日記に戻る | 2015年11月の日記に戻る

=2015-11-16=

人間関係や社会的な自由など、可能性を肯定的に考えていた。

人間関係、特に結婚などは、義務ではなく、チャンスだと考えていた。

発想法から、地球規模の発想をしていた。

社会的な目的を考えていた。

自由な取り組みや取り決め、自由な報酬から、自由な社会を作っていた。

本当に、社会のことを全部作っていた。

数学は、した方が良いようで、しない方が良い。

数学をすると、まともな人間になる。

昔は、数学的に考えていた。相対性やプラットフォーム、部品の集合など。

自分の数学を作っていた。公理主義的で、認識と論理の段階だった。

階層的で、段階的で、認識的な数学を作っていた。

数学には、基礎的な考え方が全部つまっている。抽象的に考えられる。

だが、自分には、歴史の方が合っている。

数学は、しないならしない方が良い。すると、分からなくなる。

数学のせいで、皆馬鹿になっている。何も分からない。

歴史の本は、読んでいると、本当に良い本だ。

皆、歴史の教科書のせいで、さらに馬鹿になっている。教科書には何も書かれていない。

見ていると、近世の始まりなんか、自分は本当にきちんと分かっている。

あとは、相対的で、ものを作って文章を書いていた。

ものは、部品に分けられる。ものは、部分の集合であり、プラットフォームである。

ものは、多様性と統一である。

ものは、変化と応用の可能性である。

経験論的に、ものごとの発見と社会の形成が考えられる。そういう、経験論をいつも書いていた。経験から、社会を作ることが出来る。経験から、真理を発見出来る。

意識の深層を書いていた。精神分析をして、全ての意識の深層のようなことを言う。

場や文化などのようなものを、根源的に書いていた。多少狂っていた。

感情のようなものを書いていた。

歴史は、近世の始まりのところをいくらか読んだ。

巨大なモンゴル帝国の後に、大航海時代が起こった。モンゴルなどの影響で、国際的な異文化の交流の機運が高まっていた。大航海時代で、スペインとポルトガルは、新しい土地の金や銀などを採掘し、奴隷貿易をすることによって、この世界の覇者となった。

ルネサンスは、封建主義の中世ヨーロッパより、古代のギリシャ・ローマの方が良く見えた。自由な精神で、芸術家や科学者が生まれた。ルネサンスの三大発明が賢い。火薬、羅針盤、活版印刷術だ。本当に賢い。

絶対王政は、封建制度の諸侯の制限を受けずに、国王が絶対的な力を持つ。

これは、封建制度を革新し、国民国家を形成することによって、国民に連帯感を与えた。

絶対王政は、フィリップ(フェリペ)二世治下のスペイン、チューダー朝のヘンリー八世およびエリザベス一世治下のイギリス、ブルボン朝のルイ14世治下のフランス、フリードリッヒ二世治下のプロシア、マリア=テレジア治下のオーストリア、ピョートル一世およびエカテリーナ二世治下のロシアなどが典型的だ。

あとは、宗教改革のところを読んだ。不思議と、既にきちんと分かっている。自分は賢い。

オープンソースは、もっと独自性を高めるべきだ。

絶対王政は、中世の封建社会とは区別されるが、過度期的な体制とされている。

ルネサンスの三大発明の火薬は、真面目に賢い。銃が生まれたのだと思う。

そのうち、イギリスの市民革命やアメリカの独立やフランス革命や産業革命が出て来ると思う。まだそこまで読んでいない。今から、各国それぞれの絶対主義国家を読む。

昔のスペインは強かった。本当にそこまでの覇者だった。

重商主義は、直接的な金や銀の獲得から発展して、輸入を出来るだけ抑えて、輸出によって儲けるようにする。また、工場制手工業、マニュファクチュアを行う。

日本のような資本主義が、すでにこの時点で生まれている。そのまま、ヨーロッパ各国は、資本主義によって、植民地獲得とともに、それぞれの国家間で競争するようになった。

スペイン、オランダ、イギリス、ドイツ、フランスを読んだ。

読んでいると、大航海時代の植民地争いと、宗教戦争ばかりしている。

フランスは、沢山の戦争と抑圧のせいで、国家の矛盾が浮き彫りになった。それが、フランス革命へと繋がった。領土や宗教の問題から、ドイツなどとの争いが目立っている。

読んでいると、ドイツが悲惨だ。戦争で荒廃して、人口が激減している。

どこの国の王も悪い。宗教戦争では、沢山の犠牲を出して、新教徒を殺す。一番悪い。

本当にドイツより悪い。モンゴルのチンギスハンも悪かったが、王には大虐殺と戦争と弾圧しかない。チンギスハンは、虐殺につぐ虐殺で、世界中を殺しまわっている。

ものは、多様性で、独自性で、応用だ。そういう、命題的、法則的なことを言う。

それから、数学的なことを分かっていた。ものが部品で、関係からシステムを構築すると言っていた。そういう、数学的な賢いことを言っていた。

チンギスハンは本当に悪い。殺すのを悪いと思っていない。軍事的な天才だが、一番悪い人間だ。いくらでも悪いことを言う。本当に悪い人間だが、モンゴルの王だ。

この世界は、諸行無常だ。盛者必衰だ。王なんか、すぐに滅びて、負ける。王は悪い。王なんか、キモイだけだ。キリストが正しい。本当に弱者の方が天国に行ける。王なんか要らない。王は、本当に、キモイだけだ。

一番辛い時は、辛くないから、止まっていなさい。

死ぬのが怖いだけだ。

動きながら、止まっていなさい。あるいは、止まりながら動いていなさい。

何も出来ない方が治る。その、何も出来ないを、悪いと思えば治る。

自分は、皆を破滅に導いているだけだ。それをもう止める。

残酷な天使のテーゼのように、少年が神話になった。

方法、学習、人間の因果性をモデルにした。

支配、合意形成、意志、環境、組織をモデルにした。

社会の多様性と目的を考えた。

兵隊のように戦った。世界を滅ぼさず、支配して良くする、責任感のある王だった。

滅ぼせるから、滅ぼしている。滅ぼして良いわけが無い。

滅びてはならないから、こういう風になる。滅ぼしてはならない。

個人の成長を考えた。社会の段階的な発展とともに、成長のことを書いていた。

哲学的な真理を知ると、知性がつく。

確認しすぎるのは良くない。忘れても覚えている。忘れて良い。

気分転換をすれば良い。車が楽なのは、常に気分転換をしているからだ。

一番辛い時は辛くない。そういう風になるのが精神だ。怖い人間が多い。

支配するなら、ここまで辛いのは当たり前だ。だから、自分が一番良かっただけだ。

王は悪いが、王には何もかも全部ある。

歴史の本を読んだら、仏教の本、西洋哲学史の本、地理の本、政治経済の本を読みたい。

英単語をやった。

今日は、農作業をちょっとやった。玉ねぎを植えただけだ。

戦いながら、書けば良い。こちらはそれで出来る。出来ないとは言うが、出来るわけがないようで、神をきちんと信じれば出来る。それこそ、宣言すればこうなる。

勉強しながら書くのが良い。それは難しいことではない。数学が分からないと出来る。

昔は、メタ的に考えて、並外れた洞察力があった。それこそ、昔も昔で難しい。出来ないどころか、実地的に考えて行けば、誰でもああなる。数学は分かった方が良いが、数学ではない曖昧な領域を良く考え、良く知れば、誰でも出来る。昔は出来る人間が多い。

こちらをやるのは難しいが、きちんと戦えば良い。狂っているように見えて、そのままでまともになった。こちらもこちらでまともな普通の人間だ。

思考し、書くこと。コンピュータを知っていくと、必然的に経験豊かな人間になる。そのまま、狂って戦っている。必然的に、こういう何も出来ない人間になる。

そういうわけで、昔は簡単だ。きちんと正しく考えれば、そういう経験論の哲学者になる。こちらも難しくは無い。それが大学で歴史と哲学を勉強しているだけだ。

こういう人間は、普通に多い。本を読むと人生が分かる。その本を書くのが難しいだろう。誰もここまで文章を書かない。それこそ、考えて分かるのが難しい。

昔は、認識と仮定の論理学で、数学と科学を作っただけだ。

最近は、ドイツみたいな知性で全部考えて分かっている。

簡単に、文章を書く以外は誰でも出来る。文章を書くのだけが出来ない。

それは、戦って書かないと出来ない。それこそ、これよりもっと賢い文章を書けば良い。

神と対話するのも出来ない。昔ブッダのように悟っていたのが難しいと思う。

認識や存在の可能性を考えるのは誰でも出来るが、それくらいで充分だ。

あとは、昔コンピュータのことを知り尽くしていたのが、難しいと言えば難しい。

会社で出来る人間が多いとは言うが、会社なんか何も出来ないだけだ。

本の出版が難しい。そんなに国を作って考えるのは簡単だ。人生は誰でも分かる。

あとは、ネットでもすれば良い。それこそ、経験豊かなネットが代わりにある。

あまり自分と同じことをする意味が無い。悲しさや辛さを分かち合えるのなら、充分だ。

人生の発見や、経験、何をいつ分かるか、などを、カントやヘーゲルのように考える。

最近の哲学が、本当に難しい。それは無い。明らかに、初歩の初歩しか分かっていない。

歴史も歴史で難しいとは言う。文章をそこまで書いて、神と対話する意味が無い。

もっと別のことをした方が良い。

そろそろこの世界は滅びる。一番辛いのが辛くないのが分かると、すぐに滅びて終わる。

ただ、それでもう、何も滅びなくなる。辛いのが終わる。いつもの世界に戻りたい。

昔、人間の前提条件や理由を考えて、試しながら経験を考えたのは、誰でも出来る。

宇宙人が見える。もう、宇宙人が終わった。

僕はバロック音楽が好きだが、バロック様式の芸術は、建築など、絶対王政の時代のものであるらしい。ソフィーの世界にも書いてあった。ルネサンスはバロック様式になって、ロココ様式になる。そのまま啓蒙主義になって、ロマン主義になる。

ルネサンスの有名人はダヴィンチ、バロックはバッハ、ロマン主義はゲーテだ。

ゲーテの若きウェルテルの悩みはロマン主義者のバイブルだったとされているが、ゲーテ本人はロマン主義には批判的だった。良く知らないから、間違っているかもしれない。

ゲーテはロマン主義ではないかもしれない。教科書には、古典主義だと書いてある。古典主義は、ロマン主義の前の思想だ。だから、ゲーテの影響でロマン主義が生まれている。

17世紀は、科学の世紀でもあった。ニュートンなどの科学者が生まれている。

ウェルテルがロマン主義者のバイブルだったのは、ソフィーの世界に書いてある。結構、そういうことを色んなところで知っている。物知りに見えて、本当は何も知らない。

最近は、いつも言っていたことをまだ言っている。宇宙観の歴史とか、実地的に社会のことを考えるとか、ネットで社会や人間のことを知ったとか、いつも言っている。

それらは、最近分からなくなった。最近本当に何も分かっていない。

歴史は、あとは、イギリスの市民革命を読んで、アメリカの独立、フランス革命、産業革命、19世紀のフランスなどでの革命を読めば良い。まだ読んでいない。

あとは、政治経済や数学のことをしたい。時事ニュースを読めば良いと思う。

社会主義は、産業革命と帝国主義に対する逆の提案のようなところがある。

国民を平等にして、会社や工場を皆のものにする。

だが、マルクスの思想も色々とおかしなところがあるし、実践も間違えたところが多い。

だから、理想は日本だ。アメリカやソ連は、何も分かっていない。

昔は、フッサールのように、認識や世界や人間のことを全部捉えて分かっていた。

そういう哲学者が、フーコーやハイデガーのように多い。

ネットのせいでそういう人間になる。ネットは誰でもそういう風になる。

今の方が賢い。最近はまともだ。そういう風に、狂った人間になるわけがない。

ロックなどの経験論は、視点を変えて見ただけで、本質的には現象学と同じものだ。

昔は、現象学的に経験論を考えただけだ。それで実存主義が分かっていた。

認識も経験も同じだ。ただ、そこにあって、無いように見えて確かにある。そういう風に考えていた。だから、サルトルやハイデガーは、何も分かっていない。

それがカントのように考える。根っこのところでは全部同じなのが哲学だ。

シェリングが言うような、同一哲学や世界精神も、本質的には同じだ。ヘーゲル哲学も、きちんと考えれば、全く同じものなのが分かる。何もかも、存在と現象を考えるだけだ。

カントも同じだ。経験から認識を考えて、前提条件を知る。デカルトぐらいが違う。

これを見ると、哲学者は狂っているように見える。

だが、アリストテレスやベーコンのように、まともに分かっている哲学者も多い。

やりたいならロックとヒュームをやれば良い。だが、そこまでしない方が良い。

哲学は狂っている。狂人の学問だ。

世界史は、内容がそんなに何も無い。世界全部合わせても、大して何も起きていない。

あとは、革命と民主主義と産業の高度化の内容が多い。それくらいが世界史だ。

昔、哲学なんかしていない。経験論やヤスパースは、普通、普通に生きていれば誰でも分かる。ちょっと考えれば、シェリングなんか誰でも同じだ。そういう人間だった。

こちらが哲学だ。哲学者を図鑑のように全部知った。歴史も知っている。そのうち、政治経済や地理や数学も覚えれば良い。簡単だ。こういう風に書けば良い。

書いているのが賢いから、普通の人間より賢い。こういう人間が大学に多い。

色々考えた。考えて科学を作っていた。心理学者の数学者のようだった。可能性を決め直すことと、基礎を作ることで、まるで孔子のように分かっていた。

結構賢い科学者だった。いつも、そういう人間だったのが自分だ。ただのパソコンだ。

あとは、環境と意識で分かっていた。自由から社会のことが分かった。環境だけで宇宙のことを全て分かっていた。色んな実地的な思考をして、人間のことを全て掌握していた。

環境の適応と思えば出来る。あとは、可能性を信じて分かっていた。

そういうわけで、サルトルやハイデガーなんか、しない方が良い。それくらいの馬鹿だ。

良く考えると、ネットが賢かった。文化的な交流の場として、豊かな哲学者を生む、土壌のようなものがあった。だから、ネットは悪くない。賢くなるために必要な環境だ。

ネットで色んな経験をして分かったせいで、今でも分かっている。

最近の方が賢い。最近は悪くない。馬鹿で、知性が無くなって、分からなくなったのは、普通の人間には何も分からないからだ。

賢い人間は、分からない人間が多い。分かっても、普通の人間なんか、2ちゃんねるだ。普通の人間は何も賢くない。無視した方が良い。

経験論は、本当にやると賢い。ロックが分かっているせいで、神みたいに分かる。

ただ、哲学は止めた方が良い。哲学の基本的な考え方が分からないのにするのはおかしい。昔分かっていたとは言うが、何も分かっていない。普通、大学で分かる。誰でもきちんと考えると、カントやヘーゲルなんか、誰でも同じだ。それが昔の自分だ。

考えるだけではなく、経験しなければ分からないこともある。

そういうことを言いたかったのかもしれない。そういうことを、普通経験と言う。

それこそ、信じるしか出来ないものは、間違っている。疑って、実証するべきだ。

最近、それは間違っていることが分かった。神は、何故か確かに居る。それくらいで、もう分かっていない。神を信じると、分からない人間になる。信じない方が良い。

誰でもカントと同じで、ロックは誰でも分かる。そういう発想が哲学だ。どうでも良い。

自分は、もうカントは終わった。そういうものは終わったから、違うことをすれば良い。それこそ、ヘーゲルもロックももう全部終わったのが分かっていない。誰でも、高校時代カントやロックみたいに分かる。ヘーゲルなんか、普通、どこにでもいる賢い人間だ。

だから、ヘーゲルは結構賢い。きちんと一番賢い人間が書けている。賢いのが哲学だ。

昔は、実体験、影響力、価値観のように、本当に社会を見ながら考えて分かっていた。

テレビを見ていると、イスラム教徒はクズだ。フランスに居るのはおかしい。

イスラム教徒は、ここまで悪い。イスラム教徒はおかしい。

もっと思い出せば分かる。そうすると、色んな人間と関わり合いながら、多様な環境を知ったように見える。物理的に、メタ的な論理学のモデルを作っていた。アリストテレスのように、全ての科学をもう一度最初から作った。そういうものが、自然と分かっていた。

デリダと思えば良い。脱構築と思えば賢く見える。そういう人間だった。

そして、経験論は、経験に裏付けられた、本当に賢い経験論を作っていた。

そうでもない。あれは、馬鹿過ぎただけの2ちゃんねるの経験論だ。

そろそろ、皆を分からなくして、分かるのも終わる。もう全て分かった。

この文章は、分からなくしているだけだ。

何もかも、もう一つおかしな方を取って、分からなくしている。

神との対話のように、正しく考えれば分かる。人間関係や社会を可能性だと思えば良い。

自由とは何なのか、正しさや賢さとは何なのか、のようなことを考えれば良い。

何も分かっていなかったが、人生の方向のようなものが見えていた。

経験から、自由になった。何でもかんでも自由になって分かっていた。

要は、哲学は分からない方が良い。哲学を分かると、分からなくなる。

相手の視点を考えて、相手がいつどんなことをするか、自分がして相手が見ると何を思うか、などのようなことを漠然と考えていた。

それ以上は、ネットの実体験から分かっていた。

皆、もう治る。

あとは、経済学を作って分かっていた。最近の経済学の方が賢い。昔は、ネットを良く見ていたために、自然にそういう経済学を作っていた。経験から分かっていた。

あとは、心理学的に、社会の形成のようなことを分かっていた。

昔から、良く人間を支配して分かる。

自由な中で出来ることや経験することを全部考えていた。

自分はおかしい。分かるわけがないのにまだ分かっている。

昔は、馬鹿を馬鹿だと思って分かっただけだ。それが分かると出来る。

誰でも、馬鹿を全部分かれば分かる。馬鹿の中にも賢いものは多い。

そういう風に分かれば良い。

最近は、皆賢くなったせいで、分からなくなっている。自分のせいで皆賢くなった。

そろそろもう分かる。

学び取ること。色んなことを学び取れば、きちんと分かる。

馬鹿なものは馬鹿だ。そこが分かると分かる。

最近は、キリストみたいなありえない体験が多かった。不思議と、覚えていないようで、それは覚えている。

昔の自分は、いつも書いているから、分からなくて良い。分かるなら、こうなる。

賢い人間はこういう風になる。

ライプニッツのモナド論や、パスカルなどは分かっていない。あとは、フッサールもそんなに何も分かっていない。そんなに分かる意味が無い。

大学はつまらない。昔から、キリストのように、全て自然に分かっていた。最近は、そういう人間が多い。賢い人間は、自然に、自分のしていることで分かる。それが賢い。

こういう風にすると、賢いものが何なのか分かる。一番賢いのは、この文章だ。二番目に賢いのは、他の家族、特に父親だ。三番目に賢いのは、本だ。百科事典が賢いのが分かっていない。親の買った百科事典は、賢いのに見ないのが悪い。

何故か、百科事典が賢い。百科事典に全部書いてある。

書いているのや、父親などは、賢いからそのままで良い。そのままで楽にする。

一番辛いのは神で、二番目に辛いのはテレビやネットで、三番目に辛いのは色んなところへ行く外出だから、それらは無い方が良い。家で百科事典を見ていれば良い。

何故か、父親が賢い。最近、本当に全部分かっている。自分より賢い。

意味が無いから、自分はこんな文章を書く。

もう終わったから、神を止めた方が良い。神は賢くないが、ここまで付き合った。そろそろバイバイだ。神にバイバイして終わりだ。

百科事典でペルシア帝国を引くと、きちんと書いてあった。

書いているのが賢いから、このままにした方が良い。あとは、何か賢いものがそこらへんに無いか考えれば良い。神はもう要らない。普通に賢いものがいくらでもあるのが家だ。

何故か、フロイトの精神分析入門すら、親が持っている。方法序説や純粋理性批判も、父親がいつか持っていた。ドストエフスキーもある。賢いのが親だ。

神が居なくなって、もう治る。これ以上、分からない方が良い。

ゾロアスター教の項目はあまり書かれていなかった。善の神と悪の神ぐらいの紹介が書いてあった。ソ連の項目は、本当に沢山書かれ過ぎている。書かれ過ぎて、分からない。

百科事典を読んだ方が良い。それで、もう学者に見える。

ただ、そういう内容を、明日になると忘れる。それこそ、忘れてしまえば良い。

ゾロアスター教の経典は、アヴェスタと言う。検索すると、Wikipediaもかかる。

百科事典は、本当に覚える。きちんと分かる。不思議と、百科事典以外のものは、覚えない。これで賢い作家になったが、もっとまともに考えた方が良い。

ロックが言っているように、全ての認識は経験から生じる。そういう風に考えれば良い。

哲学は、もうしない。何も賢くない。歴史は、学者ほどに出来る。

もう、働いた方が良い。それこそ、働いた方が賢くなる。働かないと悪い。

もう学者になったとは言うが、世界史の本はまだ最後まで読んでいない。きちんと読む。

神の言っていた、イスラエルで普通の共産主義をやると言うのは、今の自分のことを言っている。そのまま、スペイン語圏で教授になると言った。学者になった。

山川の世界史を見ていると、本当に馬鹿だ。わかる本の方が、本当に良い。

昔は、本当に、演繹法と帰納法ぐらいが多かった。経験から物理的に考えていた。

自分は、このまま作家になる。

不思議と、これ以上、昔の自分が分かる。

昔の自分なんか、ネット以外何も分かっていない。あれは、何も分からなかっただけの人間だが、経験して、色んなことを考えた。

昔は、経験して、人の話を聞いて、自由に考えて、理解と精神を作って分かった。

まともに分かる、カントのような人間だった。

自分は、当たり前にこういう人間だ。そろそろ、学者も出来る。ラファエルは賢い。

ガブリエルとミカエルが居ないと悪い。それらが居ないと、馬鹿に知っただけに見える。

だが、どれもそれだけなら賢い人間だ。三人居ると、キモイだけだ。

自分を2つに分けるだけだ。推論と判断に分かれた。そういう人間が自分だ。

色んなことを知りながら、考え方と想像力を考えれば分かる。

経験を疑うこと。それだけでデカルトが出来る。説明するために、構造を作ること。それで、ニュートンも出来る。

きちんと実験して、仮説を立て、何故そうなるのか、きちんと正しく考えること。

本当の理由を知るためには、世界にある道と段階を知るべきだ。