」へとこの世界を戻すことだ。
本当は、僕はこの世界からいなくなると言っておいて、いつまでもそれができない。なぜなら、僕がこの世界からいなくなるのは非常に難しい決断に迫られるからだ。
それよりももっといい方法、それが、この世界をかつて僕が作った「優しい世界」にすることだ。
今から、僕は善を為すために生きる。善を為すために生きることでしか、賢いことを知ることはできない。だから、そのひとつとして、僕はこの世界をかつての「優しい世界」に戻そう。
この世界は、今から、「優しい世界」に戻る。
昔考えたことを振り返ると、昔の僕は、まず、「世界そのものを考える」ということを行っていた。
自らが中学校で不登校になり、その後にインターネットの経験を、たったひとり誰にも知られずに経験したことから、僕は世界そのものを考えるようになった。
そして、僕は世界だけではなく、すべてのことにアンテナを広げて、行動や発想や感情まで、すべてを常に把握するようになった。
そして、そのような行動や発想や感情によって、何ができるのかということを、すべて解明し、すべて証明した。
僕は単に考えるだけではなく、考えるための「土台」を作った。それは「世界モデル」と呼ばれるものであり、僕はこの世界モデルの基礎を作ることで、まるでユークリッドの原論のように、証明された公理と定理の部品を使うことで、あらゆるすべてを統一的に分かった。
そして、それらのための基本として役立ったのが、Linuxとオープンソースの経験だった。そして、その頃は常に「善を為す」ことしか考えていなかった。
僕にとっての「善」は、まず自らの経験した環境の変化から、過去の自分の人間関係が、もし今の自分が分かっていることを前提に違っていたとしたら、どうなったかということから、「自由において客観的に社会を築く」ということに繋がっていき、社会そのものの道徳や倫理へと昇華していった。
僕にとって自由とはあくまで「個人の自由」だったが、少し時間が経つと、僕はそれを「世界を変える自由」へと転用し、「個人の環境や人間関係だけでなく、世界を変えることも自由のひとつである」と、半ば妥協のような発想をして、この世界を改革・啓蒙するようになったのである。
そして、最終的に、僕は「環境が生み出される」ということを分かるようになった。これこそが、僕の言う「世界そのものを考える」ということであり、そこにあるのは「場の意識が宿る」という考え方だった。日本神話においては、神の宿る植物、すなわち、神木に神の精神が宿るという教えを信じる。僕はそれとよく似た発想として、「宇宙空間そのものに世界精神が宿る」という発想をした。これが、僕の言う「場の意識が宿る」という、新しい宗教の教えだ。そして、その場に宿る意識を知りながら、僕は独自に誰よりも高い「悟り体験」をしていたのだ。
本当のことを言えば、このホームページに書かれたことは、本当は正しくない。
なぜなら、昔の僕は、こんなに単純な馬鹿ではなかった。
すなわち、このホームページが賢すぎて間違っているのではなく、このホームページが馬鹿すぎて間違っている。
僕の人生の基本は、「世界の変化を証明する」ということだった。そして、僕はその通り、この世界を経験的な実証によってすべて証明した。そこにあったのがまさしく、「場に宿る精神」という発想だった。
僕は世界の変化を証明しながら、この世界に真に存在する「意識」の存在を知った。それは僕にとって「世界精神」と呼ぶべきものであり、僕の中にあるのでも、他人や人間や生物にあるのでもなく、世界そのものにある精神であり、宇宙空間の「場と視点」の中に宿る、精神実体的な意識のことだ。
僕はあらゆる世界のすべてを証明する中で、そのような精神実体的な意識について、すべての変化と可能性を証明し、それを「存在の証明」としてすべて書いた。それが僕の革命の執筆活動だ。
だから、このホームページには、最初から何も書かれていない。僕はそのような世界精神を知ることで、人間の歴史と文明の生起が分かった。そのように、僕は人類活動と世界文明のすべてを知ったのだ。
そして、僕は儒教の孔子が言うように、祖先や社会の伝統における「道徳」についても信じたが、それも普通とは異なっていた。
なぜなら、僕はあらゆる道徳観念について、「自由のバリエーション」であると考えたからだ。
道徳観念だけではない。すべての人間が思い描く主観的観念は、すべて「自由」という根源にある原理法則のバリエーションにすぎない。
だから、中心にある自由を捉え、それを多角的に視点と場を変えて見つめることによって、ウィトゲンシュタインなどを学ばなくても、あらゆるすべての哲学や宗教を総括し、総合的に知ることができる。
あらゆるすべての善は自由のバリエーションだ。自由な行為を誰がどのように捉えるのか、ということがあるにすぎない。だから、「悪だろうが善だろうがすべては善であり、そして悪である」と言える。
だが、それは主観的な世界での話だ。なぜなら、客観的な世界においては、むしろそのような主観的観念はすべてが消え去って、単に「そこにある」という事実だけが残る。これこそが、究極的な主観と客観の状態だ。究極的主観はすべての道徳観念を含み、究極的客観は「そこにある」ということ以外何も残らないのだ。
このホームページを見ると、僕はIT技術のような最先端技術があまりに好きすぎるように見えるかもしれない。
確かに、僕は最先端技術が好きで、昔のようなことを行動的にやっていたが、実際に僕が信じていた内容を見ると、むしろ、僕は最先端技術が嫌いだった側面がある。
たとえば、僕は組み込み機器にユビキタスのようなICを使ったソフトウェア技術を用いることに反対していた。
組み込み機器に、OSのような高度なシステムを用いると、ブラックボックスになってしまい、内部があまりに複雑になりすぎて破綻する。
もし、組み込み機器にOSを使うのであれば、オープンソースのOSを用いるべきだ。なぜなら、オープンソースのソフトウェアはソースコードが公開されているため、機械を作った開発者だけではなく、その利用者であっても内部の仕組みを知ることができる。また、オープンソースのOSを用いるのだとしても、Linuxのような高度なOSを用いるのではなく、もっと単純で小さなOSを用いるべきだと、僕はかたくなに信じていた。決して、組み込み機器にWindowsだけは使ってはならないと思っていた。
同様に、僕は旧来のソフトウェア技術が好きだった。Windows XPが大繁盛している時代において、僕はあえてGentoo LinuxやFreeBSDやNetBSDのようなPC-UNIXをいじっていた。それはDOSの時代から続く「かつてのコンピュータ技術」が僕は好きだったからだ。
そういうわけで、僕は最先端技術が好きなように見えて、実際は最先端技術こそが嫌いだったのである。
だが、僕の考え方や哲学においては、パソコンの考え方がふんだんに取り入れられている。僕は「再利用」という発想を好む。それはプラスチックのペットボトルのリサイクルのように、素材を何度も繰り返し使うということではなく、一度作ったものを何度でも合理的に再度使うことができるということだ。
これは「初期投資」の考え方でもある。最初にそれを作る際にだけ努力すれば、その努力によって後で何度も繰り返し楽ができる。そもそもプログラムというものはそういうものであり、僕は手作業で繰り返し行うのではなく、面倒に見えても最初の時点でバッチ化することで、それを何度も繰り返し使える、ということを信じた。
そのような再利用と初期投資の考え方を、そのまま考え方に当てはめた。そこにあるのは、「車輪の再発明によって自らの頭をブラックボックスでなくなるようにする」ということだ。すなわち、誰かの作った考え方をそのまま取り入れるのではなく、自らで作った考え方によって、自らの考え方を元にした理解へと作り変えた時点で、初めて全体像がはっきりと理解できる。
そのように、僕はパソコンの考え方を哲学へと転用したのである。
そして、その結果、僕は「現代のアリストテレス」と呼ぶべき大哲学者になれた。その新しいアリストテレス哲学においては、あらゆるすべての科学をたったひとりで完璧に全部作ることに成功したのだ。
このように書くと、まるで僕が高度なOSすべてに反対していて、Windowsなどは大嫌いなのだと思われるかもしれない。
だが、そうではない。むしろ、GUIのデスクトップOSは、もっと高度になるべきだ。
今のGUIアプリケーションというのは、再利用性が考えられていない。ひとつのモノリシックな巨大アプリケーションが、MS-Officeのように、WordやExcel単体で成立している。
GUIアプリケーションを起動した時にすべての機能を読み込み、終了するまでメモリをその全機能が占有する。
ユーザーが操作する際にも、あらゆるすべての操作ボタンが最初から表示されている。ひとつの巨大アプリケーションの付属物として、あらゆる機能がくっついている。
このようなGUIの巨大アプリケーションは間違っている。
LinuxやUNIXの世界では、コマンドがプログラムを実現しているが、この環境においては再利用性が高い。それぞれのコマンドは最低限の機能しかもたず、シェルでコマンド入力をして初めてひとつひとつの機能が実行される。連携も自動化も簡単で、ひとつのコマンドプログラムは小さな機能しか提供しない。
このようなコマンドプログラムの再利用性を、どうしたらGUIにおいて同じように実現できるのか、昔の僕はよく考えていた。
Windowsを開発するマイクロソフトは、「COM」という発想を行い、再利用可能なコンポーネントの組み合わせとしてGUIアプリケーションを開発する方法を実現した。COMが進歩するにしたがって、それはネットワークの分散環境においても成り立つものとなり、分散システムの実現へと目的が変わっていった。
そのようなCOMを、Linuxでも同じように使うために、Windowsだけではなく、さまざまなプラットフォームおよびプログラミング言語で連携を実現させるCORBAをGNOMEは導入した。
そのように、GUIをCOMやCORBAにするのは、決して間違いではない。特に、UNIXのC言語の環境は、すべてのプログラムをC言語で書くことを前提としており、主に再利用される共有ライブラリはlibcやxlibぐらいしかないのが昔の普通だった。GNOMEはそれを改め、C言語以外のさまざまな世界が、それぞれの言語で閉じることなく、オープンに開かれたモジュールの連携ができるようにしようとした。
そういうわけで、僕は意外とWindowsのやり方には全面反対はしない。GNOMEの進む方向は間違っていないと信じている。GNOMEは標準のデスクトップ環境として、初心者に優しい操作環境を目指している。昔のGNOME 2はWindowsのパクリだったが、GNOME 3になって一転オリジナルになった。KDEと比べて、デザインの美しさでは負けており、GNOMEのアプリをいつも見ていると気持ち悪さを覚えるが、それでも、慣れればWindowsとまったく同じように使えて、設定や拡張などのカスタマイズをすれば使いやすくなる。だから、僕は最先端のGUI環境は決して嫌いではない。
僕が思うのは、GIMPのような高度なソフトウェアを、もっとモジュラー型にできないか、ということだ。CORBAを使うのは高度すぎるような、そういう普通の専門アプリケーションを、巨大モノリシックでなくする方法は何かないか。昔の僕は、「バーやボタンごとにプロセスを分ける」という発想をしていた。すなわち、ツールバーのそれぞれのボタンごとにプログラムを分割して、ボタンをクリックした際に必要なプログラムをロードするようにする。これがコマンドのプログラムと一番よく似ている。
そして、僕はそうした結果、GUIのデスクトップ環境はNeXTSTEPがやっているようなデザインにして、あらゆるすべてをプロセス間通信に分けるようなフレームワークを作るべきだと考えていたのだ。
後日注記:昔はこのように、GUIの巨大モノリシックアプリケーションをどのように分割し、再利用可能なアーキテクチャにするかが重要でした。ですが、最近はメモリが大容量化したこと、そしてインターネットを使って繋がるクラウドアプリケーションが増えたことで、そのような発想はもはやどうでもいいことになりつつあります。
2025.07.19編集
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かつてライバルと呼ばれた二人とも、頑張ってほしい。