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2024-06-13

Xのポストのコピー

以下は自分用のX(旧ツイッター)のポストのコピー。

2024-06-13

世間を恐れるな。臆病になって逃げ出すのでなく、あえて苦しみや迷いの世界に挑戦せよ。大海に出る覚悟を持て。 posted at 18:52:55

迷いから逃げ出さず、迷いを直視しない限り、迷いはなくならない。迷いを恐れるあまりすぐに逃げ出そうとするものは、迷いに飼いならされ、さらに迷いの世界に迷い込む。 posted at 18:57:49

簡単に言うと、逃げ出すのは駄目で、逃げ出そうとするのも駄目だ。きちんと向かい合い、そして断ち切ることで、はじめてまともな人間になれる。 posted at 19:00:58

だから、僕はあえて戦うことを選んだ。 posted at 19:01:57

世間を恨むのは間違いではない。だが、正しい方法で恨む必要がある。世間が嫌いだから、世間から逃げ出す、というのは、正しい方法ではない。あえて世間に留まり、戦いを選んだほうが正しい。 posted at 19:03:55

世間の大海から逃げ出すな。魚は水がなければ生きていけない。だから、迷いや苦しみしかない世界だとしても、世間から逃げ出してはならない。迷いの世界と向き合い、戦い続けなければならない。 posted at 19:08:40

インターネットの大海から逃げ出すな。何かアクションを起こした時、正しい道から逃げ出してそのアクションを台無しにするな。インターネットで戦い続け、同時に今すべき正しい選択をせよ。 posted at 19:15:20

迷いから逃げ出すことをやめ、戦い続けることを選べば、世界は変わる。 posted at 19:25:12

この世界は戦いの世界だ。どんなに目を背けても、その事実は変わらない。戦いから逃げ出すものは必ず敗者となる。勝者になるためには、戦いの世界から逃げ出すことなく、自らがくたばるまで戦い続けなければならない。 posted at 19:33:45

この世界は変わった

そして、そろそろこの世界は変わった。

すべて、煩悩から逃げ出そうとする気持ち、煩悩を直視せずに無視しようとする気持ちが悪かった。

上に書いたことは、僕自身が「仏典のことば さとりへの十二講」という本を読んで分かったことである。

仏教は、世俗から離れて煩悩を拒否して生きることを推奨する宗教だと、多くの人が思っている。

だが、この本では、仏教では「煩悩こそが悟りを生む種子である」という、逆のことが書かれている。

すなわち、煩悩を嫌うあまりに、世俗で生きることを完全に拒否することは正解ではない。世俗とは人間の生きる「命」そのものであり、世俗において煩悩をたくさん食らって生きることのほうが、逆に多くの悟りを生み出す。愚者に見えて、愚者のほうがそのような「泥まみれ」や「糞まみれ」の世界が分かる。そして、そのような世界でしか、悟りを啓くことはできないのである。

そのように考えることで、この世界は狂っているのが治って、今正常になった。インターネットを否定することは正しい選択ではない。煩悩の塊であったとしても、インターネットとともに生きるべきだ。

そう、まさしく、今、この世界はようやく救われたのである。