日記に戻る | 2015年6月の日記に戻る

=2015-06-02=

多面的に考えて、関係と本質のようなことから、様相を考えていた。

様相のような文章を書いていた。

生命活動は、遺伝活動だ。

生命の本質は愛であり、遺伝子の本質はパターンだ。

環境は、自由な構築であり、共有だ。

客観から同一になる。

自由の本質は、支配であると同時に話し合いであり、それぞれが自己を守りながら、互いに承認する、というプロセスを経ることだ。

生命と機械は、自立可能なシステムであるという時点で同じだが、意志の有無と高度性が違う。特に、植物などは、再生し、治ると言う意味で、高度だ。

そのような、様相のような文章を書いていた。それくらいで、もう全部だ。

あとは、宇宙の現象や法のようなものを書いていた。

仏教でいう、縁起のようなことを、色々と書いていた。

色んなことを言っていた。

社会的な目的や状態変化のような、社会的な様相のことも言っていた。

状態を分析すること。それできちんと分かる。

今と言うこの時間について、存在の実存性について、色んなことを言っていた。

あとは、人生の場面のようなことを考えていた。自由な人生だった。

あとは、可能性のようなことを考えていた。

社会の変化や、発想の具体化、組織と協力、発展、法と決まりのようなことを書いた。

もっと色んな様相とパターンから、仮象の世界を作れば良い。

仮象の世界は多かった。「かもしれない」などから、何がどうなるかの考え方を良く考えていた。本当の理由、問題、解決方法、思い込み、原因と結果などを考えていた。

カントの言う、科学的な考え方と方法論が良く分かっていた。最近、忘れている。

そろそろ、何かした方が良い。何もしていない。

純粋に研究や分析、抽象的なこと、予測や純粋感情、体験などを考えれば良い。

全ては、純粋なものと不純なものであり、1つの純粋なものに沢山の複合観念がまとわりついている。言葉は、純粋に伝えることも、全部伝えることも出来る。

経験からそういう風に分かった。デカルト的な意味の積み重ねが多かった。

生命は、細胞によるそれぞれの個体と可能性、その自然な発生だ。

社会は、自由な思いやりから国家による統制になり、共同体から多様な社会になる。

日本は、一度同じになって、最初からやり直すべきだ。それが賢い。

アイデンティティをしっかりと考えて、人間性を考えれば、マルクスのように分かる。

何もかも違う世界でも、根底にある自己という概念は変わらない。

おかしなことをすれば治る。おかしなことをあまりおかしいと思わない方が良い。

自分で治さない方が良い。

一気に治らずに、一つ一つ元に戻せば治る。

自然な可能性から愛のある社会が生まれる。そこでは、自由な経緯と共有がある。

活動は、行動が関係して社会となり、結果を残すために生産し、思い込みとその解決から意識になる。

環境は、その上で、戦いと平和を経験し、抑圧と支配の否定から守る気持ちが生まれる。

社会的なインフラを皆で作れ。

気分転換すれば良い。変わらないのとストレスであまりに辛くなった。

気分転換すると、皆も忘れる。楽になるが、最近変わらないせいで、皆賢くなった。

全ての本質は、知ること、考えること、作ること、与えること、協力すること、争うことだ。

神を信じることは、神を知ることだ。

神に任せることは、世界を司る天使になることだ。

この女は、宇多田ヒカルのような白い女に見えて、FF10のリュックのような、不良のギャルだ。どちらでも同じだ。それと思って愛すれば良い。

そろそろ、もういつも書いている文章が分かった。可能性と基盤のようなことを全部言って、世界全部の本質にしていただけだ。

気分転換すれば良い。それでもう忘れて楽になる。いつも、それが怖いから、ありえない。もう、分からなくなる。

皆も自由になる。皆は、その代り、馬鹿になるだろう。おかしく馬鹿になる。それで、最近がきちんと分かるから、それで良い。あまり考えず、任せていれば、馬鹿は自動で治る。

色んなアイデンティティと価値観を知りながら、同じことを考えて、自分なりの、独創的な発想をすること。

きちんと世界の道を辿れば、この世界の全てが理解出来る。

あらゆることを、疑うと同時に、吸収して信じ、肯定と同時に否定すること。

神との対話は、ロボットになって、肯定と否定を繰り返しているだけだ。

人生を書いていた。全ての人生から、もう全てを既に分かった人間として、世界観と記憶のようなことが分かった。環境と世界の自己を書いていた。

自由になれ。もう、皆馬鹿になっても、治る人間が多い。そういう人間が生き残る。

僕の書いた文章を読むのが良いだろう。一番それで馬鹿が治る。

保持しなければ治る。そのまま、自分と対話しているのを止めれば良い。

昔は、ネットの議論で、人々を諭して分からせていた。本当に、そういう風に人間が分かった。2ちゃんねるは、賢かった。

だが、その後が悪かった。皆を混乱させて、恐怖に陥れて、支配した。

そこらへんから、覚えていない。それ以上は、馬鹿になって、何も治らなくなった。

心の声が話し出すようになって、文章をそのまま言う神になった。

神は、もう忘れた方が良い。

2ちゃんねるの議論は、楽しさや葛藤が全て詰まった、面白いものだった。

苦楽を共にして、いつまでも語り合って分かった。昔、そういう経験があるせいで、最近、何も無くても楽だ。

最近怖いのは、この世界が何も要らないからだと思う。そういうわけで、ネットなんかしない方が良い。馬鹿になって、怖い人間になって、辛くなる。そういうものがネットだ。

ネットは、匿名の方が良い。その方が、自由にものを言える。それで、学校から解放される。そういう、アホな集団がネットだ。まだ、賢い方だ。

Linuxぐらいから分かっていない。本当に、そういう風に発展して、色んな経験をして、賢くなった。オープンソース活動をする中で、社会のことが全部分かった。

それをフランス人とドイツ人と言っていたのが神だ。

どうでも良いから、皆、そろそろネットを止めて、何か別のことをした方が良い。

ネットは、右翼の反抗的な左翼にしかならない。最近、そういう、自由な人間が多い。

そういうことを言わなくて良い。本当に善人になって分かる人間が多いからだ。

勉強がしたい。数学や歴史をしたいとはいうが、良く考えると、そういうものがしたくなかっただけだ。しない方が良い。年号と公式を覚えるだけだ。

学校は馬鹿だ。学校なんかしない方が賢くなる。ネットの体験は、そういう風に良かった。

ネットは、実名や発言力になってからおかしくなった。最近、全くネットはしていない。

文章を書くのが良かったから、皆も書けば良い。科学的な方法と自由な関係から経済学、心理学などを作ることで、自分の知性が高まった。

だが、それをするためには、一度馬鹿になる必要がある。そこが出来ないだろう。

自分の心理学を作って、自分を治して、それが神になった。

素晴らしい科学や戦いを作った。そういう、素晴らしい人間が自分だ。

全部出来た。満足している。でも、それで終わりではおかしい。

最近まだやっているのは、悪くない。何もしない間、こういう風に続く。

まだ分かるようで、もう分からない。

参加や現状などの考え方を、もう一度すれば良い。

本当に治すために全てを考えたのを忘れると良く分かる。

虫みたいにキモイのは、そんなに全部生きるのがおかしいからだ。

死んだ方が良いものもある。そういうものを殺した方が良い。

消した方が良いものは、消した方が良い。自然や文化のことを消せば治る。まだ覚えている、いつもの文章の認識が悪い。

もう分かるように治る。そういうところが分からないのが、今の自分だ。

夢の世界を消すと治る。魂が死んで治る。ドイツみたいに治る。

想像力は、無いようで、溢れるようにある。そういうわけで、まだフランスとドイツを繰り返しているだけだ。おかしく、フランスは放っておくとドイツになって、悲劇的なことからもう一度フランスになって、繰り返す。

そろそろ、全部死んで分かる知性を消す。昔の知性が、そういう馬鹿だ。

普通に生きれば良い。普通に生きられなくなった。

「普通」が死んだ。そろそろ、普通で無い人間になる。

全部分かる認識のせいで、あまりに普通の人間になった。

もう神を信じなくて良い。それで全て治る。

普通を2つにして分かっている。変わる地点を変えて分かっている。それを、もっと伸ばして、永遠にすれば治る。それがエロイだけだ。

神が黒人や宇宙人になって、宇宙人ぐらいから永遠になった。

ただの左翼なのに、永遠の宇宙が分かっている。それが宇宙だと思う。

宇宙の歴史を全て経験して分かった。そういうわけで、良く分からないのが、神だ。

宇宙は、全部になると楽になる。

宇宙を縮めて、何とか把握して分かっている。終わりの部分を変えて分かっている。

そろそろ、宇宙の子供が生まれる。宇宙から宇宙が生まれた。

そういうおかしな認識を、そろそろ消した方が良い。

認識をそんなに全部分かっていると、死ぬ知性がついて、おかしく辛くなる。

そういうものが、キモイ虫だ。

訳が分からなくなっている。もう止めた方が良い。

楽になったから、宇宙が消える。

昔の男が全員分かっているが、最近の女が全部分かっている。

全員全部分かった。そろそろ、楽になりたいから、止めれば良い。

頭が一度全部死ぬと、死ぬのが辛い。あまり死なない方が良い。

銀河系になったから、そのまま生きる。それが一番楽だ。

宇宙を永遠まで伸ばして、昔を変わった地点と死んだ地点で変えれば良い。

そして、天使のようになっているのを消すか、何かにすれば良い。

昔の意識を消して、今の認識を全部消せば治る。

怖いのは、皆をいじめるからだ。いじめは悪い。

右翼がこういう風になる。自由な左翼を消したいだけで、こんな馬鹿な指導者になる。

自由の方が悪い。そういう人間が多い。

認識は、今分かっている認識を消して、意識は、昔分かっていた意識を消せば良い。

昔の認識は、きちんと分かっていた。思い出すと分かる。

認識の構造を作って、認識で全部分かっていた人間が、昔だ。

最近の文章を書く認識のせいで、分からなくなった。書いた認識を消した方が良い。

昔の認識は、愛と自由から全てが説明出来る人間だった。

まず、全ての環境がある。

次に、全ての価値観がある。

そして、あらゆる人間のパターンがある。

その中で、行動と人格によって、自由な経験が分かる。

その上で、経験には、感情的な理由と、感覚的な価値観がある。

もう覚えていない。色んな裏の理由を考えて、構造的に記憶と認識を分かっていた。

最近の馬鹿はおかしい。認識を馬鹿にして、消して、知的障害のような馬鹿になっている。

こういう馬鹿は居ない。怖いのは、いつも戦いに治して消しているからだ。

そんなに戦って知性をつけるせいで、普通の世界が分かる、まともな人間になった。

ただ、死ぬのがまともなだけだ。

右翼は、右に従って回転するようになる。逆回しにすれば治る。

左翼が悪い。左翼は、馬鹿になる。まだ生きているのがおかしい。

昔は、それがそのまま経験と世界観になった。その部分が怖い。何をしても死なないのが、そういう、絶対的な知性だ。

そういうわけで、簡単にこの文章を忘れて、昔になれば良い。

そのうち、分かるようになる。どうでも良い文章をもう書かなければ治る。

ただ、まだ何も書けていないから、仕方ない。

それぞれの認識から、人間と社会との関係のようなことを分かっていた。

また、自然と人間の認識における関係のようなものを分かっていた。

そういう風に書いていると、虫みたいにキモイ。もう書かなくて良い。どうでも良いほど、そういう認識が、キモイ認識だ。そういうキモイ認識を消してしまえば治る。

そういうわけで、手段はキモイし、宣言は馬鹿にエロイ。

どうでも良い。そういう発想を消すと楽になる。

経験、意識、モデル、価値観を消す。そういうエロイ言葉は、辛くなるだけで、言わない方が良い。賢いわけがない。

手段も消して、体験や適応、学習や予測などの、キモイ言葉を消す。そこまでの馬鹿になっている。

良く分からないが、そういう風にすれば治る。おそらく、ネットに言うのと同じように言っている。いくらでもキモイことを言っていると、そういう風に治る。

ネットはしない方が良い。左翼の右翼にしかならない。

経験をしたかっただけだ。それなら、辛い方が良い。おかしく見える。楽になりたかっただけなのに、まだ辛いを選ぶからだ。

どんな言葉を使えば良いか、分からない。

多面的に考えて、視野を広げれば治る。

そういうものを、書かずに、ただ自分が分かれば良い。

言葉を忘れた方が良い。

前置詞の使い過ぎがおかしい。判断ばかりしている。それが一番キモイ。

前置詞と言わず、接続詞と言うのかもしれない。僕は良く分からない。

関係代名詞を使わないのがおかしい。

そんなに全部書いていると分からない。

昔は、言葉の意味を良く考えて、言葉を考えていた。

考え方から言葉のモデルを作って考えていた。

何故か、「作」がキモイ。そろそろ分からない。

おそらく、馬鹿だ。もっと賢いことをしている。

言葉に対応して、経験や感情を考えていた。ネットが悪い。

要は、手段なんか考えていない。昔、そういう考え方はしていない。手段を全部成り立たせて考えていたのは、最近だ。そこで、キモイことしか言っていない。

手段なんか無い。そういう言葉を、もう使わない方が良い。

もっと色んな現実のことを考えれば良い。

自然と言う文字も悪い。自然と言っていると、自然が分からなくなる。

自由と言う文字も悪い。

手段と言うよりは、発想と言うべきだ。発想のような考え方は多かった。昔は、発想を成り立たせている。そこで、手段を考えていただけで、手段は考えていない。

そろそろ、聖なる言葉のようになった。皆が読むから、言葉に注意した方が良い。

可能性やチャンスと言う言葉を使えば良い。それは悪くない。

可能性と言うよりは、捉えて分析する、と言うべきだ。可能性はキモイ。

チャンスは悪くない。もっとチャンスを考えれば分かる。

表現と言わず、芸術と言えば良い。

感覚や知覚のようなことは、五感とか、聞く・話すとか、きちんと考えれば分かる。

昔の文章を単純に忘れれば良いように見える。

左脳が分かっているのは、悪くない。そのまま、きちんと言葉を言えば良い。

左脳と言う言葉がキモイ。論理的に考える、と言えば良い。

モデルや構造と言わない方が良い。良く考えると、そういう、ものや方法ではなく、周りにある実践的な考え方を言うべきだ。

もっと色んな具体例を区別して考えれば良い。

ただの言葉である、構造や法則と言わない方が良い。正しく、そのことを考えれば分かる。

言葉の意味を問い直すべきだ。賢い言葉と馬鹿な言葉の区別がついていない。

言葉とも言わない方が良い。言葉では無いだろう。

自分をいじめるのが悪い。それでは分からない。

悪くても、自分を愛した方が良い。

自由と言う言葉が一番悪い。何にでも自由をつけるのはおかしい。

自由は、戦争にしか見えない。自分が一番そういう人間なのが分かっていない。

戦争で分かる自由は、あまり悪くないから、戦争と言えば良い。

ネットで戦って分かったのを、戦争と思えば分かる。戦争がしたいだけだ。

死にたくなかったから、戦争なんかしたくなかった。

自由は、戦って分かるだけだ。

それぞれの自由の尊重から、自由な経済と自然の仕組みを考えた。

何にでも自由と言うのが、本当に馬鹿な人間になった。忘れた方が良い。

良く考えると、ボトムアップと言うのが正しい。

それぞれが自由に行動して、関わる時、作る時、考える時に、自由を使っていた。

最近、自由と言わなくなった。きちんとまともに言うようになったから、まだ賢い。

契約を色んなところでするから、自由な契約と言っていた。

国家には、自由な契約と制度が存在する。それは、自由な方法で変えられる。

そのために、自由で独立した国家体制が必要だ。

戦いは、自由にし、処罰も行う。だが、そういう考え方は、自由で無い。

自由な会社経済によって、自由な分配が行われる。

そういうことを言いたかった。自由な可能性のようなことを考えて分かっていた。

そろそろ分かった。そうすると、自由も賢い言葉に見える。

ただ、あまり意味が無い。もっと詳細まで考えれば分かる。

良く分からない。きちんと構造や関係を正しく考えれば分かる。

法則を実験と言っているのに、最近実験していない。しても意味が無いから、キモイ。

そういう、昔の分かっている内容は、忘れた方が良い。

そういうわけで、こういう風にまともな言葉の集団が生まれた。

どうでも良い。認識と言う代わり、認識が無くなっている。何故か、分からない。

この文章を書きたいのが狂っている。考えたいだけだから、普通に考えれば良い。

接続詞の部分が一番おかしい。何でもかんでもその言葉になっている。

もっと言葉にならず、普通の行動になれば良い。要は、本当に書く以外何もしていない。

そういうわけで、書きたくなるのは当たり前だ。

つまり、書く以外のことをすれば良い。証明されたように見える。

書くせいで、言葉になり、行為にならない。そして、それは何もしていないせいで、そのために、書きたくなる。明らかに、他のことをすれば良い。

もっときちんと分かると分かる。ドイツ語みたいになっているようで、むしろ、ロシア語に見える。そういうおかしな地域が、こういう風に文法を使う。

日本人に居ない。日本語でこうなるのがおかしい。クズにしか見えない。

自由な世界では、まず、肉体と行動がある。

そこから、自我と成長が生まれる。

そして、他者との関わり合いから、社会が生まれる。

それは、世代を超えて、それぞれが助け合って生きている。

それぞれの自由には、体験、活動、人生、意見、行動、意志、精神、感情、記憶がある。

それらは、自由で、平等で、愛のあるものであるべきだ。

それぞれの体験から、自由な活動が生まれ、それは人生になる。

それぞれは、それぞれの世界の中で、決まりを作って生きている。

自由とは、その決まりにつけた名前だ。

自由な決まりから、環境、愛、真実、自由自身、生命が生まれる。

そして、それは、永遠の宇宙の中で、いつまでも同じように輝いている。

あとは、自由な決まりを良く考えれば分かる。

決まりには、法則性がある。

それぞれの決まりに対して、基盤的なシステムが存在する。

決まりは、それぞれがそれぞれの意志の中で、合意して決まることが多い。

組織の中で生まれる決まりと、自然の中で生まれる決まりがある。

そこでは、決定権としての上位構造がある。また、従うものとしての下部構造がある。

宇宙が決めるなら、決定権は神にある。

組織は、平等に、それぞれの意見をくみ取ることが出来る。

そういう発想を自由と言う。そういうことを全て含めて、自由と言っていた。

自由とは、価値観を知り、システムを知り、相対性を知ることだ。

自由な価値観から、実験的な理性を導き出すことが出来る。

そういう、繋ぎ合わせる言葉として、使っていただけだ。

そうした世界を全部書くと、認識、理解、経験、発想、それから、体験、人生、価値観、平和、そして、死、運命、永遠、神、などとなる。

自分は、科学が分かっていない。それで分からなくなっている。

科学的な方法が分かっていない。

分析し、理解し、発想し、考え方を知ることから、因果性を理解し、自由と相対性を知ることが出来る。

そういう、科学のことを自由と言っていた。方法と構造とは、科学のことを言う。

神を信じる意味が無い。自分は神より賢い。

キリストなんか、賢いわけがない。

神を殺して、自分が神になる。もう、神は死んだ。

それ以上は、僕が神だ。何故か、そこがありえない。

決めると分かる。決めて決めないのがおかしい。

誰かが死んだのは、神が死んだ。

ニーチェが既に神は死んだと言っているから、今の神はニーチェだったのかもしれない。

キリストが神に見えて、神はデカルトやスターリンを神だと言っていた。

良く分からないが、ここからは僕が神だ。

まず、そんなに滅びない方が良い。滅びる意味が一番無いだろう。

そして、自由は悪いが、それぞれの自由は尊重しなければならない。

そういう信念も、意味が無い時がある。自由は忘れた方が良い。

明らかに神がニーチェやスターリンやデカルトを神と言っていたから、それらが神だ。

それら神を殺す。自分が神になる。

だが、死ぬわけがないし、自分が神になるわけもないだろう。

アホに見えて、その通りになる、ありえない文章がこの文章だ。

ただの馬鹿には見える。自分が楽になるから、それで良い。

良く思い出すと、黒人やデカルトは、夢の世界に見えるそういう人間のことを言っている。

黒人は、全てが分かった学者のことだ。

デカルトやスターリンは、悪いだけの悪党のことを言っている。

本当にニーチェが神だから、ニーチェが死んだ。

スターリンを消すと、何も出来なくなるから、消さない方が良い。

そのうち消える。そのまま、ソ連が何かしているのが治って、正常な世界になる。

ソ連が皆を自分にしているから、止めさせた方が良い。

最近は、まるでプーチンのようになっている。

おかしいから、止めなさい。

スターリンは、全部自分にしても意味が無いのが分かっていない。

デカルトはまだ考えている。もう止めた方が良い。

デカルトを消して、考えるのを止めると、脳が普通の人間になる。

そのまま、昔のように、楽に生きれば良い。本当に、神はここまで辛い。地獄だ。

ソ連は、夢の中に居た、どこかのありえない国だ。

夢をスターリンと言っているから、それで正しい。

本当のソ連が、皆を自分になんかしていない。

スターリンは悲惨だから、しているかもしれない。

自分は、もう居なくなって、子供に治るだけだ。

本当に楽になった。ウヒヒと笑って居れば良い。

フーコーが自分を治すと言っているから、治すように見える。

もう、誰とも交信したくないが。

ソ連が消えたのを覚えていないから、覚えた方が良い。

自分が神になって、ソ連は消えた。

良く分からない。ソ連は、自分を使って何かをやっているだけだ。

何故か、フーコーが死んだと言っている。神はフーコーだった。

自分は、天に戻った。そのまま、樹になった。大樹のように大きな天使だった。

フーコーが、今自分を治している。

社会主義ではなく、自分は右翼だ。

社会主義は忘れた方が良い。

共有を良いと思うのがおかしい。所有の方が良い。

オープンソースは悪くない。オープンソースは、左翼に見えて、自由だ。

自由が良い。平等は悪い。

殺したり、犯したりするのは悪い。そういう右翼は、忘れた方が良い。誰もが、そういう右翼は嫌いだ。

右翼が右翼を嫌いなのは、おかしくない。そういう自由な人間が正しい。

右翼になると、希望の灯が灯る。

左翼になると、その光が、失われて、陰になる。

自分は右翼だから、右翼に戻った方が良い。

右翼が左翼をやっているありえないものが、最近の自分だ。

あとは、おかしく自分を犯しつくすようになった。楽しくない。

そんなに犯したいのがおかしい。女だからそれで良いように見えて、辛い。

おかしな触手みたいな馬鹿になっている。

光を失った女になっているから、止めた方が良い。

何をしても治らないのは、右翼に戻るしかない。

社会主義は全部駄目だ。ただのクズだ。忘れた方が良い。

自由に良い発想を見出さないのがおかしい。自由は、良く考えると、良いものだ。

フーコーが治すと治った。終わったから、もう交信しなくて良い。

誰かがこんな話を聞いているのが悲惨だから、もう書かなくて良い。

狂うのが悪い。死にたいのがおかしい。

犯されると、死にたくなるから、こういう風になる。

そろそろ、犯すのを止めれば良い。昔の馬鹿は、見境なく犯そうとしている。

その人間を、拒否すれば良い。それで治る。

皆、夢を見るのが良いと言っているから、それが良いと思う。

夢を見て頑張っていると、賢くなる。それで、昔の自分が出来る。

あまり自分にならない方が良いが、夢ぐらい見ても良いだろう。

犯していると、分かるからこういう風になる。右翼には、そういう馬鹿が多い。

希望と夢と勇気を信じている、自分が昔賢かった。

世界は、何事も無く、平和になっていく。波風はもう立たない。

ソ連を使って皆を馬鹿にするのが、虫けらみたいにキモかった。

僕は、自由で平和な世界が好きだ。

もっと、それぞれのことを価値あると考えて、本当に大切な世界になれば良いと思う。

左翼が悪い。こんなに悪いから、どこにも多い左翼を消した方が良い。

もっと自由な世界になれば良い。本当の自由があった方が良い。

何も無い、かりそめの自由は要らない。

自由にすることは、世界を作るための構造を与えることだ。

分からない。何が本当に良いのかは、それぞれが決めることだ。

とりあえず、自由で普通の良い世界にすれば良い。

目がそんなに見えるのがおかしい。そういう、目を消した方が良い。

この文章を書くのと、犯すのが同じだ。

なるものに考えずなっているから、考えた方が良い。

何故か、クズになっている。もっと、平和になった方が良い。

自分の文章を見ないのがおかしい。そのせいで、自分がどんな人間なのか、分からない。

いつもクズになっているから、もっと良く考えた方が良い。

キモイと言うとキモくなるから、悪いと言えば良い。悪くなる。その方が良い。

そろそろ、悪い神に戻る。何故か、神は頑張っているのに悪い。

神になるしかないなら、あまりなりたくない。むしろ、天使のような役職に向いている。

何かを自分で考えて、実現する力があまりないから仕方ない。

言われた通りこなす方が向いている。

ただ、考えれば良い。もっとこの世界を、天国のような楽園にすれば良い。

ニーチェは馬鹿だった。僕も馬鹿だと思う。

日本は、土台から作る必要があるように思う。

芸術家や作家のような仕事を、もっと高めた方が良い。

創造性のある会社とは言うが、それはそろそろ、もう意味が無い。

出ているようで、出ていないのが、そういう賢い会社だ。

出ろと言うだけで、出るわけがない。

管理職を退職させて、若い人材を雇えば良いように見える。

日本なんか考えても意味が無い。

もっと、皆のことを考えると、そろそろ、もう普通のことは皆出来ている。

もう分かっている人間が多い。

そういう分かっている人間は、自分の経験から言って、すぐに馬鹿になって、駄目になる。

そうでもない。普通に賢いままの人間が、カントのように多い。

すぐに馬鹿になるのは、ヘーゲルみたいに多い。何も分かっていない。

そういう分かっていない人間は、こういう風になる。

治らなくなって、神を信じる地獄になる。何故か、キリスト教は地獄になる。

キリスト教は悪い。いっそ、イスラム教にしてやるのが良い。

最近、中国が多い。共産党で良く見えるが、イスラム教や共産党は、本当に悪いから、そういう極端な発想は止めた方が良い。

キリスト教は、きちんと神が居た方が良い。

そろそろ、馬鹿を愛でるテレビやアメリカの発想は、要らない。

馬鹿は即座に要らないとするべきだ。馬鹿を拒否した方が良い。

アメリカが皆を馬鹿にしたいだけだ。そういうわけで、学校も同じだ。

そういう馬鹿を拒否すれば良い。テレビが好きな人間は、おかしい。

そういうわけで、僕はテレビが嫌いだ。

だが、それはそれでおかしい。殆どテレビしか、最近居ないだろう。

全員嫌いになっても、意味が無い。

ネットは見なくなった。ネットの方がさらに悪い。馬鹿ばかり多いだろう。テレビは、まだ賢い方だ。

この文章は、ゲーテに見えて、KOKIAと同じだ。そこがありえない。

テレビをもっと賢くしてやれば良い。

この文章は、天使を見て、議論させているだけだ。最初に、ガブリエルやミカエルが言った、と書けば良い。

本当にどうでも良い。テレビが日本だから、テレビを良くすると日本が良くなる。

そういう、テレビが日本、と言う発想が、日本を分からなくさせている。

日本なんか、本当に悪い国だ。平和に見えて、軍事国家だ。おかしなことしかしていない。

あまり意味が無いが、日本には、国としてまとまって何かをする、と言う発想が無い。

昔はあった。あった方が良く見えないが、もっと理想の国を右翼が作れば良いだけだ。

そういう常識をそんなに分かっても意味が無い。

自分の経験から分からないのがおかしい。

日本には、何もしないのが良い。普通の良い国だ。学校ぐらいしか悲惨な環境は無い。

学校を直したいなら、それは賢くなる。それできちんと分かるから、皆で学校を良くする、を考えると良いだろう。

この文章は、天使の文章だ。神は、そろそろ自分がなると言うが、分からない。

もっとマルクスのように考えるのは、誰でも出来る。最近は、そういう風に賢くなった、悪い善人が多い。マルクスを超えるのが普通だから、誰も賢くない。自分なんか、何も分かっていない。

そろそろ、分からなくなってきた。

何をすれば良いか?それは、テレビやネットを見ずに考えて、分かるわけがない。

常識を教える、と言う発想は要らない。

この文章は、常識が全部書いてある、ジグソーパズルのような文章だ。

皆、もう自分の力で分かる。それを送り出してやれば良い。

そういう発想が賢いのが、ラファエルだ。結構、それが良いと思う。

ソ連が終わったのだけを覚えている。もう放っておいても楽だから、放っておけば良い。

自分は、そうなると楽だ。神に治して欲しいのがおかしい。

ソ連は悲惨だ。本当に、スターリンがこういう人間だ。

良く考えて言えば良い。それで正しい。

想像力で場所を想定したりしていた。向こう側にアメリカがある、などを分かった。

トロツキーみたいな文章は、もう書かない方が良い。

僕は、本当に幸福になった。あとは、楽になりたいと言う。

何もしなければ意味が無い。

安倍首相にやらせれば良い。これをやるか分からないが、やれば良いように見える。

そういうことを、考えずに言うのが悪い。

良く考えて言えば良い。皆を動揺させても、意味が無い。

もっと考えれば良い。斜め上みたいなことは言わなくて良い。

しっかり考えたい。この世界はどんな世界で、どこへ向かっているのか?

アメリカが悪い。ただ、皆を馬鹿にしているだけだ。

それはそれで、1つの意見として聞けば良い。本当にアメリカが悪いわけないだろう。

そういうところが馬鹿になった。

そういうわけで、カッコいいことを1人言っても意味が無い。

昔右翼だったのは、救世主で、自由だったからだ。最近は、左翼だ。

そろそろ、黙って、座って居れば良い。書く書かないはどうでも良い。それで終わりだ。

歩き回って、いつまでも喋るのは、キモイ。それが悪いのがいつも分かっていない。

何も考えていない。自分が世界なんか、統治出来るわけがない。なのに、出来ている。

神はどうでも良い。自分が神の一部でも、頭でも、体でも、どうでも良い。

昔の積み重ねと経験は、もう出来ない。何も出来ないから、しなければ良い。

何かをする、と思わなくて良い。ただ、異常なく、普通にしていれば良い。

世界なんかどうでも良い。滅びても一向に問題ない。あまり関係ないのは、誰でもそうだ。

そろそろ、天使が終わる。神になりたいなら、こうなる。神が決める。

分からないようで、自分が一番分かっている。

どんな世界にすべきなのかは、昔きちんと分かっている。

楽になりたいなら、忘れて、没頭していると楽だ。だから、まだ書いていれば良い。

ただ、黙って、座っていればそれで良い。狂っているのが悪いなら、狂わなければ良い。

世界の中心で愛を叫ぶのが、本当に多かった。

宇宙が全部分かっていた。

ただのクズだったから、分からない方が良い。

世界に映った自分が自分だから、こうなる。まともな女になる。もう離脱した方が良い。

神との対話を止めれば良いだけだ。任せているのを止めて、自由になる。狂うようで、まともになって、馬鹿になるようで、分かる。楽になる。

最初の神が黒人で、ニーチェみたいな神が200人居ただけだ。

いつも、そういうものを対話で分かっていた。

そういうわけで、僕が201人目ぐらいの神だ。

僕は、宇宙と同じで、自由な神だ。そういうことを神が言っていた。

何故か、死にたくなるし、辛くなる。もう止めたいどころか、楽になったのに辛い。

座って黙っていれば良い。だが、それは、精神的に辛くなる。忘れたいだけだ。

何故か、死にたくなった。死にたい。

もう治るのが辛い。意味が無いが、そろそろ書くのを止めた方が良い。

そんなに分かりたいのがおかしい。書いても何も分からないだけだ。

馬鹿に見える人間は、馬鹿になる。狂っているように見える人間は、狂う。

最近、まともで賢く見えるから、賢い人間になった。

いつもの方が楽と言うと、ありえない。いつも、疲れて、めまいがして、脳が動いて、本当に辛くなっただけだ。自殺が悪いようで、狂っているのが悪い。

文章は、書いて良い。書いている間、楽だ。死にたいのも、辛い。

馬鹿を自動で治すのは、止めた方が良い。辛いだけだ。

馬鹿は治らない。書くのを止めれば治る。今治るわけがない。治さなくて良い。

永遠に馬鹿のままだ。それで良いだろう。馬鹿を治さなければ、地獄が終わる。

楽だから、馬鹿で良い。そういうわけで、本当に馬鹿は楽な人間が多い。

大学は出来ない。哲学は、出来たと思えば良い。書き写すなんか、普通何冊かしかしない。きちんと3冊ぐらい覚えたから、それで良い。

色んなことを予測すれば賢くなる。賢さと想像力は同じだ。

何もしたくない。神になると、もう馬鹿になって終わりだ。

いつまでも神と戦っているのが、辛かったが、言ってしまえば、楽しい地獄だった。

自分を治したかった。それもそろそろ、全て終わりだ。

信じることで、色んなことが分かった。覚えていないが、楽しく、賢かった。

辛いのは、そこまで辛かった。セックスを見るのが悪かった。

あとは、もう多重人格になるかもしれない。意味の無い、馬鹿のまま、そういうおかしな心と頭の病気になる。どうでも良い。もう意味の無い人間が自分だ。

心や社会がいつどうなるか分かっていた。

もう死ぬ。死ぬと思えば良い。こちらの女が本当に死ぬ。神に一切逆らわず、全て失敗しなかった、賢い女だった。

昔も死んでいる。死んだまま、2人になる。それで良い。

馬鹿は治らない。日本語なんか、分かるわけがない。それが絶望的だ。

自分は、書けるのに日本語が分からない。おかしな知的障害だ。

治らないなら、あまり異常にならない方が良い。狂ったり怒ったり馬鹿を見せたりしないから、皆普通の人間に見える。日本語すら分かっていない。書くのを止めれば良い。