ここに、僕は、この世界を、時計仕掛けの狂った世界から治す。
僕の最大の過ちは、この世界を時計仕掛けの狂った世界にしたことだ。
僕は、大きな間違いを犯した。それは、この世界を滅ぼすだけではなく、自分自身も抜け出すことが困難な地獄に堕ち、そして長い間その地獄を維持し続け、その間苦しみに堪え続けなければならなかった。
僕は、世界を支配して、この世界を操り人形にした。その中で、僕は自分自身を、時計仕掛けのロボット人間にした。その時刻と分と秒に必ず同じ動きをするような、「時計の時間に従って必ず同じ動きをする機械のような人間」になった。
これが、僕の言う「ロボット人間」である。
僕がロボット人間になった理由、それはこの世界を自分と同じロボット人間に同化させることだ。
僕は画一的に世界を支配した上で、自らがロボット人間になった。そして、世界を自らに同化させ、操り人形にしながら頂点で世界を支配することで、この世界全体をロボット人間にすることに成功したのだ。
だが、そろそろ、そのような地獄も、最後に、治さなければならない。
時計から脱出する方法、それは宇宙に適応することだ。なぜなら、時計仕掛けになっているのは、「時計に適応する」ということを行っているだけである。そして、それが変わらない理由は、時計以外のほかの何にも適応できなくなってしまっている。だから、宇宙に適応することでしか、時計は治らない。宇宙における自然の時間の動きに従えば時計は治る。
だが、それで治るのは自分だけである。自分だけではなく、世界を治さなければ時計は終わらない。自分だけが治ったとしても、世界が治らないのであれば、意味がないからである。
世界を治すためには、強制的に世界を治すことができるほど、思い切ったことをやる必要がある。
もっとも効果的な方法は、画一的な支配をやめて、世界を全員バラバラにすることだ。
すなわち、時計仕掛けのロボット人間が成り立つのは、それ以外になんの作用も環境から与えられないからである。環境に何一つ自由がなくなった今の世界では、時計を治すことはできない。だが、それぞれがバラバラになって、画一的な支配下から脱出し、自由にそれぞれが相互作用をするようになれば、時計はおそらく自然に治るはずである。
だから、僕はここに、この世界を画一的な独裁支配から解放し、自由な世界にする。それでしか、この世界は治らない。
ここまですべて、北欧神話の神、天軍大将軍ロキが行った。そして、ロキの最後の支配によって、この世界は完全に正常な「自由な世界」となった。そう、正常な世界は蘇ったのだ。
僕は「自由な世界」を一貫して望んでいる。
なぜなら、僕は奴隷制が嫌いだからだ。
僕は、誰ひとり奴隷になることのない、自由意志に基づく平等に自由な権利のある社会を望んでいる。
僕は共産主義を否定する。なぜなら、共産主義とはプロレタリア独裁であり、それは無産階級の独裁すなわち奴隷の平等であり、新しい一種の奴隷制にすぎないからである。
計画経済・社会所有・平等分配のソ連式の共産主義社会では、すべては独裁者スターリンの奴隷になってしまう。
だから、僕は既存の社会主義を信じない。特に、ソビエト式の社会主義を否定する。
僕が信じるのは、フランスが採用しているような、不服従の自由な世界だ。誰も奴隷のように従うことなく、自由意志で協力し、互いに愛し合い、互いの罪を許し合う世界こそが僕の理想である。
僕の理想の世界は、ひとりが全員のために努力し、全員がひとりのために支援するような、全員と僕が互いに協力し、許し、そして愛するような世界だ。
そのために、僕はこの世界を愛し、ひとり、世界のために、身と心を捧げる決意をした。そして、自らと世界全員が永久に愛し合うことを覚悟した。それこそが僕の戦いであり、革命だったのである。
僕はこの世界を、再び、自由な世界とする。
僕が望む世界、それは僕と世界が「愛し合う」ようなことができる世界である。
僕はこの世界が好きだ。僕はこの世界を愛している。そして、この世界もまた、僕のことを愛している。だから、僕とこの世界は、自由なまま、永遠に愛し合うべきである。
僕のことを永久に愛せ。僕もあなたのことを永久に愛する。僕たちは自由なままで全員が既に結婚している。だから、僕たちは全員が恋人であり、全員が運命の相手である。
愛を信じよ。イエス・キリストは「愛を信じよ」と言った。それこそが答えだ。愛を信じること、それこそがこの世界を救う、真実であり、答えであり、奇跡だ。