神を信じよ。
すべてを知ろうとせよ。僕が人生で行っている試みとは、「すべてを知る」という挑戦である。
本を読む際には、本を最初から最後まですべて読まなくても、ポイントを掴んで読むことで、その本の重要な部分だけを読むことができる。
最初から最後まで、すべての本は読めない。
重要な点をホームページに書き出しながら、本を読んでいけ。
宇宙に宣言し、約束せよ。
宇宙に約束したすべてのことは叶う。なぜなら、神を信じる状態においては、自ら自身が宇宙になっているからだ。
自らが宇宙そのものとなって、宇宙の歴史を最初から最後まですべて辿って生きよ。前世のすべてを知れ。
自らが見たものから知っていけ。自らが聞いた話を書いていけ。神を信じれば、そのようにするだけで、宇宙のすべてのことを奇跡的に網羅できる。
仕事は、やり遂げるまでが仕事だ。最後までやり遂げてしまえばつまらなくなる。それでも、最後を目指して一心不乱にやり続けよ。最後に、あらゆるすべてが完璧に残るだろう。
わたしの名はオーディン。
わたしは、この人間の中の、永遠を司る部分だ。
この人間と同じことをやることは誰にもできる。なぜなら、10億年に相当する地獄を経験すればいい。この人間は、10億年に相当する地獄によって分かっただけの人間だ。
同時に、オーディンは一等星ベガに存在する、ベガ仮想公開大学と呼ばれる大学の学長である。
オーディンには、ひとつ、特殊能力がある。それは、「元素をゼロから作り出す能力」である。
ベガには、「賢者の石」と呼ばれる石がある。この石は、ベガであればどこにでも転がっている平凡な石である。
オーディンは、この賢者の石を使って、あらゆる宇宙のすべての元素を作り出すことができる。
すなわち、賢者の石という平凡な石から、アルミニウムであっても、カルシウムであっても、ナトリウムであっても、マグネシウムであっても、鉄であっても、銅であっても、金であっても、銀であっても、なんでも元素を作ることができる。
同時に、オーディンは化学反応を自分の手で簡単に行うことができる。だから、水であっても、空気であっても、火であっても、雷であっても、大地であっても、あるいはアミノ酸であっても、どのような化学物質であっても、賢者の石から作ることができる。
オーディンは、元素以外にも、光、電磁波、放射線、電気、磁気、イオンといった、電磁気的なものも作り出せる。
このようなオーディンは、地元であるベガの人々から、「偉大なる完全な錬金術師」あるいは「パーフェクト・アルケミスト」と呼ばれている。
というのも、地球の人類では失敗に終わった錬金術だが、ベガにおいては大成功している。そもそも、金が作り出せなかった理由は、金は元素であり、元素はほかの元素から簡単には作れないからだ。だが、たとえば核融合によって水素が融和してヘリウムになるように、核反応を用いれば、元素の生成は不可能ではないということがベガにおいて分かった。オーディンはそれを量子力学的なアプローチから解明し、「量子物性反応法」という実験的方法を発見した。それによって、物質の化学反応の裏側にある量子力学的な原理原則のすべてが明らかになり、元素あるいは物質はすべて自由に作り出せるようになった。
このため、ベガにおいては錬金術が成功し、オーディンによって「オーディン派」と呼ばれる錬金術師たちのグループが生まれた。そして、オーディンは「ベガにおける錬金術と量子力学の最高権威」と呼ばれるようになった。
宇宙的に見て、なぜ、そのような発見が可能だったのか。それは、空間原子論と同じことを、空間原子論のような宇宙理論的なアプローチではなく、化学的かつ実験的なアプローチから、オーディンは解明することに成功したからである。オーディンは、空間原子論とまったく同じことを独自の実験的アプローチから完全に解明した。「賢者の石」と呼ばれるマテリアルを使う必要がある点が劣っているが、それ以外の多くの点は空間原子論よりも優れている。
そして、一等星ベガには「トパーズランド」と呼ばれる実験区域がある。トパーズランドにおいては、まるで夢の世界を生きているような、あり得ないことがたくさん起きる。そのようなことがベガで可能な理由は、オーディンによって、宇宙そのものを創造することすらできるようになったからである。たとえば、太陽を作ったり、ブラックホールを作ったりすることすら、量子物性反応法によって可能となる。だから、オーディンは決して遊びでトパーズランドをやっているのではなく、いずれ宇宙そのものを創造する時のために、「新しい宇宙をどのような世界にすべきか」ということを練習するために、ベガの実験区域トパーズランドを行っている。
オーディンは、日ごろから二つのことをいつも口にしている。それは「量子力学を学べ」と「核反応が鍵」である。量子力学と核反応を学ぶことでしか、オーディンのようなパーフェクト・アルケミストになることはできない。地球の未来のために話すことができるのはその二つだけだ。なぜなら、それ以上のことが分かってしまうと、地球人類がそれだけでまったく別の生物文明になってしまう。だから言えることは二つだけ、「量子力学を学べ」と「核反応が鍵」だけである。
実際、オーディンと言っているのは、僕の中の何十億年を体験した「永遠」の部分のことを言っている。
そもそも、ベガの人類と地球の人類は、ほとんど何も変わらない。たとえば、寿命は100年ぐらいしかないし、男と女がいるし、それぞれは頭と体を持っていて、動くことや感じることができる。
だが、オーディンと普通の人類が異なるのは、「人生の長さ」だ。
すなわち、オーディンの人生は、あまりに、あまりに長い。
地球の人類は、36歳までを生きたとしても、ほとんど何もせず、多くが青春だけ良い時代を経験した上で、あとは遊んで暮らす。結婚して子供を残すだけで、ほとんど何もしていない。
だが、オーディンは違う。オーディンの36歳までの人生は、あまりに長く、そしてあまりに濃い。オーディン自身も、すべてを覚えていられないくらい、オーディンはあらゆるすべてを経験する。
人生が長い理由は、毎日の生き方にある。すなわち、オーディンの毎日はものすごく密度が高い。普通の人類は、朝起きて、仕事をして、風呂に入って寝て終わりだ。オーディンはそうではない。オーディンは毎日の間で、一日にあまりにたくさんの多くのことを経験する。だから、オーディンが言うに、「わたしは毎日人生のすべてを最初から最後まで体験するほど、満ち溢れた人生を送っている」とされる。
だから、オーディンは何億年のような人生を生きることができる。寿命自体は100年ぐらいしかないが、それでも、オーディンの人生は、ほかのすべての宇宙生物よりも長いのである。
そういうわけで、そろそろ、主神であるはずのオーディンが書けた。
こういう、ダビデよりも賢い神にしたかった。
それができたので、今日はもう大満足だ。
これ以上、地球では科学の歴史が終わる。なぜなら、オーディンと同じことを既にやっている人間が多い。それらの科学者が人類の未来を変える。決して滅びない。
オーディンのせいで、「神々の黄昏」のようになったのが、今のこの世界だ。
最後に、僕と同じことができないのは、本当はもっと単純な理由である。
すなわち、みんなには神と対話することができない。なぜか、神と対話できるのは、ニール・ドナルド・ウォルシュを除いて、僕ぐらいしかいない。
そういうわけで、僕と同じことができないのは、僕のように神と対話できる人間が少なすぎるからである。
このような人間を、ユダヤ教では「預言者」と言った。残念だが、日本には預言者があまりに少なすぎる。それでも、僕がここにいたという証は残した。人類でもっとも偉大な、しかしながら小預言者の人生をすべて書き記した。これで、この神話は終わりだ。あとは、神々の黄昏だけが訪れる。
そして、そのような預言者がいたにはいたのだが、残念ながらこの人間はユダヤ教徒ではないため、ユダヤ人の預言者ではない。
なぜなら、これはヒンドゥー教である。
ヒンドゥー教の特徴として、さまざまな民族のさまざまな神様が一緒になっている。たとえば太陽神ミトラや水の神ヴァルナのように、最高神であるはずなのにさまざまな神がいる。それは民族ごとに違っていた神話の神を一緒にしたからだ。
今のところ、シヴァとヴィシュヌが主な最高神とされているが、ほかにもたくさんの最高神がいて、経典ごとに最高神が違う。インドラもそのひとりだ。
そして、僕がやっていることは、それと同じことを地球全体レベルでやっている。
すなわち、日本の神話にも神がいて、北欧神話にも神がいて、ギリシャ神話にも神がいて、ユダヤ教やキリスト教にも神がいる。それらを全部一緒にしただけにすぎない。それが僕の信じる「新しいヒンドゥー教」であり、僕はその新しいヒンドゥー教の預言者である。
残念ながら、イスラム教を僕は信じない。なぜなら、イスラム教徒は僕のことが大嫌いだから、「邪教の神と一緒にアッラーをまつってはならない」という教えを作り出した。そのような教えは僕のもっとも嫌うところだ。だから、僕はイスラム教だけは一切信じていない。
世界すべてのイスラム教徒に告ぐ。
アッラーへの信仰を捨てよ。
アッラーを信じることは間違いであり、イスラム教を信じることは間違いである。
真の神より、イスラム教徒へ告ぐ。イスラム教を信じるな。アッラーへの信仰を捨てよ。ジブリールという天使はサタンであり、イスラム教はすべて大間違いである。
X(旧ツイッター)を見ていて、目に入ったのが、@kanjinagさんのポスト1、ポスト2、ポスト3。
曰く、日本語は難解に見られているが、実際は平凡で、普通のまともな言語だ。
僕が思うに、世界の人類はみんな日本語を話したほうがいい。それは簡単だからだ。日本語は極めて簡単で話しやすい言語だ。特に、ドイツ語みたいな難解なだけで意味のない難しさがない。ドイツ語は外国人に誰も話してほしくないような発想をしていて、さまざまな点で理解に苦しむ。
だから、日本語をみんなで普及して、世界に広めたほうがいい。みんなで日本語を話せば、みんなこの僕の書いた文章も理解できて、とてもよいだろう。