日記に戻る | 2015年11月の日記に戻る

=2015-11-04=

あとは、目的と思えば、大人のように分かる。

社会には、社会的な目的がある。どうしてそうなっているのか、のようなことがある。

ものや人間にも、理由と目的がある。

がんは治らない。治るわけがないから、治さない方が良い。

精神がそろそろ治った。

精神は、体全体にある。

二人を、そのままにして、休ませれば良い。対話は、二人が交互に話しているだけだ。

そのままで休めば、頭が休めるようになる。もう辛くない。

昔は、客観視が多かった。哲学なんか無かったようで、こういう風に多かった。

全て分かっている、マスターのような人間だった。

いつも、段階的に経緯や経験を書いていた。そういう風に多かっただけだ。

インテリみたいな賢い人間を書いている文章が多かった。

学習、原因と結果、数学的な方法、システム、本質、自由、基盤、経験、などを言う。

工夫からものを作るとか、環境を変えるとか、行動には判断力が伴う、などと言っていた。

全ての治すを作っていた。

自分で経験しなければ、分からない。

環境の創造のようなことを言っていた。

受け入れなければ良い。

地下フロアのようなものを作って、ソーラー発電で農業をするなどと言っていた。

KOKIAが言うように、大きな困難に立ち向かう、強さを備えた生きる姿、のような戦いが多かった。戦って、頑張って、世界を救っていた。

もう、分からなくなって忘れれば良い。それで楽になる。

ネットのせいで、世界は滅びる。店のようなものが無くなって、ネットで買うようになる。

発想と理解は密接に結びついているとか、インフラは皆で作ることが出来る、と言う。

出来る人間にやらせれば良くなる。だが、王は馬鹿がやると悪い。そういうことを言う。

自由と環境のようなことを言っていた。

賢くならない方が、賢くなる。最近は、そういう人間が多い。

スヌーピーは賢い。50年も続いたのはありえない。

日本語は、「おかず」のような言葉がさらに多い。

昔の哲学者は、何も分からないのが賢い。プラトンは、分からないからイデアと言う。

わけが分からなくなると、それで普通の人間だ。

この世界があるということは、自分が存在していると言うことであり、他人が存在しているということは、自分が存在していると言うことである。

本当の真実は、自分しか居ない、と言うことに尽きる。

食べ物を吸収して人間が生きているとか、そういうことを分かれば分かる。

普通のことを分かった方が良い。それできちんと分かる。

認識とは、他人の経験の吸収である。

これで、正しく論理的に考えれば、哲学が出来る。自由から推論すれば良い。

自由、と思って、心理学や社会科学のことを推論する。環境や体験を、正しい見方、普通とは違った見方で考える。そういう風に書いていただけだ。

ハイデガーが言っているように、人間とは可能性であり、人生とは可能性の発揮である。

そして、全ては神の想起であり、神の回想であり、神の暗号であり、メッセージである。

そういう風にすると、哲学的に良く分かる。この世界を疑いながら信じているだけだ。

人間の真実と在り方を考えること。哲学は、普通そういう学問だ。

剣道部やパソコンを無駄とは言うが、無駄には見えない。楽しかったから、それで良い。

それこそ、ゲームは無駄ではない。今でもゲームの知性で分かっているはずだ。

本当に色んなことをした。学校の勉強も無駄には見えない。

本当に色んなことを考えた。何もかも考えすぎて、思考と信仰が疲れるようになった。

哲学は、沢山の社会と環境を経験すれば分かる。

社会は、時代によって変わるが、変わらないところもある。

昔の文章は、そういうことを言っていた。哲学者は、時代の中で生まれる、必然的な賢者であり、今からそれらを全員吸収し、体験することは不可能ではない。

そういうことを言っていただけだ。ソフィーの世界をいくらか読んで、そう言っていた。

社会主義は、もっと大量生産的な発想をすれば、新しいモデルが作れる。出来るだけ低コストで製品や農作物を大量に作って、ほとんど無料で配給する。オープンソース的だ。

サルトルは、実存は本質に先立つと言うが、そういう風に考えれば良い。

人生を構造的に成長や可能性から考えれば良い。それが哲学だ。

自分は、自由と人生と真実だ。その三人だ。そういうことを言っていた。

もう書かない方が良い。辛いだけだ。絶対に後悔するから、もう書かない方が良い。

要は、人間は自然に変わっていく。選択と参加で変わっていく。会社に入る前は、学生だ。そこでは、どんな風に変わっていくか、何を求めて変わっていくか、のようなことがある。実存主義的に考えると、人間は、自然に夢と葛藤から苦しみを乗り越えて進歩する。

サルトルは賢い。そういうことを言いたいのだと思う。

今日は、今からピアノに行く日だ。作曲をするから、面白いと思う。

サルトルは、それで自由を考える。自由を刑だと言っているのは、自由が好きだからだ。

今日でもう終わりにしたい。そろそろ、頭が辛い。何もかも破壊して消し去るのは、辛い。

夢や希望、苦しみや葛藤を考えれば良い。昔の自分は、そういう風に考えただけだ。

それが、実体験と経験から、この世界と人間のことが全部分かっていた。

サルトルのおかげで分かった。昔は、そういう人間だ。

あとは、時間、実存性、歴史、地域の違い、のようなことを考えていた。

今日は、ピアノが楽しみだ。作曲に詞をつけたから、見てもらうことにする。

あとは、相対的で論理的な方法と理由のようなことを分かっていた。物理のようだった。

皆が生きていると言うことは、自分が生きていると言うことだ。

世界があるとは、自分があると言うことだ。

存在は、いつまでもそこに存在している。

環境は、変えられる。

人間は、知ることによって変わる。経験することで分かる。

自分の人生が自分だ。

世界観が存在だ。

ニーチェのような、生の哲学が多かった。

コンピュータのような頭をしている。最近は、そういう、完成された機械の頭をしている。

ピアノに行ってきた。先生は、文才があると言った。歌って面白かった。

サルトルが賢いから、サルトルをしたい。人生の希望や絶望のようなことが分かる。

サルトル、世界史、ピアノ、英語をするのが良い。

物理や数学は、する意味が無い。証明の方法と、条件や集合、抽象的で自然な考え方だけを分かっていれば良い。それ以上、二次関数なんかしない方が良い。頭が馬鹿になる。

労働の経験と、環境の理解から、世界を変えられるのを分かっていた。

変化可能から、この世界の理想を分かった。

そういう風に考えないのがおかしい。最近みたいに世界を支配するのはありえない。

そういうわけで、世界を変えたいなら、真面目に考えれば良い。

経験や発想を真面目に考えると、本当にサルトルやブッダのように分かるようになる。

もっと色んなことを考えて、空想すれば良い。

サルトルをもう一度やる意味が無いから、もっと違った人間になれば良いが、きちんと分かっていないと何も出来ない。何かきちんと分かった方が良い。

ネットはしない。昔は、ネットをやって分かっていたが、それは悪い。馬鹿になる。

自分は、もう純粋に分かるようになった。色んな社会経験がしたいから、何かすれば良い。

世界を変えたい、何か出来るようになりたい、皆に教えたい、平和な世界を作りたいと思っていると、それですぐに分かる。

昔は、自分が出来るようになるのではなく、皆を出来るようにしたかった。

変化可能性や、独立可能性は、生産手段と同じだ。自然な可能性と助け合いも同じだ。

そういう風に、この世界を真実の自由の理想と論理から考えていただけだ。

世界を変えたい、本当に良い世界を作りたいなら、経験し、悟り、教え、築くべきだ。

あとは、存在や認識や場の可能性を、経験と学習から考えていた。

もう、残っていない。これで簡単に出来る。もっと人間のことを考えた方が良い。

皆の出来ることを、自分の出来ることから考えただけだ。他に何もしていない。

やっていると、誰でもサルトルのように分かる。

社会の可能性と構造を考えて、人生を考えただけだ。

もっと普通の文章を読んだ方が良い。色んな文章で、誰でもこういう風に考えている。

経緯と意図を吸収すると、存在が吸収出来る。そのような非科学的な哲学が分かっていた。

最近は、科学の構造を作っていることが多かった。自然科学や心理学を作っていた。

治すのが間違っている。治しても、辛くなるだけで、治らない。

地球や宇宙を作っていた。大陸、海、島、大気、砂漠、草原、山、川、町が地球であり、宇宙は銀河系や太陽系から物質や原子まで、段階的な状態と意識のレベルがある。

存在は、状態と意識である。生命は、プラットフォームと自立活動である。

物理学は観測の方法であり、幾何学と座標軸と次元であり、式と理論で全て分かる学問だ。

物理学は関係と単位から式を導き出すことであり、カッコを美しく閉じることであり、宇宙にある現象を全て知り、全て教え、全て理論的に説明することである。

それこそ、あとはあまり書いていない。それくらいを書きたかっただけだ。

物理は、仮説と実験から説明して考えれば分かる。いつもそういう物理的な考え方を経験と人生と発見から分かっていた。科学者のように現実の人間の心理学を分かっていた。

色んな人間を知って、スラムのようなネットを考え、そこから心理分析をして、社会の変化を全部知っていた。あまりしない方が良い。ただの匿名の2ちゃんねるだ。

こういう風に分かるのは、もう既に全部分かっているからだ。

ネットは要らない。ただ、引き篭もりが楽で、分かるためにあるのがネットだ。

そういうわけで、ネットは要らない。サルトルがネットなんかしていない。ネットは必要ないから、消した方が良い。昔を本当に見ると、イモムシみたいにキモイ。要らない。

昔の世界は、日本をまともに分かっているのに、キモイ。日本はイモムシだ。

あまりそういうことを言わない方が良い。昔のまともな理性はまともだ。成長して、自立して、経験して、思考することで、本当にまともに分かっていた。昔はまともな人間だ。

もう終わったように見える。

自分が一番賢い。この世界に勝っている。皆、何も分からない。

皆が馬鹿なのは、分かるものがどこにもない。何もかも馬鹿になった。昔は、機械からゲームまで、色々とまともに分かるものが多かった。それがオープンソースだ。

最近は、オープンソースも馬鹿だから分からない。昔、ネットで一番賢かったのがオープンソースだ。昔は賢く見えた。最近は、皆が馬鹿なせいで、意味が無いものに見える。

あとは、昔は知的障害みたいに馬鹿だ。キレるだけの馬鹿な人間が多かった。

昔の芸人なんか、価値のないクズに見える。昔は、自分も馬鹿だったから、馬鹿しか居ないのが誰でも分かる。最近が賢い。皆賢くなった。それは、自分のおかげだ。

人生を書いていた。いつも、変化可能と手段を分かる人生を書いていた。

段階的に賢かった。

昔は、想像力と経験で全部日本のことを分かっていた。ネットでまともに分かった。

最近は、そういうものが全部無くなった。

最近は、ドイツだ。イスラエルの王のように、そこまでして分かっている。

何故か、宇宙の全てを創造していた。

そして、今は、知識を吸収して、デカルトのように大学を分かっている。

昔は簡単だ。誰でも出来る。最近の方が難しい。信仰と大学をそこまでやるのは難しい。

出来る人間が多い。これくらい出来ないと、話にならない。それは言いたくない。昔は、そこまでの馬鹿だった。昔の方が賢かったのに、今の方が馬鹿だ。

あとは、環境や人格や秩序のようなことを言うだけだ。そういう人間だった。

文章は、経験と有用性と制度のような自由な思想を書いていただけだ。

もっと世界を良く見て、観察していると分かる。

見ていると、ゲイツが悪いだけだ。

学校は、役所と教育委員会が悪い。本当にそれらが悪いように見えて、テレビが悪い。

テレビは馬鹿だ。見ていると、狂っているだけで、知性が何も無い。

僕は、それらが嫌いだ。むしろ、本当にマイクロソフトが一番悪い。

マイクロソフトには、技術力がある代り、社会的な責任が重いのが分かっていない。

どうでも良い。それこそ、オープンソース陣営の方がさらに分かっていない。

親が教師だからあまり言いたくはないが、学校の教師も悪い。子供を、何も出来なくして、洗脳して、馬鹿にしている。馬鹿なことをすべきだと教える。賢いことをするなと言う。学校は一番悪い。そういうわけで、学校が嫌いになると、自分のようなニーチェになる。

いじめっ子も嫌いだが、いじめっ子は悪くない方が良い。仲良く出来なかった自分が悪い。それに、いじめっ子なんか、ただの子供だ。子供だから、自分も同じだ。

キリストが言っている。敵や迫害者を愛せと言っている。昔から、自分が一番そういう風に賢い。賢い人間だから、ここまで分かる。そういうわけで、キリストは信じた方が良い。

あとは、もう何も無い。終わっただけだ。

右翼の方が良い。これで右翼しか居ない。左翼は間違っていない。いつかソ連になるべきなのは、右翼でも分かる。ソ連は色々と欠点だらけの不完全な国だが、良い理想があった。

そういうわけで、こういう良い人間が自分だ。

今見ると、キモイだけ、本当に良い人間に見える。良い人間の方が良い。

日本が好きな方が良い。これで日本が好きならまともな人間だ。

フランス人が見ても、日本史はフランス史と同じだ。進んでいるからフランスの方が賢い。

むしろ、ソ連より日本の天皇の方が賢く見える。明治憲法が賢い。色々と、天皇の行動規範は決まっているし、組閣なんかきちんとしている。選挙もしているはずだ。

ソ連は賢くない。マルクスの理論はおかしい。全て止まった世界を作っているだけだ。

ただ、天皇が日本のことなんか、何か分かるわけがない。

ソ連と同じだ。スターリンがソ連のことなんか、何も分からないのに計画経済をしている。

本人が出来るのがありえないが、北朝鮮みたいな単純な国にしているだけだ。

スターリンは、すぐに破たんしたが、スターリン本人が見ても、ソ連は悪いだけだ。

民主主義の安倍の方が良い。安倍はきちんと分かる。

いつも、宇宙のことを全て創造していた。

宇宙のシステムからユダヤ人の歴史まで、全部創っていた。

天皇には、きちんと宰相が居る。コルベールやビスマルクと同じだ。

それこそ、ソ連はおかしい。

スターリンが破たんするのは当たり前なのに、分からない。

要は、スターリンは何もしていない。共産党の決めることにハンコを押しているだけだ。

愛国心ぐらい、あった方が良い。

フランスが日本より進んでいるとは言うが、明らかに一番進んでいるのはギリシャだ。

そうすると、中国やインドも進んでいるところが多い。特に、ブッダが進んでいる。

日本は、仏教の国だ。ハイデガーなんかよりももっと早く、宇宙の真理を悟った。

そういうわけで、進んでいると言うとおかしい。

それに、江戸は天下の百万都市だ。世界で一番進んでいるのが江戸時代の江戸だ。

良く分からない。ハイデガーの方が馬鹿にしか見えない。

科学者は居ないのは、要は、日本はこれからの国だ。科学技術は、今一番高いだろう。

そういうわけで、これで本当に日本が好きだ。

むしろ、ソ連は、マルクス、レーニン、スターリン、全部馬鹿だ。賢く見えて、どれも一番悪い。そういうわけで、共産主義は馬鹿な集団だ。何故か、それらが一番人間を殺す。従わないものを皆殺すだけが、全人類の平等だ。一番悪い。

日本を遅れているとは言うが、中国が進んでいる。中国の文化は本当に一番古い。

最近の日本が一番進んでいるようにしか見えない。江戸時代馬鹿だっただけだ。

江戸時代の文化は、独自性が強すぎて良いだろう。まともな安定期だ。

最近の日本は、過度期が終わって、既に安定期になっている。

それに、漢字が古い。むしろ、孔子が何か賢いように見える。ヘーゲルなんか、何も賢く見えない。ナポレオンが賢いのは分かるが、キリストなんかただの馬鹿だ。

日本と西洋を比較するなら、日本には和の文化がある。白人は、自由な文化がある。白人は、奴隷にして支配するが、日本人は、仁義を重んじる。中国人は、仁徳がある。

ソ連は、要は、分からなかった。本当に、破たんしないように見えた。

むしろ、スターリンが共産主義ぐらい、きちんと分かっている。

こういう風に分かっているように見える。

日本の方が悪い。同時期の日本なんか、外国の利権が欲しいだけだ。

どの国も、列強は植民地政策しかしない。マルクスとソ連は、地球人全員の希望だった。

日本は、遅れているようで、中国が進んでいるから、それで賢い。

今、古代中国のところを読んでいる。まだあまり読んでいない。

むしろ、本当にソ連はおかしい。レーニンを偉大とは言うが、ロシア革命で何をしたのか、良く知らない。何もしていないように見える。カリスマとは言うが、皇帝の権力と戦っただけに見える。明らかに、それは悪い。党のボリシェヴィキが何か活動をしていると思う。共産党だから、非合法活動をしているようにしか見えない。それは一番悪い。

ソ連なんか、考えない方が良い。恐怖に包まれた地獄になる。

右翼の方が良い。フランスは、植民地を文明化と言うが、それはおかしくは無い。黒人を白人が賢い文化にして、文明を与えてやっている。黒人が見て悪いが、黒人は馬鹿だ。

ソ連は、ソビエト体制をしたかっただけだ。そこが賢い。きちんと共同体だ。

ソ連は、賢いと言わない方が良い。日本の方が本当に賢い。

むしろ、社会主義より民主主義の方が優れているようにしか見えない。

アメリカや民主主義は、それこそ、文句なく賢い。社会主義に執着する意味が無い。

そういうわけで、アメリカは賢い。だが、賢いわけがないところもある。悪い、低俗で怖いだけの音楽が流行っているし、ネットは馬鹿すぎるだけだ。アメリカは、馬鹿だ。

レーニンは、何もしていないように見える。良く知らないが、たまたま勝っただけに見える。指導者でカリスマなのは分かるが、そんなに賢く見えない。死ななくて良かったように見える。ただ、共産主義者は、殺すしかない。昔から、一番悪いのが誰でも分かる。

自由と民主主義が良い。

自由と民主主義が平和だ。国民が判断すると、平和な国になる。

テレビは悪くない。テレビの自由だから、テレビは好きにして良い。

テレビの自由な権利を強制的に奪うと、一番悪い。

だが、テレビも馬鹿すぎて悪い。内容が馬鹿だ。それは、自由に批判すれば良い。

ただ、自由は悪い。テレビは皆を馬鹿にしているだけだ。自由が一番悪い。

それでも、自由はあった方が良い。それこそ、テレビの自由は守られるべきだ。

そういう風に分かると、自由が分かる。言論の自由や表現の自由は必要だ。

中道を良いとは言うが、中道には何も出来ないところがある。

最近、自由は居ない。明らかに、インターネットは自由過ぎる。見ていると、何も分からなくなる。自由には、こういう、知性のある分かる人間が居ない。自由は分からなくなる。

昔は、自由な権利を尊重して分かるだけの人間だった。そういう人間は、居ない。

ファシズムは悪くない。左翼と少数民族が悪い。ユダヤ人なんか、おかしな宗教民族だ。

ソフトウェアを作る自由や、会社を作る自由ぐらい、あった方が良い。

教育を受けられる自由も必要だ。

共同体を作る自由も、おかしくは無い。

だが、自由は悪い。テレビを自由にすると、悪いことをする。

自由なんか、ただ悪いことをしたいだけだ。

昔は、そういう風に自由な権利で分かっていた。権利を尊重する自由を考えていた。

もう一つ何かを言いたかったが、忘れた。そのうち思い出すだろう。

子供には、影響力を与えるべきだ。それが一番自由だ。

昔は、一つ一つ自由を考えて、作用、行動、経験を積み重ねただけだ。

そういう風に、何をして良いのか、何をして悪いのか、考えれば分かる。

法律に違反することは、しない方が良い。

自由を尊重すべきだ。テレビや会社や学生の自由は、あった方が良い。

そういうわけで、キリストを信じると分かる人間が多い。

昔は、狂っていたが、意識で分かっていた。そういう風に、狂うと分かる。

あとは、合意と許可から、組織を作って参加することを自由だと思えば良い。

自由な給与を与えるのが賢い。自由な環境と組織を認めるべきだ。

だが、一方では、国が何かするのが賢いこともある。ブラック企業は、法律で会社を全部同じにすれば、無くなる。あるいは、嘘や騙すことを禁止しても良い。それがソ連だ。

それこそ、きちんと会社のことを公開して、悪事を白状すべきだ。

むしろ、右翼の方が良い。誰もユダヤ人を殺したりしない。戦争はするが、右翼は悪くない。虐殺なんかしない。

右翼のキモイ点は、一人だけで全部するようになる。いくらでも実行する。それが一番、無責任で滅びる馬鹿な国になるのが分からない。変化しすぎるのも悪い時がある。

キリストが良い。キリストの通り、自分から弱者になると賢くなる。人生で、一度は弱者を経験するべきだ。それが一番、天才みたいな偉大な人間になる。

あとは、自由と言う言葉で、この宇宙を全部表現していた。

全て作っていた。自由な可能性や制度、重力や食物連鎖、人生や協力などを、全部、自由と言う言葉で考える。

この宇宙を表現して、この宇宙を創造した。

言葉は、むしろ、ここに書いたような言葉では無く、真理のような、振る舞いのような、可能性のような、社会の創造と可能態のような、普遍性のような言葉だった。

何がいつ生まれるか、から、生まれるかもしれない可能性のようなことを考えていた。

モデルと実際から、自由な活動を分かった。認識や変化の範囲などを考えていた。

発生の可能性、生まれるかもしれない可能性を、全部自由と言う言葉で考えた。

何かが何かに取り得る可能性を考えていた。何かが、その時、何かになって、生まれる可能性がある。何かが何かになる可能性がある。そういう風に考えただけだ。

右翼はおかしくない。自分が一番、一人だけで全部やっている。

作家が右翼になるのは、一人だけで全部やるようになるからだ。

自分も、ソ連が好きなだけの、キモイ右翼だ。それは、悪くは無い。

チュールは自由で、トールはプレアデス星人の歴史で、ロキは自分が出来る機械で、ワルキューレは逆戻りで、フレイはがんを治しているだけだ。宇宙人がそういうことを言う。

自分は、右翼は嫌いだ。右翼なんか、キモイだけだ。左翼の方が好きだ。

だが、天皇の右翼なんか、何も悪くない。天皇は、ソ連より賢い。

左翼の価値観が良い。平等で、皆で決めて、全人類の理想郷を作る。

だが、これで共産主義者を良いと言うと、おかしい。本当に、完全な失敗作に見える。

そういうわけで、天皇の方が良い。むしろ、民主主義が一番良い。

本当に自由が良い。何を言っても殺されないのが一番良い。自由万歳だ。

昔は、生物学や自然科学や心理学や経済学のようなものも、自由で考えていた。

何でも自由で分かっていた。

足は、辛くなると治る。治りたいなら、辛くなる。

足は、ソ連を殺すとすぐに治る。ドイツも殺した方が良い。

ソ連が好きな右翼は、おかしくは無い。アジア人だから当たり前に見える。

全部自由で行動と作用を考えただけだ。何でも自由から考えていた。

出来るものにやらせるべきだ。そういうことを分かっていた。

むしろ、右翼の方が良い。本当に天皇が賢く見える。良く分からないが、ソ連は馬鹿だ。

昔は、自由な経験から分かる人間だった。自由が好きな左翼だった。

自由な社会から、戦って議論して分かっていた。何でも分かる自由な人間だった。

日本は、左翼に戻った方が良い。

左翼の価値観は悪くない。平等で、平和で、争わず、反抗しないのが良い。

右翼は悪い。創造性があるようで、支配して、殺し、戦って反抗する。

右翼は悪い。日本は、左翼に戻って、きちんと世界のことを全て分かるべきだ。

昔は、反抗的だったが、創造的で建設的な人間だった。

最近は、戦う代わり、神を信じて全て知っている、きちんとまともな良い人間になった。

それは、ヴィシュヌとシヴァに見える。むしろ、それは何も分かっていない。

オープンソースには、拡張性がある。ソースコードが公開されているせいで、ソフトウェアの実行内容を変えられる。GNUはそれを自由ソフトウェアと言っている。

だが、Windowsの方がさらに拡張性がある。それもおかしくは無い。

GNOMEがコンポーネントで、Debianがフリーなコミュニティのディストリビューションだとか、そういうことを昔全部分かっていた。ただ、開発の技術には詳しくなかった。

宇宙は何億年も前からある。人格を持った神なんか、居るわけがない。神とは、自分のことを言っている。イスラム教は、生みもせず生まれもしない神を信じているが、居ない。