日記に戻る | 2015年12月の日記に戻る

=2015-12-25=

今日はクリスマスだが、英単語はやった。あと2日で終わる。

いつもの文章は、理系みたいな賢い人間を書いていた。

観察や実験から、法則を発見するとか、理系的な方法や世界観を書いていた。

プラットフォームやボトムアップと言っていた。

理性を書いていた。

ロキのような、きちんと分かった理性的な人間の理性を書いていた。

方法や思いやりや慈悲のような内容が多かった。

きちんと理性的に分かっていた。そういう、人間像のような文章が多かった。

自分で出来て、実現出来て、社会的に変えられるのを分かっていた。

もっと「出来る」を考えれば分かる。出来るのを考えると分かる人間が多い。

あとは、挑戦が多かった。挑戦と体験から、神やマスターのように分かっていた。

この文章は、もう書かなくて良い。書かなければ、本人が分かる。

書かなければ治る。だが、治った方が辛いところがある。頑張っている間、楽だ。

もうそろそろ、全部治った。

いつもの文章は、多く見えて少ない。あとは、経験や認識のようなことを言っていた。

良く考えれば分かる。ものや知や認識を考えれば良い。

ものには、自然のものと、人工のものがある。良く考えると、誰でもそういう風に分かる。

あとは、知覚や原因と結果のようなことを言う。人生みたいな段階をいつも言っていた。

文字や数や表現のようなことを、自由な決まりと概念から考えていた。

あとは、心理学みたいな内容が多かった。

道と法則のようなことをいつも真理として書いていた。

ハイデガーのように、未知や可能性のようなことを、いつも考えていた。

本当に、昔は未知や可能性のことが分かる、哲学者のような知性のある人間だった。

そろそろ終わりにする。もう、最後の文章だ。

あとは、自分が分かれば良い。本人が分かってしまうと、他に書いていない。

あとは、本質のような内容が多かった。本質と概念から疑って信じて分かっていた。

それから、肯定と否定のような内容が多かった。そういう対話をしていた。

あとは、自然な可能性から、成り立ちと多様性を作っていた。

記憶と方法のようなものを全部書いていた。

そろそろ終わりだ。多いとは言うが、馬鹿に自由が多いだけで、少ない。

自由な世界観を書いていた。

環境を自由にするとか、手段を与えるとか、そういうことを言う。

そのまま、社会を全部作っていた。

支配者は、自由な方が良い。そこらへんが分かっていなかった。自由な王が一番良い。

ペルシア帝国のような、自由な王にするべきだ。それで正しい。それが自分だ。

選挙によって選ばれる、自由な連邦の王だとか、そういう自由な発想が多かった。

あとは、心理学的な精神現象、心の変化のような文章が多かった。

知性の説明みたいなものを書いていた。全部分かっていた。

宇宙と生命を創造していた。

真実、人生、自由が真理である。神は、そういうことを言う。

ロキが賢い。ロキを見ると、ロキだけできちんと分かる。フレイは賢くない。

最近、何も起きないまま、楽になったせいで、皆賢くなった。

誰でも、そういう風になると、賢くなる。昔は、そういう風に賢かった。

あとは、過去のしがらみを捨てて、自由に考えること。それが一番賢くなる。

今日でもう終わりだ。

自然な可能性とか、そういう自由な中で、考え方や社会を作っていた。

自分はもう9年ぐらい書いているが、誰でも4年ぐらいで分かる。

もう分かった人間しか居ない。終わった人間が多い。

もう馬鹿になって馬鹿な世界になる。それで、全て終わりだ。

自分も、昔4年ぐらいで分かっている。その後、3年から4年ぐらい戦った。

皆は、それぐらいが終わった人間が多い。そういうわけで、もう終わりだ。

ロキだけで出来るせいで、誰でも出来る。皆は、あとは、フレイになるだろう。

皆、ロキを分かってフレイをするのが良い。

自由な革命家のような文章がいつも多かった。

正しいこと、間違っていることの区別がつくと分かる。最近、それが分かっていない。

皆も、それですぐに治る。意識が高まって賢くなる。治る。

むしろ、治らない方が良い。その方が、色々と、出来る。治らずに、分かるのが良い。

自分も、皆も、治らない方が良い。治らない方が、出来る人間しか居ない。

あとは、自分の人生を覚えていない。

何故か、本人の偉大な人生を思い出せば良い。それをいつも、繰り返し何度も書いていた。

覚えていないのは、いつも書いていたせいで、覚えている意味が無いからだ。

ヘーゲルやキルケゴールと同じだと思えば分かる。

あとは、視野を広げて、学習から気づいて、出会いや別れの中で存在を分かっていた。

ネットで分かった、仮定と条件と意味の分かる人間だった。

哲学者のようになって、永遠の宣言をして、革命家のように戦った。

偉大な賢い人生だった。

もう、書かずに偉大な人生を思い出せば良い。書く意味が無い。残っていないだけで、いつも書いていた。ロキやブラーギと思えば分かる。ほとんど全部もう書いた。

人生は、一度文章を全部消せば分かる。そうすると、本当に馬鹿な人生だ。

2ちゃんねるで創造性が分かった。フリーソフトから、オープンソース活動をした。

それだけだ。思い出して、環境と意味を考えることで、哲学的に経験を分かった。

最近は、馬鹿な革命をして、神と対話して、自分を治しただけだ。

昔から、自分を治すと言う発想が多い。治すだけに精通して、哲学者が出来ていた。

昔は、その馬鹿な人生を繰り返し書いているだけだ。

あとは、皆がロボットになって、うつになっているから、治した方が良い。

馬鹿が正常だから、馬鹿になると治る。うつは、何も分からないのが悪い。馬鹿みたいにいくらでも分かっていると、うつが治る。そういうわけで、馬鹿になると治る人間が多い。

自分のせいで、皆が時計の機械になっている。それくらいを革命でやっていた。

これでは馬鹿に見えるが、昔の人生にあった考え方や知識を全部言っていた。

そこが賢かった。昔は、馬鹿に見えて分かっていた。

科学的な応用と人生とマスターの経験が分かる人間だった。神みたいに賢かった。

人生とは言うが、そんなものしか書いていない。応用やマスターの経験を書いている。

文章で科学を作る馬鹿が多かった。政治や世界観を作っていた。

スピノザのような、公理主義の文章を書いていた。それが、神になったのが全く同じだ。

あとは、学習と知の経緯のようなものを書いていた。

いつもの狂っている精神がおかしいから、まだ頭がおかしくなる。

狂っている精神がおかしい。昔ではなく、最近だ。戦って狂って、おかしくなっている。

うつは、こういう風に、いくらでも分かると治る。それでがんが治る。

そういうわけで、終わりだ。もう全て治って、神との対話が終わる。

最近は、おかしい。あまりに悪いことを書く、おかしな革命家だった。

だが、あれは頑張って戦っていたし、責務のようなものを果たしたから、賢かった。

もう、無い。皆、これで昔みたいな良い人間になった。皆の方がはるかに賢い。

自分は、キモイ引き篭もりの革命家だ。ただのクズな右翼になっている。

だが、支配した責任のようなものは果たした。それが賢かった。本当に頑張って治した。

あとは、最近は辛かった。歩き回る恐怖と疲れの中で、地獄の神を信じた。

皆を治したいのが悪い。悪いどころか、良い人間だった。菩薩のような、受け入れて、自ら負ける、何も悪くない戦いをした。

もう、ほとんど治った。

今日はもう寝る。あとは、明日考えれば良い。信じて終わりにする。

皆が見る自分になっている。

バルドルが辛くて、フレイヤが怖い。そういう2人になっている。

弱くなると楽になる。そんなに強くなりたいのがおかしい。

神を信じずに、すぐに治せば良い。それですぐに治る。

人生経験から、ネットで世界を知った。それを書きたかった。

ネットで世界を知って、子供が大人になった。

色んな世界を知ったのをいつも書いていた。

分からないだけの文章を書いている。皆を分からなくして分かるのが悪い。

女は、分からなくして分かる人間が多い。男は、最初から分からない代り、分かる。