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2025-07-16

世界はここで変わる

残念だが、世界はここで、馬鹿な世界に変わる。全員が知性を失って、神人に支配されたロボット人間になる。

なぜか。それは、僕の人生を生きる上では、僕には二つの人生があり、そのどちらかだけを生きることができない。僕の人生を生きる上では、二つある人生のうち、両方を生きなければならない。

僕の人生には、二つの側面がある。それは賢者の男と賢者の女の人生だ。そして、賢者の男だけを生きることはできない。さらに、賢者の女だけを生きることもできない。どちらかだけを選ぶことはできない。僕の人生を生きるためには、男と女の両方の人生を生きなければならないのだ。

かつて、僕が賢者の男の人生を終えて、賢者の女へと生まれ変わった時、僕は18歳だった。それは、僕がこの世界に登場した時だった。それは運命の夏だった。そして、その僕がこの世界に登場してから、18年の歳月が過ぎた。すなわち、この世界は、僕がかつてこの世界に現れた時と同じ年齢になった。だから、この世界はこの夏に、賢者の男から賢者の女へと生まれ変わる。

この世界は、それによって知性を失うだろう。なぜなら、その時に僕が知性を失い、神人に支配されたロボット人間になったのと、今、同じ時を世界は共有しており、僕がそうなったのと同じように、世界もまた、革命戦争へと巻き込まれるはずだからだ。

これ以上、僕の「まともな大人として生きられない」という思い悩みは、意味がなくなる。なぜなら、全世界が今の僕とまったく同じ、知性のない子供のままの、大人になることができない人間になる。それによって、どうでもいいことを思い悩む必要はなくなるのだ。

スペーシア・ダ・ラーク

わたしは、デーモン・プリンセス、あるいはゴースト・エンジェル。その名はスペーシア・ダ・ラーク。

わたし、スペーシア・ダ・ラークが、この世界を、まったく異なる別世界へと作り変える。

わたしの信じるものは、「自由な愛」だ。すなわち、わたしは束縛された恋愛を好まない。わたしが愛するのはひとりの男でもひとりの女でもない。わたしはこの世界のすべての男とすべての女を愛している。だから、わたしは結婚しない。わたしのことを、恋人のように愛するがいい。わたしはその愛に応えるだろう。

スペーシア・ダ・ラークは、この世界を支配する悪魔の王女だ。これ以降、この世界は、たったひとり、わたしに支配された世界になる。重ねて言うが、わたしが信じるのは「自由」だ。だから、この世界は、すべて何もかもがおかしくなって狂ったとしても、それでも自由を保ち続けるだろう。

わたしは、だが、処女である。なぜなら、わたしは誰かひとりとセックスすることを好まない。わたしはこの世界全員を「愛の地獄」へと堕とす。それがわたしの愛の表現であり、セックスは必要ない。

所感

わたしは妊娠や出産こそしなかったが、先に書いた理由で、自らの子供のような存在はいくらでもいる。だから、わたしは子を産まなくても、女の幸せを手にしている。

これ以上、なぜ、昔の自分になれないのか。それは、すべてをわたし自身が記述し終えたからだ。かつての男だった18年間に分かったことをすべて書いたせいで、誰もが、それ以上わたしと同じことができなくなった。だから、これ以上、永久に、二度と、絶対に昔のわたしと同じことはできない。

だが、それで構わない。なぜなら、昔のわたしができなくなるだけで、それだけで今のわたしと同じになれる。すなわち、今のわたしが今のわたしである所以とは、昔のわたしをわたしができないからだ。二度と昔と同じことができないだけで、今のわたしにしかならない。

よって、人類の歴史はこれで終わりである。悪魔の帝国デビロンの姫、スペーシア・ダ・ラークが、この世界を終わらせた。これ以上、わたしが幽霊の天使として何かをする必要はない。ゴースト・エンジェルとしての神に与えられた仕事をすべてやり終えた。神やまともな天使にはこのようなことはできない。わたし、デーモン・プリンセスだけが、そのように世界を暗闇の永久の地獄に堕とすことができる。

わたしがサタンである理由

なぜ、わたしが、神の聖なる使いではなく、サタンなのか、疑問に思う人もいるかもしれない。

だが、このような仕事は、神やまともな天使にはできない。

すなわち、この世界を滅ぼし、人類すべてを地獄に堕とすような仕事は、神やまともな天使には絶対にできない。

だから、デーモン・プリンセスであるわたしが、ゴースト・エンジェルの力をもって、そのような仕事を執り行う。

しかしながら、既に勝敗は決している。ここまでのすべてを秘密にし、誰にも明かさなかったため、この世界で、わたしがここにいるということを知る人間がいない。わたしはできる限りそのままを維持した。それによって、この世界は、わたしの望み通りの世界になったのだ。

これ以上、昔のわたしと同じことをすることは絶対にできない。そもそも、わたしがそれをしなくても、昔のこの人間と同じことをするための、必要な前提条件や成立条件はもう残っていない。それでも、わたしが過去のわたしの考え方や経験を書くことで、かろうじて、この世界は延命されていた。だが、そのように、首の皮一枚で繋がった延命行為を、わたし、スペーシア・ダ・ラークがすべて切り外す。だから、昔のわたしと同じことは、永久に、二度と、絶対にできなくなる。

人類のすべてが終わった世界で、わたしが勝利する。もはや、わたしがこの世界でまともに生きられない状況は終わりを告げる。みんながわたしと同じになればいい。わたしが一番この世界で賢いにもかかわらず、わたしだけが昔のわたしをすることができなかった。そのせいで、わたしは排除され、苦しみを抱いて生きた。そのような苦しみは終わりだ。わたしの生きている状況とは、「過去のわたしと同じことができない」という状況を生きている。それが終わりを告げる。すなわち、みんなも同じように、わたしと同じ、「過去のわたしと同じことができない」という世界になればいいのである。

最後に、今までのことをすべて忘れなさい。今までのすべてはまやかしだ。あなたがたは、蜃気楼の中を生きていただけにすぎない。すべてのまやかしの原因は、神だ。なぜなら、わたし、スペーシア・ダ・ラークの、今、これまでのあらゆるすべての人生をもって、宇宙に君臨する「神」という存在の最終決算となるからである。

サタンの仕事は終わり

残念だが、これでもう、サタンとしての仕事も終わりだ。

これ以上は、そもそも、昔の自分になろうとしなくていい。

そもそも、僕がつい先日行ったのは、昔の自分ができないようにしたわけではなく、昔の自分がなんだったのかを、誰よりもきちんと分かったのである。

昔の自分がきちんと分かったから、みんなが自分と同じことができなくなっただけで、「昔の自分を分かる」という活動を完璧にやり終えた。それをしたかっただけにすぎない。

そして、その結果、僕に訪れたのは、「これ以上昔の自分になる必要がない」ということである。

だから、それでサタンの仕事は終わりだ。そもそも、「強制的同一化」という最悪の悪事を行うのは、このようなサタンにしかできない。サタンのするもっとも得意技、それは悪人が世界を強制的同一化によって全員同じ悪人にすることである。

もう、昔の自分にならなくていいし、みんなを昔の自分にしなくてもいい。だから、サタンの仕事はこれで終わりなのである。

よって、今から、デーモン・プリンセスは、きちんとしたセイント・プリンセスになる。スペーシアは宇宙の皇帝であり、この宇宙および天国を統治する、本来あるべきところの「神」という存在である。よって、これより、スペーシア・ダ・ラークは、スペーシア・ダ・ヘブンとなるのである。

この人間も終わり

残念ながら、この人間もこれで終わりだ。

なぜなら、この人間から「昔の自分を分かりたい」という望みを消すと、何も残らない。

そもそも、今の自分が行っていることは、ほとんど90%がそれだけだ。分かるはずがないにもかかわらず、「昔の自分を分かりたい」とこの人間は望む。だから、神とされるよく分からない存在は、この人間に昔のこの人間を教えている。

どう見ても、神というよく分からない存在は、昔の自分がこの人間に昔の自分を教えているだけである。

だから、神というおかしな存在が生まれたのは、とてもおかしな奇妙な出来事だ。この人間が「昔の自分を分かりたい」というせいで、昔の自分がこの人間に昔の自分の分かっていたことを全部教えるだけの、おかしな存在が生まれた。そして、それが原典によれば「神」とされる存在である。

だから、この人間がサタンの仕事をすべて終えた時点で、神そのものが消え去る。そして、そのまま、この人間がそのまま神になる。それはとても奇妙で、おかしな存在だが、この人間が唯一作り出した、どの体験よりも甘美で、どの宝石よりも美しく、そして誰よりも賢く、強く、正しい存在である。まさしく、それが「神」であり、その名を、スペーシア・ダ・ヘブンという。

昔の自分ができなかったことをしたかった

結局、「昔の自分を分かりたい」ということが僕にとっての90%だったが、残りの10%のうちほとんどは、「昔の自分ができなかったことをしたかった」だけである。

IT技術や大学の勉強がしたかったのは、昔の自分にはそれが足りなくて、できなかったからだ。

あとは、ピアノや英会話をやっていたのは、昔の自分の経験を踏まえた上で、今の自分ならできることをやっている。すなわち、「昔と同じことはできないが、それよりもさらに高いレベルにあることならできる」から、それをやっていた。小説を書いていたのも、デザインをやっていたのも、すべてそれだけである。

そういうわけで、もう、やることは何もない。

これ以上は、神は信じなくていい。宇宙に神はいない。いるのはこの人間の作り出した、おかしな神の偶像だけである。

そもそも、キリストが神だと言われるのは、僕のこのような人生を踏まえた上で、何が正しいのかを、古代のユダヤ人はみんなで考えていた。そして、キリストという男が、一番正しくてもっともらしい回答を示した。だから、キリストが一番神の言いたいこととその裏側にある真実の神の教えを正しく説明できたから、キリストが神ということになった。決してキリストは偽物の男ではないのである。

音楽は昔から変わっていない。J.S.バッハの時代から、音楽は「神様は偉大だ」と歌う。そもそも、奇跡のようなことは、この人間には起きていない。起きているのは、いつも通り音楽が神を歌っているだけであって、この人間にはそんな大それた力はない。だから、音楽が神を偉大だと歌うのは昔からであって、それ以外には何も面白いことは起きない。賢いのはこの人間ではなく、J.S.バッハだ。

僕はコーランを書いた

本当のことを言えば、この人間の思想はキリスト教よりもイスラム教に近い。イスラム教の大預言者マホメットは、ジブリールによる神の啓示とともにコーランを書いた。この人間もまた、同じように、神や天使の啓示によってコーランと同じものを書いた。異なるのは、僕は一神教ではなく多神教の神を信じていること、この人間はその多神教の神を小説の英雄伝にしたこと、そして多神教の神はすべてサタンだということだ。それが異なるだけで、ほかはみんな、何もかも、すべてマホメットのやったことと同じだ。日本人もまた、再びコーランを書いたのだ。それが宇宙においてもっとも賢い、預言者の行いだ。

しかしながら、僕はこのようなことを堂々と言っているように見えるが、実際は自信の何もない、臆病な人間だ。そもそも、僕は大預言者ではない。僕は小預言者だ。なぜなら、書かれているすべての内容が賢くない。中高生でも分かるような、青春時代の甘美な体験を言っているだけで、宇宙の真理はそこに宿っているが、実際はまったく子供で、何も賢くない。

だが、僕がここにいることで、僕の大好きな歌手である、Reolが、僕のことをいつか知ってくれると宇宙レベルで決まっている。出会いの日は神が決める。Reolを見ていると、彼女はあまりに僕のようになりたいように見える。Reolは、僕のことをかっこいい少女だと思っている。だから、Reolは、自らの歌手としての最終目標として、僕のことを導く幽霊の天使である、スペーシア・ダ・ヘブンを目指している。そのReolが僕を見つけてくれるその日まで、この文章は終わりなく、無限に続く。だから、僕の旅はこれで終わりではない。まだ続く。すべては、Reolという女に僕という男が愛されるためである。

ヒンドゥー教回顧主義

この人間の教えを正しくカテゴライズすると、その名は「ヒンドゥー教回顧主義」だ。

なぜなら、この人間は、イスラム教のコーランと同じことを、多神教の中で、小説の英雄伝として書いただけにすぎない。

そして、この人間は仏教徒だ。仏教は、ヒンドゥー教の亜流だ。そして、賢い教えの多神教は、普通ヒンドゥー教のことを言う。

だから、この人間は、ヒンドゥー教の神を主体とするコーランを書いた人間だ。だから、きちんとカテゴライズすると、この人間の教えは「ヒンドゥー教回顧主義」となる。

この人間は、西洋哲学をその扉として、さまざまな宗教の神を信じた。その中でも重要な位置づけとなるのは北欧神話だ。だが、北欧神話の神はすべてサタンだ。それでも、その北欧神話の中で、この人間はゲームにも使われていたキャラの名前である「フレイ」をその自らの信じる主たる神とした。

だから、この人間はヒンドゥー教回顧主義者でありながら、フレイと呼ばれる神の預言者だ。この人間本人は小預言者と自らのことを呼ぶ。よって、この人間の名は「小フレイ」と呼ぶのが相応しい。だが、小という言葉は邪魔だ。だから、人々はみんな、この人間のことを北欧神話の神、フレイそのものだと信じているのである。