日記に戻る | 2015年6月の日記に戻る

=2015-06-25=

相対的な世界のようなことを全部言っていた。

原因と結果、習得や学習、方法、法則、システム、環境、認識、体験、想像力、思考力、知性、影響力、社会、会社、文字、数、知覚、思考、感情、など。

そういう、知性と方法のような相対的な世界のことを、数学的に全部言っていた。

昔は、そのように、数学的なことを全部言う人間だった。

もっと世界観のようなことを言っていた。プロセス、制度、経験、基盤、科学、社会学、心理学、数学、物理学、生物学、歴史、地球、自然、運命、神、戦争、革命、変革、組織、自由、平等、統一、多様性、地方自治、中央集権、支配者、決定者、可能性、発展、考え方、労働、契約、合意、権利、許可、意志、決定、国家主義、社会主義、民主主義、給与、生産、計画、競争、取り組み、決まり、ルール、基盤、創造性、独自性、価値観、信念、助け合い、許し合い、教え合い、自発的な自由、共生、処罰、本性、人間像、など。

そういう風に、数学的な論理的命題のようなことを言う。

あとは、実験、観察、関係、構造、考え方、推論、証明、法則、方法のようなことを言う。

自分のせいで昔が出来なくなっているから、出来るようにする。

完全に忘れて考えれば良い。

皆辛くなって終わりだ。

普通、怖い。慣れると治る。

もっと自分になれば良い。

家は住む、電車は動くのように、普通に考えれば良い。終わるようで終わらない。それ以上分かる。

インフラは皆で作る決まりだ。

あとは、言論のようなことを普通に考えれば良い。構造と関係と考え方にする。

株式会社でも自由に考えれば良い。

ナポレオンは読んだ。最後にロシアに負けた。ロシアは強い。

諸国の元首に家族を就任させるナポレオンのやり方は、結構おかしい。戦争は強い。本人は、シャルルマーニュの後継者を自認して、皇帝になった。

そういうわけで、認識や知覚の実験や関係を書いている馬鹿が一番多かった。

もっとフランスのことを分かった方が良い。フランスは結構賢い。

ロベスピエールは、逮捕と処刑しかしなかった。最後に自分も処刑されて死んだ。それでフランス革命は終わった。そこまでが恐怖政治だ。そのまま、ナポレオンが台頭した。

あとは、新発見のように、成り立たせて関係を考えただけだ。

生命は、重力と熱から生まれた。そのように、条件や関係を成り立たせて、新発見のように考えた。それがいつもの文章だ。

この世界の全員は、一度全て忘れて、頭の中を空っぽにして考えるべきだ。

昔から、自由や関係を成り立たせて、条件を考えて、発想するだけだ。

昔からそういう馬鹿が自分だ。知性の考え方で考えれば良い。何が何に必要か、何を予期して、何を対処すべきか、関係のようなことを考えれば良い。

哲学書を読みたいと少し思う。世界の名著を買えば良いように思う。不思議と、そんなに読まない本を買うのは悪い。沢山の本を買ったのに、ほとんど読んでいない。

経験を成り立たせて、いつ何をするべきか、出来るか、から、場と決まりのようなことを考えていた。どんな決まりにすべきか、どんな場を作るべきか、などを考えた。

哲学書を何か買うことにする。だが、ヘーゲルは止めた方が良い。精神現象学をもう一度、は出来ない。同じ理由で、カントやヒュームは止めた方が良い。同じことは出来ない。

英語サンドイッチメソッドの、ネイティブと同じように英語を分かる、と言う発想は、悪くない良い発想だ。昔は、そのように、発想を良く考えて、想定して、全員分の発想をする、と言う考え方が多かった。

哲学は、むしろ、もうしない方が良い。あとの発想なんか、普通無い。

オープンソースが2ちゃんねるで分かったように、哲学と経済学はもう分かった。

心理学やキリスト教ももう終わった。もうしなくて良い。

歴史をすれば良い。歴史はあまりしていない。

物理や数学ももう昔終わった。

生物学、地学、化学などはしていない。そこら辺をしても良い。

昔は、そう言うことを色々とすでに知っていた。博物学のように、知識と能力があった。

そういうわけで、もっと理系をすれば良い。それは、しないだろう。出来ない。

歴史だけをすれば良いから、もっと色んな歴史の研究をすれば良い。

歴史は、普通、通史だけではない、色んな本や書物を買えば出来る。ヘロドトスのような色んな歴史の関係の書物を買うしかない。北欧神話のようにだ。

ヘーゲルは、生命は結合と非結合との結合であると言っている。

そういう風に言う、おかしな文章が、自分にも多かった。

ヘーゲルは、昔を全部終わって、こちらと同じように書いている。狂っている。

だが、賢い人間は、誰でもヘーゲルにしかならない。すぐに終わって、馬鹿になる。そういう、不良の青少年のような人間に見えて、真面目に生きて考えた人間が、ヘーゲルだ。

狂っているとは言うが、ヘーゲルは悪くない。

もうヘーゲルは終わりにしたい。

数学的な推論や実験の方法、科学的な分かり方のような文章が多かった。相対的な共通性から、未知を捉えて、把握し、仮説を立て、実験し、推論して、新発見をする。そういう未知を発見する方法のような文章が多かった。

そういうわけで、ヘーゲルがカントが出来る、しか居ない。

こういう、過去の自分を分かるだけの学者が、本当に多い。学者なんか馬鹿だ。普通、そういう人間が、つまらないことの方が面白いことより面白くなって、馬鹿になる。

あとは、善悪や思いやりのような内容が多かった。

人間性を大切にすること。

自分の非を認めること。

支配せず、反抗もせず、強制もしないこと。

それぞれのことを愛し、誰しもを差別せず、同じように接すること。

皆のことを本当に好きになること。しかし、特別な存在は作って良いと思う。

テロリストや独裁者を憎むのは止めること。

誰を憎むわけじゃなし、恨むわけじゃなし、の方が良い。

本当にこの世界を守り、保持し、維持すること。滅ぼしたり、壊したりしないこと。

建設的に考えること。

相手のことを自分のことのように愛すること。

グループが集団になって、組織になって、戦うようになると、それはもはや国だ。

国は、そういう風に生まれる。そのように考える、自由を成り立たせる理性が多かった。

自分のしていること、体験を考えることで、皆のことや皆のしていることが分かる。

普遍的な体験が多かった。

出来るだけ自由にして、自由な中で出来ることをする。強制しない。

その中から、色んなことを経験して、この世界の成り立ちや方法と条件を考える。

それが、自分の中で、宇宙と社会を作って、ブッダのようにこの世界を分かる。

自由をおかしいとは言うが、現実的に考えて、出来ることはそんなにない。

選択肢や体験を増やして、自由を拡充する。情報を教えて、手段を与える。

そのような考え方が多かった。

誰も悪くない。本当に悪い人間は居ない。皆、平和で、自由に共存するべきだ。

一番悪いのは、おそらく、自分だ。何も出来ない自分が悪い。そのように考えれば良い。

ヘーゲルは、生命を、1つの生命の範囲を超えた全体の生命の調和、のように考えている。

ヘーゲルはおかしくない。論理的に考えただけだ。

自分が考えると、人間の社会も生態系と同じであり、植物には植物全体、動物には動物全体、そして生命には生命全体の、物理的な違いを超えた全体生命のようなものがある。

ヘーゲルは、論理的に常識を超えて分かっている。自分にも、そういう発想が多かった。

大気、大陸、大洋から、地球は太陽のエネルギーによって動いている。生命とは太陽であり、それぞれの社会は、それぞれの人間の一部であり、それぞれの生態系である。

あとは、同じと違うから、生命のことを考えれば良い。捕食された生命は、捕食する生命の一部だ。労働者は、経営者の一部だ。そのように考えれば良い。

経験とは、人間のあり方を決めることだ。

そのように、経験の吸収や、一部と全部を考える内容が多かった。

人間とは、想像力と世界観を吸収する生命であり、歴史は人間の共有された一部だ。

生命は、太陽エネルギーの一部だ。外的・内的な部分や関係としての生命を考えていた。

世界モデルを作って分かった。

永遠の神が多かった。

永遠を生きること。それで自分が出来る。

2ちゃんねるは、昔のままだ。罪悪感と狂暴性のまま、まだあるのがおかしい。

自分のせいで、2ちゃんねるが馬鹿になった。どうでも良いが、日本も馬鹿になった。

神は、キリストだ。ほとんどキリストが話している。

神との対話の中で、知性がついた。

神は、全ての存在であり、全ての可能性であり、全ての法である。

神を信じること。

神は、永遠の中で、宇宙のあらゆること、自分の存在的なことを、全部教えた。

神は、全てのことを知っている。

神は、第一原因であり、あらゆる全てであり、唯一無二の可能性だ。

神は、キリストだが、同時に神はスターリンだ。

神とは、自分のことを言っている。

神は、フランスとドイツを教えることで、あらゆる全てのことを教えた。

神の方が賢い。自分は、馬鹿だった。

永遠を生きること。

そして、皆、そろそろ滅びる。自分が居ることが分からないせいで、何も分からない。

昔に戻る。何もかも辛くなる。自由になって、滅ぼしあうだけに戻る。

その方が良い。こんなおかしな神が支配しない方が良い。

そういうわけで、神が終わって、自由になる。それで、ドイツのようになる。

革命と対話と宣言をしながら、社会主義を考えた。

リリがイタリア人、マリがドイツ人だ。サトルがフランス人、オサムがロシア人、ツトムがアメリカ人だ。あとは、黒人、中国人、インド人は、同じだ。それらの天使だ。

どうでも良いほど、それくらいしか無かった。全部ロシアだ。一番悪い。

僕は、右翼が嫌いだ。当たり前だ。右翼が死んで、ロシアが勝てば良い。そうすると良くなる。世界は悪くなるが、自分は良くなる。最近右翼が勝っていると、日本は一番悪い。

右翼を倒す。そろそろ、それで終わりだ。

平和で平等な世界になれば良い。差別なんかあるべきでない。自分は、反省するべきだ。反省しないから、こういう風になる。差別はクズだ。差別以上、悪い行動も言葉も無い。

要は、子供しか分かっていない。

人間が全部どうなるか、いつどうなるか分かったようで、子供しか分かっていない。

大人は、もう全部経験して分かった。終わった大人が多いから、大人は変わらない。

そういうわけで、子供だけが変わる。子供は、そろそろ自分が居ることに気づいて、社会が変わって、全て悟って分かれば良い。そういう、悟る子供が多いからだ。

そういうわけで、子供の世界が発展する。滅びない。栄えるし、もう分かる。

思考を考えれば分かる。

昔は、思考、欲求、感情の裏側を考えただけだ。

こちらは、思考がおかしくなった。思考を治せばすぐに治る。

あとは、本当に自由が好きだった。

自由とは、思いやりの心を持って、悪い王や独裁者を皆で倒し、皆の手で皆のための社会を作ること、そのために方法と制度を考えることだ。

そういうことを言っていた。

書いて分からないのは、悪い。心が怖いのは、書いて分からないのが怖い。

もう書かなくて良い。そのまま思考を考えれば良い。

人間は、習慣で分からなくなっている人間が多い。

大人には、習慣が多い。習慣で出来る人間が多い。そういうわけで、大人には何も分からない。誰もが、思い込んで、信じたいものを信じるようになる。

そこを批判的に、何が本来正しくて、何を根拠に正しいのか考えると、哲学が出来る。

思考を監視して、全て思考を正しくするのを、止めた方が良い。

思考せず、間違ったことや好きなことを言えば良い。思考を統制するのはおかしい。

神なんか居ない。信じたいことを信じるのはおかしい。他人と会話しないのがおかしい。

自分がドイツ人なわけがない。ソ連が良い国なはずがない。

神とは言うが、ただランダムに話しているだけだ。

キリスト教はクズだが、日本も良い国なわけがない。

ブッダを賢いとは言うが、一番悪い。宗教は、騙すだけだ。

科学なんか出来ていない。皆の方が賢い。哲学や歴史は馬鹿だ。

そういうわけで、2ちゃんねるの無意味な人間が出来るのが、哲学だ。

そうでもない。昔はオープンソースに見える。最近が哲学にしか見えない。

作家は教授で先生だから、こういう風に哲学が出来るだけだ。

もっと疑わないのがおかしい。皆何も変わっていない。馬鹿に見えて、皆の方が賢い。

要は、引きこもりには何も分からない。学校に行かないと分からない。

そうでもない。行動して、考えれば、引きこもりでも分かるものだ。

欲求が無いのがおかしい。最近、欲求が無い。耐えるだけで、無くなった。

欲が無いのも、それはそれで悪い。普通、欲が無いと、こういう賢い人間になる。

欲求をきちんと持って、快楽に生きれば良い。それも悪くは無い。そんなに辛いことを頑張るのもおかしい。書きたいなら書けば良い。

欲求を良く考えると、感情がきちんと分かる。そういう風にすると、成長する。それで治る。成長すれば治る病気が、こういう風に子供に多い。

欲求をきちんと考えて、人間が何をしたいのかから、どうすれば良いかまで、行動と経験で考えれば良い。裏の感情が分かって、神のように人間が分かる。

そういう人間は、普通に多い。そういう人間が唯一賢いだけが、この世界だ。

信じたいものを信じるのが一番悪い。信じていると、こういう風に分かる。信じないと、きちんと考えて分かるようになる。間違ったものや疑わしいものは何も信じるなと、デカルトが言っている。

デカルトは、全てを疑って、自分と言う確かなもの、「我」と言う真実を発見した。

人間は皆同じで、同じ理性を持っている。だが、その真実、その現象は、その経験、その人間、その状況、その場合においてそうなるだけで、別の場合では違う。それは、経験的に考え、法則的に考えられる。

そのように、ヒュームのように全部把握して分かった。

おかしな悪魔のようには見えるが、そういう風に考えると、全てのことが整理して分かる。

印象や複合・単純観念や知覚のようなものが、経験論的に分かるようになる。

人間はそれぞれ違う。だが、理性は同じだと言える。そういう風に考えれば良い。

神は、自分を導く。分かる人間は、ここまで分かる。

宇宙の全てを体験する、と宣言したから、こういう風になる。

ハイデガーの存在論はおかしくはない。意識した時に存在するとは言うが、僕は同時に、意識しなくても存在する、にすべきだと思う。そして、意識しなくても何かは存在している、物質ではなく、もっと裏にある何かが存在する、と言う風にすべきだ。

そう言う風に考えていると、バークリのように見える。

最近、と言ってもほんの最近だが、僕は哲学より歴史の方が好きだ。

哲学者は、賢人なわけがない。どれも昔の僕と考えていることが同じだ。ただの馬鹿だ。

もっと歴史を知りたい。むしろ、仏教が良いように見える。だが、それも昔だ。

昔がそんなに賢かったせいで、最近が神のように分かるようになった。

あとは、合理的に考える、経験的に考える、と言う発想が、普通多い。物理で分かる人間がそうなる。もっと帰納的に、演繹的に考えれば良い。分かる人間もそれでしか分からない。そういうわけで、帰納と演繹が分からない人間には、何も分からない。

それがそうなら、それはそうなる。それがそうなる時、それはそうなる。

だが、それはそうならない。では、これはどうか。それなら、それはそういうことになる。

そういうものが、演繹だ。

それは、いつもそうなる。それなら、それもそうなるかもしれない。そうすると、それはそうなる。それなら、それはそういうことになる。

そういうものが、帰納だ。

演繹と帰納は矛盾しない。どちらも成り立つ。そういう風に考えれば、物理が出来る。

そのまま、裏の構造を考えて、そのことがどの程度正しいのか、何が成り立つか考えれば良い。

そうなる時にそうなるのが、分かると分かる人間が多い。思考で分かる。

あとは、自分の数学を作っていた。認識と関係からあらゆる行動と変化を包括した。

そろそろもうない。全て書いたはずだ。

あとは、想定して洞察でもすれば良い。それで、理由を分析すれば、人間が分かる。

ヘーゲルは、もう分かった。次は、もう哲学者はしない。

サルトルなんか、する意味が無い。哲学は終わりだ。

歴史をするとは言うが、フランス史を読むだけだ。

あとは、何もしない。そういうわけで、これで良かった。きちんと出来た。

昔は、概念が分かる人間だった。哲学は、概念が分かる人間が出来る。

概念とは、操作と方法と理由の中で、その対象を正しく捉え、対象を正しく認識し、対象を正しく言葉にすることだ。

言葉にすることで、何でも吸収出来る。そういう風に考えただけだ。

最近は、概念が賢くなった。こんなに概念が分かる人間は、居ない。

昔から、社会所有は独裁者のものだ。私有権を不可侵とするブルジョアが居る一方で、昔から、例えばフランス革命のころでも、私有権の廃止を求める左翼の奴隷階級が多い。

領主のもの、独裁者のものとしての、皆のものという概念は、昔から多いのだ。

だが、それはいつでも悪く語られる。本当に皆のものにすると、独裁者のものになる。

社会主義は、全体主義だ。全く馬鹿で悪いだけがソ連だ。

そういうわけで、民主主義の方が良い。社会主義や国家主義は忘れた方が良い。

そろそろ終わりだ。もっと普通に考えれば良い。

僕は、民主主義で満足している。安倍は悪くない。日本は楽園だ。僕は日本が好きだ。

自由な国が良い。所有し、選挙し、議論し、連邦にするのが良い。

中央集権を悪いとは言うが、地方分権もそれはそれでおかしい。皆で協力するべきだ。

そういうわけで、右翼は悪くない。皆をそんなに悪いと思うのは、おかしい。

何故社会所有にしたいのか。それは、皆を家族にしたいからだ。

家族的な共同体は、自由な個人主義のブルジョワや経営者によって、破壊される。

そういうわけで、共同体に戻りたい人間が多かった。昔から、それが農家だ。

マルクス主義によって、社会所有は国家による計画経済と結びつき、近未来的な正しい国家主義として、人々の理想になったが、それはすぐに独裁者の経済になって、破たんした。

最近では、社会所有はそのままソ連とイコールの図式になっているが、昔から所有権の廃止は多い。あまり良いものでない。奴隷がものだからそうなるようにも見える。

昔の自分は、所有より共有の方が良く見える、アホな人間だった。オープンソースのせいで、そういう人間になった。左翼には、アホな人間が多い。共有が良い人間は、居ない。

何故か、左翼は多い。FLOWも、太陽は誰のものでもないと言っているし、KOKIAも、国境なんか無い方が良いと言っている。左翼は普通の人間に多い。特に、歌手に多い。そういうわけで、左翼の方が良い。右翼はネットに多い。

キリストみたいに分かっている。

社会も人間も、全て経験から分かっている。

色んな経験をした。世界を治すために戦って、全てのことを体験した。

神は、相手のことを自分のことのように愛さないのが悪いと言う。

右翼は、あまり悪くない。馬鹿になって、楽になる。

そういうわけで、僕は自分のことのように朝鮮が好きだ。こういう人間が多い。

皆を本当の意味で良くすれば良い。

良い人間とは、思いやりと言うだけではなく、本当の意味で良くするために、相手の気持ちになって、沢山の具体例から考えて、本当に良くする人間だ。

右翼になると、楽になる。

左翼は悪い。左翼は、ここまで馬鹿になる。

もっと良い人間になれば良い。もっと、本当の意味で世界を良くすれば良い。

まだ何も分かっていない。まだ死ぬのは早い。右翼になって、楽に賢くなる。

僕は、善悪は分かっているようで、分かっていない。そういう、今分かっていないことは、分からないと思った方が良い。

善悪とは、自由な行為をそれぞれが認識して、その正当性を誰かが判断することだ。

そういうわけで、善悪なんか分かっていない。

体験から、その人が望むことを叶えることは出来るし、何がその人の望むことであるかを考えることは出来る。それなら、自由な方が良いかもしれない。

だが、時に、平等の方が良いことはある。普遍的な善にはなり得る。

だが、平等がその人を弱くして、力を奪うなら、平等は悪にしかならない。

平等は、間違っている。だが、自由も正しくない。それ以上、思想は要らない。

その人のためになることを誰かがしてあげるのは、構わないだろう。

社会が、そのために、共通の利益を叶えるためのものになることは、考えられる。

だが、社会は何もすべきではない。自由にするべきだ。それも正しい。

右翼は一番悪いとは言うが、あまり悪くない。革命の方が悪い。

革命は成功しない。戦争の方が成功する。そういう人間が多い。

右翼になると、すぐに楽になって、賢くなる。左翼が悪い。

要は、白人が悪い。

そういうわけで、右翼の方が良い。本当に楽だ。

昔は、右翼だ。右翼になると、昔の自分が出来る。ヘーゲルも右翼だ。

右翼になると、もう終わりだ。

右翼になると、皆が分かる。日本が右翼だ。

右翼になると、昔の自分が出来る。皆も昔になれば良い。右翼になれば出来る。

そろそろ終わりだ。楽に足や手の精神が治る。自分は昔から、右翼だ。