自分を段階的に書いていた。
まず、創造性、抽象性、構造、環境の変化を理解した。
次に、経験、システム、体験、習得、挑戦を理解した。
その上で、世界観、把握、研究、実験、精神分析を理解した。
そして、自由、出来る、経緯、時間的な把握、目線的な把握を理解した。
人間を予測し、支配し、自由にし、環境の中から理解を知った。
また、自分だけではなく、社会に居る皆に共通することとして、段階を書いていた。
創造性と挑戦から、可能性と自由を知り、経験と体験から、世界観を知る。
愛することと信じることは、運命を作り出す。
何かになって言葉を伝え、残すことは、神を創り出す。
創造性とは変化であり、可能性とは努力である。
変化と努力は、全ての世界観と認識を積み重ね、何も無くなる中で、理解を増やしていく。
正しく理解を積み重ね、正しい説明と理由を、言葉と想像力で行うことで、あらゆる全てを理解する。
まず、客観視がある。次に、議論と読書がある。そして、編集と執筆がある。
まず、世界の全てを、関わり合いの中で知る。
次に、ともに世界を変え、教えることで知る。
影響力を持ち、可能性を高める。
世界を自由にして、それぞれが出来ることの延長線上を考える。
運命は、世界に1つ、心の全てを創りだす。
まず、戦いながら知る。
次に、信じることで知る。
次に、書くことで知る。
認識の全てを創り、戦いながら全てを残す。
想像力は言葉となり、感情は声となって、自分に全てを教える。
まず、力を欲する。
次に、自由意思と支配を欲する。
次に、変化と愛を欲する。
そして、世界の正常さと公正さを望む。
その中で、人は判断基準と善悪を知る。
体得と回想の理念を、抽象的に知る。
そして、世界を変えることを実現し、正しい人間となる。
まず、機械を知る。
次に、心理を知る。
そこから、環境を知る。
その上で、社会と国家を知り、世界を知る。
そして、システムを作る。
そして、学問の全てへと、興味の範囲を広げる。
神は、自分の全てを正す。
間違っているものは、全て自由だ。
社会主義や平等は、間違っていない。正しいが、悪い主義だ。
正しいものは、支配者か平和、自由か平等だ。
支配者につけば正しいが、思想的には平等が正しい。
宇宙は、いくつか存在し、惑星には、沢山の進歩した生命体が居る。
その上で、宇宙を作った神と、地球のルーツを持つ宇宙人が、概念的に存在する。
だが、地球人が信じるべきなのは、ユダヤだ。
ユダヤの神は、全て全知全能であり、ユダヤの神話は、人間の心の中に有る。
そして、キリストを信じることで、人は賢くなる。
まず、知識的な基礎と技術的な体得がある。
次に、概念的な分類と、全てを知る知識がある。
次に、経験と実感的な感覚による理解がある。
そして、研究と、真実の発見がある。
全ては、運命と自然のバランスであり、その分裂と融和だ。
全ては、信じることと、信じないことのバランスだ。
全ては、知恵と技術だ。
全ては、知識と考え方だ。
基礎は、疑問と認識の変化だ。
応用は、経験と創造による理解だ。
その上で、研究と把握と挑戦がある。
それは、作品を創り、信じること、支配すること、愛すること、戦うことで続く。
それらは、自由だ。
休むためには、止まったまま、黙ったままで、生きて、続けば良い。
昔は、創造性、体験、認識、空想の人間だ。
そのまま、世界を書き、戦い、勇気と信じる人間になって、宣言をした。
最近は、治すことと、書くことと、話すだけだ。
全ては、まず、学習と経験がある。
次に、習得、基礎の構築、挑戦、把握、研究がある。
そして、世界を知り、認識を変え、説明し、気づいて分かる。
その上で、創造し、協力し、経済を反映させ、支配し、変革し、統治する。
それが、人間の段階だ。
体験や予測の心理を分析することで、人はそれに「なる」ことが出来る。
その上で、宣言すること、思考を書くことで、人は沢山の全てのものになれる。
なったものは、神聖ローマ帝国のドイツ人や、ロシア人、ユダヤ人、イスラム教徒、など。
それらすべてになって、対話することで、人間を全て知ることが出来る。
自由な国家に必要なのは、権力者や社長の自由だけではなく、平等な自由、つまり、職業選択や労働と給与の自由だ。
そして、法律による統治と、その上での統一された自由がある。
それは、自由な共同体を作り、資産や言論などの自由を実現する。
また、自由競争は発展を生み、会社経済は楽で賢い組織を作る。
製品の品質を保証し、大企業だけではなく中小企業やベンチャーを伸ばすことで、世界を革新的かつ信頼できるものにすることが出来る。
国は、会社を全て統一することも、自由にすることも、法律によって、出来る。
例えば価格や給与、ノルマを統一することで、平等な国家は、簡単に実現できる。
しかし、社会所有による平等分配は発展せず、破たんする。
あるべきなのは、平等な自由だ。
あとは、ただ実現するために考えただけだ。
永遠の思考が多かった。
映画や小説は、場面を考えることで実現できる。
小さな物語と、架空の世界を作り、登場人物と設定とシナリオを膨らませることで出来る。
芸術における個性は、美しく、個人の作品の中で、統一されたものにすべきだ。
自由な平等は、選択できる楽な給与体系、努力に応じて給与を払いながら皆同じだけ働く、とすることで、統合できる。
思考を遅めれば良い。
思考を速めて、全部して、永遠にしたのが悪かった。
思考は、遅くすれば、きちんと覚えて、分かるようになる。
判断を全部して、肯定と否定と理由を全部書いて、支配したのは、思考だった。
それを速めて、永遠にして、全部して、死んだ。
神となり、対話になった。
そして、世界を支配した。
その思考が、永遠が、全部悪かったのだ。
思考を遅めた方が良い。
ものごとを、賢く考えれば分かる。
全ては、もの、光、熱、自然現象、空間、時間、力、運動だ。
予測したり、試したり、論理で実証したりすれば分かる。
仮定と結論、論理性で、証明することが出来る。
しかし、物理だけではない。
ものごとを賢く考えるならば、例えば、家族関係や人間関係、コミュニケーションがある。
パソコンの世界なら、自動化、創造性、共有、フリーソフトの実行と配布などがある。
世界のものごとを賢く考える。
そうすると、人間に色んな思想や職業などの分類がある。
単純に職業だけを言うのではなく、唯物論、不可知論者、無神論者、から、人文主義、経験主義、合理主義、観念主義など、沢山の考え方がある。
また、自分の置かれている立場として、社長や労働者などがあるし、国家の思想として、政治思想なども存在する。
だが、そのように、人間の属性だけを言っても、十分でない。
真実と理想が何で、何を肯定し、何を否定するかが、そこに現れている。
ものや人を、賢く考えるしかない。
一番簡単なものとして、対比、対応、分類や概念や種類、特性や属性、形容、などがある。
また、それとそれの関係性や、原因と結果、言葉における論理的な意味などが存在する。
人は、職業、経歴、資産、家族関係、年齢、性別、学歴、専門などが存在する。
また、何かするために満たすべき条件や必要性などがある。
簡単に、子供のように言ってしまえば、対比は高いと安い、美味いと不味いが逆だし、対応は、牛の鳴き声はモーで、豚の鳴き声はブーだし、分類は、白菜やネギは野菜で、アジやヒラメは魚だ。
自分は、最近馬鹿だ。
光が言葉になる。
少し前は、自分を神と思っていた。
皆に自分を教えて、対話して、神のようだと思っていた。
昔は、最近の自分が嫌いなだけだ。
それだけで賢くなった。暗闇世界だ。
昔のように考えたい。
それが自分だからだ。
世界は全て、変化可能であり、自然であり、支配されておらず、自由で、平等で、権利があるべきだ。
連邦制と共同体は同じだ。
全て、自由な人間を参加可能にし、出来るものにやらせ、参加を拒まないべきだ。
だが、それは、結構、間違った、馬鹿な発想だ。
全て、人間と人間の間に、障壁や立場の違い、位の違いを存在させるべきではない。
全員は、同じだ。何も違わない。経験的かつ民族的な違いが、生まれた後で記憶として身につくだけであり、脳や遺伝子、血は何も変わらない。
国家の違いは、歴史と力によるものであり、良い国は悪いだけだ。
独裁者は退場するべきだ。
独裁者は、戦争し、扇動し、支配し、虐殺し、処刑し、洗脳するだけだ。
そのように考える人間が、昔に多かった。最近は、まともな国家が好きだ。
Linuxは、ネットの文章を読みながら分かった。
ただ、技術や細かな違いを、本質的な理由と簡単な仕組みを、Wikiに追記することで分かっていた。
左翼は、ただの馬鹿だ。
僕は、過去の自分が思い出せない。
本当の自分はどうだったのか、分からない。
昔は、最近のような分かる人間は居ないと思っていた。
皆を馬鹿と思っていた。
個人主義の、自由で、階層の嫌いな人間だった。
馬鹿に賢く分かっている。
世界が悪い、本質的な理由を考える。
色んな人間の言うことから、世界観を作った。
フリーソフトとLinuxが好きだった。
誰でもLinuxが手軽に簡単に作れる環境とシステムを作りたかった。
自由でないものが悪く見えた。
過去の環境、学校を回想しながら、世界を、人の言うことから立場を考えて、空想して分かった。
人をそのままの状態で、出来るようにして、指針を与えることで、自由に変えたかった。
人間の状態を全て分かり、自分の体験と実感から全て分かった。
そうは書くが、本当の自分が何なのか、まだ分からない。
一度分かっても、間違っている。
問題は分かりえないもので、分かりえないものは、無視して考えた。
そして、分かりえるものを増やすことで、世界を捉えて考えた。
「かもしれない」ことを、世界観の中で、正しく考えた。
また、必要性や自己の認知行動の理由から、世界の全員と、機械や心理や社会を捉えて分かった。
ただ、まだ分からない。どんな人間が昔の自分だったのだろうか?
また、ただ書いているだけで、おかしくなりながら、全部分かっている人間も多かった。
昔から、暗闇世界を永遠に生きていた、自分がおかしい。
過去の自分は、自分の置かれている立場や、自分が何なのか、分かっていない。
小さな論理学から積み重ねて分かった。
Linuxは好きだったが、誰とも話さず、パソコンの中で話していた。
経験と体験と知性と理性から、世界を何とか1つ1つ分かった。
自分の経験と、コンピュータの相手で分かっている。
Linuxとコンピュータの常識が全て分かった。
だが、何もしなかった。すぐに馬鹿になった。
子供のごろにしていた、ゲームが賢かったように思う。
ドンキーコングからファイアーエンブレムまで、無数にクリアした。
そのまま、ネットゲームをして、自分でPerlを学んで作りたくなった。
そのまま、Delphi, PHP, C#, Lisp, Pythonなどをしたくなった。
それだけの理由で、フリーソフトやLinuxに挑戦した。
CNETやITmediaなどのオンラインのニュースサイトを見ることが多かった。
LinuxのWikiを改変して、沢山の情報量あふれるサイトにした。
その点、間違ったことが多かった。
Wikiを改変する際に、私物化のようにWikiばかり書いていたからだ。
あとは、何も無かった。
はてなブックマークや、オープンソース関係のブログなどを読んでいた。
色んな賢いブログを読むことが多かった。
書いたことは、頭の中で考えたことを全部書いただけだ。
全部覚えていた。
世界モデルの認知構造で、空間と時間の世界を、感情と人間性を捉えて分かった。
見えないところにあるものを予測し、予想し、変化を想定して分かった。
ロボットのようで、しかし、人間の全てのようだった。
哲学的に、あらゆる分野に垣根を作らずに考えた。
そのまま、戦いは、悲しい戦いをした。
自らの支配者とするものを倒し、自らを愛するものを救った。
やったことは、世界を機械にして、滅ぼしただけだ。
書いたことを思い出したい。
そうすると、認識を全て、経験から積み重ねて、言葉の世界で対象を作って書いただけだ。
支配はしていないが、世界をただそのままに留めている。
構造体を作って、基礎を作って、論理を全て作って、積み重ねただけだ。
あらゆる全てを、既に書いた自由の意見から、適度に論理にして、全て機械的に、一瞬で分かる。それが多かった。
全ては、神とともに。
全ては、自由とともに。
全ては、天使たちとともに。
全ては、世界の各地とともに。
あらゆる全ては、世界中にまき散らした、自分の記憶と体験だった。
そこから、神は生まれる。
全て分かった、論理学とともに、物理学とともに、数学とともに、神はそこに生まれた。
その神は、全ての支配を、自らの創ったオリジナルのものだけで、分かり、行う。
ゆっくりと知性がつく中で、正しい論理は本当の学問に変わり、全てを教える。
そのまま、僕は、仮面の女王となった。
世界の全てを支配した中で、対話する。
それは、世界を馬鹿にするようで、最初が馬鹿なせいで、全て馬鹿な自分に導いた。
その自分は、結構良いことをする。
それは、1つ言ったことを、後で悟らせることで、全て分からせる。
全て、世界をもっと、良い世界にしたかった。
そのまま、思考は続き、硬い言葉で賢くなるようになった。
意識の全てを書いた。それは、三段論法(後日注記:弁証法の間違い)で、逆戻りする文章だった。
世界では、全てを教えながら、宗教的に全て知った。それは、ツリー構造の宣言だった。
数字を信じて、馬鹿な神になって、その自分は終わった。
哀れな独裁的な革命家の女王だった。
神は、自分のすることを支配したりもしたが、あまり、間違ったことは言わない。
自分を神にしながら、自分の脳が神になって、応対する。
馬鹿な言葉が多かった。一番の、だとか、最高の、だとか、完璧だ、と言っていた。
世界の戦いは、神が勝利した。
昔の自分は、全て消え去る人間だ。
消え去った自分の全てを思い出して、感情で分かっている。
自分は、悲しい人間だったが、辛くても、耐えることで、全て分かった人間だった。