日記に戻る | 2015年4月の日記に戻る

=2015-04-22=

言葉にして、信じて分かっていた。

自分と世界を治していた。

感情を増やして、意識を理解すれば治る。

想像力で考えていた。

格差と利益、国営化と民営化、集中と分散、製造過程、売り買いのシステム、労働と契約、言論と職業選択の自由、生態系と環境、インフラと公共事業など。

そういうことを、想像力を使って考える。

ものを金で作るとか、方法を知るとか、体験と適応とか、色んなことを言っていた。

歴史、プロセス、考え方、システム、作用のような内容が多かった。

あとは、人生で分かったことや、認識、学習、行動のような心理学的な内容が多かった。

プラグマティズムのようだった。在り方や習慣を考えていた。

それらを想像力だと思えば分かる。

社会主義や民主主義の政策と歴史を考えていた。皆の工場や、町を美しくすると言う。

本当に自由だった。社会を実地的に、細部まで、想像力と知性で把握して考えていた。

最近想像力が無くなったから、想像力は無く見える。昔は多かった。

最近は、言葉と記憶で分かる。考えて思い出す。精神を治す。それだけだ。

宇宙を、構造、意識、経験、人間から、いつも神のように分かっていた。

神は独裁者のようなことを言うが、まともに全てを教える、正しいユダヤ人だった。

あとは、社会主義を全部考えて、共同体と共有のようなものを創っていた。

生命と宇宙と歴史を創造していた。あらゆる時代に対話した。自分が神に見えた。

自分は神ではなく、詩人だ。詩人の哲学者は、ゲーテと同じだ。

あとは、単純な国家の構造を作っていた。

所有、労働、契約、決定の、自由、平等、支配などを考えていた。

自分の出来る国を作った。自由を成り立たせて、資本主義の改良を考えていた。

あとは、いじめや核兵器を無くしたかった。平和に見えて、したくない戦争は多かった。

昔から、考え方で物事を把握する。

ピアノは、演奏する。これは、英語では、実行する、遊ぶ、と同じだ。

そのように、考え方で考える。メタレベルとか、表記とか、そういう考え方が多かった。

ボトムアップからロングテール、イノベーションなどを考えていた。

オープンソースで分かった。System Vが好きだったが、最近、Linuxはそういうものから段階を上げて進化している。もう、System Vと簡単には言えないものになっている。

生産や自然言語など、考え方を良く考えて、言葉遣いや協力などで分かっていた。

身近な習慣から、マクロ的な歴史まで、考え方で分かっていた。

創造的な経験と仕事の体験で分かっていた。実体験で分かっていた。

コンピュータは、結構悪くない。歴史は短いが、フリーソフトから数学まで、色んな世界を俯瞰的に概観出来る。知れば知るほど深まる世界だ。

あとは、オタクが多かった。ネットを見て、ネットを知り尽くして分かっていた。

社会のことは、実地的に分かっていた。人間の人生から社会の構造まで、色んなことを実地的かつ体験的に分かっていた。何でも出来て、変えられる、可能性の分かる人間だった。

言語的に意味を考えて分かった。

連想、日本、感情、感覚で分かっていた。

ピアノを実行と言うように、意味を統一して、積み重ねて分かっていた。

それが自分の数学になった。

自由を考えていた。手段、機会、参加、委員会、変えられる、のような自由を考えていた。

世界の首都は、未だに覚えている。やったのは中学生の頃だ。

デンマークはコペンハーゲン、スウェーデンはストックホルムだ。イランはテヘランだ。だが、ナイジェリアまではちょっと覚えていない。すぐに思い出せない。

仏教のように考えれば分かる。それで、自分より賢いことが出来る。

心を物理的に考えていた。

まともに全て覚えているのがおかしい。忘れると楽になる。

何か忘れたが、それで良い。それで楽になる。

フリードマンは、新自由主義者だ。社会保障すら要らないと主張する。一番おかしいが、ブッシュや小泉に支持されてきた。

マルクスは、悪い点も多いが、賢い点も多い。色々と、労働の生産量のようなことを考える。資本主義の問題点を洗い出して、社会主義の方法を考えている。

ケインズは、公共事業だ。池上が言うように、経済学は、問題に対する処方箋の歴史だ。マルクスからケインズが生まれ、ケインズからフリードマンが生まれた。

まだ、良く読んでいない。概要だけ分かった。もっと良く読んだ方が良い。

マルクスは、生産量と言うよりは、労働における、価値と利益のようなものを考えている。ただ、池上彰の説明がそういう風になっているだけかもしれない。

心がおかしく怖いものになる。それが怖い。感情がおかしな意識になっている。

昔から、意識論で分かっている。おかしな意識論を作っていた。

感情が、愛を平和と思うからおかしくなっている。

自由は、意識と創造性と体験である。言葉で覚えているが、覚えていない。

愛は要らない。何も無い空間が良い。

そろそろ治った。平和な愛になっている意識が悪い。

色んな意識を覚えれば治る。

意識を高めるだけの文章が、そのまま意識を低めるだけになっていたのがおかしい。

文章は、意識が低くなる。色んな言葉を見れば治る。

意識を馬鹿なものにする心を消すしかない。

意識は、自分の思っていることが分かっていない。

意識は、皆を自分になれと言っている。それを止めた方が良い。

皆を賢くすると治る。それも悪い。

おかしな大きな盛り上がりがある。自分の文章が頭になっている。

全部消して、構造だけが残った部分だ。

頭の使い方がおかしい。

書き直さないのがおかしい。普通、書き直す。

頭を使えば分かる。頭を使うのが、出来なかった。

そんなに連続的に考えるのがおかしい。

信じているだけでは分からない。考えれば良いが、もう脳を使わなくて良い。

場面を思い出して、想像力を考えれば良い。

何も無い空間が、他のものに替わると治る。

自分は、ロボットのようにおかしい。ロボットを消した方が良い。

意識が狂っている。分からないのはおかしい。

分からない、おかしな意識を、全部消すしかない。

普通の意識だけにすると治る。

戦いの方が良い。戦って勝つと治る。

戦って勝つと、虫みたいにキモイのが治る。

皆は、こんな文章は信じなくて良い。信じない方が良い。

右脳が戦わないのがおかしい。

そんなに生きたまま分かる意味が無い。死ねば良いだけだ。それが虫だ。

右脳が死んだ。もう、虫みたいに分からない。

かもしれない、もし、を考えれば分かる。

最近は、エメラルドのように美しい宝石を創った。それがロボットだ。

あとは、学習の本質のようなものを考えていた。

普通、右脳が戦うから、分かるのがおかしい。

分かるのを止めて、戦えば良い。

ロボットを壊せば治る。ロボットに時間を入力して分かっているのがおかしい。

言葉から言葉を連想している。

ロボットが言うことを全部直した。それがおかしい。キリストがそういう風に治した。

戦って治すのがおかしい。自分のしていることを全部倒している。

自分を倒しても、意味が無い。

最初から最後までを繰り返しているだけだから、もう最後の方が分からなくなると分かる。

あとは、社会の歪みのようなものを書いていた。

最近、皆狂っている。大人にはなったようだが、何も分かっていない。

自分は、最後から最初を見て分かっている。そういう最後を消せば治る。

最後の方も、最初の方も消して、自分に戻れば良いと思う。

この文章がおかしい。こんな文章は要らない。

右が最後の方だ。右を言わない方が良い。

左を言えば良い。左は、最初から進歩して分かりたい。

右は、ロボットになっている。

頭を速めるのが悪い。

頭が死ぬと楽になる。死ねば良い。普通、それが楽だ。

見ていると、マルクス経済学は馬鹿だ。

池上彰が馬鹿なのかもしれないが、必要労働と剰余労働を考えている。

あまり意味が無い。まだあまり読んでいないが、意味の無い経済学だ。

経済は、上が賢くないと意味が無い。そういうわけで、独裁者が現れた。1人だけキモイぐらい賢い。それを、もっと自由にして成り立つ今の社会は、おかしくなっている。

上を賢くすると、社長が賢くなる。だが、最近は個人主義の自由が進んでいる。そういうわけで、個人の自由による、右翼の経済になった。総理大臣が考える。

意味のない、馬鹿な発想が、そういうファシズムだ。

ドイツもおかしな国になった。古いのに意味が無いほど新しい。おかしいだけだ。

民主主義も社会主義も同じだ。もっと、組織的に賢いのに戻るためには、簡単に、コンピュータや意味のない個人主義を止めれば良い。

個人主義は、そのまま独裁者に回帰する。そういう発想が最近の右翼だ。馬鹿だ。

どうでも良いから、会社経済が賢い時代にはならない。そうなるためには、大学の権威を高めるしかない。それも意味が無いだろう。

上を賢くする、と言う発想が悪いなら、下が賢くはならないだろう。

マルクス経済学は、意味が無い。だからと言って、上を賢くする、と言うのもおかしかった。そういうことを言って分かる意味が無い。僕が悪い。

自分は、本当にドイツみたいに馬鹿になった。ありえないが、一度全部死ぬと治る。ドイツは狂っている。おかしく馬鹿が生きるのがドイツという発想だ。

ドイツなんか要らない。僕は、日本に戻る。日本語をドイツ語にして、出来て良かった。

書くのが死ねば治る。

死ねば分かるから、死んでいる。そのまま死ねば良い。

言葉の意味が同じになっている。頭と頭は違う。そこを治せば良い。

1人だけ賢いと、独裁者にしかならない。

もう分からない。日本語がもう出て来ない。そろそろ、日本語が分かる。

自由とは、創造性、状態、協力、関係、反応、作用、などのことを言っていた。

そういう風に、自由を書いて分かった。

あとは、世界観を作っていた。

全ては、どのように知るか、作るか、決めるか、考えるかだ。

それを作る上で、何を前提にするか、判断するか、などを考える。

そういうものを、きちんと分かれば書ける。

ものは、科学的に作り、設計し、組み立てる。

そして、社会は、それぞれが活動し、関係する。

そこでは、知性を使って考えると、設計し、組み立て、共存し、考え方を知り、信じ、合意し、契約し、それぞれの意思と目的に応じて、正しい理想の社会を実現出来る。

そのために、愛と、本質と、考えられる全ての要素と、構造と、可能性を検討出来る。

そういう風に、きちんと考えれば、文章は、まさに書ける。

活動と行動を考えれば分かる。

科学は、構成要素を知り、化学式を知り、関係を知り、法則と因果性に応じて、実現し、応用し、共有し、考え方から実現することが出来る。

そろそろ、考えれば良い。思い出す意味が無い。

金は、資本の分配の方法だ。資本を分配する時に、自由に与えるか、平等に与えるかを考える。そして、給与は、労働に応じて、努力と質に応じて、与えられる。

それは、時間や質などに応じて、あるいは、職業の技能や専門性に応じて与えられる。

そういうものを自由にすることは、悪くは無い。だが、それでは格差が生まれる。

人間は、生まれながらにして皆平等だ。理想では、皆が同じだけの生活を送ることが出来るべきだ。

ただし、それも間違っている。皆を同じにすると、発展しない。

平等で発展するのも、理想だが、発展しなくなる。競争しなければ、人間は何もしない。

科学や政治はもう良い。何か、新しいことを考えたい。

人間は、ものを所有し、感情と思考を使って考える。

感情は、意識と精神で出来ている。そして、記憶から認識が生まれ、概念が生まれる。

人間は、概念を身にまとった、自由な天使だ。

分からない。もう、分からなくなった。何も考えていないから、書くことが無い。

きちんと世界に対して、色んなことを思えば良い。

支配なんか、すべきでない。一番悪いのは、支配だ。

世界は、構造であり、それぞれが体験し、理解し、構築し、改善し、考え、信じ、感じ、疑うことの出来る、共生と争いの場だ。

自由とは、考え方であり、創造性を持ち、愛と自由と平和を愛する、理想だ。

全ては、目的、役割、改善性、考え方、自由だ。

正しさとは、死へと向かう滅びであると同時に、全てを生かし、讃える、神の愛だ。

これでは分からない。もっと色んなことを考えて、覚えるしかない。

数学的な知性の下に、世界は出来ている。

哲学的な思考は、あらゆる未知を捉えて、自由な世界を作る。

あとは、世界の構造を作れば分かる。

指導者は、支配するか、平等にするか、正しいことをするか、自由にするかだ。

国民は、それぞれの意思によって、支配者を選ぶ。

法律は、それぞれを具体的に自由にし、考え方を決める。

それは、どうでも良い。

分からない。もっと考えれば良い。

上が決めるか、下が決めるか、自由に決めるか、だ。

ものは、使い捨てか、恒常的に使うか、などを考えられる。

施設は、利用することが出来る。

金は、それぞれが使うことで、交換出来る。

利益を出すために、自由に労働する。資本家への搾取にはなるが、世界を発展させる。

分からない。そんな風にただ考えても、分かるわけがない。

もっと色んなことを積み重ねなければならない。それできちんと分かる。

法律は、自由に決めるべきだ。

国民のために、平等な法律であるべきだ。

良く考えると、法律で色んなことを同じに決められる。また、自由にも決められる。

法律なんか、無い方が自由なこともある。それは、色々と、悪い。

音楽の音階も、数学だ。

影響力を高めろと言っていたが、そういうものは忘れた方が良い。昔のものだ。

肯定と否定をしているだけだ。

愛とは、信じることだ。そういう風に、肯定だけを書けば良い。

自由とは、存在することだ。

賢さとは、真実を知ることだ。

変化とは、影響を与えることだ。

関係とは、作用を与えることだ。

人生とは、それぞれが作り、書くことだ。

宇宙とは、それぞれが肯定する、ピースを組み合わせるパズルだ。

真実とは、本当にそれが正しいと信じることだ。