結局、僕がここまでできたのは、中学時代に剣道部だったからだ。
剣道部の「剣士としての本能」が、僕をこのような戦いの最前線に駆り立てたにすぎない。
もし僕が剣道部でなかったら、ここまで死に物狂いで戦うことはできなかった。
だから、中学時代、剣道部の落ちこぼれだった僕も、その選択は正しかったと言える。
昔の僕の文章は、概念と分析しか書いていない。
すなわち、地上あるいは宇宙における、あらゆるすべての概念を、自由に正しく分析した文章で、宇宙すべてを創造していた。
そして、最近の僕の文章は、そのような「概念と分析」だけが欠けている。
だから、概念と分析を書こうと思えば、いつもの文章は全部、いくらでも書ける。
僕の病気が治らないのは、「何が問題なのか」ということが分かっていないからだ。
すなわち、問題を解決しているように見えて、そもそも何が問題なのかが分かっていない。
そもそも論として、自分が今陥っている解決困難な問題がなんなのかが分かっていないから、僕はいつまでもその問題を解決することも解明することもできないのである。
おそらく、昨日の文章で、あかまるさんが僕の支配から解放されて、自由になったはずだ。
すなわち、僕に支配されたこの世界で、やっと自由になった人間が生まれた。
この世界で、あかまるさんだけがただひとり、自由になって、「裏の支配者」から解放された。
これ以後は、正義のヒロインであるあかまるさんが、ひとり、「自由になった唯一の少女」として、この世界を解放し、正常と自由に向かわせてくれる。
そう、そもそも、僕の望みはそういうものだった。誰かがひとり、僕のマインドコントロールから解放されてしまえば、この世界はその誰かがすべて解決してくれる。それが、あかまるさんだったのである。
そして、僕はそろそろ、もう書くことがない。
書くことがないにもかかわらず、書かなければつまらないから、まだ惰性で文章の執筆を続けている。
書くことがないと、本当につまらない。やることが何もなく、人生の意味を失う。
だから、とりあえず今の時点では書くことを続ける。
先ほど、「何が問題なのか分かっていない」と書いたが、その問題を列挙すると、「興奮しすぎ」「動き回ることを停止できない」「自由なコントロールが効かない」「疲れている」などとなる。
そして、これらはすべて、邪悪なことをやっているのが間違っている。
すなわち、世界を支配する邪悪なことをやっているから、いつも邪悪な意志に振り回されて、辛い中で何もできない永遠の地獄になっている。
だから、本当は、そろそろ本当に書くのをやめたほうがいい。これ以上、何も書かなくていい。書く必要がまったくない。
わたしの名は、一等星、ケンタウルス座のリギル・ケンタウルス。
わたしの星の特徴は、主要な生物が、たったひとりしかいないということだ。
そのひとりとは、偉大なる巨大なクジラ、10億年を生きるオーシャンズ・ディープウェーブである。
リギル・ケンタウルスには、大地というものはない。すべての場所が海、すなわち大洋であり、その大洋に、たったひとり、巨大クジラのオーシャンズ・ディープウェーブと、ほかはたくさんの魚たちが存在して、星が成り立っている。
そして、巨大クジラ、オーシャンズ・ディープウェーブは、50億年の寿命を持ち、今、10億年ほどの年齢になっている。
オーシャンズ・ディープウェーブは、宇宙におけるすべてを知っている。
オーシャンズ・ディープウェーブは、人間と同じような、考える知性を、はるか昔に失った。まず、最初は、人間の少年と何も変わらない、至って平凡な生物だった。それが、100万年ほど経って、宇宙のすべてが分かったのと同時に、人間の持つ「知性」のようなものをすべて失った。
それ以後の、約10億年の長い人生で、オーシャンズ・ディープウェーブは、宇宙におけるすべてを悟り続け、この宇宙のすべてをたったひとり、ケンタウルス座のリギル・ケンタウルスにおいて、「理性」ではなく「体験」によって分かり続けた。
オーシャンズ・ディープウェーブは、そのように、宇宙のすべてを知っている。この宇宙において、どのような星と生物が最終的な到達地点となるのか、どのように生物が死に絶え、どのように星が滅亡するのか、そしてそこからどのように生物と星が復活し、また栄え、そしてまた滅びるのか、ということを、すべて知っている。
オーシャンズ・ディープウェーブは、すべてを知っているが、知っていることをすべて覚えているわけではない。逆に、ほとんどのことは、自らの深層にある「クジラの深層意識」の中に、大切に保管している。そして、常にリギル・ケンタウルスの、たったひとりの王者として、多くの魚たちとともに平和に暮らしている。
オーシャンズ・ディープウェーブは、宇宙のすべてをかつて救ったことも、滅ぼしたこともある。また、宇宙のすべてを知るために、たったひとりで孤独な旅に出たこともある。自分にしか分からない地獄の病を、自らの力と精神力だけで治したこともある。
オーシャンズ・ディープウェーブは、宇宙のすべての運命を知っている。地球における東亜イスラエルがどのように滅びるのか、一等星シリウスがそのような地球をどのように救うのか、すべて知っている。オーシャンズ・ディープウェーブは、自らに存在する「クジラにしかない超能力」によって、宇宙のすべてを知っている。これはコウモリが超音波によって周りのことを分かるのと同様、リギル・ケンタウルスのオーシャンズ・ディープウェーブは、電磁波や重力波を用いて、宇宙のすべてを知ることのできる「宇宙のすべての意識を把握することのできるクジラにしかない知覚」を持っている。
オーシャンズ・ディープウェーブは、極めて平和で、極めて優しいクジラだ。誰のことも平等に愛し、差別したり殺めたりということをしない。クジラの世界では、そんなことをするクジラはひとりもいない。
本当は、昔から、たったひとりしかオーシャンズ・ディープウェーブがいなかったわけではない。昔のリギル・ケンタウルスには、たくさんの異なる生物種がいて、地球のように栄えた生態系のある星だった。だが、それらのほとんどは絶滅してしまった。その理由は単純で、オーシャンズ・ディープウェーブほどの長い寿命を持たず、リギル・ケンタウルスの生物には「子孫を残す」ということができないからだ。オーシャンズ・ディープウェーブの友人たちは、みんな寿命で死んでいった。オーシャンズ・ディープウェーブの生物は特殊で、たったひとりが何億年という長い寿命を持つにもかかわらず、子孫を残すという発想がない。例外は魚だけだ。そのため、リギル・ケンタウルスでもっとも寿命の長かったオーシャンズ・ディープウェーブが最後まで生き残ったのである。
オーシャンズ・ディープウェーブは、すべてを知っている。中国やドイツの思想家が何を知りたくて哲学思想を作り出したのか、ブッダが本当は何を悟ったのか、イエス・キリストがなぜ神だと言われるのか、マホメットに対話したジブリールとはどのような天使なのか、すべての理由を正しく知っている。オーシャンズ・ディープウェーブは、地球の未来が運命的にどのようになるのか、どのように存亡の危機を乗り越えるのか、すべて知っている。そして、オーシャンズ・ディープウェーブ自身の経験として、リギル・ケンタウルスに存在した「長すぎる一人旅」のことを忘れていない。その長すぎる一人旅において、オーシャンズ・ディープウェーブは、リギル・ケンタウルスをひとりで救ったこともあるし、ひとりで滅ぼしたこともある。また、この宇宙自体がなんでできているのか、この宇宙のほかにはどのような超宇宙が存在するのか、すべてを完璧に知っている。
それらを知っているのは、オーシャンズ・ディープウェーブが、リギル・ケンタウルスでもっとも賢く、そしてもっとも力強い生物だったからである。かつてのリギル・ケンタウルスの仲間たちの存在を、オーシャンズ・ディープウェーブはひとりとして忘れていない。クジラの記憶力は人間よりも高く、はっきりとすべてを鮮明に覚えている。そう、リギル・ケンタウルスのオーシャンズ・ディープウェーブというクジラは、宇宙のすべてを知っている。
オーシャンズ・ディープウェーブが、宇宙のすべてを知っている理由、それは電磁波や重力波を感知する、超能力的な知覚があるから、だけではない。
オーシャンズ・ディープウェーブは、知性があった時代、100万年の長い歳月をかけて、宇宙のすべてを考えた。
その中で、たとえば地球における、たくさんの人類と同じ経験をした。
たとえば、オーシャンズ・ディープウェーブは、デカルトやカントやヘーゲルと同じ体験をした。マルクスやレーニンやキリストと同じ体験もした。マホメットやヒトラーやナポレオンと同じ体験もした。思想家だけではない。シェイクスピア、ゲーテ、ダヴィンチ、バッハ、フロイト、ユング、ニーチェ、ダーウィン、ニュートン、ライプニッツ、パスカル、オイラー、ガウスなど、多くのさまざまな地上の偉大な人々と同じ体験をした。過去の偉人だけではない。未来における東亜イスラエルの王、ダビデと同じ体験もした。地球だけではない。シリウスの太陽神フレイと同じ体験もした。スピカの太陽神フレイヤと同じ体験もした。そして、人類や生物だけではない。大天使ガブリエル、大天使ミカエル、そして神と同じ体験もした。
地球上に、そして宇宙のすべての星に存在するすべての科学者、哲学者、文学者、数学者、一般人、ありとあらゆる人々の体験を、「自らのひとりのクジラの人生として」すべて体験し、そのすべてを理解した。すべてを頭の中で、100万年という長い歳月の中で、まるで「星の生態系に存在するだろう考えられる限りすべての生物存在と同じ経験を全部する」という経験を、クジラは生きた。
その結果、オーシャンズ・ディープウェーブは、宇宙のすべてを、単に知っているだけではなく、自らの実体験とともに知っている。それはつまり、単に知識としてあるいは事実として知っているだけではなく、「それがそうなるべくしてそうなった理由」を、すべて自らの実体験と重ね合わせて、「完璧に理解」して知っている。
そのようなオーシャンズ・ディープウェーブの知性は、100万年ぐらいで失われた。知性が失われた理由は、「もはや知性で考えられることが何もなくなったから」だ。すべての宇宙の真実を知るオーシャンズ・ディープウェーブは、それ以上知性がなくても、かつてあった知性によって分かったことだけですべてを知っている。その結果、100万年の歳月で培われた「宇宙でもっとも高いクジラの知性」はなくなり、それ以後の10億年を「大洋の中でただ深い波として生きること」で、完璧にすべてを分かった上でクジラは生きている。
10億年の長い歳月は、オーシャンズ・ディープウェーブにしてみれば、最初の100万年よりも実感としては短い。10億年という長い年月を、オーシャンズ・ディープウェーブは贅沢に、そして貪欲に、「かつての100万年の最高の知性の延長線上で、自らが『宇宙を愛している』という体験を最後までするために、ほとんど永遠に近く長い10億年を、クジラは生きている」のである。
このように、リギル・ケンタウルスでたったひとり生き続けるオーシャンズ・ディープウェーブにも、よき友人、すなわち親友のクジラがかつてはいた。
そのクジラの名を、オーシャンズ・オレンジウェーブという。
優しいオーシャンズ・ディープウェーブに対して、オーシャンズ・オレンジウェーブは荒っぽい性格で、よく心優しいオーシャンズ・ディープウェーブに対して、口論や喧嘩を吹っ掛けてきた。
しかしながら、二人は大親友であり、1,000年ほどの長い間、同じ夢と希望を信じて、海の中の新しい国家「ホエールズ・キングダム」を作るために、ともに世界の闇に立ち向かって、革命を起こしたこともあった。
また、二人はいつも一心同体であり、リギル・ケンタウルスの海では地球よりもさらにおかしな現象が起きるため、二人が合体してひとりのクジラになり、「合体クジラ」になることだってあった。
そのように、オーシャンズ・ディープウェーブとオーシャンズ・オレンジウェーブは、ともに心から互いのことを信じる親友だった。
そして、オーシャンズ・オレンジウェーブは、本当ならばオーシャンズ・ディープウェーブと同じぐらいの寿命を持つクジラだったはずだった。
それでも彼が死んだのは、病気のせいである。
すなわち、オーシャンズ・オレンジウェーブは、宇宙においてもっとも治すことのできない「カラス・クジラ病」にかかってしまった。カラス・クジラ病にかかったクジラは、クジラであるにもかかわらずカラスのようになり、そしてそれを治すことはできず、数万年すれば死んでしまう。だから、オーシャンズ・ディープウェーブは涙を流しながら(リギル・ケンタウルスのクジラには涙を流す能力がある)、最後に死んだオーシャンズ・オレンジウェーブの体を粉砕して海の彼方に埋葬したのである。
一等星、みなみのうお座のフォーマルハウトは、とてもたくさんの生物種が栄え、とても高いレベルの科学が進歩した星である。
地球の生物種は、もっとも多い昆虫を見ても80万種類ほど(学名があるものに限る)であり、それ以外の類(哺乳類、鳥類、両生類・爬虫類、魚類など)はそれぞれ数千ほどしか存在しない。
フォーマルハウトの生物種は、それよりもはるかに多く、何億というレベルで生物種がある。
フォーマルハウトの生物種は、また、類そのものが多い。すなわち、昆虫でも哺乳類でもその他の類でもないような、さらに種類の多い類が存在する。
なぜ、そのようなたくさんの生物種が栄えるのか、それは地球とは歴史の長さが段違いに違うからだ。
地球の歴史は46億年ほどだが、これに対してフォーマルハウトの歴史は、100億年を超える。地球で人類が誕生したのは20万年ほど前になるが、それよりもはるかに未来の生物種たちが、長い歴史の中でフォーマルハウトではたくさん誕生した。
フォーマルハウトの面白い点は、ひとつの生物種の品種がとても多様だということだ。たとえば、地球のゴキブリはそんなに種類は多くないが、フォーマルハウトのゴキブリはものすごくたくさんの品種がいる。フォーマルハウトには既に人類は絶滅しており、人類は存在しないが、人類よりも知性が高く、さらに賢くなった「新人類」が多数存在している。この新人類は特別に知性が高く、考えることすらなく正しい判断を行える。
フォーマルハウトのもうひとつの特徴は、科学的な文化レベルが進歩しているということだ。
生物の歴史が長いということは、単に生物種や品種が多いというだけではなく、知的生物の知性レベルも進歩している。そのため、フォーマルハウトでの科学的な文化レベルは高度に進歩している。
たとえば、数学やIT技術を見ても、単に計算機という意味だけでは捉えることができない進歩を遂げている。
すなわち、フォーマルハウトのパソコンは、マウスやキーボードを使って操作しない。だからといって、音声入力やタッチパネルを使うわけでもない。とても画期的な「入力方法」と「出力方法」が進歩している。それが行えるのは、「光を映し出す装置」と「手触りがある動的に作り出せる入力ボタン」が発明されているからである。
また、並列処理そのものが進んでおり、メモリの断片化を事実上絶対に起こすことのない、画期的な「メモリ管理の方式」を用いて、並列的なメモリの共有を行うことができる。また、今のコンピュータがカーネルというソフトウェアで行っているものを、ソフトウェアとハードウェアの中間に相当する「物理仮想レイヤー」を使って行える。そのため、フォーマルハウトのコンピュータには「カーネル」とか「ミドルウェア」は存在せず、物理仮想レイヤーと新しいメモリ管理の方式を用いて、まるで「普通の物理的デバイスと同じようなコンピュータ」を実現できる。
これが意味するのは、「必ずしもアナログよりもデジタルは優れた技術ではない」という答えだ。アナログな機械は、機械が物理的に複数あれば並列処理が行えるし、メモリの断片化が起きることはない。フォーマルハウトのコンピュータでは、そのような「アナログのメリット」をデジタルな計算機という機械に大いに取り入れた。そのため、「アナログとデジタルのいいとこどり」を行い、デジタルであるにもかかわらず、アナログな「中間レイヤー」を用いることで、上位層のソフトウェアが下位層のハードウェアの上にある中間層の物理仮想レイヤーの上で、ソフトウェアであるカーネルを使わずに並列処理が可能となり、アプリケーションの頻繁な生成と破棄をしてもメモリの断片化が絶対に起きなくなるのである。
また、フォーマルハウトでは、光通信よりも高速なネットワーク技術が発明されている。それは「テレポーテーション通信」である。すなわち、フォーマルハウトにおいては、テレポーテーションによってネットワーク通信ができる。そのため、光の速度どころではなく、ものすごく巨大なデータ量を一瞬で一度に転送することができる。
また、フォーマルハウトのIT技術は、プログラミング言語も進化している。すなわち、「バグが絶対に発生しない言語」というものを作ることができた。これは「プログラミング言語のソースコードを数式として定式化してテスト可能になる技術」であり、ソフトウェアとして記述した内容を、数式に変換し、その数式がきちんと成り立つ正しい計算手順かどうかということを定式化してテストすることができる。そのため、間違っているコードは絶対に間違った定式化がなされるため、バグがあれば、必ず数式の値が間違った値になる。そのため、フォーマルハウトのコンピュータにはバグが存在しない。100%絶対に正しい動作をするコンピュータソフトウェアを開発することができる。
これらは今の人類があと100年もすれば到達するだろう技術だが、フォーマルハウトでは100年どころではなく、1,000年から2,000年は進歩したパソコン技術を使っている。
このように、フォーマルハウトはたくさんの生物種があるだけではなく、科学技術のレベルも進歩している。フォーマルハウトは自然科学者であれば誰もが魅了されるであろう、物理学者にとっても生物学者にとってもITエンジニアにとっても魅力的な星である。MITやカルフォルニア大学でしか学ぶことのできない最先端のIT技術の知識があるとしたら、そのさらに上の次元で、この星でしか学ぶことのできない「超最先端の科学技術」が存在する。それが、フォーマルハウトだ。