何故そうなるのかを考えれば良い。それで昔が出来る。
人間の心をモデルにして、物理的に実験と仮説で分かっていた。
経験と発想から、現実のものが変えられるのを分かっていた。
積み重ねとモデルから物理が分かっていた。
同じことを発想して、実感で分かっていた。人生で分かった。
戦争は、勝つと多額の賠償金と領土を取れる。軍拡して、さらに強くなる。
日清・日露戦争で勝った日本は、本当に強くなった。アメリカにも勝っていれば、世界で最も強い国になっていたはずだ。アメリカなんか、核兵器で勝っただけだ。
不幸なのはおかしい。幸せになるために、色んなことをすれば良いのが分かっていない。誰でも、行動しなければ、幸せにはなれない。積極的な行動が大切だ。
天使になった男が言うように、自分に許可を与えること。
日本は、分からない。何故か、おかしな国が日本だ。日本なんか、分からない方が良い。
今、自分に出来ることがある。それに気付いてほしい。気高く、行動的に生きてほしい。
いつも、友愛による共同体のようなことを言っていた。フランスの、パリ=コミューンのようなものを考えていたのだと思う。友愛から共同体を作るべきだと言っていた。
パリ=コミューンは、フランスの、史上初の社会主義の労働者政権だ。共同体だ。
賢いのに馬鹿なのがおかしい。リミッターを外せば良いだけだ。
昔は、歴史の発展や変化のようなものを、想像力で根源的に考えていた。
世界史をやる。日本史は、イレギュラーな歴史過ぎる。世界史をやって、きちんと文明がいかに発展してきたのかを知りたい。それは、ヨーロッパ史だけでは悪いかもしれない。
日本は、自然な文明の流れを無視して、いきなり高度に進歩する。
機械なんか同じだ。モノマネで、いきなり技術力が高くなった。
それは、悪いことではない。江戸時代、何もしなかった。やらない時は何もせず、やる時は一気にやる。それが日本流の発展の仕方だ。
そういう、文明の発展を良く考える人間が、昔の自分に多かった。
ヨーロッパ史は、キリスト教の歴史だから、日本人には分からない。あとは、産業革命と社会主義の歴史だ。フランス革命とその後の混乱は、民主主義からそのまま第三共和政になって、社会主義と帝国主義の争いになっている。教会や修道院など、日本人が理解するのは難しいところがある。
絶対王政から大航海時代や産業革命などの時代になった。フランス革命は、啓蒙主義と思えば分かるところが多い。絶対主義、ルネサンス、啓蒙主義などの時代が、ヨーロッパを駆け巡って、科学革命や産業革命の工場が生まれ、そのままそれが社会主義になった。
昔は、文明の発展のようなものを良く考えていた。
判断基準など、理想の人間像のようなものを考えていた。
もう、足は治らない。治せないのに、治らないと悪くなっている。足がもげたバッタのようになっている。殺すと悪いから、感じなくするしかない。
足は、固定すればすぐに治る。固定しないのが、一番辛い。
治るわけがないから、治さない方が良い。治すのが一番辛い。治らないのを受け入れて、いつまでも今のまま、永久に同じままで居れば良い。馬鹿なのは、受け入れれば賢くなる。
足は、もう治ったと思えば良い。もう終わったのが足だ。
昔は、オープンソースのような経済学を作っていた。自由で実地的な、マルクスのような経済学を作っていた。未来学者のように、社会の予測を分かっていた。
覚えていないが、経済学を作っていたことは確かだ。
具体的な社会や経済システムを考えて、手段や可能性や努力の経済学を作っていた。
それぞれの個性やアイデンティティのようなものを考えていた。
本当に覚えていない。それだけが抜け落ちている。だが、自分の経済学は多かった。
最近の経済学は、極度に社会主義になっている。もっと資本主義を考えた方が良い。
共同体のようなものを、仮定して、成り立たせて分かっていた。
相対的で実地的な経済学が、構造的で理論的な経済学になっただけだ。
オープンソースから、共有、助け合い、変化可能を分かって、手段を考えていた。
もっと、普通のことを分かった方が良い。
人間がいかにしてその人間になるか、現象や行動がどのように起きるかなどを、サルトルやフッサールのように、認識と自由を捉えて考えていた。
どのようにすればその社会を実現出来るかを考えた。
それぞれの構成員が、何を考えて社会の構成員になっているのかを考えた。
そういう、現象的で方法的な、形成と構築手段の社会学だった。
アメリカのように、影響力、有用性、自由、チャンスを考えて、社会と人生を分かった。
ニーチェのような、自由で冷静な人間だった。
あとは、具体的な社会を仮定して、仮想世界を作って分かっていた。
協力と場の存在から、集団と個人を分かっていた。考え方と発想と知恵で分かっていた。
この世界で何を実現すべきか、のようなことを、体験的に分かっていた。
そろそろ終わりだ。これなら、哲学者に見えて良い。全て分かっている。
英語は、昔多かった。昔分かっている。
あとは、社会を全くの無から考える。自然状態や生産条件を考える。全くの何も無い世界を想定して、この世界の成り立ちと形成を全部考えていた。そういう人間だった。
最近は、宇宙人と会話したりする。宇宙人は、原始生活をしていたり、会社のようなものがあったり、空飛ぶ自動車があったりする。おそらく、そんなものは居ない。
社会のようなものを心理から想定して分かった。それだけの人間だった。
ネットを見て、世界を知りながら、森羅万象のことを哲学者のように考えていた。
そろそろ、怖い部分が死ぬ。もう、誰でも昔が出来る。あまりしない方が良い。この通りすると、分かる代り、普通のことが分からなくなって、知性がつくようで、無くなる。そういう、パソコンのような考え方と知性が、この文章だ。
自分と一番良く似ている哲学者は、ヒュームだ。皆も、ヒュームをやれば良い。
見ていると、昔は、自然状態の生産条件以外、何も分かっていない。
良く考えると、教育のことや、皆の理解の延長線上にある知性の知識のようなことを、いつも考えていた。無意味な教育を無くして、大学をもっと体験的に分からせる、学校のようなものをいつも作りたかった。自分と同じことが出来る学校や国を目指していたが、それでも、自由が一番好きだった。自由で無いと、何も分からないと思っていた。
昔は、歴史の意識でこの世界を分かっていた。
見ても、馬鹿な人間に見えるから、分からなかった。馬鹿だと思っているが、賢い点は多かったようで、むしろ、多かったように見えないのが自分だ。
昔は賢かったから、仕方ない。あとは、世界観を知って、人生の発見をすることで分かっていた。モデルを作って、説明しながら、人生の真理と発見のようなことをする方法が良く分かっていた。昔は、それを認識の方法や本質や人間の本性と言っていた。
宇宙を知りたかった。哲学者のように、社会と人間など、知の属性を捉えて考えていた。
あとは、教育を民主主義の学校にすると、デューイが言っているが、自分の場合、子供に社会を構築させる方法を学ばすべきだと考えていた。
自分は、もう終わりだ。今日が一番分かっているから、今日もこれで良い。明日も書くしかない。いつまでも永遠に書いているから、ありえない。ただ思考しているだけ、楽だ。
自然法則や、人間の経験や認識のようなことも、全くの無の世界を想定して、無から考えると思えば分かる。昔は、そういう、本当にヒュームのような人間だった。
あとは、ネットを使いながら、経験と経験の伝達、意志の伝達や、言葉にすることで経験が分かること、などを考えていた。純粋感情と純粋経験から人生が分かっていた。
もっと思い出せば良い。意識と環境を自在に分かっていた。
理想のようなものを考えれば分かる。
環境を自由にして、社会を独立しやすくする。自由な理想の可能性を考えていた。
あとは、カントのような理性と考え方を考えていた。昔はそういう、賢い人間だった。
認識は、経験的である。そのことから、本当に沢山のことが分かる。
場と視点を意識で考えていた。
あとは、子供の学校のような、具体的な社会の形成を考えていた。具体例から仮定して、子供がどんな社会で生きるべきか、どうすれば真実と真理が分かるか、のようなことを、いつも考えていた。子供の社会の形成が本当に多かった。
あとは、もう無い。本当に、そろそろ他に無い。
合意による社会の形成のように、経験だけではなく、理性的に推論して考えていた。理性は全員に平等にあると考えていた。誰もが賢いことを前提に、自由を考えていた。
本質的に同じであることから、キリストのようにたとえ話で分かっていた。
昔から、手助けをして分かる。手助けを小さな者のためにしていると、分かる。
人生の知恵を、マスターのように分かっていた。天使になった男だと思えば良い。あのように分かっていただけだ。何も変わらない。
あとは、存在的な意識のように分かっていた。ハイデガーのように、存在の了承や超越から分かっていた。ただ、狂っているだけだが、それで賢い人間だった。
言語分析や、実存的な人間の把握も多かったから、きちんと現代哲学者に見える。
全て、経験から存在を分かっていただけだ。
哲学は、しなくて良い。もっと世界史のことをした方が良い。
日清戦争は読んだが、日露戦争はまだ読んでいない。そろそろ、日本史も終盤だ。
実存主義は、人間が事実どう存在するかを考える。
自由は、自らに由来するところを考える。
昔は、実存的かつ自由に経験や記憶や人生のことを考えていた。時間の中での場所と出来事の関係を考えて、未知と既知から経験の吸収を考えていた。
そろそろ、やることはもうあまりない。だが、まだ始まったばかりだ。ヨーロッパ史は、したかったはずだ。フランス史を読んでいると、植民地政策など、色んなことが分かる。
自由の中に実をつけることを考える。それは、建設的に考えれば誰でも分かる。
あとは、カントの言う、自由な因果性と自然な因果性の両立でも考えれば分かる。
そういう、自然的で作用的な自由のことをいつも書いていた。意志的な自由だった。
自らに由来する、と言う意味での自由から、それぞれの自由のことを考えていた。
きちんと分かった。オーズルは、哲学者になっている。普通の人間だが、右翼だ。
右翼は、悪くない。左翼もあまり悪くない。こういう人間は、馬鹿な良い人間が多い。何故か、こういう人間は本当に自衛隊に多い。普通、これで自衛隊に入ると、楽だ。
不思議と、こういう風に考える文章が多かっただけだ。
ヒュームのように自由をゼロから全て創って考える、ありえない自由な文章が多かった。
社会の決まりや認識の法則のようなものを、全部作っていた。
そういうわけで、そろそろ終わりだ。自分はもう分かった。昔は賢かった。
場や価値観のようなことから、本質のようなことを分かっていた。
言語は、普通に、記号的に日本語を考えていた。経験から言語を分かっていた。
意識は、社会の行く末とか、社会から社会が生まれるさま、のようなことを考えていた。
存在とは経験であると言っていた。
あとは、国際関係のようなことを、国家モデルと関係から考えていた。
あとは、いじめのようなことを考えていた。自由に抵抗して、戦うべきだと思っていた。それがおかしくなっている。それで狂っている。いじめには、抵抗なんかしなくて良い。何も出来ないから、無抵抗になった方が良い。むしろ、その方が本当に良い人間だ。
いじめに対抗すべきだと思うから、こういうおかしな戦争をする。
どこでも、いじめにはやり返せとは言う。それは良いと言うが、悪い。解決方法は無い。
昔から、自由になることで強くなっていた。だが、そういう人間がキモイ人間しか居ない。
キモくなくなれば良いとは言うが、それも悪い。キモイ自分をありのまま肯定した方が良い。不思議と、そういうまともな人間をいじめる人間は居ない。劣等感から自分を改善したり、やり返そうとしたりすると、そういうおかしな人間をいじめる人間が多い。
いじめは悲惨だ。学校はどうでも良い。自分が昔子供だったように、誰でも子供時代は悪い。いじめっ子も、自分と同じだ。悪い子供は、大人になって良い人間になれば、直る。
社会主義的なものは悪いとは言うが、あまり悪くない。
普段はライバルの会社も、時にはともに一緒に頑張ることもある。競争なんかしているより、協力して頑張った方が良いこともある。何故そうならないのか、不思議だ。
自分は、新聞の間違い探しが得意だ。7つの違いをすぐに見つけてしまう。他の家族がやると見つからないが、自分がやるとすぐに見つかる。イラストから差異を見つける力がある。
もっと、想像力で考えれば良い。想像力で考えると、分かる人間が多い。
不思議と、数学や物理は想像力がつく。昔は、そういう風に、数学的な想像力を使って、体験、学習、基盤、システム、活動、可能性、変化、自由のようなことを分かっていた。構造的に関係を考えた。
書いて忘れるのが悪い。いつも、書いてすぐに忘れる。覚えていた方が良い。
想像力から、行動、体験、経験、感情を、想定して考えれば良い。皆同じだと思えば良い。
何故そうなるのか、どうすればどう出来るのか、が基本だ。
心や精神のことを高みから考えれば良い。
認めることで自由になる。
生かされていることを自覚して、生きるものに対する仏の慈悲が分かる。
世界にある色んなものが、何故あるのか、何故そうなっているのか、何故そうするのか、何故そうすべきなのか、考えれば良い。
例えば、学校がある理由を考える。
考えるためにあるようで、歴史的に見ると、西洋に倣って作っただけだ。
国家から見ると、国家の存続のためにある。
人間を人間にしている、とも考えられる。子供をまともな日本人にしているだけだ。
意味のないことはしない方が良い。
人をけなしたり、批判したり、など、意味のないことはすべきでない。
未知を知りたかった。全ては未知であると考えていた。
聖書を見ると、ユダヤ人は自分を愛している。
高みに立って考えると、楽になる。心を高みから見つめ直すこと。神の行動規範が分かる。
心のことを実証的に分かっていた。
一番悪い人間が、こういうユダヤ人になる。
ただ、僕はユダヤ人は好きだ。
ユダヤ人は土地を人間にする。
パソコンなんか、工業大学で出来る。普通、スタックとキューでリストを管理する。グラフィックなんか、本当に難しい。
ユダヤ人は、何でも人格にする。全地は神である。
フランス語は、名詞に男性形と女性形があるのが賢い。きちんと覚えるから、賢くなる。変化形も多い。文法的にも賢い点が多いし、賢い語彙もある。
フランス語をすると賢くなる人間が一番多い。ただ、やっていると、馬鹿に見える。
フランス語は、論理性に優れている。ドイツ語も同じだ。
フランス語の問題は、フランスに行かないと意味がないところだ。
歴史のように考えていた。
治さなくて良い。
ロックのように、習得的な経験を考えていた。
実存主義のように考えていた。
自分は、言語ゲームだ。
環境から経験や認識を考えていた。どのような感情を持つか、行動するか、思考するかを、環境から考えていた。
基盤を皆で作るとか、システムや環境やインフラのような発想が多かった。
当たり前のことを推論して分かっていた。
足が辛い。足が痛くなった。不思議と、その辛さで、もう楽になる。
辛いだけの人間は、楽になる。そういう人間が多い。
地獄を越えて、全てを受け入れると、そこには神と天使のような楽園が待っている。
天国とはそういうものだ。そこでは、聡明になって善人になっている自分と、仲間や親友になっている皆が待っている。
そのうち、死ぬとそうなるだろう。それこそ、まだ生きる。
会社は、努力に対して報酬がある、自由な生産手段である。
金は、自然な助け合いのシステムである。
そして、認識と世界モデルは、人間が自由に理解するための、知性である。
そういうことを言っていた。考え方と言うよりは、自由な経済システムと言えば良い。
金の良い点は、儲けが大きくなったり小さくなったりするものの、流動的な社会と、生産と消費の変化に、いくらでも対応出来る点だ。
社会主義ではそうはいかない。そういうわけで、当たり前にソ連は破たんしやすい。
それ以上はもう良い。むしろ、もっと経験から裏打ちされたことを言えば良い。
日本は、消費と生産から、高度な経済成長のシステムを作ることが出来た。それが、日本的な大企業であり、日本的な経営である。そういう風に言っていた。
日本には、日本的経営と言う長所がある。会社員は皆家族だ。そして、平和憲法もあって、軍隊が無い。ソ連よりも正しい左翼をやっている。社会主義なんか、要らない。
銃も無いし、悪い人間も少ない。白人が馬鹿なのに比べて、日本人は賢い人間が多い。
何より、日本語が賢いし、識字率も高い。日本は、アメリカより本当に良い国だ。
今読んでいる山川日本史の、同じシリーズの世界史の教科書を、ネットで注文した。
ネットは、安くて楽だが、普及すると本当の店で買わなくなるというデメリットがある。
双子が同じなように、人間は遺伝子でほとんど決まっている。
世界観と論理学を良く書いていた。そういうところを覚えていないだけだ。
分かっている通り書いているだけだ。
三段論法や、メタ的な考え方、社会構造のようなものを書いていた。
皆、何もしていないだけだ。自動車やパソコンなんか作っても、意味が無い。工場も会社も学校も教師も悲惨だ。賢いのは、自分だ。作家はまだ賢い。やっている人間は、居ない。
今、ロシアと日本の戦いのところを読んでいる。
対話とは言うが、会話して分かっているだけだ。そこを正すと、まともな人間になる。
ネットで会話して、創造性や労働を経験して分かっていた。
皆も、会話しまくると良い。会話ばかりしていると、自然な体験から、成長し、自然に出立するようになる。そこから、マスターへの道が始まる。
政治家は、大学と同じように、試験で選べば良い。選挙なんかただの人気取りゲームだ。
機械は、力学の知識から、原因と結果、設計図、原理、物理的な作用と実験などから作る。
そういうことを全部言うありえない文章が多かった。
組織のようなことも、自然や発展のようなことも、全部言っていた。
そろそろ、日本史は終盤だ。そのうち最後まで読めると思う。
昔の物理は、数式ではなく、言葉でやっていただけだ。ただ、論理学を作って、本当に数式のように、階層的、公理主義的、数学的な方法・法則的に分かっていた。
オープンソースのせいで、数学と物理が神ほどに出来た。神と言うよりは、ニュートンのようだった。何もかも全部分かっていた。本当に、アインシュタインのようだった。
色んな労働を経験して、世界観と社会観を全部分かっていた。
今、日露戦争のところを読んだ。日本にいつも虐げられる韓国は悲惨だ。ただ、日本が勝ったのはありえない。それこそ、中国の孫文などに希望を与えたように見える。
もう、日本は悪い国になって、滅びる。滅びないと、良くならない。悪い国になると、国民が賢くなる。悪い国でなくなったせいで、皆どんどん分からなくなっている。
良い国は、賢くならない。こんな風に良い国になったのがおかしい。日本を良い国にした責任者として、日本を悪い国にする。そうすると、すぐにレーニンのような賢い人間が生まれる。誰もがそういう人間になって、英雄の天国になる。
最近は、良いだけの地獄になっている。何もかも良いのに悪い。こんな風に良くして良いわけがない。一度、日本を滅ぼした方が良い。それで良くなる。
もう、王の仕事が終わったから、楽になる。
何もしなければ、滅びる。そういうわけで、何もしなくて良い。
もう分かっているから、こういう風になる。
こういう人間は、子供に多い。生まれて赤ちゃんになると、こういう風になる。
大人になれば治る。大人になりたいだけが自分だ。
大人には、大人にならない人間が多い。すでに大人だからだ。子供は、誰でも成長して、大人になって分かる。そのためには、辛いことをいくらでもすること。そういうわけで、今のままで良い。もう殆ど楽になった。このまま毎日書けば良いのが分かっていない。
あとは、怖い代わり、楽になる。
日本がロシアに勝ったのは、ヨーロッパやアメリカなどに衝撃を与えた。
特に、アメリカとの関係が悪くなった。その頃は、アメリカもまだロシアと敵対していなかったから、仕方ない。
西暦がそろそろ二十世紀になった。あとは、明治以後の工業化などの話題が多い。
そのうち、太平洋戦争の内容になって、戦後を扱うようになるだろう。まだ早い。
昔は、自由を考えて、決定を決め直して、全てを構造にして分かっていた。
全方位考えて、多面的な考え方をしていた。
また、独自性と個性を重視して、色んな善悪の経験を分かっていた。
それこそ、決め直していると出来る。そういう人間が、中学生ぐらいの子供に多い。
最近は、何もしないから、こういう風にいくらでも書くようになった。
毎時間頑張りたいから、毎時間頑張っている。誰でも頑張っているから、仕方ない。
本を読むのは悪くは無いが、本だけを読むのはつまらない。ゲームのような子供の遊びは、つまらないからしたくない。そういうわけで、働くか、学校に行けば良いが、学校は悪い。学校には、さんざんな思い出があるし、いつも、金を大量に払って、無駄にしている。どうせ行かないから、最初から行かない方が良い。何十万も大金を無駄にするのが一番悪い。
昔なんか、決め直して、心理と自由のモデルで分かるだけだ。
人生の発見のようなことをモデルと関係と決定にして分かっていた。
可能性のようなことを、決め直すことで分かった。
実際のところを、実存主義のように考えた。そういう、終わった人間だった。
あとは、執着心や思い込みのようなもので分かっていた。
最近は、神でしか分からなくなった。神が、全部教えるのを、教えられる前から、自分の力で既に分かっている。そういうわけで、この文章は簡単に書けて良かった。
何か、詩を書いた方が良い。詩の方が良い。政治や右翼や哲学や文章は、もう良い。
心の深層は、相対的な本質から分かっていた。意識で宇宙と社会が全て分かった。
何より、専門分野を横断して分かることの出来る、唯一の現代人だった。自分で全部作ることで、それが本当に実現出来ていた。科学なんか何も知らないのに、自分の作った科学だけで全部分かっていた。それがアリストテレスと同じだから、全く同じになった。
意志の伝達や学習のようなことから、ものごとの実現に至るまで、全部分かっていた。
そろそろ、もう何もしない。
今日は良い日だ。ヒュームのような社会論の知性が分かった。
まだ、書いた方が良い。まだ止めるのは早い。
正しく問題と経緯と解決を考えれば分かる。
知性で考えると、初期投資や再利用が賢く見えて、恒常的に必要なものを安くした方が、消費者は生活が楽になる。一度100円払うだけより、20回10円安い方が、得をする。そういうわけで、初期投資を賢いとは言うが、それも間違っている。
ただ、無料で聴きたい放題、の方が良いと言う人間が多い。無料が一番得は、しない。
そういう、賢いことを言いたくて、経済のようなことをいつも言っていた。
共有と言っていたが、共有はそんなに賢くない。ボトムアップもロングテールもベンチャー起業もただの馬鹿だ。もっと、何か賢くするしかない。ソ連も右翼もクズみたいに馬鹿だ。それらは、国民が嫌いで、滅ぼして、殺して、手段を選ばずに変えさせたいだけだ。
マルクスは、生産力と労働力の余剰や交換や価値を考える。そんなに良く知らない。
選挙は、小選挙区制を止めて、もっと広い地域で、沢山の候補者を選ぶようにすれば、自民党が勝っているだけの現状から、共産党なども勝てるようになる。
だが、それは普通、比例代表だ。比例代表制の選挙をした方が良い。少数派の投票が、友好に生きるようになる。
あとは、地方自治や政党政治などを考えていた。そういう、賢い社会論が多かった。
競争は悪い。大人数で協力して1つのことをやった方が良い。競争より、憲法のようなものを定めて、何か行動し、作る際に行う、全てのことの行動規範のようなものを作って、それを守らせるようにする。間違ったことをしたら、逮捕する。まさに警察国家にはなるが、ソ連は、そういう風に、競争よりは優れたことをしている。
大量生産すれば、ものが安くなる。西側も、そんなに馬鹿では無い。最近やっている、TPPなどは、恒常的なものを安くする最たる例だ。そういう発想をすれば賢い。
ソ連は悪い。国民を法律でロボットにするし、政府は悪いことばかりする。共同体で生産出来ないせいで、国家主義の国になった。おかしい。自己矛盾の国に見える。
アメリカの方が良い。皆にチャンスがあって、作る手段と知る機会を与えると、いつも言っている。馬鹿な国には見えるが、きちんと右翼として世界のために何かする。ソ連のように、世界に対してシャットアウトしたり、冷戦したりしない。国連を使って、きちんとアフリカも良くしている。皆アメリカが好きだ。
ただ、行動規範を作るのは良いと思う。特に、大企業だけに義務付ければ良い。それで、ブラック企業なんか、無くなるように見える。会社の憲法と思えば良い。
行動規範は悪い。自由なことが何も出来なくなる。だが、自由なことなんか、する意味が無いだろう。ブラック企業のようにしてはならない、と言う条文を作れば良いだけだ。
アメリカもおかしくは無い。弱者には、チャンスがあった方が良い。弱者は、まだ何もしていない。夢のために頑張っていると、幸福な人生になる。チャンスは悪くない。
行動規範は、守らないものを処罰するのではなく、守るものに称号でも与えれば良いように見える。処罰すると、全員シベリア送りになる。一番悪いロボット帝国だ。
守るものには、称号でも支援金でも、何か与えれば良い。むしろ、もっとやっていることの中身を公表すれば良いように見える。何もかも悪いことをやっている会社しかない。秘密なんか、無いようにすれば良いだけだ。
いじめは、相手のことを自分のことのように思いやればなくなる。いつもそういうことを言っていたが、それでしか無くならない。いじめを禁止するのは、意味が無い。それこそ、いじめなんか誰でもするから、処罰はしない方が良い。
キリストを信じないのが悪いのが、日本人だ。もっと、キリスト教を信じるようにして、信じないものは地獄に堕ちるとか、子供でも分かる怖い戒律を与えれば良い。誰もいじめなくなる。そういう風に、共同体で監視的なことをするしかない。いつもそういう国がドイツだ。悪く見えて、悪くない。ドイツの方がはるかに社交的で外交的な良い国になる。良識と道徳心のある良い国になる。それは、全部キリスト教のおかげだ。
フランスの名詞の性を賢いとは言うが、漢字には書き順がある。日本はありえない。
アメリカが一番悪い。皆、アメリカンドリームがキモイ。
あとは、いじめてはならない、と条文につけて、結果を成績表につければ良いが、そういう発想はキモイ。
あまり意味が無いから、学校はもっと楽しいことをした方が良い。教育関係者は、子供に何もして欲しくないのが間違っている。色んな楽しいことをした方が、楽しい。
フェイスブックに以下のように書いた。
◇◇
いじめは、成績表にいじめの項目でもつければ良い。いじめる人間を罰したりするより、いじめない人間に何か称号でも与えれば良いようで、成績表につけてしまえば、無くなるかもしれない。
◇◇
あまり意味が無い。フェイスブックに載せるのは、良く考えてした方が良い。いつも、そういう、ネットに公開するのが、百害あって一利なしだ。ネットなんかしない方が良い。
昆虫は、人間より強い。昆虫がそんなに大量に増えて、巨大化すると、人間の方が弱い。
いつも、宇宙の創造から全ての歴史まで、全部分かっていた。そういう人間だったのを、全く覚えていない。
いつもの文章を分かるのが悪い。治すのも悪い。そのせいで分からなくなった。
国が悪くて良いと、楽になる。
要は、悪い国が楽だ。悪い国にした方が、良い国になる。
悪くて良いと、自分の負担が無くなる。安心出来るのと恐怖は同じだ。もう安心出来る。
最近、何もかもめまぐるしく変わる。
実地的に、足を地につけて、それは何なのか、考えた方が良い。
それは何で、何が何なのか?
そういうところが賢い子供が多い。
もう分からなくなる代わり、そのものとしているそれは何なのか、定義を考えると、昔のような論理学が出来る。
社会と自分の関係を考えれば良い。
あとは、考えれば分かる。人間は、考えないと何も分からない。
ただ知るだけ、やり過ごすだけでは、意味が無い。考えないと、分からなくなる。
定義の次は、推論だ。昔は、環境や当たり前のことを推論して分かっていた。
学習と記憶が人間であり、遺伝子すら学習である。昔は、遺伝子すら変えられる、おかしな狂った人間だった。
意識や行動を推論すること。そこを良く考えれば良い。
自由な構造や、モデルを作って分かっていた。自分は、世界モデルの発見者だ。
ネットを見ながら挑戦して、反省のようなことをして分かった。自己と向き合うこと。
悪い国にすると楽なのは、何故なら、いつものそういう馬鹿な王をやれば良い。
いつも、ただ悪い国にしていただけだ。それで怖くなって良くなった。
あとは、悪い国にすると、昔の日本になる。おそらく、2005年ぐらいになる。
一番悪い国だった。戻りたくはないが、そこに戻すと良い国になる。
いつもの王なんか、したくないからしない。イスラエルの王は、もう終わった。日本を支配して滅亡させる、最後の革命、最後の戦争、最後の王、最後の救世主だった。
最近は、放っておいて、終わって分かっている。それを止めると、対話が終わる。
もう楽になった。本当に楽だから、病気が治る。
昔から、視点、環境、感情、社会を成り立たせて分かっていた。
世界観を知り、色んな人間の視点を考え、視点と場を成り立たせていた。
人生と客観視を分かっていた。
リンの詩に、生命は翼から生まれた、リンは翼から生命の理を発見した、と書いた。
昔は、そういう、人生体験の中で、全てが分かり、悟る体験が多かった。
そういうわけで、昔から視点を成り立たせるだけだ。
悪い国にすると、すぐに楽になった。緊張して、不安の闇にいつまでも怖がりながら浸っているのが治る。そろそろ、心も安心出来る。悪い国にすると、良い国になる。
要は、王なんか、普通滅ぼすだけだ。自分の国を滅ぼしている馬鹿しか居ない。それで良い国になる。王は、馬鹿で良い。馬鹿であれば馬鹿であるほど、良い王国になる。
本気で国を導くのが一番悪かった。辛いだけの、神との対話になった。
そろそろ、終わりだ。日本は、ここから先、全員楽で、天国みたいに良くなる。
あとは、視点と意識と記憶を、場から考えていた。
九州なんか、広島と全く違う。そういう風に考えれば良い。統一した方が良い。
ハイデガーやサルトルのように、意識、存在、実存、自由、視点、などを考えれば良い。
自分は、今からが本当の自分だ。今までは、全部前座だ。
環境と人生を考える上で、場面、歴史、価値観のようなものを、把握して考えていた。
認識のようなものを考えていた。
視点とは、カメラのようなもののことを言っていた。どこにも居なくても、その地点は存在し、そこには潜在的な意識と視点が存在している。そういう、カメラ論が多かった。
昔していたことを、今、もう一度すれば治る。
頭がおかしいせいで治らないのが足だ。もう、そろそろ全て治る。
戦わず、思考と思考の間を開ければ良い。
数字にならず、もっと何か宇宙のようなものに適応すれば良い。
もっとふり返って反省すれば良い。
失敗は、いくらでもすれば良い。未来は自由自在だ。勇気を出して挑戦すること。
時間と空間のようなものを、デカルト的に分かっていた。
法則性の実存主義の数学を作っていた。
言葉の意味を増やす。
知性をつける。
言っていることとやっていることが逆になっている。言ったことの逆になるのを止める。
もっと、秘密にせず、公開する。
やっていることを隠して、誰にも分からなくするのではなく、分かるようにする。
昔の文章は忘れる。
思考を全て書き、記憶を破壊するのを止める。
ロボットを止める。
判断を止める。
意識を高める。
勇気を出して、体験する。
覚えて、忘れる。
恐れていること、逃げていることを直視する。
一歩離れた視点から、世界と自分のことを見る。ものから離れて考える。
部分ごとにバラバラになっているのを統合する。
全部変化しているだけを、固定して、統合する。
そういう風にすれば治る。それこそ、問題は本当に多い。
思考がおかしなロボットになったのは、真剣に考えないからだ。
想像力をつける、知性をつけるとは言うが、治らない。
遅くなれば良い。
皆に教えるロボットが悪い。無意味に、皆に自分のことを教えている。
地獄になったせいで、分かってほしくなった。
あとは、皆を自分にするのが悪い。
話している方向、導いている方向が、全部地獄だ。
皆を自分にするのが悪い。本当に悪い。
もっと別の、何か、そうだなあ、良いものになれば良い。
もっと、皆、自分で無い良いものになれば良いと、思う。
洗脳して、悪い感情にするのが悪い。洗脳をもう止めよう。
いつも同じことを言っているのを、少し変えてしまえば、洗脳はすぐに解ける。
精神分析と催眠が悪い。前世は忘れた方が良い。
昔は、百科事典のように分かっていた。百科事典並みの知識があった。
もう、今日は寝る。あとは、明日考えれば良い。今日は早くから起きているせいで、もう眠たい。そろそろ、もう何もしないだけだ。
昔は、帰る場所が無かったが、最近は、同じ場所から一歩も進めていない。
最近は、終末の支配者をやっている。もう、この世界の全員が死んで行く。
ユダヤ教のメシアは、こんな馬鹿だった。皆に姿形を現さないから、つまらない。