昔は、引き篭もりになって、環境の変化から実体験で分かっていた。
教育は、実体験、レポート、考える機会を与え、総合的な判断をさせ、色んな職業などの経験をさせるべきだ。
いつも、自分の置かれた状況を教えてやるべきだと考えていた。
脳は、無い方が賢くなる。脳があると、分かる。脳は無い方が賢い人間になる。
心理的に考えて、モチベーションを分かっていた。
世界は自分の心の中にある。世界観と人生は、それぞれ違う。人生は自由な関係と予測から、捉えることが出来る。ハイデガーのように、そういうことを分かっていた。
脳を作れば良い。こういう風に脳を作ると、賢くなる。
昔から、自分は脳を作る。そういう理由で、ヒュームなどと同じになる。
自分の考え方と発想法を作れば良い。自分で考え方を作ると、科学も作れる。
昔は、記憶から感情や方法まで、全てのことが正しく直観的に分かる人間だった。
理性的な知性は、物理的な世界観を構築すれば分かる。作用や法則などを考えれば良い。
自分の考え方を作って、自由に色んなことを経験する。昔はそういう人間だった。
皆は、そろそろそういう人間を止めるべきだ。
自分と同じように、神のような超常現象が起きる。僕が起こせば良い。それで、すぐに偉大なキリストのような人間になる。それが一番良い。
ものを作ることや、心のことを、知性や経験だと思えば分かる。
それ以上は、ロックやヒュームのように考えれば良い。それできちんと分かる。
そんなに大げさに考えない方が良い。何も悪いことはしていない。何も悪くない。
経験論は、経験論だ。そういうものを、経験から作っていたのが、昔の自分だ。
純粋感情と経験の関係のようなものが分かっていた。
哲学者のように、実体験と実際の心を考えれば良い。それで、脳が作れるだろう。
ものごとは、実感、観測、構造、存在、知性である。そのように、いくらか賢く考えれば分かる。あまり考えない方が良い。考えすぎず、適度に経験していると、分かる。
あとは、正しく、当たり前に考えれば分かる。
何か1つ、そういうものを信じれば良い。存在や観測を信じれば良い。そんなにたくさんあると、分からない。何か1つだけ、そういうものを信じると、きちんと分かる。
あとは、信念、価値観、理想、思想のようなものを分かっていた。
そんなに悪いものを信じない方が良い。悪魔のようなものを信じるから、地獄になる。
神は、そういう悪いものを懲らしめる。頑張っていないから、地獄になって、頑張るようになる。ブッダが見ても、そういう人間が馬鹿だ。ブッダはそれを馬鹿と言いたいだけだ。
昔は、自由を信じていた。自由な経験と自由主義を信じていた。
そういうわけで、自由な人間は昔になる。平等な革命を信じると、最近になる。
つまり、皆も自由を信じて、存在などを何か信じれば良い。それで自分が出来る。
会社は、独立と契約であり、それぞれ違う。
そういう、社会の構造のようなものをいつも書いていた。
皆、もう誰でも分かる。自分と同じ人間には、ならなくて良い。何か、賢い人間になれば良い。そのために、この文章が役に立てれば、良いと思う。
自分の場合、もう終わりだ。今日はハイデガーのような日になった。
ハイデガーとサルトルは同じだ。これ以上、色んな人間を知って、出会いと別れから存在的、実存的に考えれば良い。ネットで社会と人間のことを知って、経験しただけだ。
もっと、実際の自分の経験と環境から考えれば良い。作家には、こういう人間が多い。
そろそろ、皆がキモイのが終わる。パソコンのせいで、人間が醜い社会になった。
あとは、手段を与えるとか、機会のある環境を実現するとか、自由な思想のようなものをいつも書いていた。
もう終わった。そろそろ、昔がもう一度出来る。不思議と、誰でも正常な人間は昔だ。
自分をドイツやフランスだと言う、神は忘れた方が良い。
そういう発想を殺せば良い。それで賢い人間になる。
人間は、考えないと分からない。
経験してもそれだけでは分からない。きちんと賢く考える必要がある。
そういうわけで、僕は右翼を倒す。
あとは、正しく問題を考えれば分かる。昔は、経緯と段階を良く考えていた。
昔は、ネットやテレビを見ながら、経験的に社会を分かっていた。
理性もあった。コンピュータを知り尽くしながら、理性的に場と視点を推論して、物理学者のように分かっていた。
心理学者のようでもあったし、経済学者でもあった。
昔なんか、経験からモデルを作っただけだ。概念しか分かっていない。
そろそろ、昔も今も終わりだ。新しい自分になる。
あとは、ネットを見ながら人間のことを考えれば分かる。
体験や感情を、理由から考えて、成り立ちを探って、推論し、皆のことを分かる。
人生的な発見をする。それこそ、実体験から色んな哲学的な知恵を分かる。
サルトルも、そういう人間だと思う。
皆ヘーゲルのようになる。
人間は、誰もが本当の自分自身に気づいて分かる。それが分からない人間は、居ない。
人間がどうなるか、きちんと考えれば良い。人間は、創造物だ。神ではなく、誰かが創造した。人間では無いだろう。宇宙人のような存在が創造したように見える。
平和とは、本当に安心し、皆と融和出来ることだ。
創造とは、一瞬と永遠の間から、完璧なものをビジョンによって創造することだ。
あとは、自由と経験を推論して分かっていた。
自由と言葉から、推論的な文章を書いていた。いつも、言葉で推論していた。
多面的に考えて、推論すること。それだけで、きちんと分析哲学になる。
自分をドイツと言うのは、悪くは無い。ただ、自分をドイツと言っているだけだ。
自分は、フランス、ドイツ、イタリア、ソ連、アメリカを作った。
そういうわけで、そういう思想を殺す、と思えば良い。それで楽になる。
社会主義は、否定するしかない。何も賢くない。良い点が何も無い。
生命は個別化と個体化であり、テレビは報道と番組であり、社会は影響力と競争であり、人生は啓蒙と客観視であり、学校はスケジュールと成長である。
そのように考えると、賢い。いつもそういうことを言っていた。
あとは、遺伝子のようなことを言う。
もっと構造を全部書けば良い。昔作った構造をいつも全部書いていた。思考と科学と社会と人生の構造だった。分かる知恵の力があった。そろそろ、そういう構造に戻る。
いつもの文章は、そういう文章だった。構造的にいくらか賢いことを書いていた。
宇宙は、意識と方法で全部分かっていた。何もかも自在に構造が分かる人間だった。
あとは、相対的なことや、経験のようなことを言う。そういう人間だった。
レーニンやアインシュタインから、ダヴィンチやマザーテレサのようになった。
ドイツ人になりたいのはおかしい。自分をドイツ人だと言うせいで、本当にドイツ人になった。インド人になりたいのもおかしい。そういう発想がキモイのが分かっていない。
日本人になる。本来の日本人になると、きちんと人並みに賢い人間になる。
こういう発想が、知的障害だ。そこまでの馬鹿になっている。
あとは、全部の科学がしたいのもキモイ。出来ないから、止めた方が良い。
日本史以上、他の国の歴史もしない方が良い。そういう発想がキモイ。
そういうわけで、ドイツ人の女は終わりだ。セックスがしたいだけの、キモイ人間だったが、きちんと大人の常識が分かる賢い女だった。それが自分の恋人だ。
昔は、経験から体験的に知性や考え方が分かった。感情で分かった。そういう、2ちゃんねるの経験だけが大量にある人間だった。社会を知りながら体験することで、経験から哲学的知性と考え方がついた。繰り返し何度も経験して、意識と感情が分かった。
そろそろ、今日で終わりだ。日本史は、読んでいると面白い。そういうわけで、世界中の歴史なんかしなくて良い。日本史だけを深くやれば賢い。
ドイツ人になりたいのは、もう止める。ドイツ人は、いくらでも知性で考えて分かる。日本人になると、きちんと覚えたり、思い出したりするようになる。
昔は、理性もきちんとあった。思弁哲学や論理学を作って、哲学者のように、推論と実験から仮説と説明を立てて、概念と本質を構造と関係とシステムにして分かっていた。
いつもの文章は、英語の学習の方法や映画の撮り方のような、学習、実現、解決の方法のようなことをいつも言っていた。
何をして何が分かるか、のようなことをいつも言っていた。
あとは、良く分かることを言っていた。状態と実感とか、本質とか、全ては不可知であり、未知であるとか、そういう、良く分かることを言う。
この文章は、楽しい。楽しいと思った方が良い。楽しいことが何もないせいで、辛い。
あとは、友達を作った方が良い。友達が居ないから、こんなに悪い人間になる。
構造なんか、最初から作り直せば良い。行動や方法や関係を考えて、実現と発想を分かれば良い。昔は、発想から実現し、行動から判断するのを、全部分かっていた。経済学のようなまともな社会の構造を作った。そういう構造を、最初から作れば良い。
物理的な現象や結果は、全部見れば分かる。想像力で考えれば良い。
そういう風にすると、男になる。男には、そういう人間が多い。
日本史を見ていると、日本には馬鹿なイラストが多い。日本は本当に馬鹿な国だ。
精神の現象なんか、全部経験すれば分かる。それを、裏側の法則まで、体験的に知った。昔は、それくらいの馬鹿だ。全部経験して、全部見て、全部構造を作っただけだ。
女には、こういう、全て分かる人間が多い。馬鹿で分かるからありえない。
いつもの文章は、男みたいなことを言う。
背景知識、歴史、事実、前提を知って、ネットで知り尽くして、調べて、組織を作って、支配して分かると言っていた。そういう、賢い男のような文章が多かった。
昔から、天使みたいに知性がある。これくらいで、また天使になった。
昔から、前提条件や認識や方法など、そういうことを全部言っていた。それが男だ。
皆は、もう普通の人間と同じなのを止めるべきだ。
もっと、皆に語りかける文章が多かった。
あなたは、自分のことを信じて、困難を克服するために、自由になって戦うべきだ。
あなたは、皆のことを忘れるべきだ。皆と同じなのを止めるべきだ。
だが、あなたの思う理想を信じて、色んな人間のことを知るのは間違っていない。
ただし、あなたの運命は1つ。それは、神になることだ。
あとは、人生や記憶、環境や決まりや人格を書いている馬鹿が多かった。
たまに、自分で言っていることとやっていることが食い違って、逆になることがある。昔から、いつもそういう風になる。
戦争と平和なら、平和な方が良いのに、戦うべきだと言う。
それこそ、自分が支配しているだけなのに、自由になって、支配を無くすべきだと言う。
自分は、おかしくはないが、いつもそういう風に、言っていることとやっていることが逆になってしまう。仕方ない。それで、狂っている。戦っている間、治らない。
あとは、場や経緯のようなことを言っていた。
皆を自由な経緯、自由な人生にすると言っていた。
プラットフォームみたいなことを言う。
経緯から自由な人生が分かると言っていた。
考え方、前提、方法のようなことを全部言う。
全部見て、体験して分かる人間が、そういうことを書いていた。
あとは、場から創造性が分かるとか、時間から存在が見えて来るとか、根源的な賢いことを言っていた。いつも、そういうことを言っていた。
本当の真実は、自分の中から生まれる。そういう、ソクラテスのようなことを言っていた。
昔の文章は、ロボットのように、機械的に考えて、全部網羅しただけだ。
もう何もしない。日本史は、江戸時代のところを今読んでいる。
最近の文章は、常に次の1つを考えながら、分かるところまで追記して書いているだけだ。
そういうわけで、詩は簡単に書ける。
そろそろ、もうこの文章は書かないかもしれない。あまり意味が無い。
政治に関しては、全体の構造を作っただけだ。人生は、最後まで分かってから書いている。