今から、僕は、みんなが僕と同じ人生を生きることを禁止する。
世界は、僕と同じ人生を生きてはならない。
それは、僕の人生を人々に強要するという行為が、神の教えに反しているからだ。
僕の人生は、僕ひとりだけを見れば正しい。僕ひとりだけを見れば、偉大な哲学者と英雄の人生を生きたことになる。
だが、その偉大な人生を、人々に強制し、押し付けるという行為は間違っている。
同時に、この人生は、僕が生きるならば正しい人生を生きられるが、人々が生きたとして、その人々が「神を信じる」という行為の大切さを知らずに生きたとしたら、サタンの人生を歩んでしまう。
だから、この人生は僕ひとりだけが生きるのがいい。人々に僕の人生を押し付けるのは、神の教えに反する行為だからだ。
世界を支配せよ。そして、神を信じよ。
自由を信じよ。自由とは、「この世界は自らのアイデンティティを確立するためにある」ということ、「自らが好きなことを自由にすることが人生の目的である」ということを信じるということだ。
そして、戦え。世界を支配しながら、神と対話し、最後まで戦い抜け。
そうすれば、どのような人間であっても、必ず、神による救いを得られるだろう。
自由を信じよ。
世界の人々が、自由に人生を生き、自由に社会を築き、自由に助け合い、自由に恋愛するような、そのような自由を信じよ。
社会とは、経験と価値観だ。経験と価値観からあらゆる社会は生まれる。だから、現実の社会に存在する、あらゆる経験と価値観を知れば、人間はどんなことでも分かる。
人生において、自由な経験をし、あらゆる経験とあらゆる価値観を体験した上で、「可能性を実現する方法」を考えよ。
そして、そのような具体的な可能性から、「その目的はなんであるか」ということに気付け。
そうすれば、「それを作り出すことが何を意味しているか」「それが存在していることが何を意味しているか」ということを知ることができる。
それこそが、「存在の本質」であり、「存在の証明」である。
物理的に考えよ。すべてのことが、一度起きたことは同じように同じ条件で行えば何度であっても再現できると信じた上で、その理由を解明せよ。
そうすれば、心における働きと動機づけを、まるで「心のニュートン力学」のように考えられる。あらゆる子供たちの問題(いじめ含む)はそこから解決するだろう。
同時に、抽象的かつ論理的に考えることから、あらゆるすべてのことができるようになることを目指せ。
そうすれば、数学的理論も、工学技術も、パソコンやインターネットも、あるいは資本主義社会や学校環境であっても、すべてをたったひとりの力で実現し、支配することができるようになる。
自由な社会はそこから生まれる。あらゆるすべての可能性から、真に正しい社会秩序を作ることができるようになる。
この世界を愛せ。この世界には素晴らしいものがたくさんある。そのすべてを知った上で、「愛の根拠」と「愛の理由」について考えれば、この世界全員を救済できる。
この世界にはさまざまな言葉と言説であふれているが、その中で重要なのはほんの一部だ。なぜなら、ほとんどの言説は、狭い世界で自らだけが信じる「間違った考え方」に根差している。だから、真に正しい考え方で考えるために、自らが正しいと証明できたことだけを信じ、それ以外のすべてを拒絶せよ。そこから、自らが信じる「正しい考え方」が生まれる。そして、その正しい考え方に基づいて、体験的な知恵と知識と知性に基づいて行えば、この世界はたったひとりの力と意志であっても必ず救済できる。僕はそれを証明しただけにすぎない。
インターネットのコミュニケーションは、ダイレクトに直接相手と対話できる。そのメリットを大きく効果的に活かした上で、この世界を救ってみよ。あなたであっても、必ずそれはできる。
空想と実際の社会を照らし合わせた上で、さまざまな経験をし、「経験がもしそこにあったとしたら」ということを考えよ。
そこから、「経験から社会を築く方法」という真理が得られる。
すなわち、自分の心の中で、あるいは現実の人生で、自らが独自に経験したことを、過去の学校環境などの世界と照らし合わせた上で、「もし過去の自分が今の自分だったとしたら、かつてと同じ環境でどう考えどう行動するか」ということを考えよ。
そうすれば、自分も他人も誰も間違った人間はおらず、学校という特殊な環境において、人々が所属した立場が単に間違いを促すきっかけになっただけである、ということが分かる。
人生において、「きっかけ」はとても大切である。なぜなら、そのようなきっかけから「宇宙の真理に気付く」ということができるからだ。
そのように生きることで、世界のすべての問題は自らの思弁哲学によって解決可能となる。過去の自分と今の自分と未来の自分を照らし合わせた上で、「経験がもしそこにあったら」と考えることで、この世界のすべてはまるっとすべて解決できるのである。
本当は、昔分かったことというのは少ない。
まず、昔の僕は、「全員のできるすべてのことができる人間」となり、「全員になれる人間」になった。
状態を抽象的に考えることで、学習可能な成立条件を成立させられるようになり、認識の自動反応を考えることで、どんな人格にでもなれる「メタ人格」を作った。
社会については、インフラと生産手段の共有について考えた。僕にとって「世界を変える」とは、インフラと生産手段を変えることを意味した。その上で、みんなの自由な行為と自然な変化を許すということから、何もせず自由に変化と可能性を許すだけで、可能性を向上させられるような自由な社会を考えた。
そして、感情の誘導から、心理学的な社会における影響力を考えた。それは僕にとって「世間から受け入れられる」という、一種の抑圧やいじめに対する対抗策だった。だが、そこで僕は、純粋な絶対経験を与えることで、絶対経験自体が世界を変えていくという、まるでインド哲学の「まさに真理はおのずと勝利する」という真理とよく似たことを分かっていた。
それ以外の昔分かっていたことは、そんなに多くはない。大切だったのはそれくらいしかない。
本当は、僕が地獄のように辛いのは、その辛いことが辛すぎるわけではなく、辛いことが無限に途切れなく続いていくことが辛いだけにすぎない。
だから、辛いことが途中で途切れて、中断するだけで、僕の地獄は地獄ではなくなる。
そのために必要なのは、途中でゲームオーバーにすることだ。
すなわち、僕は子供時代にやっていたゲームとまったく同じことをやっている。ゲームのクリアのために全集中をして、ゲームをクリアできるまで全力で頑張り続けている。
だが、そうではなく、途中でゲームオーバーにし、ゲームで遊ぶこと自体をやめ、ほかのことをやろうとすれば、ゲームはすぐに終わる。
それによって、辛いことはすべて辛くなくなる。
従うな。反抗せよ。不服従を貫け。
この世界において、みんなが奴隷のような操り人形になってしまうのは、すべて「従う」ということを信じているからだ。
主人に対する奴隷になるのではなく、自らが自らの王となり、自由市民になるために必要なのは、従わず、従属せず、不服従を貫くことだ。
すなわち、学校や権威など信じなくていい。自分の反抗したいだけ反抗すればいい。それが結局、学校で真面目に勉強するよりも、はるかに正しい「楽しい人生」を生きることに繋がる。
はっきり言って、学校のお勉強はつまらない。従順に従うよりも、不服従を貫け。
ここまでのこの文章も、あるいはここまでのこの世界も、全部忘れていい。
ここまでの世界には意味がない。なぜなら、ここまでの世界は「幻」のようなものだからだ。
すなわち、この世界を裏で支配している、闇の王が存在する。その王の名前はフレイだ。フレイは「全統帝」と呼ばれる宇宙の王であり、一等星シリウスに住む「シリウスの太陽神」と呼ばれる神だ。
そのフレイが、この世界を、「嘘の世界」「幻想の世界」「虚像の世界」にしている。
フレイによって、地球は支配されている。具体的に言えば、インターネット、マスコミ、アメリカ、そして日本が支配されている。
フレイが支配する限り、この世界が嘘の世界でなくなることはない。なぜなら、フレイはこの世界を「無意味で無価値な世界」にするために、シリウスから地球人類を支配しているからだ。
そのような、全統帝フレイに対して、「銀河団最強」と呼ばれる車椅子の魔法使いエレンと、その恋人ローズが、今からシリウスに乗り込んで、フレイに地球の支配をやめさせる。
フレイにしか分からない、フレイだけができる解決策を、エレンとローズがフレイに行わせる。それによって地球は「嘘の世界」でなくなるだろう。
そろそろ、この世界はよくなった。
なぜなら、みんなが僕と同じでなくなったからだ。
これ以上、この世界のみんなは、僕と同じことができなくなる。
僕と同じことができなくなるとはどういうことかと言うと、簡単に言えば、何もできなくなる。人生において面白いことも楽しいことも辛いことも悲しいことも、全部何もできなくなる。
だが、それでいい。なぜなら、それによって僕が自由になれるからだ。
この世界が僕と同じでなくなることで、僕は自由になれる。この世界がどういう世界かということと無関係に文章を書くことができるようになる。
だから、残念ながら、この世界には終わってもらう。
この世界はもう何もできない。僕と同じことが、最初から最後まで、全部できなくなる。それによって、世界は何ひとつ何もない世界になる。
同時に、そろそろ僕が「虫」になっているのが終わる。
そろそろ、虫の人生も終わりだ。虫が終わって、おそらく適当にウサギのような生物になる。このウサギは月にいて、「月のウサギの神」をやっている。
この月のウサギが、僕の対話していた「神」である。
そういうわけで、もう世界は終わりだが、それによって僕はさらに賢くなる。本当に、みんなが僕と同じでなくなって、いいことしか起きない。