日記に戻る | 2015年11月の日記に戻る

=2015-11-18=

アメリカのところを読んでいる。

何故か、世界史は虫みたいに見える。この文章を読んでいると、キモイ。

アメリカは、独立戦争でイギリスに勝利した。兵の数では負けていたが、士気が違った。

西部開拓で、人々は出身や宗教に関係なく、開拓を進めることが出来た。開拓者精神(フロンティア・スピリット)だ。

南北戦争で、奴隷制の廃止を主張する北部が、奴隷制を主張する南部に勝った。

もし、自由にしていたら、戦争はしなくて良かったかもしれない。それなら、南部ではまだ奴隷が残っていただろう。それこそ、アメリカは一度、南北の分裂状態になっている。

まだ読んでいないが、ナポレオンやチンギスハンは軍事的天才だ。そういう天才は、いつの時代もいる。戦争と軍隊のことをそこまで分かっている。相手が馬鹿だから勝てる。

昔の文章は、日本やヨーロッパを比較する、世界の文章が多かった。

ヨーロッパは記憶で、日本は説明である。

ヨーロッパは目で、日本は耳である。

ヨーロッパは個人主義で、日本は全体主義である。

ソ連やアメリカは新しいが、日本やヨーロッパは古い。ソ連は、全体主義だが、新しい。ヨーロッパは、個人主義だが、古い。アメリカは、新しくて、個人主義だ。

ヨーロッパは支配で、日本は調和である。

あとは、理屈に適うことを言っていた。

今日は、今からピアノだ。それに、英単語もしないと悪い。

今日は疲れたから、あまり何もしたくない。

平和や発展、自然状態、自然な可能性のようなことを言っていた。決まりを作っていた。

自由を全部考えて、言論の自由などを言っていた。

自由な社会を全部作って、発想のようなことを書いていた。

指導者は、全員のことを理解するべきだ。そして、経験し、分かり合うべきだ。

昔は、ソクラテスみたいな人間だった。

ネットで経験して、ソクラテスのように考えていた。

他人の視点になって、他人になったつもりで考えること。

この世界の変化の可能性を考えていた。

手段や、金のような、条件付きの努力と合意の方法を考えていた。

緻密に考えて、全部分かっていた。

マネーゲームは悪い。国全体をギャンブルにするありえない思想が資本主義だ。

だが、金は、合理的な、好きなものを好きなだけ買う、と言う思想と、報酬をいくらか与える代り奉仕する、と言う、条件付きの努力の思想として、優れた一面がある。

社会が発展し、賢い手段と、可能性の肯定的な、自然な考え方が出来る。

だが、格差が生まれるのはおかしい。公正な社会になるべきだ。

ただ、社会保障などの問題もある。弱者なんか、強者に比べて何も頑張っていない。

だが、強者はいくらでも金がある。そんなに大量の金があるのもおかしい。

そういう風に考えていると、資本主義のことも良く分かる。

会社は、奴隷だ。それこそ、資本主義は、奴隷を作るだけだ。それで儲けるだけだ。

イギリスは、世界に先駆けて市民革命を達成した。自由な社会を作った。一番進んでいる。

ヴォルテールやモンテスキューは、イギリスの議会制民主主義のモデルに影響を受けた、フランス革命の思想家だ。

まだ読んでいないが、イギリスは世界に先駆けて産業革命を達成した。イギリスと言う土地に、先進的な何かがあるのかもしれない。

アメリカをまだ読んでいる途中だが、それを読んで、フランス革命や産業革命、19世紀のヨーロッパの革命を読みたい。

英単語をやった。一日20単語は楽しい。

自由で分かる。昔から、僕は自由でしか分からない。ネットには自由で分かる人間が多い。本当に、自由な経験、ネットの経験、社会経験をしないと分からない。自由は悪くない。

ただ、自由は本当に社会を破壊しているし、アメリカなんか、フロンティア・スピリットがそのままアメリカン・ドリームになっただけだ。自由なんか、キモイだけだ。

そうでもない。自由は本当に良い。ネットには、自由で分かる人間しか居ない。

ネットが馬鹿なのは、日本だけだ。

アメリカには、まともにネットで分かっている人間が多い。

日本には、分かる人間は居ない。むしろ、ネットなんかただのクズだ。

世界の主導権は、イギリス、アメリカ、フランスにある。歴史的にそうなっている。そういう理由でつるんでいる。

ただ、ドイツ、ロシア、日本、中国は、まだ強い方だ。右翼やソ連も起きている。

おかしなイタリアや東欧のようなものは、本当に弱い。昔は良い地域だった。

イスラムも、昔から強い。最近は、本当にイスラムがまた勝っている。冷酷なのが悪い。

昔は、論理的に考えられる人間だった。物理みたいに、社会や人間のことを分かっていた。

最近、論理的に考えられなくなった。分からない。

論理的に考えられない、ただの馬鹿になっている。おかしい。

数学のようなことを何も考えないから、こういう馬鹿になる。

昔は、パソコンが賢かった。そのパソコンが悪い。パソコンのせいで馬鹿になった。

パソコンをせず、純粋に数学のようなことを考えれば分かる。

要は、社会に数学のようなものを適用するのが悪い。

数学は、厳密に、数で考えれば良い。論理的に社会を考えるのは、おかしい。

そうかなあ。昔は、論理的に社会を考えて、色んな生きる可能性や考え方のようなものを分かっていた。どんな社会を作るべきか、何をなすべきか、出来るか、分かっていた。

社会や人間の、意味のようなことから、真理を分かっていた。どんな社会で、どうなって、どうある時どうなるか、のようなことを分かっていた。

要は、そんなに賢くない。普通に社会学をすれば分かる。誰でも、社会をカントのように考えるのは、出来る。何故か、誰でも出来るから、分かる意味が無い。

昔は、前提条件や、意味、手段のモデルのようなものを分かっていた。モデルは、ただ構造を作るだけではなく、動的に生成して分かる、と言う意味がこめられた言葉だ。

それこそ、人間を哲学的に分かるのはおかしくは無い。ただ、あれは狂っている。

僕は、アメリカが怖い。アメリカが、本当に自分と同じように、馬鹿に自由で分かっている。そのうち狂って、認知症になって死ぬ。それこそ、日本はそこが同じだ。日本人は、見ていると、認知症に見える。アメリカは、恐怖に見える。何も変わらない。自由だ。

世界史は、もう止めた方が良い。フランス革命、産業革命、19世紀の革命は、きちんと読むから、もう書かなくて良い。書かずに読めば良い。それで良いと思うが、むしろ、まだ書いていれば良いのが分かっていない。書いていないと、寝ているだけになる。ニートに逆戻りだ。最近の作家が一番賢くて、一番好きだった。

だが、本当に辛いなら、休めば良い。本当に辛いなら止めた方が良く見える。

そのうち何か分かる。そのうち治る。

このままで良いと思えば良い。受け入れると楽になる。

論理的に社会を考えるためには、文章を読んで、会話をすること。何もおかしくは無い。

辛いとは言うが、最近何も辛くない。むしろ、楽しい。

要は、そのままで楽になった。いつも本当に辛かったのは、書いているせいで楽だっただけだ。そういう、今のところとりあえず楽なのが良い。そんなに終わっても意味が無い。

今日もピアノに行った。作曲を少しした。

あとは、明日は英会話教室がある。アメリカが怖いせいで、英会話教室にあまり行きたくない。

皆分かっていないが、アメリカは悪い国だ。それはどうでも良い。忘れた方が良い。

イスラム教には、財産を喜捨すると言う考え方があるが、そういう風に、宗教を自分で作っていた。イスラム教には、貧乏人が居ない。宗教で平等にしている。

昔は、そういうものを、自分の経験から、人生と社会モデルにして、自由と平等から考えて分かっていた。宗教や国をモデルで作っていた。

職業を宗教で決めても良い。会社、王、制度、法律などを宗教で決める。

そのための評議会や、聖書のような憲法、意見や議論を集める機関などを作っても良い。

あとは、神を増やせば良い。ユダヤ教の戒律は忘れて良い。

キリストを思想信条を守る神にして、ブッダを仏になる方法を学ぶ神にする。

ヒンドゥー教やイスラム教の神が居ても良いし、哲学者や科学者や自分を神にしても良い。

もっと、色んなことを考えていた。宗教を守っている証として、証明書のようなものを発行する。それを持てば、誰でもこの宗教の教徒だ。

国籍や言語などを宗教で決めても良い。この宗教の国を適当に作れば良い。

政府のようなものを作っても良いだろう。イスラム教は、そういう宗教に見える。

ただ、戦うのはおかしい。宗教で戦争を禁止すれば良い。それは、しない方がおかしい。

あまり左翼みたいにならない方が良い。それでは、共産主義と同じだ。

何故か、イスラム教は本当にそういう宗教だ。

神の教えを守って、仏の教えを学ぶのは良いが、イスラム教からは、礼拝のようなものを取り入れる。ハッジのようなことをすれば良い。六信五行と言う。

礼拝は、したくない人間はしなくて良い。豚肉や酒も、食べたい人間は食べて良い。

あとは、統一はしない。ヒンドゥー教を取り入れるなら、カーストを取り入れると悲惨だ。

全ての宗教の融和なんか、目指さない方が良い。

ユダヤ教の戒律を守らないのもおかしい。キリストだけが神な方が良いように見える。

ハッジとは、巡礼のことであって、礼拝のことではない。イスラムは、他に、ラマダーンやサウムと言って、断食のようなことをしている。何がしたいのか良く分からない。ありえない集団に見える。ジハードを悪いとは言うが、悪いだけの宗教だ。信じない方が良い。

ユダヤ人は、そういう風になるのを恐れている。そういう理由で、神を一人にする。ユダヤ人が、ユダヤ人で無くなるのが怖い。不思議と、自分のような人間がユダヤ人だ。

あとは、どうでも良い。ノルマを宗教で決めていると、共産党にしか見えない。非合法活動や暴力的なことをやるようになるから、止めた方が良い。カルトはそういう馬鹿だ。

むしろ、伝統的なキリスト教や仏教の方が良い。宗教を賢くするのは、馬鹿に自由だ。

アメリカをもう読んだ。今、フランス革命のところを読んでいる。

昔から、体得のように分かる。いつもデカルトのキルケゴールのように分かっていた。

英語が怖いのは、アメリカが怖いように見えて、終わるのが怖い。

今、それが治った。もう終わった。フランス革命を読めば、まともに終わりだ。

あとは、見ていると、仏教ぐらいしか賢くない。仏教の本の続きを読んだ方が良い。

政治経済も読みたいが、それはいつかで良い。まだ死なないから、出来る。

国民議会が人権宣言を採択したところを今読んでいる。近代国家の諸原理が明確にうたわれている。近代民主主義社会として、フランスが封建制社会を脱した。

人権宣言の良いところは、思想言論の自由だ。それでもう、王に殺されることが無くなる。人権宣言は悪くない。誰も、王や貴族に殺されたくなかった。それしか居ない。

ナポレオンはまだ読んでいないが、そのうち読む。それで、もうこの文章は書きたくない。

ナポレオンのところを今読んでいる。

革命とともにヨーロッパ周辺各国を敵に回したフランスは、恐怖政治の後に、諸国を倒して絶対王政の復活を阻止する、新しい指導者の登場を期待していた。

それが、ナポレオンだった。ナポレオンは、ヨーロッパの大陸制覇を成し遂げた。

フランスは、ナポレオンやその前の恐怖政治時代に、色んなことを決めている。

中でも、ナポレオン法典は、今の各国の民法に影響を与えた。

ナポレオンは戦争に連戦連勝しているが、それは、フランスの戦争目的が、フランス革命の精神をヨーロッパ各国に広めるためである、と言う、大義があったからだ。

絶対王政の抑圧を受けていた各国の国民は、ナポレオン軍を歓迎したと書いてある。

だが、ナポレオンには、独裁者的なところがある。

ただ、フランスの革命はこれで終わりではない。後の七月革命、二月革命に繋がっていく。それから、イギリスには産業革命が起こった。それらは読んだ方が良いだろう。

最近は、全部作っただけだ。社会から人間まで、全部作っていた。

そこが分かると出来る。宇宙や歴史のような大きなものから、感情や人格などの小さなもの、また、社会や人生のような社会的なものまで、全部作っていた。

そろそろ終わりだ。自分が一番きちんと歴史が分かっている。

こういう風にすれば良い。こういう風にすれば歴史が分かる。学校は、多すぎるように見えて、むしろ、多くは無い。山川の教科書なんか、多く見えて何も書かれていない。

今、産業革命のところを読んでいる。

イギリスも、スペインも、奴隷貿易が多すぎる。西アフリカや西インド諸島などに綿織物などのものを売りつけて、奴隷を代わりに得る。

産業革命は、そういう風に、莫大な富を得て、労働力を確保して行われた。

産業革命は、木綿工業から始まって、その機械化を促進したが、それが、蒸気機関の改良である動力革命へと進展した。

産業革命は、そのようにイギリスで発展した。

産業革命とは言うが、工場の機械や施設などを所有しているのは資本家だった。

囲い込み運動の進展や手工業の没落で、労働力が多量にあったため、産業革命の時代、労働者は低賃金で働かされるようになった。

自由とは、自分の好きなものを買えることである。

自由とは、自分の好きなように生きられることである。

自由とは、社会を皆の手で決められることである。

自由とは言うが、そういうことを適当に言っていただけだ。考え方のようだった。

あとは、システムを作るとか、具体性や抽象性、具体的な発想の自由のようなことを言う。

今日で歴史は終わりに見えて、まだ続く。政治経済はしないかもしれない。

環境を自由にして、意識と環境が自在に変化する、と言ったことを言っていた。

実際のところから、変えられる。

環境は、知と経験の土壌の共有であると言っていた。

基盤やルールから秩序を作り、場と視点を想定する。状況を推測する。

心理的な仮想の場から、推測して認識を考える。

存在の了承や超越のようなことが分かる。

環境を思い出しながら、意味と論理を考えて、仕事や労働の経験をして分かっていた。

頑張って、努力していた。それで宇宙のことが分かった。

フリーソフトを作りたかった。GNOMEの作り方は分からなかった。

歴史や真実を実存的に、経緯を考えて分かっていた。吸収と個別性を考えていた。

意識は環境に支配される。

相対性や、環境の内側と外側を考えて、離れたり近づいたりしながら分かった。

時に、精神から脱出することもあった。

思考の裏の思考、経験の裏の経験をいつも考えていた。

メタ的な論理学を作って、全ての論理と全ての知を把握していた。モデルと言っていた。

自分が出来るより、皆が出来るようにしたかった。

感情、感覚、場を、想像力と実感を信じて分かっていた。

信じること。これで神を信じれば良い。戦いは、そろそろ終わりだ。

戦争は、勝つまで戦えば勝てる。だから、弱小国でも勝てる戦争が多い。相手が降伏するまで、戦い続ければ良い。ただ、あまり戦いたくない相手は、すぐに負ける。

国だけではなく、会社組織も作っていた。提案や考え方のようなものを書いていた。

発想やシステムを本当に作っていた。

また、民族性や国民性のようなものを考えて、精神分析で前世になって分かっていた。

ドイツ人からロシア人まで、全部の人種を分かった。

そして、書く経済学と、治す心理学を作っていた。それくらいの人間だった。

怖くない。今日は、きちんと最後まで終わった良い日だ。

産業革命は、まだ途中までしか読んでいない。蒸気機関による鉄道の話が出て来る。

悲惨な世界になったのは、誰も悪くない。分からないまま悲惨な世界にした、全員が悪い。

だから、救うなら、自分が救うしかない。

思い出せば、治る。知性がつく。

存在とは、可能性、包括、超越、吸収、合一、了承である。

いつも、そういう風に言っていた。

認識とは、考え方、同一化、対象化、仮象、様相、像である。

そういう風に、考え方の哲学を書いていた。

思い出すと、もう分かっている。

思い出して知性がついて、治るのは当たり前だ。

人間には、記憶と考え方しかない。昔は、記憶を経験のモデルにしただけだ。

産業革命の蒸気機関によって、鉄道がイギリスとアメリカに生まれた。

舗装された道路、と言う発想は、この時期に生まれている。

昔は、心や意識を物理にして分かっていた。

最近、皆、自分になってまともになっている。自分になると、まともに賢くなる。

あとは、自分の数学のようなものを作っていた。

マイケル・J・フォックスは悲惨だが、自分は同じ病気になったように見える。

僕は、バックトゥザフューチャーは好きだ。昔から、あの映画が一番好きだ。

だが、どこでも、BTTFは馬鹿な映画だ。嫌いな人間が多い。

人間が行動する際に事前に考える、意図や前提の考え方を良く考えていた。

自分の手の内を見せず、意図を隠して、操って、支配して、戦っていた。

辛かった。だが、かえって良かった。

分かってもらうことを望まない方が、良い人間になる。

分かって欲しい人間は、馬鹿になって辛くなる。

自分だけで考えて、隠した方が、楽な人間になる。

戦うのは、色々と良かった。良い経験になった。

だが、そろそろ昔の自分に戻りたい。

そんなに苦しい中、立ち向かって戦いたくない。それが辛いだけだ。

自分でも自分が分からなくなった。もっと手助けや援助を求めた方が良い。

手助けを求めれば、皆助けてくれるのが分かっていない。

最近の悪い点は、奉仕するだけで、拒絶しなくなった。

奉仕するおかしな女になっている。おかしい。馬鹿なのにエロイ。

そういうわけで、拒絶すれば良い。悪いものは悪い。拒否するしかないものもある。

頑張って拒否し、拒絶すれば良い。

神を受け入れるのが辛い。神なんか要らない。

光を遮るのは、自分を守るためにかざした僕の両手だったとFLOWが言っている。

その通りだ。心を開いて、絶対の心を止めれば良い。絶対に勝つ心は要らない。